第17話

 シスコが去ったのち、ラウンジに取り残されたのはごろーといぶりーの二人である。


「さて、わたくしも少し用事がありますの、また後程お会いしましょう」


 いぶりーは、それだけ告げると、ロビー間移動用のポータルへと向かう。

 一人取り残された形になったごろーは、


「んしょ」


 椅子をずらすと飛び降りて一人歩き出す。向かう先はプレイヤーであれば頻繁にお世話になる施設である、ロビーに付随した施設の一つ異能研究セクション、通称「ラボ」だ。


(さてと、さっさと完成させなくっちゃな)


 思考の中では饒舌なごろーは、施設の扉を開けると中に入っていく。

 異能研究セクションは、プレイヤーが行使することのできる『エイリアスシステム』をデザインし、カスタムし、一つの形へと組み上げるための施設で、ごろーやシスコ、いぶりーの三人が使う能力はここの設備を使って組み上げられている。

 ごろーの目的は一つ、異能像の素体を完成させることである。


 素体と言うのは、人型のマネキンのようなものだ。骨格であり筋肉でもある素体をベースとして防具や武器を装備させることで異能像エイリアスとなる。

 基本的に初期配布の素体から特に変える必要はないのだが、凝ったプレイヤーになると何種類も用意された骨格を組み合わせて基礎を作り、そこに様々な素材やパーツで肉付けしていってオリジナルの素体を作成したりする。

 作成される素体は人型が多いが、人によっては獣のような形態を使うこともある。しかし、動作のイメージのし易さやそれに絡んだ操作性から人型が最も人気があるのだ。


 また、ゲームの仕様として異能像を出現させると、『感覚共有』という機能が働く。この機能は展開した異能像を通して普段よりも多くの情報を得ることが出来る。

 だが、この機能を十分に発揮させるためには可能な限り生命の持つ感覚器官を再現して搭載しなければならないという一種の制限がある。未完成の場合や異能を展開した際に部位の欠損がある場合は欠損部分から得られる情報は取得できない。


 実はゴローの異能像には頭にあたる機能を備えた部位がまだない。

 ただ異能像を展開して殴るだけならいいが、ごろーやシスコの様に自身にシンクロさせて使用すると欠損部位の情報が入手できなくなる。ごろーの場合は構成の都合上右腕以外の情報を得られなくなる。

 あまりにも少ない情報量にバグが起きているのではないかと運営に報告メールを送っているのだが改善される兆しはない。


 ごろーは研究施設の入り口の受付で作業室を一つ借り受けてそこに移動する。

 作業室は、半球状のドームのような空間で、天井の高さは三メートル程、ドーム中央には円形の白く発光するステージがあり、青灰色の壁に囲まれた中で浮き上がって見える。そんなステージの手前には腰の高さまでの高さに伸びた壁と同じ青灰色の長方形の台座がある。


 そんな台座中央にごろーが右手を乗せるとぼんやりとごろーの体が光り、ステージ中央には異能像が浮かび上がる。

 頭のない巨人の姿で、その巨人が姿を現すと同時、半径1メートル程だったステージがぐっと広がり倍以上の広さとなる。

 上背4メートルを超える巨大な人型である。胴部はごつごつとした不出来なジャガイモのような、そこらで拾ってきた岩で出来ており、両足は熊のような獣の足と狼のような足で左右不揃い。左腕はどこから持ってきたのかぶっとい木の枝が張り付けられており、唯一まともなのは右腕で、まるで巨人の腕の様に太く筋肉質なものとなっている。

 果たしてこれを人型と言っていいものなのかは疑問だが……。


「ふん、ふん、ふふん~」


 ごろーはとてもご機嫌だった。

 今までのごろーは野良パーティーで活動してきたものの、交渉が下手で欲しい素材が手に入らない事が多かった。


 特に頭部。


 頭部は結構重要な器官で、素体を形成する場合、特に感覚共有を使用する場合は素体に、対応する器官が備わっていなければその器官から得られる情報は一切プレイヤーには入ってこないのだ。

 だから、ごろーが異能を展開する際はいつも視界と嗅覚、聴覚がふさがったような感覚を味わっていたのだ。特に同調シンクロを常に使用している間は外界の情報が殆ど入ってこないのでよっぽどである。


 ちなみに、プレイヤーは初期状態で全ての機能を備えた素体を与えられている。外見は白いマネキンで、五感をリンクさせることが出来る代物である。しかし、ごろーは右腕の購入に金が足らなかったので速攻で売り飛ばしていた。でかい素体が欲しかったのだ。

 普通、素体をカスタムするときは少しづつ部位を入れ替えながら動作確認をしつつ行なうものなのだが、ごろーはそこら辺の手順を理解していなかったりする。


 だがこの日、やっとごろーは念願の頭部を手に入れたのだ。

 ごろーはポケットから巨鶏の頭部が描かれているカードを取り出すと、台座のスロットへと差し込み、やっと不便な思いから解放される、喜びを感じつつパネルを操作してゆく。


 ごろーセットしたカードは台座に飲み込まれると光となって消滅し、ごろーの目の前、ステージの上に巨鶏の頭部が現れる。

 現れた頭部は半透明で青白く輝き、それらを囲うように三次元のグリッドが現れていた。

 本当ならそのグリッドに触れることでサイズ調整や縦横比を変更出来たりするのだが、ゴローはそんな機能を知らないわけで、現れた頭部を鷲掴みにし、素体の胸部をクローズアップさせる。

 胸部と言ってもごつごつとした不出来なジャガイモのような岩であるのだが、アップにされたそこに、手にした巨鶏の頭を叩きつけるようにして置いたのだ。


 それから、操作パネルを呼び出して胴体部分に固定する。


「かんぺき」


 満足そうに見上げるごろー。

 完成された異能像は、不出来なジャガイモのような胴体、それを支えるのは熊と狼の獣の足である。自然地形で手に入れた木材、と言う名の木の枝を使用した左腕。まともなのは右腕だけで、こちらは右胸までカバーしており、肩回りの動きは人のそれとそん色はなさそうである。

 ぶっちゃけ、右腕だけはプレイヤーメイドを買ったものなのでまともである。というかそこだけがまともで、それ以外がやっつけなのだ。

 胴体も腕も、素材が無くて、その辺で集めておいたものをやっつけでくっ付けただけなのだ。皮と岩がつながるわけもなく、弛んだ皮の端からスジやら肉やらはみ出していて軽くホラーである。


 そんな巨人に新たに加えられたのは、三人を苦しめた強敵、巨鶏の頭部である。そちらも当然、鶏冠は半分ほどちぎれ、ぶら下がっている。しかも嘴は、意外とシスコの一撃がクリーンヒットしていたのか鼻孔辺りがひび割れていた。


 完璧とは程遠い姿である。

 そのままの状態でトレードに出したが最後、クレームが入った挙句SNSでさらし者になるレベルの品質である。

 が、それでも何とか形になったそれを満足げに見上げてゴローはファイティングポーズをとって見せる。

 モーションをトレースした状態の異能像は、ごろーの動きに連動して右腕がファイティングポーズをとる。

 そして、右目がポロリと眼窩から零れ落ちた。


「……」

 

 ごろーは無言のままパネルを操作して、以前買い込んでいた釘とハンマーを取り出すのだった。

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