第20話
第三ゲートロビーの一角、ロビー間移動ポータルへと向かってとぼとぼと肩を落として歩く青年の姿があった。本来なら爽やかな印象を与えるだろう煌く金髪も、翠玉の瞳も暗く淀んでいるように見える。
「お、カインスじゃん、こんなところで珍しいなぁ」
そんな青年、カインスに声を掛ける者があった。
青年が顔を上げて声の主に目をやれば、赤い真っすぐな髪を腰まで伸ばしたいかにも活発そうな少女と修道服にかっちりと身を包んだ女性の姿があった。
「やぁ、シスコにファセット。そうか、二人のホームはここだったね」
青年は恥ずかしいところを見られたね、と誤魔化すように笑い二人の方へ足を向ける。
「なんか、ほっぺがすっげー腫れてるけど、なに、喧嘩でもしてきたの?」
シスコは渋面を浮かべカインスを見上げる。
「えぇ、そんなに腫れてるのかい?」
カインスに自覚は無かったようで、そっと違和感のある頬を触ると、確かにぷっくりと大きく腫れあがっていて、触れた瞬間に痛みが走る。
「っつ……」
「カインスともあろうお人が油断でもしましたか?」
ファセットはからかうように言って、薬効成分が含まれる湿布をカインスへと手渡す。
「ありがとう。ははは、油断と言えば油断だね。今ウチのクランでこの状況をどうにかしようってことで所属枠を大幅に拡張しててね、環境に適応できなさそうな人たちを中心に声を掛けて回ってるんだ」
「ふーん、クランの平均レベル落ちちゃいそうだけどいいのか?」
「うちは元々まったり系クランだったから、今更気にするメンバーも居ないさ。それに、何もせずにただ死人が出続けるよりはいい」
カインスの表情には先ほどまでの落ち込んだ影はなく、義務感と前向きに行動しようとする本来の彼の顔が現れていた。
「顔の腫れの説明にはなっていませんけれど」
「それなんだけど、この勧誘って上手くいかないことが多くてね。大抵警戒されて断られるんだ。その時に喧嘩腰になることもあるんだよ」
「あー、わかった。それで喧嘩になって殴られたんだ?」
シスコはニヤリと笑みを浮かべてカインスを見るのを、
「シスコ、カインスは真面目に活動しているのです。笑うような話ではありませんよ」
ファセットが窘める。
「別に喧嘩になってないさ。ただ、少し食い下がろうと思ってね、断られても説明しようとしてその時に、パチン、とね」
カインスは苦笑して頬に手をやる。
「あなたに不意打ちをかませるくらいの腕前なら勧誘の必要はないですね」
「そうだね。あそこまで気配を擬態できる人間が居るとは思わなかった。けど、まさかいきなり殴ってくるなんて思わなくてね、さすがに落ち込んだよ」
ふ、と自虐めいた笑みを浮かべ、それから、
「今日は帰って少し休むよ」
トボトボとポータルへと向かって去ってゆくのだった。
「はー、いきなり殴るヤツもいるんだ。怖いねー」
「他人事ではありませんよ、シスコ。いつそんな輩に出会ってしまうかも分からないのです。出歩くときは常在戦場を心得ることです」
言い聞かせるようにしてファセットはゲート広場を行き来するプレイヤー達へと目をむける。
「わかってますって、師匠は心配性なんだから」
「アナタはまったく……」
ファセットは表情を緩ませると、「さて、私も一度クランへと戻ります」とシスコに別れを告げる。
「何かあれば連絡をするように」
ファセットは言い含めてから人込みの中へと消えていった。
ごろーといぶりー、二人の義憤が長続きするわけもなく、特にやることもなかったのでそのままラウンジエリアでダラダラと時間を潰していた。
いぶりーはというと端末から掲示板を眺めていて、退屈なのか、あくびが止まらない。お嬢様プレイを志したはずが、優雅さも気品もその姿からは感じられない。
草臥れたオッサンのような物腰である。
対してごろー、テーブルに前のめりに寄りかかり、鼻歌交じりに端末をいじる。
ごろーにとって退屈は苦痛ではない。なんならごろごろだらけることが出来るならそれが一番だとさえ考えている。
「シスコ、遅いですわね。待つのも飽きてしまいましたわ」
ごろーに同意を求めようと声を掛けるのだが、ごろーは聞いていない。
端末をいじるのに一所懸命である。
「ちょっと、ごろー聞いていますの?」
いぶりーはため息交じりに立ち上がるとごろーの後ろに回って端末を覗き込む。そこには深夜に放送されているアニメの映像が流れている。
対してごろーは微塵も動かず、
「んー」
それなりの返事である。
「まったく、呑気にアニメを見ている場合じゃありませんわよ? 私たちはいま、デスゲームの最中にあるといいますのに」
はぁ、とため息を漏らしつつも、いぶりーはごろーの見ているアニメから目を離さない。離さないどころか、
「ちょっと、ごろー、もう少し音量あがりませんの?」
要求までする始末である。
シスコが二人に合流したとき、ちょうど二人は他のプレイヤーからマナーが悪いと説教を食らっている最中であった。
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