第34話

『生体エネルギーを扱うということは生物としての格が上がるということだ。肉体はいずれピークを迎えはするが老いは緩やかになり、身体能力、思考能力、恒常性が高まる。そして、寿命はその生物の持つ限界をはるかに超えて生きる。特にエイリアスシステムと融合を果たした者は新たな生命として生まれ変わったといってもよい程に別物だといえる。真に異能者となり、老いず朽ちず精神生命体と物質生命体の中間の性質を得るのだ。ついでに豆知識であるが、魔獣とは生体エネルギーの扱いを身に着けた野生動物のことであるな』


 いつもの修業風景を見下ろす黒龍リトラは虚空を見つめながら語る。


「で、それは誰に向かって言っていますの?」


 膝を折り、地に側腹をつけてくつろぐ黒龍の隣では、岩を成型して作られたテーブルセットでくつろぐいぶりーの姿があった。テーブルセットの表面は滑らかで熱によって融解しガラス質となっていた。

 いぶりーが能力コントロールの一環で作り出した力作である。


『いや、一応ここらで説明が必要だと思ってな。それにしてもなかなか良い調子で進んでおるな。この調子であれば明日か明後日には魂の融合もこなせそうだ。改めて次の予定を組まねばならん』


 黒龍は嬉しそうに言う。が、それは同時に黒龍との別れが近づいてきていることを示している。


「リトラ、あなた本当にそれでよろしいの? キヨカはきっと悲しみますわよ」


 いぶりーは小さく息を吐いてテーブルの鏡面に移り込んだ黒龍リトラの瞳を覗き込む。しかし、そこにはただ、キヨカを含めた皆の成長を喜ぶ色しかうかがえない。


『なぁに、あの子の芯は強い。きっと我のことも乗り越えてくれるはずだ。それに、お主らがおる。そもそも我らAIに死などないのだ。データを消されぬ限りな』


 声を落として静かに嘯くのだった。


 黒龍の見立て通り翌日にシスコが、翌々日にキヨカがシステムとの融合を果たす。

 しかし、ごろーはどうも上手くいかない。


『生体エネルギーの操作や練度を見ても特に問題はない。パッシブ系の能力であるし融合しやすい部類のはず、我の見立てではいつ出来てもおかしくはないのだが……』


 黒龍は唸り、ふて寝を始めたごろーを見下ろす。

 ごろーとしては出来ないものは仕方ない、また気が向いたらやろうという腹積もりだ。


「んー、コツが掴めていないとか?」


 シスコは腕組みして首を傾げ、自分の推測を口にする。


『いやそれは考えづらい。ごろーは既に自身の魂を感じ取っている。そうであれば寄り添うようにして存在するエイリアスシステムのコアを同時に知覚していなければおかしいのだが……』


 出来ていないということはごろー本人かシステムの方に何かしらの問題があるということだ。


 結局、その日のごろーは昼過ぎまで寝て過ごしていて、起きだしてからは洞窟内の端末で自身の異能像をいじり始めた。

 ごろー本人としては、出来ないものに固執したって仕方ないし偶には気分転換でもしようと思ってのことだ。


「ふんふんふ~」


 鼻歌交じりに専用端末の画面を指先の腹でなぞる。

 画面にはごろーの異能像、その素体が映し出されている。


『エイリアスシステム』の外観を構成する要素は、『素体』と『武装』の組み合わせによって決まる。

『素体』はエイリアスシステムの本体であり、基本的に一人につき一つが与えられている。

 武装はオプションに『武装』と名のついたものをセットすることで初めて素体に装備することが可能になる。ごろーで言えば『武装Ⅰ』と『武装Ⅱ』がそれにあたるのだが、これはそれぞれ「防具を一つ装備可能になる」「単純な構造の武器を一つ装備可能になる」という効果がある。

 それらの装備品が組み合わさって『異能像』としての外観が完成するのだ。


 完成するのだが……、画面に映るのはごろーの素体。壊れた鶏の頭とジャガイモののような巨大な岩塊の胴体、腰はなく、下部に直接貼り付けられた獣の足に、左腕はどこかから拾ってきたような木の枝で、唯一まともなのは巨大な右腕だ。

 いぶりー曰く現代アートにしか見えないのがごろーの素体である。


 で、ごろーが何をしようとしているかというと、素体のカスタムだ。普段は黒龍が食材を狩ってきてくれるのだが、その中には魔獣も偶に混じっていて、余った部位を貰ってストックしていたのだ。


 とりあえず、右腕を熊にして~、胴体もかえないとなぁ、そんなことを考えながら画面をぽちぽちタッチする。


「お、機嫌直ったみたいじゃん。今日はもう修業しないの?」


 とはごろーが何かを始めた気配を感じ取ったシスコである。


「ん」


 ごろーは頷いて画面を指さす。

 そこには件の現代アートが鎮座していてシスコは独特な見た目をした素体を目にして言葉を失う。


 シスコの知る素体は例えるならマネキンである。

 プレイヤーの体型を写し取った形状のマネキンこそが『素体』のデフォルトの外見だ。そして、基本的に素体は余程の拘りが無い限り変更するということはありえない。

 なぜなら初期の素体には知覚の為に必要な視覚嗅覚聴覚触覚味覚が備わっており、強化(素材アイテムを合成し性能を高めていくソシャゲとかでよくあるアレ)を行っていけば十分使い続けられるのだ。

 シスコが知る限り素体を弄って変化させているプレイヤーは限りなく少ない。見た目を変えたいなら防具に拘ればいいし、防具にはスキン機能があり防具の性能をそのままに見た目を変えることだってできる。


「ごろー、これ防具のスキンを変更してるだけだよね?」


 そうであってくれ、シスコは願いつつ尋ねる。


「んーん、そたい」


 その返事にシスコは天を仰いだ。

 シスコの反応にごろーは首を傾げる。


「これ、素体のカスタム画面なんだろうけど、ほらここ見て」


 シスコが指さすのは画面の端っこ、素体を構成するパーツリストが表示されている。

 そこには「マッシブ右腕・浜松のタキトゥス製作」との表示。マッシブ腕部は制作者が付けたパーツネームで、その後ろは制作者の名前だ。


 ごろーはいまいちピンとこないらしい。


「ここってカスタムの時に使ってるパーツ名が表示されるんだけど、右腕以外表示されてないでしょ。これって右腕以外素体って認識されてないんだよ。装飾品扱い」


 ほら、と言ってシスコは画面下に格納された部分を表示させる。そこには岩と鶏頭と獣の足や枝などの単語とその後ろに三桁の数字が並んでいる。(三桁の数字は異能像を展開するために上乗せされる必要コスト。装飾品を付けると差別化可能だが発動コストが高くなる。なのでこの機能を使うプレイヤーは居ない。死に機能である)


「……」


 ごろー、ごしごし目をこすって画面を見て、もう一度目をこする。それからシスコの顔を見て、


「ま?」


「マジもマジよ。これ元の素体に戻した方がいいよ。この右腕が気に入ってるなら編集で差し替えればいいし。不格好になるけど」


 流石にこれ以上不格好になりようはないけど、との言葉を飲み込んでシスコは忠告する。

 が、


「ない、よ?」


 ごろー真顔で宣うが、それは表情が変わりにくいからで内心冷や汗がダラダラ吹き出しまくっている。


「ない……え? どこやったん?」


「うった」


 ごろーの話すところによると、この右腕を露店で見つけた際に一目ぼれして店主と交渉。手持ちが足らないごろーは粘りに粘って素体と交換ということになったらしい。差額の500クレジットが戻って来たと言うものの明らかに鮫トレである。


 ところで他人の素体に需要があるのか、と問われると実はある。

 素体を公式ストアで購入すると必ず購入者の体型をコピーしたものが手に入るようになっている。

 そこで自分以外の体型をした素体が欲しい場合は他人から譲ってもらうしかないのだ。加えて公式ストアで素体を購入する際はなかなか良い値段を取られる。それこそごろーが買った右腕が五つは買えるくらいの値段が付けられているのだ。


「ダメなやつだコレ。ってことはさ、ごろー今まで右腕だけの未完成状態で戦ってたってこと? ってゆーか何でこれで動かせてんだよ。どうすんのこれ、リトラと戦うってなったら大丈夫?」


 二人は知らないことであるが、ごろーの異常火力は異能の全出力が右腕に集約されていたからこそでもある。


「み、みぎうででもたたかえるし……」


「ほんとに?」


「……」


 ごろー、そっと目を逸らす。

 二人には最早お手上げである。




『むむむ……なるほど、それで我のところに来たのか』


 小川のほとり、黒龍リトラが膝を折って寝そべっているところにシスコとごろーは相談にやってきた。黒龍の視線の先には川辺で何やらやっているいぶりーとキヨカの姿があった。


「何とかならない? このままだとごろー詰んじゃうかもしれないし」


「ん」


『そうであるな、素体の件は問題ない。洞窟の端末から公式ストアに繋げられるようにしておこう。しかし、運営側に気取られても面倒なので我も購入する際は立ち会うぞ。多少の欺瞞をやらねばあれこれ口出しされかねんからな』


 黒龍はゆっくり立ち上がると、小川で遊ぶいぶりーとキヨカ二人に『少し離れるでな』そう言ってシスコとごろーを促して歩き出す。


『それにしてもごろー、お主今までよく死なずにおられたものだな』


 黒龍は足元を歩くごろーをちらと見る。

 ごろーは何を言われているのかわからず首を傾げている。


『お主ら偶にシンクロをやるであろう、あれは肉体の状態を素体に重ねるため肉体の状態も逆に素体の状態に引きずられることがあるのだ。右腕だけとはつまりそれ以外がない状態なのだが、その無い状態に引きずられればどうなると思う』


「そっかそれ以外が機能しなくなる」


 気が付いたのはシスコだった。


『うむ。ごろーは以前シンクロをする度にエネルギー切れを起こして気絶していたという話をしていたが、恐らくは未完成の素体も原因であろうな』


「お、おぉ……」


 ごろーの顔色は悪い。結構危ない状態で過ごしていたことに気が付いたから。

 思い起こせばシンクロしなければ気を失うこともなかったし、頭部を搭載したのにシンクロした際に視覚も聴覚も再現されなかったのをバグだと勝手に思っていた。

 ただでさえ会話が片言なのも現在の能力を使用し始めてからなのだ、そう考えても仕方がないのだ。


「もしかしてごろーが融合出来てないのって……」


 シスコ、あきれ交じりの目でごろーを見る。


『うむ。融合の条件の一つとして初期素体或いは運営公認の素体であることも含まれておるからな。システム側がプレイヤーと素体が同質であると認識せねば融合機能は働かぬ。お主らを鍛えると言った手前ではあったが、これは完全に我の説明不足であったな』


「一応聞いておくけど、他に言い忘れてる事無いよね?」


『む? 今の段階ではないぞ』


 シスコは訝しむものの、黒龍は気にした様子もない。

 洞窟に辿り着いたシスコたちは黒龍立ち合いの元、公式ストアから素体を購入したのだが、購入の際に黒龍が詫びも兼ねて販売金額をいじって0クレジットに書き換えた。


『今回は我の落ち度である。よって、このくらいはさせてもらわねばな』


 この黒龍、本当にやりたい放題である。


 ごろーが買ったのはXLサイズのオリジナル素体(通常の素体よりもサイズが大きいがその分顕現コストが高くなる)を選んでいた。マッシブ右腕が使えないとわかった際にごろーが巨大な素体がいいということでオリジナル素体の中で一番大きいものを選んだ形である。


 その後、シスコといぶりーはごろーの異能像を完成させるために防具づくりやら武器作りを手伝ってあれやこれやで二週間が経過した。


 完成したごろーの異能像は魔狼の皮を鞣して作った全身ボディ―スーツに火山から採取した(と黒龍が主張していた)鉱石から作られた補強版をあちこち取り付けた形で、武装はこれも鉱石から作ったガントレットを両腕に取り付けている。

 外観を例えるなら某オブ〇ディアンフューリーを女性っぽいボディラインにし、両腕にはビッ〇オーの前腕を取り付けたような感じである。


「ふぉおおお」


 ごろー、完成した自身の異能像を見て鼻の穴を膨らませる。

 シンクロしても意識を失わない、全力で殴っても倦怠感がない、武器(ガントレット)を装備したから打撃の威力も上がっている気がする。興奮しないわけが無い。

 何なら完成した異能像のお陰かすんなり融合も完了してしまった。

 これぞブレイクスルー。


 興奮したごろーは皆が止めるのも振り切って森に向かって駆け出していき、日が沈みかけた頃に激しく頭部を損傷した四つ足の獣を引きずりながら帰ってきた。


「以前にも似たような光景を目にしましたわね……」


「そうね、よくよく考えるとあの頃と比べてもおれ達の生活ってほぼほぼ変わらないんだよなぁ。今はキヨカたち居るけど……」


 初めて三人でクエストに行った時を思い出す。が、相変わらずのスプラッタ。

 夕日に照らされるごろーは満足げではあるが、以前に増して巨大な獣の躯は近づくにつれ結構な損傷具合であるのが見えてくる。

 破損した頭部もそうだが、胸部から骨が飛び出しているし、骨盤のあたりがぐにゃぐにゃでもう見ているだけで不快指数はいや増してゆく。


「あれ絶対内臓破れてるよぉ……、処理するの俺なんだけど……」


「ダメそうなところは言ってくださいませ、燃やして差し上げますわ」


『あれはヘラジカの魔獣であるな。この島の中でもなかなかの強さを誇っていたヤツでな、よく魔狼をその角で返り討ちにしておったよ』


 黒龍はしみじみと語り、


「きょーはおごちそうだね」


 キヨカは嬉しそうに言うのだった。

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