第21話

 暗雲に覆われた絶海の火山島。

 島の大きさは佐渡島程の大きさで、島の中央には巨大な火山が鎮座しており、溶岩の通り過ぎた後だろう、むき出しの山肌が山頂から近くの海岸線まで荒涼たる景観を作り上げている。島の中央の火山はいまだ活動があるのか、火口らしき山頂からは白煙を吐き出し続けその存在をこれでもかと示威している。


 そんな火山の麓には人の入らぬ森が広がっていて、独自に発展した生態系が日夜生存競争を行っている。

 そんな島の入り口とも言える海岸線に5人の男たちの姿があった。


「ここかよ、黒龍のいる島ってのはよ」


 サングラスをかけたスキンヘッドの男が腕組みして火山の方を見上げる。


「なんだか、上位、下位当たりの黒龍クエストとはかなり雰囲気が違いますね」


 眼鏡をかけた青年は周囲に目配せするが、静けさばかりで生物の気配といったら虫の音くらいなものだ。


「エクストラクラスの黒龍って聞いてたから随分と警戒してたのに、開幕からのエグイ攻撃もなかったな」


「ま、俺たちにかかれば楽勝だろ」


 小柄な少年と大柄な髭面の男は鼻で笑っているが、二人が一切の油断なく警戒を解いていないことが、二人が油断なく周囲を観察しいつでも動けるように適度な緊張感を維持し続けている事から伺える。


「なんでもいいさ、こいつを殺っちまえば俺らのクランには更なる箔が付く。そしたらまた適当に女のメンバー入れて楽しもうぜ」


 最後の一人、黒いコートを羽織った銀髪で総髪の男がニヤリと笑みを浮かべる。


「あー、前の女の子結構可愛かったのにオッサンがぶっ壊しちまったからなぁ」


 少年は避難がましく髭面の巨漢を見上げる。


「仕方ねぇだろ、まさかあんなキツイとは思ってなかったんだからよぉ。大体てめぇはいっちゃん最初に楽しんでただろうが。俺なんか一番最後だぞ」


「そりゃ、お前が最初にやったらガバガバになって面白くないからだぜ」


 スキンヘッドの男は冗談めかして言うのを聞いて髭面の男以外のメンバー全員が笑う。

 キョトンとした顔の髭面の男だったが、ニヤリと笑みを浮かべて、


「ちげぇねぇ」


 声を上げて笑った。


『0点だ』


 そんな男たちの頭の奥に響くような重厚な低い声が降り注ぐ。


「なんだァ!?」


 あたりを見回すが特になにもないと思われた、しかし、急激に天候が崩れ分厚い雲が島上空を覆い、一気に薄暗くなってゆく。


「おい!」


 誰かが声を上げ指さすと、その先、森の入り口である木立の先に、


「お、女ぁ? 何でこんなトコに居るんだよ」


 近くの木に隠れるようにして、亜麻色の髪をした十代半ばくらいに見えるブレザー姿の少女が立っていて、男たちの方を見ている。


『お前たちは相応しくないな』


 その後ろ、森の中に伏していた黒龍が立ち上がる。


「隠れてやがったかッ! 油断するなよ」


 スキンヘッドの男が声を上げるかどうかのタイミングで、


「は、何だか知らねぇが、探す手間が省けたぜ」


「あの子可愛いし連れて帰れるかな?」


 髭面の男と少年が、虚空から呼び出した大剣とナイフを手に駆け出した。


「チッ、あの二人は全く……」


 眼鏡の青年は右手を前に掲げるとその手から赤黒い雷光が放たれ先行する二人の体を包み込む。瞬間二人は一気に加速する。


「ありがてぇ!」


 髭面は言って大きく跳躍し黒龍の頸部目掛け大剣を振りかぶる。

 そんな男の前に黒い霧が現れ、男を飲み込む。少しの間もおかず黒霧が散るとそこには何一つ髭面の痕跡は残っていなかった。


「な!?」


 追走する少年は髭面の男の陰に隠れて死角に入り込む、いつもの必殺パターンが破られた瞬間、少年は驚愕に足を止める。

 普段ならそんな素人のような真似をすることはないのだが、それだけ髭面の男の散りざまがあまりにも呆気なさすぎたのだ。


 そんな足を止めた少年も黒い霧に包まれ、筆舌に尽くしがたい悲鳴が島中に響き渡る。


「な、なにが起こって……」


 残された男たちが何かしようとする前に黒霧は男たちの周囲を覆っている。

 スキンヘッドの男が怨嗟の声を上げようと口を開くも、何の言葉も発することなく男たちは全員黒霧によって摺り潰され命を散らしていった。


『品性下劣な上に腕前も三流ときた。まったく戦い甲斐のない奴らであるな』


 黒龍は鼻を鳴らすと少女を伴って森の奥へと姿を消した。




「祖龍?」


 赤髪の少女は首をかしげて隣に座る女性を見上げる。


「そう、煌龍、天龍、黒龍、冥龍、炎龍、嵐龍、氷龍、地龍の八龍って呼ばれててね、すごく強いんだよ。でも、私たちがこの世界から解放されるにはその八龍を倒さないといけないんだ」


 問われた女性、名をユイという、は指を組んだ手に顎を載せてどこか遠くを見るようにして、何かしらの感情をのせて語る。


「強いの?」


「うん、すっごく。だから、シスコちゃんももしお友達が八龍のクエストを受けようとしたら止めてあげてね」


「うん、わかった。……お姉さんも危ないことしたらイヤだよ?」


「大丈夫、無茶なんてしない。こういうのはさ、第一ゲートで頑張ってる人たちがきっと何とかしてくれるよ」


 隣の女性、ユイは心配そうに顔を覗き込んできた赤髪の少女、シスコに砕けた笑みを見せた。


「約束だよ?」


 シスコはユイにそっと抱き着いた。


「ふふ、心配しなくたってだいじょーぶだから、それよりも……」


 ユイはスンスンと鼻を鳴らす。


「シスコちゃん、ちゃんとお風呂入れてないでしょ」


 その言葉にシスコは顔を真っ赤にして慌ててユイから離れて自分の匂いを嗅ぎ始める。


「大丈夫だよ、少し気になるくらいだから、でも、そうねー。今からクランハウスウチに行こっか」


 ユイはシスコの手を掴んで逃げられないようにしてポータルへと向かって歩き出す。


「え? え? で、でも……」


「安心して、今の時間はみんな出払ってて誰もいないから」


 ユイは楽しそうに言いながら携帯端末を操作し、シスコにクランハウスへ入室するためのワンタイムパスを発行するのだった。





「はー、何だか帰りが遅いと思っていたらそんなことがありましたのね」


 金髪ツインテの少女は顔をうつ向かせたまま小刻みに震えている。


「あー、いぶりーもごろーもごめん、心配かけちゃってた?」


 シスコが申し訳なさそうに頭を下げるのだが、


「ん……、はなのかおり……」


 ごろーはシスコに近寄って匂いを嗅ぐとそんなことをポツリとこぼす。

 瞳から光が失われたのは、きっとシスコが連絡もなしに集合時間に遅れたからではないだろう。年若いお姉さんと一緒にお風呂に入ってキャッキャうふふしてたのが羨ましいとか考えているからではないはずだ。因みにシスコは一緒にお風呂に入ったりとかはしてなかったりする。


「あ、そーなんだよ、聞いてくれよ。お姉さんのトコのお風呂さー、こんっなに広くて、しかもシャンプーが結構高級そうなヤツ使ってるんだ。見たことない奴。んで後で髪乾かしてもらったんだけど、ほら、見てよこのツヤ!」


 シスコは自分の髪を手で掬ってさらさらとこぼす。ゲートの光に照らされた髪は光沢を纏って流れるようにシスコの背中の方に流れてゆく。

 シスコのポイントとしてはお姉さんことユイに髪を乾かしてもらったところが非常に大きい。


 そうやって自慢するシスコの顔はこれでもかというほどに緩み切っていて、二人の神経をこれでもかというほど逆なでする。


 べらべらと風呂に入ったことを自慢するシスコを眺める二人だが、ふと、ごろーはシスコの方から流れてくる、甘くほのかな香りに学生時代、女子から感じた芳香を思い出す。

 それから、ちらり、といぶりーを見てからちょっと顔を近づけて、


「う“……くちゃい」


 思わず鼻をつまんでしまっても仕方ないだろう。


「な! なんですのいきなり臭いだなんて! 失礼ですわよ!」


「いなかえきのべんじょおもいだした」


「なんですって!」


 ヒステリックな声が第三ロビーのフロアにこだまする。悔しがるいぶりーはごろーの匂いを嗅いでみて、


「あなただって、犬のウンコの臭いがしますわよ!」


「む、ききずてならない!」


 二人は罵りあうが、最初の狩りからこの方魔獣の血にまみれることもそれなりにあったので、まぁ、仕方のない感想なのだろう。


「ちょっと、二人とも騒ぎすぎだって」


 シスコが窘めるが逆効果である。


「この、自分だけお風呂に入れたからっていい気になって、ですわ!」


「そーだー!」


「別にいい気になってないって」


「その緩みきった顔で言われても信じられませんわ! というか何で私たちを誘って下さいませんでしたの?」


「ん、ながいつきあい。さそう、あたりまえ!」


 困惑するシスコを前に大きく頷くいぶりーであるが、長い付き合いといっても、デスゲ開始から数えて二週間くらいの付き合いである。


「そうですわ! 今からでもその方に連絡してもらってお風呂に入れてもらいますわよ」


「めいあん!」


 いぶりーの図々しい提案にごろー、目を輝かせる。


「え、それはさすがに駄目だって」


 シスコは一歩離れて警戒心を見せるが、


「ごろー、やっておしまいなさい!」


 いつの間にか死角に潜り込んでいたごろーがシスコを後ろから羽交い絞めにする。


「おまえら、ちょっとやめろって」


 シスコは抵抗するがごろーは巧みに引きはがそうとする動きをいなして逃走を許さない。


「おほほほほ、観念なさい。端末を確保すればこちらのものですわ」


 端末からメールかメッセージアプリで連絡さえ取れればあとは口先でどうにでもできると考えているらしい。

 いぶりー、実に楽しそうである。


「ばか、やめろくすぐったい。変なとこ手を突っ込むなよ!」


 抵抗するシスコ、わざとらしくあちこちまさぐるごろー、実にやかましい連中である。

 傍から見れば小学生女子が戯れているように見えなくもない光景であるが、中身を考えると実におぞましい一幕だ。


 そんな三人に近づく小柄な人影が一つ。

 周囲で遠巻きに、迷惑そうに見ていた連中はついに注意する奴が現れたかと感心するばかりである。


 が、


「なーんか騒がしいのが居ると思ったらシスコじゃん。あの日からこっち見掛けないから死んだと思ってたよ」


 なんとシスコの知人であった。

 鮮やかな茜色の髪をツインテールに結った活発そうな印象の少女で、

 

「おー、スカジ。おひさ、っていうか助けてくれ」


 名をスカジという。手を上げて応えたシスコは助けを求めたのだが、当のスカジは興味深そうにいぶりーとごろーに目をやって、


「なーんかいつの間にか仲間作ってるし、フリーならウチに誘おうかと思ってたのに」


 スカジは口先をとがらせて、いまだごろーに捕まったままのシスコを見る。


「いや、おれまだフリーだよ。今はこの二人と固定パーティー組んでるだけだし」


 さすがに、人前で端末を奪う真似をする気はないらしいごろーはおとなしいものである。

 少しばかり呼気が荒いが、多分、匂いを堪能しているのだろう。


「へぇ、そうなんだ」


 スカジはふ~ん、とシスコの仲間二人を見てシスコへと視線を戻す。

 多分紹介してほしいのだろう。

 シスコは、ああ、と気が付いて、


「えっと、いぶりーとごろーっていうんだけど……そろそろ離してくれよ」


 シスコが肩越しにごろーをみれば、しぶしぶといった感じでごろーは腕の力を抜いて離れる。シスコはさっとごろーを自分の前に立たせると、


「こいつがごろーね、そんであっちがいぶりー」


 親指でグイっと、腕組みしたまま所在なさげに視線を彷徨わせている赤ゴスの少女を示した。


「ごろー」


 ごろーは右手を小さく上げ、


「いぶりー、ですわ」


「ボクはスカジ。ここ第三ゲートがホームだから、見掛けたらよろしくね」


 スカジはニコニコと笑顔を浮かべ二人と握手する。それから、


「で、キミらは何であんなに騒いでたんだい?」


 首を傾げた。


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