第35話

『ではこれから最後の修業に入る』


 その日は草原ではなく、拠点である洞窟の前での始まりだった。

 天気は良く、殆ど曇り空ばかりの火山島には珍しいことで、いぶりーなどは「わたくしの日ごろの行いがよいお陰ですわね」などと言ってはばからなかったが、偶々である。


「これで最後なのかぁ……もっと時間かかるかと思ってた」


 シスコが呟けば、


『最後ではあるが、最も時間がかかる修業でもある』


 黒龍リトラはおもむろに歩き出し、洞窟脇にある岩を前足で押しのける。

 すると、岩が半ばから断ち割れ中にはクエスト用ゲートに似た装置があった。


『これは今回の為に用意した特別なものでな。ある特定のエリアにしか飛べない。お主らはそこに赴き最奥部にある泉を探せ。それが最後の修業、最後の課題だ』


 黒龍リトラは神妙な顔つきでシスコら三人を見る。その眼が自分に向いていないことに気が付いて、キヨカは、


「ぼくもやりたーい」


 手をぶんぶん振ってアピールする。


『キヨカにはまだ早いでな。今回はシスコたちだけだ。我慢せよ』


「お姉ちゃんたちいいなー」


「ま、これも修業だしね……」


 シスコは苦笑してキヨカの頭をなでる。背伸びしてようやく手が届くあたり、何ともちぐはぐな感じである。


『では、サークルの中に入るとよい。ゲートが起動するとポップアップ画面が出るのでオーケーボタンを押せば転送されるぞい』


 説明を受けた三人は住居洞窟の隣の洞穴の中に入っていく。ゲートの装置が丁度収まるくらいの洞穴は三人が入るとこれまた丁度いい感じである。


 三人がサークル内に入るとゲートが始動しそれぞれの目の前に半透明のパネルがポップアップする。

 そこには未知の文字で何か書かれていたが、『3→1』という部分は理解できるだろう。シスコたちはその文章の意味を理解できていないまま黒龍の指示通りにパネルをタップする。


『伝え忘れたが、そのエリアはソロ専用だ。各々の力で攻略してもらう』


 黒龍の言葉と同時、三人は驚愕の表情を浮かべ何か抗議の言葉を口にしようと動かしたが間に合わず光の粒となって虚空に消えた。




 そこは煉獄と呼ばれるエリア。

 繰り返される死の世界。

 何度死んでも生き返る地獄のような場所だった。


「なんなんだ、こいつら!」


 シスコは吠え、目の前に殺到する矮躯のやせ細った小人。頭部が肥大した外見の奇形の存在を殴り飛ばす。放っておけば四肢に取り付いて鈍い歯を突き立ててくる。

 明らかな敵。


「くっそ、鬱陶しい」


 叫んで異能像エイリアスを同調させそいつらをひき肉へと変える。一体だけなら大した脅威ではない。二体でも、三体でもそれは変わりない。だが、それが五体とも六体ともなれば話は違う。まとわりついてくるそれらの矮躯を致命の一撃をもって振り払う。


 状況が落ち着いたとき、シスコの周囲には肉塊となった奇形の餓鬼ともいえるそれらの躯が山となって積み重なっていた。

 躯は徐々に黒い靄の様になって崩れてゆく。


「こんな中を進めって言うのかよ」


 シスコは唸り、そして、足元の躯を蹴り飛ばして歩を進める。物言わぬそれらは地面を転がるだけだ。

 よくよく見れば、大地は赤茶けて、地に伏した躯の流した血によって赤黒く変色し、空は暗く、黒く淀んだ雲がどこまでも覆っている。

 不安を掻き立てるように風が吹きすさび、どこからともなく寂し気で陰鬱な音が鳴り響く。


 そここそが、黒龍が誘った地、煉獄である。


 死と闘争の地。穢れと殺戮の地。そして希望の土地でもある。




「こんなの死んでしまいますわ!」


 いぶりーは何処までも続く瓦礫の中を必死に走っていた。その後ろを二メートルはあろうかという上背の大男が複数追いかけている。彼らに共通するのは、額、こめかみのあたりから太い角が生えている。日本人が見れば、間違いなく鬼と呼ぶだろう。


「こ、来ないでくださいませ!」


 叫ぶと同時、戦闘を走る鬼の前で炎が生まれ、弾けた。いぶりーの異能である。瓦礫を吹き飛ばすほどの威力であったが、しかし爆炎と土煙の向こうから鬼たちが飛び出してくる。見れば体表は炭化し、一部は赤黒い筋肉や骨さえも露出している。先頭を走る鬼などは瞼や鼻、唇なんかが消し飛び、ぎょろりと剥きだした眼でいぶりーを睨みつけている。


「スプラッタ、スプラッタはダメですわーッ!」


 いぶりーは叫ぶ。とはいえまだ演技を続ける余裕はあるらしい。何度も爆炎をまき散らし、何度目かでやっと数匹の鬼が倒れるが、それでも音と煙に引き寄せられてくる。


「また増えましたわね! こおの! もうお腹いっぱいですわよ!」


 赤黒い煉獄の空にいぶりーの怒声が響き渡った。




 ごろーも、シスコに似たような目に合いながらも煉獄の最奥部にあるという泉を目指す。


 ごろーがこのエリアに降り立った時、瓦礫の山の上に黄金色に輝く門があった。門からは神々しいまでの光の柱が立ち昇り、一時目を奪われたものの目的地が泉であることを思い出して背を向けて歩き始めた。


 瓦礫ばかりの足場の悪いエリアはどこまでも続いていて、小柄なごろーと比べてもおなじくらいの上背か、それよりも背の低い角の生えたやせ細った人型の生物が集団で襲ってくる。ごろーはそれを餓鬼、と心の中で呼んでいた。昔、観光地の展示物で見た餓鬼にその突き出した太鼓腹も含めてそっくりだったからだ。門のある丘を下ると倒壊した家屋やビルなどがある見通しの悪い地域に入る。

 丘の上から見下ろせば、それがどこまでも続いているように見える。

 シスコならば、瓦礫の向こう側、家屋の倒壊した地域の先、暗がりの中に赤茶けた大地が広がっていることが見て取れただろう。そして、そんな荒れ果てた大地の中でうごめき彷徨う鬼たちの姿をも見ただろう。


 ごろーは何度も迫りくる小鬼どもを殴り殺し撃退し、ゆっくりとした足取りでただ進む。以前であれば少し戦っただけで気を失っていたはずが、


(調子がいい)


 これである。

 以前とは違い頭が冴えている気さえするのだ。単独で戦う不利な状況にも関わらず、こと戦闘に関しては非常に頭がよく回る。相手の動きがよく見える。何より、相手の狙いが感覚でもってよくわかる。

 生体エネルギーを意識して扱う術を得たというのもあるが、本来的な意味で『エイリアスシステム』を完成させ運用していることも大きい。寧ろ、よくもまぁ今まで不完全な状態で野良パーティー等に参加してクエストを熟していたものだ。


 ここにきて、ごろーは直接敵と戦うことの楽しさを覚え始めていた。

 そもそもごろーの究極的な目的は「楽に稼ぎつつ美人のお姉さんたちに甘やかされたい」これである。ごろーのアバターも割とその辺をこなすために幼い感じに作ってある。お姉さん連中はきっと、おそらく、多分可愛いもの好きである。なので、ごろーは幼女に片足突っ込んだ女の子のアバターにしたのだ。


 しかし悲しいかな、ごろーたちが拠点にしている第三ロビーの女アバターは今現在9割がネカマである。男も少数交じっているが、彼らはえっちなアバターを見たいがために居ついてしまった中身なんて何でもいい派の残念な連中共である。そういう意味ではごろーの目的は半分とん挫している。


 が、ここにきて新たな楽しみ、戦い、というものを見出しかけている。


「ふっ!」


 息を吐き出しつつ、巨大な腕を纏わせた右腕を繰り出せば、小鬼はまるで鉄塊を腹に受けたかのように弾け飛ぶ。

 体に取り付かれ、歯を突き立てられるが慌てない、空いた手で頭部を掴み握りつぶす。


(これぞ無双ゲー。楽しすぎる)


 ごろーは眠たげな表情に薄っすらと笑みを浮かべながら集り来る小鬼どもを屠り続けるのだ。


 しかし、そんな無双ができるのもこの瓦礫地帯までだ。その先、赤茶けた大地には強力な鬼たちがひしめいている。




 赤茶けた大地をシスコは走っていた。異能像エイリアスを展開、同時にシンクロし、全力全開での疾走。シスコが通りすぎた場所をほんのコンマ数秒を置いて地面が大きく爆ぜる。それが何度も何度も続いている。


「クッソ、何だってんだ」


 遠方から飛来する岩塊、狙撃と言ってもいい程に正確なそれは、徐々にシスコの動きを読み、際どい位置に落ちる。シスコが肩越しに振り返れば、遠く離れた岩山の上、数匹の鬼が岩を大振りで投擲している姿が目に入る。

 赤い大地に足を踏み入れた瞬間これである。近寄ろうにも連携をとってくるために近寄れない。シスコが取れた行動はせいぜいが射程外を目指して走ることくらいだ。


 もう少し、あと少しで崖がある。その下がどうなっているかは分からないが飛び込んでしまえば少なくとも岩塊による爆撃は回避できる。シスコは思考し、蛇行を交えつつ走る。


 そして、間一髪、シスコの逃げ道をふさぐように複数の岩塊が着弾する瞬間に進路を変え崖の下へと飛び込んだ。


 崖は、たいして高くない。


 助かった。シスコが呟き、態勢を整え着地の為に身構え下を改めて見た時、棍棒を構えた鬼の姿があった。

 シスコが最後に見たのは眼前に迫る棍棒の先端。衝撃に続いて訪れるはずの痛みを感じることなくシスコの視界は暗転した。




 シスコたちを送り出して数日、キヨカにエイリアスシステムとは何なのか、とか、どういった技術が必要になってくるだとか専門的な用語や話を交えつつ懇切丁寧に教えながら黒龍リトラは日々を過ごしていた。


 黒龍リトラは拠点の洞窟の前に伏して頭を低くして洞窟の中を覗き込む。黒龍の視線の先にはタッチパネルの大型モニタの前で一生懸命作業しているキヨカがいた。


「おーまさん。あびりてぃーのそーびってこれでいいの?」


 キヨカはコンソールに向かいあれこれ操作し、振り返って黒龍リトラを見上げる。


『うむうむ、それでよい。よくできたの。さすがはキヨカであるな。それで体術に生命科学、それと生体エネルギー学はセットできたな、あと成長補助も入れておくのだぞ。そうなるとあと一つ枠が開いておるのだが……何かやってみたいこととか、希望はあるか? いずれは成長補助も必要なくなるでな、二つ考えておくと良いぞ』


 キヨカはちょっとだけ考えて、


「えっとねー、シスコお姉ちゃんのお手伝いしたい。おりょーりとかおそーじとか」


『そうかそうか、キヨカは偉いな。ならば、料理か家事のアビリティかの』


「できるようになったらいーなー、きっとお姉ちゃんびっくりするよ!」


 そんな感じでほのぼのと日々を過ごしていた。


『アビリティとは各プレイヤーに与えられた専用装備スロットを使用することで、それぞれのアビリティに対応した知識、技術、閃きなどを得られるチート機能である。装備するだけでその道のプロになれるエイリアスシステムに付随した機能のことだ。スロット数は初期で3、条件を満たせば最大で5つのスロットを得ることが出来るぞ。キヨカらは我の権限で特別に最大スロットを使えるように解放済みである』


 黒龍はキメ顔で告げる。


「おーまさん?」


『うむ?』


「まえもいってたよ?」


『なに、ここで言っておかなければならない気がしてな……』


「へんなのー」


『くっくっく、そうか、変か』


「へんだよぉ」


『そうかそうか、はっはっは』


 実にのんびりとした二人の時間が流れていた。



 ※成長補助のアビリティについて、成長補助はセットしたアビリティの情報をプレイヤーが十全に使いこなせるようになるまでの時間を短縮してくれる。システム側がアビリティの内容を完全にマスターしていると判断した場合、アビリティの後ろに☆マークが表示される。

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