第30話

「ハァ! ハァ! ハァッ! ハァッハァ!」


 リー・リ〇チェイばりのそれっぽい少林寺の型を披露するのはごろーである。こういう気合の声はハキハキしたものであるが、なんというか、体のキレに反して表情はとても眠たげである。


 これは、映画『少〇寺』で見たものを何となくうろ覚えでやってみたのだ。ごろーとしては引手をうまい具合にコートの弛みに当てて効果音のようにバババッと音を立てるところに気を使っていたりもする。


『なんだ、それは……』


 黒龍は困惑を隠そうともしない。


「え、修業ってこういう型を繰り返しやって体に染み込ませるもんじゃないの?」


 とりあえず、こんなことやるのかな、ということでシスコといぶりーはごろーによるデモンストレーションを企画したのだ。


「わたくしとしては、イップ〇ンとか見ていた世代ですし、あまり古いのは分かりませんわね。ジェッ〇・リーよりドニー・〇ェンですわ!」


 恰好をつけているのだが、それが古いものだとわかる時点でいぶりーもいい年である。そもそも同期の俳優であるし、カンフー映画に関しても聞きかじった程度で詳しくないのだ。


『お主ら……、そういう反復修行はVRでは必要ないのだ。アビリティというものを知っておるだろうに』


 黒龍は呆れた調子で空を仰ぐ。


「それなら知っていますわ! セットしておくと結構便利なアレですわ!」


 いぶりーとしては、自分の異能に関するアビリティを装備していれば威力が上がる程度の認識である。要は異能の効果を知識が補完して運用に幅を持たせる効果があるのだ。

 故にそれも正しいのだ。だが、


『便利どころではない。装備しておくだけで、その道の達人や研究者が一生かけて身に着ける極意や知識、気付きをその身に宿せるチートツールであるぞ。まぁ、すべての情報を引き出すにはそれなりに使い込む必要があるが、な』


「ん? ということはおれ達すでに結構強いのでは?」


『お主らの認識する一般人相手にはな。だが我ら龍や妖魔からしてみれば、ちょっと面倒な人間でしかない』


 その言葉に三人の表情が固まる。


『それを脱却させるための修業をするということだ』


 重々しく黒龍は告げた。

 簡単に言ってしまえば、『エイリアスシステム』を稼働させるのに必要な生体エネルギー、例えるなら気とかオーラ、プラーナみたいなものを自覚して、それを任意で操れるようになることがこの修行の第一の目的だ。それがかなえば第二段階に移る、と。


『オーラというか生命エネルギー的なアレは重要な隠し要素でな……お主らが使っておるエイリアスシステムだが、オーラをコントロールできていない状態ではシステム側がオーラの出力を管理、コントロールしておるのだ。これはオーラを知らぬ人間が扱っても健康被害が起らぬように出力制限を設けて大きな負担とならないようにしているからだ。

お主らにわかりやすく例えるならばエンジンだな。

本来のエンジン性能が大排気量であったとしてもシステムによって吸気も燃料噴射量も最低限に規制されておる。いくらアクセルを開けようとも、エンジン以外のギヤを変えようとも僅かな差しか生まれぬ。

つまりオーラを扱えぬとシステムが判断しているうちはいくら素体を強化しようとも強力な異能、武装を装備しようとも実は発揮できる性能の上限は変わらぬ。故に、我を倒すには最低限でも自らのオーラを完全に掌握せねばならないのだ』


 熱く語る黒龍の言葉を胸に三人は修業へと身を投じるのだった。

 方法を聞いた、肉体が受ける感覚も聞いた、後は自身が掴むだけ。


 小川のそば、開けた場所に三人の少女がただ立ってオーラとやらを認識するために意識を集中するのだが、これがうまくいかない。

 ぼんやりと川辺で座禅を組むこと三日。なんの成果も得られないままである。

 いい加減どうしたものか、とシスコたちは悩んだが、結局のところヒントとなるのは修業の初日に黒龍からもらった。


『異能を使用するときに自動的に生体エネルギーが消費されておる。その際の肉体感覚の変化を捉えると早いぞ。それと、アビリティの装備枠を拡張しておいたので「生体エネルギー学」と「成長補助」を装備しておくと良い』


本来ならアビリティ枠の拡張は研究所で受けられるシナリオ型クエストをクリアすることで段階的に解放されていくものである。加えて「生体エネルギー学」も「成長補助」も同様に研究所で受けられる高難度クエストをクリアすることで入手可能なアビリティなのだが、この黒龍、自身の権限を悪よ……活用することに一切の戸惑いはない。


すべてはキヨカのためなのだ。


 普段無意識に、しかもシステムが勝手にやっていることを認識することは結構難しい。肉体の働きに例えるなら呼吸を意識して行っても実際に酸素は肺が勝手に取り込んでくれるようなものである。これをコントロールできる人間というのはまずいないだろう。

 実際の可否というよりもそれほど難しく、馴染のない感覚を得ることは雲を掴むようなものなのだ。


『因みにだが、キヨカはすでにこれをマスターしておる』


 という黒龍の言葉に三人が奮起したのは言うまでもない。

実のところシスコはなんとなく普段から使っている能力の効果で理解しかけていたし、ごろーも自己強化系の能力であるため生態エネルギーを感覚で掴みかけていたりする。ただ、コントロールとなると難しいのだ。

 そして、いぶりーは、


「ふ、こんなの楽勝ですわ!」


 得意げに吹聴したものの、何も感じませんわ、本当にそんなのありますの!? 内心焦っていて見栄を張るくらいしかやることがなかった。




「うーん、わからん」


 シスコは能力を発動する瞬間、生体エネルギーの動きを捉えようと何度も異能像を出現させるのだが、身体から何か抜けていく感覚はわかっても生体エネルギー自体を認識できないでいた。

普段はシンクロさせているため姿を見せることのないシスコの異能像が所在なさげに背を見せて浮かんでいる。シスコの異能像は例えるならば某ド〇ッセルお嬢様みたいなボディで、その周囲を燐光が漂っている。


「シスコおねえちゃん、だいじょうぶ?」


 川べりで唸っていると、心配したキヨカがシスコの顔を覗き込む。


「ああ、キヨカか。大丈夫だよ。でも、修業の方はまだまだ上手くいかないんだよね」


「そーなんだ。えっとね、ぼくね、ふわっとなってあったかいってなったらできるようになったよ」


 何とも参考にならないアドバイスは年相応である。とはいえ、目の前にできる人物がいるなら、観察するという手段は悪くはないかもしれない。

 シスコはダメもとで提案してみることにした。


「キヨカって生体エネルギーのコントロールできるんだよね? ちょっとやって見せてよ」


「いーよー、でも、えっと、おーまさんが言うにはずーっとコントロール? してるんだって。よくわかんないけど」


 キヨカは困ったように言う。


「お、おう、そうなんだ」


 とりあえず、シスコは今の状態のキヨカを異能を通して視てみることにした。

 シスコの目には、キヨカの体の周りに薄っすらと陽炎のような膜が纏わりついているように見える。シスコとしてはこの段階で何かが見えた、という事実が予想外だった。

 もしかしたら、という期待はあったものの見えない可能性の方が高いと思っていたのだ。


「なんか見えた。そっか、そんな感じなのかぁ」


「見えるの?」


「普通は見えない?」


「えーと、えーと、せーたいえねるぎー? が分かるようになるとなんとなく見えるようになるんだって。でもほかのひとからもみえるから、みえないようにこんとろーる? しなさいって、だからそうしてたの」


 キヨカはあまり理解していない様子だったが、少しづつ思い出しながらシスコに話す。


「えーと、今も見えないようにしてるってこと?」


「そーだよ。あ、でもおねーちゃんたちのまえならきにしなくていいっていわれてたんだった」


 キヨカはえへへと笑い、同時、キヨカの纏う無職透明の陽炎がふわりと広がり、温かみのあるオレンジ色に色づいてゆく。

 シスコはキヨカを覆う色に似たようなものを過去に何度も見たことがあったのを思い出す。魔獣が身にまとっている不思議な膜に似ているのだ。

 あちらは、もっと毒々しかったり、攻撃的な色をしていることが多いが……。


「あ、あはは、あれがそうだったんだ」


 急に笑い出したシスコを見てキヨカは首を傾げる。


「大丈夫、ありがとう。なんかとっかかりが掴めそうだよ」


「そっか、がんばってね、おねーちゃん」


 キヨカもほほ笑むのだった。


 キヨカは、今とても楽しい気分だった。この黒龍の島へと迷い込んできてからずっと黒龍と一緒だったから怖くはなかったが、どこか心細く感じていた。

 両親と会えないことや、自分がどこにいるのかわからない不安は不思議と感じてはいなかったが、誰かに自分がしている経験を聞いてもらいたかったし、それに、遊ぶ友達が欲しかった。もちろん黒龍の事は信頼しているが、キヨカの中ではもう家族も同じだったから新しく友達になってくれるシスコたちが島にやってきて本当にうれしかったのだ。

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