第18話
いぶりーは一時二人と別れた後、第一ゲートに戻ってきていた。
一晩明けた第一ゲートの様子を見ておきたかったのだ。ゲートの雰囲気によっては拠点をここに戻してもいいかもしれない。その時はごろーやシスコも誘ってみようとも思っている。
第一ゲートは元々攻略等に力を入れるプレイヤーが多く集まっていて、トップと呼ばれるプレイヤーは既に最上位クエストと呼ばれる高難易度に挑むところまで来ていた。或いは知られていないだけでそこに挑んでいる者もいたかもしれない。そんなトッププレイヤーが集まると、彼らにあやかろうという者達も自然と集まる。
ロビー間移動用ポータルから第一ゲートの広場に出ると、クエスト出発用のゲートを中心にして輪を描くように露店が並び、一種のバザーのようなものが出来上がっていて、異能像の外装パーツ(防具など)や、装飾品、素材、食材の取引は運営が通常のサービスを行っていた頃と同じように続いている。
第三ゲートでは閑散としているラウンジは、ここではプレイヤー達の手によって改装され屋台通りのようになっていた。恐らくは自然地形エリアで作ってきたり、採取してきたであろうレンガやら何やらを利用して竈をつくり、飲食店のような事をやっているのだ。
おそらく、簡単にクエストに出られなくなったプレイヤー目当てに飲食の商売で稼ごうというのだろう。
ログアウト不能、デスゲーム、と言う割には逞しいものだ。
いぶりーの視界には逞しいとかよりもむしろ単純に活気に満ちているように映っていた。
ロビーエリアで過ごすプレイヤーの表情は様々だが、絶望や恐怖に染まっているものは見られない。
(この様子なら折を見て戻るというのもあり、ですわね)
いぶりーはそんな風に考えてから、ふ、と口元が緩む。
(我ながら、ですわって、お嬢様キャラはないよなぁ、あの人だってそういうロールプレイだったんだろうし)
近くに見知った顔がないかを気を付けながら、口調を変えるに至った衝撃的な光景を思い出す。それから、特に警戒は必要なさそうだと判断して歩き始める。
(ですわ、ねぇ。ふふ、普通は居ませんわよねぇ)
第一ゲートの喧噪は相変わらずで、右に左に人を避け、一通り巡ってからゲートを一望できる中二階の開けたフロア、吹き抜けの渡り廊下近くの壁に背を預ける。
(……でも、こういうのも、悪くありませんわ!)
いぶりーはどうやら自分の中でキャラを確立しつつあるようだ。
一通り様子を見て回り、ロビー二階の吹き抜けから手すりに体を預けて小休止。
いぶりーが、ですわですわと頭の中で反芻し、一人でほっこりしていたところ、
「ふざけんじゃねぇ、このネカマ野郎が!」
怒号が響き渡る。
一瞬ビクリと肩を震わせ声のした方を見る。
そこには見知らぬ男女がにらみ合っていて、自分はまったく自分は関係ないのだとわかり胸をなでおろす。
丁度すぐ後ろ、開けた場所にある小規模バザーの近くに声の主はいて、どうやら怒鳴り声を上げたのは日焼けした厳ついオッサンらしい。オッサンと言っても、顔はやはり整っていて、強面のモデルにも見える。対して、怒鳴られた方、十代半ばくらいの女の子で、サマーセーターにプリーツスカートと女子学生のような恰好をしていて、気の強そうな顔立ちであるがやはり美人なアバターだ。
「うっせぇな。テメェが勝手にアイテム渡してきたんだろうが。今更返せなんて言われて返すわけねーだろうが。大体あんなクズアイテム、とっくに売っ払っちまったよ」
女の子は美少女と言って差し支えないくらい整った見た目だったが、その見た目からは想像もできないような乱暴な口ぶりだ。
「んだと、コイツ」
男は女の胸倉を掴んで拳を繰り出す。
女の子は巧に拳を避けると、男の腕を捻って拘束から抜け出し、一歩間合いを開けると同時、無防備な股間に足先を突き立てた。
数メートルは離れているはずのいぶりーの耳には湿った何かがつぶれるような音が聞こえてくる。
「ひぇっ」
いぶりー、思わず顔をしかめ股間に手をやる。だが、そこに息子も宝もない。
タマを潰されてしまった男は白目をむいて地面に蹲る。ぴくぴくと震えている姿は、実に痛々しい。
「んだよ、見世物じゃねーぞ」
いぶりーに気が付いた少女は不機嫌そうな顔でにらみつけてくる。
が、それに気圧されるいぶりーではない。
「たまたま目に入っただけですわ。なかなかの災難でしたわね」
「はン、やっぱみてたんじゃねーか。ま、アンタも他人事じゃねーと思うけどな」
少女はそういうといぶりーの隣に立って階下に目を向ける。
それから少し眺めた後、
「ほらあれ」
言っていぶりーに促す。
いぶりーはというと、いぶかしげに表情を曇らせるも少女の横に立って同じように階下を臨む。
広々としたロビーエリアに人がひしめき、露店を開くプレイヤーが規則正しく吹き曝しとはいえ店を並べていて、その間を練る歩くプレイヤーたちは店の品ぞろえに目を向けて掘り出し物がないか、レアなアイテムを扱っていないかと目を光らせている。
「見てみなよ」
少女はとある一角を指す。
その先には奇妙な三人が歩いていた。一見すれば男二人に女一人の三人組だが、奇妙というのはその格好だ。
身ぎれいな男二人に対して、女は酷くボロボロでデスゲーム開始直後とは思えないほどに薄汚れ、元々美しかったであろうストロベリーブロンドは泥や血がこびりついて、元の姿を想像するのも難しい程だ。
「酷い、ですわね」
「ああ、酷いもんだよな。ったく、あの野郎わかってるだけでも三十八人相手に貢がせてたんだってよ。姫プレイってヤツだな。それがあの日ネカマってばれてあのザマだ」
その言葉にいぶりーの背筋に冷たい汗が流れる。
「ど、どうしてわたくしにそんな話をしますの?」
そして、目が右に左に泳いでいた。
「へぇ、目が泳ぐってのを初めてみたけど、面白いな」
少女はいぶりーの顔を覗き込み感嘆の声を漏らす。
「って、なんですの!? なんでわたくしにその話をするのかを聞いていますのよ!」
「だって、お前もネカマだろ」
「ち、違いますわよ!」
いぶりーは否定するが、
「別にそういうポーズいいっつーの。アンタも気を付けなよ、じゃーな」
少女は手をひらひらさせていぶりーに背を向けるとロビー間移動用のポータルへ向かって歩いていく。
第一ゲートから離れて自分の過ごしやすいゲートへと移動するのだろう。
「まったく、別にわたくしネカマなんてしていませんわ。失礼な方ですわね」
いぶりーは去っていく背中をにらみつつ大きく息を吐くと、再び手すりに体を預けて眼下に広がる光景をぼんやり眺める。
相変わらず活気に満ちていたが、先ほど見つけてしまったあの三人組がチラチラと視界に入ってしまって仕方がない。
どうやら三人組はこれから狩りに行くらしい。そろってクエスト用のゲートに向かって歩いている。その三人を訳ありだとわかっているのか、すれ違う他のプレイヤー達は見咎めることもしない。すでに悪行が広まっているのだろう。
うすら寒くなってくるような光景にいぶりーの眉間に皺が刻まれる。
(明日は我が身といいますけれど、ああはなりたくありませんわね)
とはいえ他人事である。
そんな時だったゲートが淡く輝き、帰還してきたパーティーが姿を現す。
6人組のパーティーで爽やかそうな青年が先頭を歩き、その後ろに女たちが続く。そしてその最後に大荷物を持った厳つい男がその後を追う。
「相変わらず、ですわね。しかも、……また増えてますわ」
見事なまでのハーレムパーティーである。以前、デスゲームが開始される前にいぶりーが所属していたパーティーでもある。
そして、
「ああ、やっぱり」
いつの間にかゲート前には人だかりができてその中心には先ほどの三人組と、ハーレムパーティーが対峙している。
いぶりーの位置からではわからないが、多分、その女性を放せとか、いい加減にしないかとかそんなことを言っているのだろう。
ゲート前に注目が集まっているうちにさっさと退散してしまおう、万一レオ達に見つかってボロが出ても事だ。いぶりーは思い至るとロビー間移動ポータルへと足を運ぶ。
ポータルへとあと少しのところ、すでにゲート前からは人垣によっていぶリーの姿を捉えることは難しい距離で少し油断してしまっていた。
「よぉ、挨拶なしとは寂しいじゃないか」
「ジョ、ジョゼ……さん」
いぶりーはうっかり呼び捨てにしそうになって言葉を続け、
(なーんで居ますの、この人は!)
心の中で悪態を吐く。
「いえ、取込み中みたいでしたし、その、見慣れない人がいましたので……また増えました?」
いぶりーは困った風な表情でジョゼに尋ねる。
「あれを見たのか。昨日のお前さんと別れた後、目を離した隙に女を助けて好かれちまっててな。まぁ、レオらしいっちゃらしいんだが、そっからナフルとラシーヌがピリピリしててな……正直参ってるよ」
「大変ですわね……」
なんとなく、いぶりーにはあの二人の様子が想像できていた。今頃は二人で結託して新しく加わった他の女性プレイヤーをどうにか追い出そうと悪だくみしているに違いない。
そして二人のフォローやパーティー内の取りなしで気を遣うのがジョゼである。
「そんなわけで言い方は悪いが、このタイミングでお前さんがレオの前に出てこなくて助かったよ。あの二人が余計にヒートアップしなくてすんだ」
ジョゼは少しばかりいぶりーの口調が気になったようだが、気が付かない振りをして話を続ける。
「あの方、ネカマで色々と問題を起こしていたみたいですけど……」
「レオはそれも織り込み済みさ。どうしようもないお人よしってヤツでな……、まぁ、むこうさんには時間をかけてこれまで得ていた金品の返済を行うことで納得させた。今はその助けたプレイヤーの身の振り方で、その、ちょっと揉めてるのさ」
「ジョゼさんも苦労しますね」
「気にするな。アイツと組んだ時からわかってたことだ。それにもう慣れた。……で、何か伝言はあるか?」
「伝言、という程ではありませんけど、友人と無事合流できましたのでこちらのことは心配しないでください、とだけ」
「わかった。だが、こんな状況だ、何かあったら頼ってくれ」
「ええ、こちらも落ち着いたらまた顔をだしますね。ではまた」
そう、このネカマ騒ぎが落ち着いたら、と声に出さずに心内でつぶやく。
「おう、無茶はすんなよ。お前さんはその点心配ないだろうが」
ジョゼはそういうと手を振りつつ踵を返す。
いぶりーも、会釈で返すとポータルへと向かった。
第三ゲートに戻るといぶりーは深々と溜息を漏らす。
「やーっぱり第一ゲートはダメですわね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます