第39話

 第一ロビーのバザー。

 生き急ぐように速足で雑踏を抜ける人々。

 プレイヤー達はこの仮想世界から生還するためにクエストへ向かい戦い、そして生還すると持ち帰った素材や道具を元に自身の異能像エイリアスを強化し、そして再びクエストへと旅立ってゆく。


 ゲート前の広場、クエストへと向かう人々の流れから少し離れた場所。

 ベンチに腰を下ろす女性の姿があった。

 かつては艶やかだったであろう痛んだ黒髪を後ろで無造作にまとめ、タクティカルアーマーに身を包んだその女性は酷く擦れたような、暗く沈んだ瞳でタブレット型端末に映し出された思い出をただ視界に収めている。


 小さな、歳の離れた友人。赤髪の笑顔の素敵な少女。人見知りで甘えん坊で、だけどこのゲームを遊ぶくらいには元気があって、「ユイおねーさん」そう呼ぶ声を幻聴し端末を握る手に力が籠りミシリ、端末が悲鳴を上げる。


 映し出された画像は笑顔で二人並ぶユイとシスコの姿。本来ならその隣には修道女姿の女性も映っていたはずがトリミングされて今では見切れている。

 常に穏やかで、動揺すら見せなかった知人の姿にユイは奥歯をかみしめる。

 もう半年以上経つのにフレンドリストに表示されるシスコの名前の隣にある『クエスト中』の文字は消えることはない。メッセージも送っているが未だに既読も付かないのはクエストから一度も帰還できていないことを示していた。


「酷い顔してるぞ」


 そんなユイの隣に腰を下ろすのはユイと同じようなタクティカルアーマーに身を包んだ青年だ。肌はよく日焼けしており、後ろに向かって撫でつけられた銀の髪が青年の風貌をワイルドに見せている。


「そこからじゃ見えないでしょ」


 酷く冷めた声。突き放すような言い方に、しかし青年アライは首を横に振る。


「見えなくたってわかるさ」


 呟きが雑踏に紛れ、暫くの沈黙が二人の間に横たわる。

 何とも言えない空気が流れ、


「……ヒイラギたちはお前のことを心配してる。クランメンバーとして登録は残っているし一度みんなに会っていかないか?」


 先に口を開いたのはアライだった。

 シスコが消息を絶ってから、ユイは攻略を目指すプレイヤー達に合流し人らしい生活を投げ捨ててデスゲームを終わらせるべく活動を始めた。


「あんな酷いことを言って出てきた私を心配? 冗談でしょ」


 鼻で笑う。

 元々まったりクランとして設立された集まりだからかデスゲームになってもその在り方が直ぐに変わることもなく、急に活発に活動し始めたユイは仲間たちの中で浮いてしまうのも仕方がなかったのかもしれない。

 いつしかユイと他のメンバーの間にはどうにもならない溝が出来上がっていた。

 今ではクランとのつながりは、同じ討伐チームに参加しているクラマスのアライを除けば絶たれている。


「酷いこと、って自覚はあったんだな。安心したよ」


 アライの言葉にユイは初めて画面から顔を上げ怒りを込めて睨みつける。

 アライの眼にはそんなユイの表情が今にも泣きだしそうに見えて、苦虫を潰したような顔になって後ろ頭をかく。


「明朝、7時に討伐メンバーは集合。レイドチームの最終編成が行われるとさ」


 話題を逸らそうとしたわけではない。これが、彼がここに来た本題だからだ。


「そう、ありがとう」


 素っ気ない言葉は機械的に口から発される。


「それじゃ、俺は行くよ」


 アライは立ちあがる。そんな彼に、


「もし、私に付き合って討伐に参加するなら止めた方がいい」


 心配とも警告ともとれる言葉。ユイ自身も無意識に発した言葉で、言ってから眉間に皺を作る。

 足を止めて振り返ったアライは決まり悪そうに後ろ頭をかいて、


「別に付き合って、ってわけじゃない。俺にだって思うところはあるんだぜ」


 苦笑して告げると、再び踵を返す。

 今度はその背に声がかかることはなかった。


 翌日、初の大型レイドチームが編成され、3000人を超えるプレイヤーが討伐へと旅立った。

 その目標は八龍の一角、『地龍』。

 数か月にも及ぶ準備期間を掛けて、武装や異能像エイリアスを整え編成し、何度も最上位レベルにおける『地龍』との戦闘シミュレーションを行い万全の態勢で臨む戦。


 デスゲーム脱出のための最初の一矢が放たれた。




 夕暮れの中、草原の川辺に作られたガゼボに四人の少女が集まって小型の囲炉裏を囲んでいる姿が見える。

 囲炉裏にかけられた土鍋からぐつぐつと沸き立つ音がこぼれ、昆布と魚介出汁の香りが辺りに漂ってくる。

 被せられた蓋を取れば、山菜とキノコ、ぶつ切りにされた獣肉が茹って踊り、食べごろであることを示している。


「ふぉおおお」


 ごろーは目を輝かせ、取り皿をシスコの前に突き出す。ごろーの体格では鍋までの距離がありすぎるのだ。誰かに取ってもらった方が安全という判断。決して楽がしたいわけではない。


「いや、自分で取らんのかい」


 そう言いつつも受け取ると手元のお玉でバランスよく具材をよそってゆく。


「ごろーに取らせたらどうせお肉しかとりませんわよ」


 いぶりーはジト目でごろーを横目に見つつ、自分の苦手な山菜は避けて取り皿によそっている。


「ぜんまい美味しいよ?」


 キヨカはにこにこ笑顔で山菜を中心に取り皿によそっている。

 味覚はアバターに引っ張られているのか、この島での生活がキヨカの好みを変化させたのかは分からない。


「いいんですのよ。山菜の風味はお汁に溶け込んでいて楽しめますし、こういうのは見栄えのための差し色なのですわ!」


 いぶりーは持論を語る。


「こんなに美味しいとご飯か酒が欲しくなるよなぁ」


 シスコのボヤキもいつもの事だ。


「ん」


 もぐもぐと肉を咀嚼しながらごろーは頷く。


「こういうお鍋には宝〇酎ハイボールですわよ。イチオシですわ! 特にシークワーサー味がお勧めでしてよ」


「なにそれ、チョイスがオッサンじゃん」


「オッサ……言うに事欠いてオッサンとは何事ですの! 程良い炭酸とあの癖のない飲みやすさ後味のキレ、コスパ、老若男女に親しまれる味ですわよ!」


 顔を真っ赤にして語るいぶりーであるが、ごろーとシスコが見る目は冷めている。


「なーんですのその眼は、信じてませんわね。いいでしょう、このクエストをクリアしたら都市エリアのクエストに行きますわよ! そこで飲ませて差し上げますわ! 私の奢りですわよ!」


「ぼくも飲みたーい」


 笑顔で挙手するのはキヨカだが、


「お酒は二十歳になってからですわ!」


 そんな気の置けないやり取りを黒龍リトラは少し離れた場所から満足そうに眺めている。

 泣いても笑っても明日が別れの日なのだ。目の前の光景を忘れまいとしっかりと焼き付けておく。

 実際は録画モードを使って始終記録を撮り続けているのだが、皆に伝えていないだけだ。


「にしても、明日決戦だっていうのに緊張感無いよなぁ、おれら」


 みな腹が満たされ、ゆったりとくつろぐ中、シスコは腹をさすりながら天井を見上げる。


「仕方ありませんわよ、別に死ぬわけでもなし」


「それもそっかぁ、今の俺らなら最上位もこなせる実力は付いてるだろうし、デスゲーム終わるまでのんびり過ごしてもいいかもなぁ」


 シスコは火山島から出た後のことをぼんやり考える。


『ん? お主ら我に負けて死んだらそれまでぞ?』


「え?」


「は?」


「ん?」


 三人の頭に疑問符が浮かぶ。

 キヨカはニコニコしたままお茶を楽しんでいる。


『ほれ、お主ら煉獄に挑む際警告ウインドウがポップしとったであろう。ライフ上限を二点消費すると』


「え?」


「そんなのあったっけ? 何か表示はあった気がするけど……」


『ほれ、こういうのだ』


 黒龍は爪を一本立てて、その先にウインドウを表示する。

 そこには未知の言語で書かれた文章があって、『3→1』という部分だけは何となく読み取れる。


「いやぁ、これ読めないんだけど……」


『むむむ……そんなはずは、一応プレイヤーの習得言語に合わせて自動翻訳されるはずなのだが……ゲートを設置したのが我だから対応言語が翻訳されなかったのか? まぁ、ともかくとしてお主らみな残りライフは1であるのは間違いない。携帯端末でも確認できるぞい』


「と、ととととというか、それマジ話なんですの? デスゲームですわよ!? 死んでしまいますわ!」


『そこはホレ、元々デスゲームであるし。帳尻合って丁度良いのではなかろうか』


「そうかなぁ?」


 シスコは首を傾げるも、


『そうともさ、大体デスゲームをやるというのに最初にライフが三点ある、この時点でデスゲームを名乗るには温いとは思わぬか?』


「そうかも」


 丸め込まれてしまった。


「そうかもじゃありませんわよ! どうしますのコレ、万一でも死んだらそれまでですわよ!? デッドエンドですわ!」


 唾を飛ばしながらまくしたてる。


『現実では二度も死ぬなんてことは起こり得ぬゆえ、ここも現実の延長と思えばよかろう。要は考え方次第、気の持ちようであるぞ。ほれ、ごろーを見てみよ、動揺すらしておらぬ』


 シスコといぶりーが目をやれば、篝火に寄ってきた蛾を虚ろな瞳で眺めている。


「あれは現実逃避しているだけですわ……」


『ふぅーむ、しかしであるなぁ。実を言うとお主らのやる気がどうとかもう関係なく我らは戦わねばならぬのよ。タイムリミットが出来てしまったというべきか……』


「どういうこと?」


『うむ、実はお主らが煉獄に入って半年ほどで地龍が討たれての、その後、いくらも置かずに煌龍が討たれた。その際に上の連中、どうやら残りの八龍の状況を調査したらしいのだが。まぁ、何じゃ端的に言うとだ、お主らとの関係がバレてしもうた訳でな。先日、近いうちにお主らを排除せねばこのエリア全体をリセットすると警告があったのだ』


「それなら別に問題ないじゃん」


 何が問題なのか、とシスコもいぶりーも首を傾げる。


「待っているだけで問題解決、素晴らしいですわ」


 諸手を叩いて目を輝かせる。


『問題はシンプルでな。リセットの際に行われる処理の手順を調べたところ、プレイヤーは一度死亡判定を出されて、その後ロビーで肉体を再構成した後で消費したライフポイントを補填する。そういうことになっておった。つまり、そもそもライフが1点しかないお主らは死ぬということだ』


「え、普通は強制排除とかなのでは?」


『このエリアって結構特殊であるからして、外部からの干渉で排除できないようになっておるのよ。お主らに死亡判定がでるのも、我やエリアごと強制的に破壊して一度クリア判定を出させて、改めて黒龍討伐クエストを再設置するというやり方になるからであるな』


「つまりは……?」


『うむ、お主らは我を倒す以外に選択肢が無い、ということであるな』


「はぁあああ? とんでもねークソゲーですわね! 横暴ですわ!」


 いぶりーは勢いよく立ち上がると、端末片手にガゼボを後にする。

 少し離れた立木のあたりからいぶりーの八つ当たりめいた怒鳴り声が聞こえてくる。


『相当怒らせてしまったようであるな……』


「怒ってるのは確かだろうけど、多分アレ、GMにクレーム入れてるだけだと思うよ」


 シスコの予想は間違っていない。その証拠に先程から責任者を出せと吠えまくっている声が辺りに響いている。


『そ、そうなのか……まぁ、先にも言ったが、お主らは我を倒せると信じておるし、そう確信しておる。死に怯えねば道はあるのだ』


「因みにだけど、あとどの位でリセットかかるとかわかる?」


『うむ、我がお主らにこの話を伝えてから36時間後であるな』


 シスコは思わず天を仰いだ。

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