第33話

 以前説明したか忘れたのでここで一つ、プレイヤーがこのゲーム、『Rayden City Story : Call Of Abyss』においてどういう立場であるのかを説明することとする。


 このゲームの舞台は都市国家である『レイデン市』という近未来都市である。そんな都市には様々な種族が住んでいたりするのだが、その辺はまぁ、どうでもいい。

 プレイヤーはと言うと政府機関の一つ『都市管理局』という組織に雇われた嘱託下級エージェントである。立場的には下っ端の使いっ走りで、歩合制の日雇い労働者みたいな感じである。

 クエストと言う名の都市住民や各種機関からの依頼を熟しつつ日銭を稼ぐのがプレイヤー達下級エージェントなのだ。なぜ高難易度以外に都市を舞台にしたクエストが存在しないかと言うと、失敗すると都市住民や住居、商業、インフラ施設等に被害が出る可能性が高いからである。

 逆に都市外のクエストで失敗されても下級エージェントが死ぬくらいしか損失は無いので都市管理局にとっては大した痛手でも何でもないのだ。


『本来は生体エネルギーのコントロールができる者にエイリアスシステムを移植し運用する予定であったのだがな、政府側が大量の実働データが欲しいと言い出した。そこで管理局の下級エージェントであるプレイヤー達に移植されることになったのだ。実際移植された全員に体調不良などもないし、出だしは順調といえる。まぁ、設定としてはこんなところだ。そして、融合を果たした者たちの構成した能力の中でも優秀、あるいは汎用性に富む能力を参考に都市軍に正式に配備するシステムのひな型とする。ここまでが管理局エージェントにエイリアスシステムを与えた目的であるな』


 因みに、『エイリアスシステム』が実装される前の下級エージェントの生存率は某Dクラス職員並みである。こういったデータは研究所のアーカイブから閲覧することが出来るのだが、ゲームを彩るバックストーリーを一々調べるプレイヤーはデスゲ化以降減っていたりする。


「……誰におっしゃっているのかわかりませんわよ」


 草原の、開けた場所で膝を折り、寛ぐ黒龍が誰にともなくそんなことを言う。そして同じく隣でくつろぐいぶりーはあきれ顔で黒龍を見上げる。


『なんとなく、解説してみたくなったのだ。気にするでない』


 時間は昼過ぎ、今はシスコ、ごろー、キヨカの修業を二人して見守っているところである。何がどうしたのか、なんと、いぶりーは魂の融合を果たしたせいか、本能レベルで異能どころか、生体エネルギーをコントロールできるようになっていたのだ。これには黒龍もびっくりである。

 そして、いぶりーは仲間二人に対してマウント取り放題になっていたのだ。


「シスコさん、ごろーさん、貴方達なっていなくってよ! お二人のオーラに淀みが見えますわ!」


 黒龍に運ばせた岩の上から修業中の三人を見下ろしながら偉そうにふんぞり返るのである。


「アイツの今日の晩飯は芋虫にしてやる」


「ふんす!」


 そして、着実にシスコとごろーのヘイトを稼いでいく。

 晩飯の時間、いぶりーの怒りの咆哮が火山島に響いたとかなんとか。




 同時刻、第一ロビー。

 露天市場の様相を呈し、活気に満ちた第一ロビーでは第一線でクエスト攻略に挑むプレイヤー達でごった返していた。攻略を主に行う者、攻略者の支えとなろうと、様々な装備を開発し販売する者、あるいは彼ら相手に食事を販売する者、様々な人々が集まり、半球状のドームは一つの町と言ってもよい程に賑わっている。


 そんな第一ロビーの一画。

 ゲート間移動ポータルの前。


「ファセット、どういうことなの!」


 女性の、ユイの怒声が響き渡る。


「どうもこうもありませんよ。ひと月ほど前からシスコとは会っていませんから」


 怒りの矛先であろう女性、修道女姿のファセットは平静のままに対面するユイを見る。


「あなた、あの子の師匠を名乗っているんでしょ。気にならないの?」


 そう、ひと月の間、彼女ら共通の友人である少女、シスコはその姿を見せないどころか音信不通となっている。ゲームのシステム上どうやっても連絡が取れないのは仕方が無いが、ひと月も同じクエストに掛かり切りというのは異常なことだ。


「シスコは決して弱くはありません。ずっとクエスト中という表示ですけれど、自分で何とかしますよ」


 彼女らのフレンドリストではシスコはずっとクエスト中という状態から変化がない。

 こんな状況でなければファセットの言葉を聞いても心を乱されることはないだろう。が、今のユイは違う。


「いま、現実にあの子は戻ってきてない。それがすべてでしょう!?」


「ですが、私たちには手出しできない、違いますか?」


 あくまでファセットは冷静に告げる。それが余計にユイの感情を逆なでると知っていてもそう言うしかない。


「もういい、これ以上の会話は無意味よね」


「平行線、ですか。ですがユイ、アナタは少し冷静になるべきです。幸いにも私たちには3点のライフが与えられています。デスゲームと告知されていますが二度は失敗できるということです」


「こんな状況で冷静になれですって? 冗談じゃない、命を失うような経験をして傷つくのはシスコちゃんなのよ? あの子にもしものことがあったら、私はきっとあなたを許さないから」


 ファセットを睨むユイは、背を向けて振り返ることなくポータルの淡い光の向こうに消えた。


「ユイ、シスコはあなたが考えているような人物ではないのですよ」


 ファセットの小さなつぶやきは雑踏の音に紛れて誰かの耳に入ることはない。

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