第31話
「っぁあーー! わかんねー、わっかんねーよ!」
シスコやごろー達のいる小川のわきの草原から川を下ること百メートルほどの河原でいぶりーは頭を抱えて叫んだ。
原因は件の生体エネルギー、オーラである。
最初シスコは「みんなで修行すれば捗るはずだし、一緒にやろう」と提案したのだが、
「ここは一つ誰が最初にオーラの扱いを身に着けられるか勝負ですわ! もちろん私が一番でしょうけど!」
とまぁ、こんな感じで大見えを切って個別で修行することを押し切ったのだ。押し切ったのだが、あれから一週間、何の成果も得られない状態が続いている。
「はぁ、あー、めっちゃスローライフしてる。偶のキャンプなら悪くないんだけどなー」
独り言が漏れる。
「っといけね、川のせせらぎが耳に心地よいですわ」
口調を正しつつ背の高めの岩に腰掛ける。ここ一週間一人でいる時間が長いせいか口調が
「でもどーやったらオーラなんてものが分かるんだか」
つぶやきつつ手のひらを上に向けてそこに炎を生み出す。生み出した瞬間、確かに体の中から何かが飛び出していく感覚はあるものの、能力を行使しない状態では全くわからないのだ。
「とりあえず座禅でもすっかー……な?」
いぶりーがため息を漏らしつつ視線を下げれば、そこには体育座りしていぶりーを見上げているキヨカの姿があった。
キヨカはキョトンとした表情で、何やら首を傾げている。
「ひょ? ……あのーキヨカはいつからそこに居ましたの?」
引きつる笑顔で尋ねてみれば、
「おっきな声だしたとこ。いぶりお姉ちゃんどっか悪いの?」
シスコが居れば頭、と教えただろうがここには居ない。
「べ、別に悪くありませんわよ。まったく居たのなら声くらいかけなさいな」
やっべー、わたくしのキャラが壊れる、なんてどうでもいいことを考えていたが、そもそもキヨカにとってのいぶりーは変な口調のお姉ちゃんである。今更つくろったところでキヨカが色眼鏡で見ることはまずない。
「さけんでたから」
「っあー! そうでしたわね! で、なにか用ですの?」
いぶりーはまた頭を掻きむしりたくなる衝動を抑え込んで、努めて笑顔でキヨカを見る。
「んー、どうしてるかなって」
「いつも通りですわ。修業ですわよ」
「そっかー」
キヨカは佇んだままいぶりーの事を見ている。どういうことをするのか興味があるらしい。
いぶりーからしてみればやりにくいことこの上ない。あっちに行けなんて言うわけにもいかないし、かといってこの中身四歳児にどうやってオーラの感覚を掴んだのかなんて聞けるわけもなかった。いぶりーにも大人としてのプライドがあったし、何よりこの中身四歳児がきちんと説明できるとも思えなかったからだ。
どうしたものかと思案して、そういえば、と口を開く。
「そういえばあの二人、様子はどうですの?」
「げんきだよ。ごろーお姉ちゃんはいっつもお昼寝してるけど」
「そうじゃないですわ。オーラは使えそうですの?」
聞いたからといって何が変わるわけではないのだが、自分ひとりが置いて行かれるのも嫌なのだ。
「おーら? せーたいえねるぎーのこと?」
「そうですわ」
「えっとねー、ごろーお姉ちゃんはねー、まだよくわかってないみたい」
つまり進捗はこちらと変わらないということだろう、といぶりーは心の中でガッツポーズを決める。
「ということはシスコも?」
いぶりーは期待感からかニヤニヤが止まらない。隠そうと努力しているが、口元から目元から何を考えているかまるわかりなのだ。
「んーん、シスコお姉ちゃんはもうちょっとでできそうだよ」
一瞬にしていぶりーの顔から一切の表情が抜け落ちた。
「きのうね、おーら? みせたらねーすごいんだよ。ちょっとだけどうごかせてたもん。……あれ、どーしたのいぶりお姉ちゃん?」
いぶりーはもはや勝ち目はないと理解して真っ白に燃え尽きてしまっていた。単に他の二人に対してマウント取れないことが悔しくて、一周回って虚無になってしまっただけなのだが。
「こうしてはいられませんわ! キヨカ、行きますわよ!」
いぶりー、直ぐに再起動し立ち上がる。
その日シスコは小川のせせらぎの音を背にゆっくりと自身の体を巡る、五感とは異なる感覚を掴みかけていた。
異能を発動する際に体内で精製される未知の生体エネルギーを今度こそオーラとして知覚しかけていたのだ。昨日キヨカのもたらしたヒントは、確実にシスコの成長を促していたのだ。
小川の傍に佇むシスコは半眼のまま心を水面のように落ち着けて、体内の感覚を探る。すると肉体の持つ皮膚感覚、熱や心臓の鼓動とは異なる、体内で静かに対流し全身を包み込む何かがある。
もう少しでつかみ取れる。確信を得たシスコは精神を研ぎ澄ませ……。
「シスコ! 抜け駆けは許しませんわよ!」
突然の声にビクリと体を震わせて、掴みかけていた感覚は霧散した。
「いいところなのに邪魔しないでよ」
振り返り、いぶりーを睨む。
土手っぽい盛り土の上で腕組みして立ついぶりーがシスコを見下ろしていた。そしてその隣ではキヨカが微笑みながら手を振っている。
「だからですわ! たとえシスコであっても私の前を行くことは許しませんわ!」
「いや、そういうのって元々出来るヤツの言うセリフじゃん」
「いぶりお姉ちゃん、じゃましたの? いけないんだよ?」
キヨカの咎めるような視線を受けて、いぶりーは若干たじろぐものの、フン、鼻を鳴らして、
「べ、別に邪魔しているわけではありませんわよ! そう、これは激励ですわ!」
「いや、さっき自分で邪魔したの認めてたじゃん」
「ぐ、ぐぬぬ……ああ言えばこう言う、なんなんですの!」
「なんなんですのって……そういういぶりーはどうなんだよ」
「どうって何がですの?」
「生体エネルギーってやつ使えるようになったのかってこと」
「か、完璧ですわ!」
シスコは目を細めてさらにふんぞり返るいぶりーを見る。
「なんですのその眼は」
「ほんとかなぁ、参考にしたいしちょっとコントロールしてみてよ。もしかしたらそれで何かわかるかもしれないし」
シスコは
「ざ、残念ですわね、わたくし人にわざわざ見せるような真似はしないのですわ」
「やっぱ出来ないんじゃ……」
「出来ますわよ!」
「でも、見せられないってことは出来ないんでしょ。だっていぶりー自分の見つけたものとかすぐに見せびらかすじゃん」
「うぐぅ……仕方ありませんわね。やってやりますわよ!」
いぶりーは、焦っていた。でも、と考える。シスコだってオーラの事をわかってない様子だし、適当にそれっぽい動きをして見せれば誤魔化されるのでは、と。
「行きますわよ! 目ん玉かっぽじってよくみてなさいな!」
いぶりーは宣言と共に足を肩幅くらいに開いて腰を落とす、
「はあああああああああ!」
気合の声をあげ、自身の異能で周囲の空間に陽炎の如き揺らめきを作り出す。そう、これがいぶりーの思いついた秘策である。
なんかアニメとかで強者が纏う空気を表現するのに空間が歪んで見える描き方をしていることを思い出して、自分でそれっぽく再現してみたのだ。
とはいえ、相手に異能像を見せずに陽炎だけを発生させるのは、これはこれで難易度の高い操作である。(いぶりーがやろうとしているのはシンクロという技術で、実はシスコもごろーもちょくちょく使っている。三人の中でまともに扱えないのはいぶりーくらいなものなのを本人だけが知らないのだ。とはいえ、プレイヤーの中でも実戦で使えるのは全体の2割程度なのでシスコもごろーも実はそれなりに凄かったりするのだ)
いくらも経たないうちにいぶりーの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「これが私の実力ですわ!」
飛び散る汗が陽光に輝いて輝いて見える。
いぶりーは正に大舞台の主役を演じきった役者のような充足感に満たされていた。
「え、うん。それ異能使ってるだけだよね?」
「つ、つつつ使ってませんわ! いちゃもんですわ!」
「ゴメンいぶりー。言ってなかったけど、おれ、生体エネルギー見えるんだ」
「は?」
一転していぶりーは呆けたように表情が抜け落ちる。
「ほら、おれの能力ってもともと視覚強化するやつじゃん? で、能力の延長でそういう普段目に見えないモノとかも見えるんだよね」
「は? みえ? なんて?」
「えーと、まぁつまるとこ最初からいぶりーがオーラをコントロールできないのわかってた」
「ち……」
「ち?」
「チートですわ! 卑怯ですわよ! そうやって人の事馬鹿にして!」
顔を真っ赤にして吠える。確かに卑怯なのは間違いない。とはいえ、
「チートって、このゲームで聞いたことないんだけど……」
プレイヤーの中にはゲーム内部からプログラムにアクセスできないか試している者達もいるものの、それらしき何かにアクセスできたという噂すら流れていないのが現状である。
「ものの例えですわよ!」
「あ、うん。そっかぁ」
そんなこんなで足を引っ張ったり煽ったりで更に二週間。
「ねーねー、まだできないの?」
「はりーあっぷ」
川辺で瞑想するいぶりーをシスコとごろーが煽る。
意外なことに一番最初にオーラを知覚しコントロールできるようになったのはごろーである。というか、初日にはもう殆どできていたらしい。ごろ寝をしていたのは体内のオーラの移動を意識していたからだそうな。
キヨカはつまり表面的なオーラの動きしか見えていなかったのだ。黒龍はキヨカには更に観察眼を鍛えられるように教育方針に修正を加えた。
黒龍の見立てではごろーの異能はパッシブ効果もあるらしく、それが関係しているのではないか、とのことだった。
シスコの方はというと、結局オーラを意識するとっかかりを掴むのにてこずっていてあれから何日か進展がなかったりなんだったりでやっと出来たのだ。
「うっさいですわよ! 気が散りますわ! だいたいシスコ、アナタだってさっきできたばかりなの知っていますわ!」
「でも、先にできたことは変わりないもん。ねー」
「ねー」
仲良さげにごろーとシスコは笑顔で可愛らしいしぐさで顔を見合わせる。
「あんまり怒らせたらだめだよー」
キヨカはごろーを後ろから抱き寄せつつやんわりとたしなめる。できた子供である。そしてごろーは後頭部に当たるキヨカのふくよかな胸の感触に人知れず興奮するのであった。
この修業期間で四人の中は結構近づいたのではないだろうか。煽りあいも気心知れた仲になったから、のはずだ。
「ぐぬぬぬ……今に見てなさい!」
吠えるいぶりーに、
「いぶりお姉ちゃんもおちついて、ね?」
「あぁ、キヨカはいい子ですわね。そのまま大きくなってくださいませ」
いぶりーは深いため息を漏らすのだった。ライバル認定したシスコが先抜けしてしまったので緊張の糸が切れている。
果たしていぶりー、無事に生体エネルギーをモノにできるのか。
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