第28話

 お姉ちゃんの話を総合すると、オーマなる人物は火山の手前、森と荒れ地の際あたりに拠点を作っているらしい。


 先導するお姉ちゃんはごろーの手を引いて楽し気に鼻歌を歌っている。


「にしても、さっきから俺たちのことおねーちゃん、なんて言ってるけど、お姉ちゃんっていったいいくつなんだろ?」


 シスコの何気ない問いは、お姉ちゃんに聞こえないように声を抑えていたつもりだったし、いぶりーも若干気になっていたところだった。何よりも冷静に振り返ってみればその発言はかなり幼い。


「さぁ、……気になりますわね」


 ふむ、と顎に指をあてて思案するいぶりーは、シスコが止めようとする間もなく、


「お姉ちゃんはいったいいくつなんですの?」


 尋ねたもののお姉ちゃんの反応はない。楽しそうに歩いている。


「ちょっと、お姉ちゃんっ、聞いてますの?」


 というか、そもそも、お姉ちゃんと声を掛けても反応をしない。

 何度か声を掛けて業を煮やしたいぶりーは、お姉ちゃんの手を掴む。本当は肩を、と行きたかったが、残念、歩きながらだと背が足りない。


「どうしたの? いぶりお姉ちゃん」


 足を止めて振り返る。その表情は声を掛けられていたのに気が付いていない様子だった。


「お姉ちゃんはいったいいくつなんですの? ってさっきから聞いているのですわ!」


 声を荒げるもお姉ちゃんは首を傾げて何をいってるんだコイツってな顔でいぶりーの顔を見返してくる。


「だーかーらー! あなたの事ですわよ!」


 そこまで言われてもお姉ちゃんはいまいちわかっていない様子である。


「あなたの名前ですわよね?」


 疲れた様子でいぶりーは肩を落とす。


「ぼくのなまえ?」


お姉ちゃんは首を傾げている。


「そーそー、お姉ちゃんって名乗ってたよね?」


「えーっとねー、そうだった。お姉ちゃん」


 えへへ、と誤魔化すように笑うのだが、明らかに呼ばれ慣れていない感じだ。


「というか、明らかに呼ばれ慣れていませんわよね。普段なんて呼ばれてますの?」


 本人が特に偽名を使っている様子もないし必要性も感じない。嘘を吐いている訳でもないなら違う呼ばれ方をしているのだろうというのがいぶりーの予測だ。


「えっとね、えっとね、みんなはぼくのことキヨカって呼ぶよ」


「え、本名?」


「ほんみょうって名まえのことだよね。えっとねーほんみょうはこばやしきよたk「ッアー!」」


 シスコ慌ててお姉ちゃんの声を遮る。

お姉ちゃんの目が潤み始めるのを見て、


「ごめんって、でも本名はまずいって。わかるだろ?」


 できるだけ優しく諭す。


「うん、おーまさんもいってた」


 明らかにその言動は幼い子供のそれであるし、さっきからシスコたち三人の事をお姉ちゃんとか呼んでいた。演技でなければ中身は相当幼いことになる。


「えっと、キヨカでしたっけ、アナタいったいいくつなんですの?」


お姉ちゃんことキヨカの言動に関しては触れるまい、といぶりーは反省しつつ尋ねる。


「ぼく? えっとねー、4さい!」


 お姉ちゃんは振り返ると空いている手で指を四本立てて見せる。


「は?」


「え?」


いぶりーとごろーは一瞬だけ言葉の意味を理解できなかった。何を言っているのか理解するまでに結構かかったみたいだが、シスコは違う。

 なんとなくだが、そんな気がしていたのだ。


「ちょっと座って話そっか」


 近くに丁度いい岩を見つけてそこに腰を下ろし、お姉ちゃんにも座るように促すのだった。


 それからしばらく、シスコによる質問タイムが始まった。時折いぶりーが返事を急かすのでごろーに頼んで引き離す一幕があったものの、なんとなく状況を掴むことができた。


「つまり、お姉ちゃんってのはそのアバターのモデルになった人なんだ」


「姉かぁ、いい思い出ありませんわね……」


 いぶりーは思うところがあるのかどこか遠くを見るように目を細める。


「うん、お姉ちゃんはねーえっと、おかーさんの妹でーお父さんが連れてきたの」


 あー、親戚のお姉さんのことかよっぽど懐いているんだなぁ、と三人がそれとなく相槌をうつのだが、


「こーこーそつぎょー? したらおとーさんのおよめさんになるんだって」


三人は言葉を失う。


 奇妙な沈黙が訪れる。何故かごろーだけは興奮気味に鼻息を荒くしていたが。


「そ、そうですわ! オーマさん! オーマさんに会いに行きませんと。もしかしたらこの島で生き抜くヒントをいただけるかもしれませんわ!」


 いぶりーは、手を打って、出来るだけ明るい調子で切り出した。


「あ、おーまさん。うんもどらなくちゃ」


 キヨカは立ちあがると森の奥に向かって歩き出す。

 そんなキヨカを危なっかしく思ったのか、ごろーは小走りで追いかけて手をつなぐが、どう見たって手を引かれているのはごろーの方である。


「なぁ、そのオーマさんてどんな人なんだ?」


 キヨカの背中を追いかけつつ、シスコはいぶりーに問いかける。


「さぁ? 詳しくは知りませんわ」


「知らんのかい」


「でも、キヨカがあれ程信頼している方ですし、悪い人ではないと思いますわ」


 うんうん、といぶりーが頷いていると、ふと先を歩くキヨカが足を止めるのが見える。

 丁度森の端、その先には岩交じりの草原が広がっている。


「どしたん?」


 キヨカに手を繋がれたごろーはキヨカを見上げる。


「おーまさんがむかえにきてくれた。おーい」


 キヨカは嬉しそうに手を振る。


「あら、オーマさん? どちらに居ますの?」


 シスコといぶりーはキヨカたちの横に立ってオーマなる人物を探すのだが、人が隠れる場所もない草原には人っ子一人見当たらない。


「誰もいませんわよ?」


「キヨカ、オーマさんってどこに居るんだ?」


 訪ねるのと同時、ごろーが顔を青くしながらぷるぷる震えながらシスコたちの顔を見て、フルフルと頭を横に振る。


「ごろーどうしたんだよ」


 シスコはいぶかし気に目を細めるのだが、直後、四人の頭上に影が差す。

 遅れて強風が吹き荒れて木々が揺れ、木の葉が舞う。

 そして、四人の数メートル手前、黒の鱗に鎧われた巨躯を持つ四つ足の獣が忽然と姿を現す。その外見を例えるなら馬。だが、その足、蹄のあるであろう足先は太く鋭利な爪を備えた五指を持ち、視線を上げれば額に複雑な角を持つ顔がシスコたち四人を見下ろしていた。その姿は神話上の生物である麒麟を彷彿とさせる。


 その存在を認識した瞬間、シスコ、ごろー、いぶりーの三人は心臓を氷の手で鷲掴みされたような錯覚を覚える。


「あ、あわわわわ……」


 いぶりーは声にならない声を上げて白目を剥いてへたり込み、その足元がジワリと水たまりを作る。


「は、はは……」


 死んだな、これは、シスコは乾いた笑いが無意識のまま口からこぼれた。

 ごろーは、とりあえずヤベェことはわかったのでパタリと倒れて死んだふりを敢行した。が、思いのほか勢いよく倒れたせいか、地面から飛び出していた石ころに頭をぶつけて地面をごろごろ転がり悶絶していた。


 緊迫した空気の中、それを破るのはキヨカである。


「おーまさんただいまー」


 一人だけ弛緩した空気のままトコトコと黒い麒麟の足元に駆け寄る。


「まて、危ない!」


 シスコの言葉はキヨカに届かない。キヨカはそのまま黒麒麟の足に抱き着いて、


「えっとねー。みんなともだちだよ」


 笑顔で麒麟の顔を見上げてほほ笑むのだった。


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