第16話

「三時間かぁ……」


 ぼやきつつロビーを歩くシスコ。三時間は短いと思いつつも、今から妹と交流できるひと時を思ってちょっと楽しみでもある。

 行く先は決まっている、

 二人、ごろーといぶりーと別れて向かう先は第二ロビーだ。

 今現在はまだ混乱の只中にあって、ロビーに佇むプレイヤーの多くが不安そうに仲間たちと顔を突き合わせてどう行動すべきか相談しているのが見て取れる。

 結局のところ、動き出せずにいるプレイヤー達は、自分たちが今の状況でどこまでやれるのか計りかねている者だったり、単に未知の状況に対して怯えているのだ。


 シスコは視界端でそんな彼らをちらりと見つつ、ロビー間移動用ポータルへと足を向けるのだが、


「あら、シスコさん。ご無事でしたか」


 落ち着いた透明感のある声がその背にかけられる。

 シスコが足を止めて振り返ると、修道服に身を包んだ女性がほほ笑みながら小さく手を振っていた。


「師匠、三日ぶりくらい?」


「ええ、それくらいですね。シスコさんは今からどちらに?」


 師匠と呼ばれた女性、プレイヤーネームをファセットと言い、修道服に身を包み、ウィンプルを被り、いかにも模範的なシスター、と言った風体の人物である。


「ん、第二ロビーの方にちょっと」


 言いづらそうに視線を外しつつシスコは尻すぼみに言う。と言うのも、師匠と呼ばれた女性はシスコの事をおおよそは知っていて、ああ、きっと妹さんと二人きりでキャッキャうふふしたいんだなぁ、とアタリを付けていた。


「何となく、考えていることは分かりますけど今みたいな状況ですし、お一人で会うことになると却って心配されてしまうのでは?」


「へ? 何でさ」


 シスコとしては妹に心配してもらえるなら、してもらいたいと考えているくらいだ。


「命がけともいえる状況です。そんな中一人であちこちウロウロしていたらそれこそ無用な心配をかけてしまいますよ。そうなってくると、間違いなくクランに誘われたりするでしょう。それはアナタにとって都合が悪いのでは?」


「う、まぁ、確かに……」


 それはシスコの個人的な都合によるもので、出来るならば妹ユイの所属するクランで一緒に活動したいとは思っている。


「なので私もついて行きますよ。私も彼女とは知らない中ではありませんしね」


「オネガイ、シマス」


 その時、シスコは心の中で血涙を流したとか何とか。





「シスコちゃん、良かった、元気そうで!」


 嬉しそうにシスコに駆け寄ってくるのは、シスコのお目当てであるユイで、


「お姉さんも、良かった~」


 なんて言いつつユイの胸に飛び込んで抱き着く。ユイは本当に嬉しそうにシスコを受け止めて頭を撫でているのだが、見えないところでシスコが何度も深呼吸してユイの匂いを堪能していることは知らぬが華というヤツだ。


「ユイさん、お久しぶりですね」


 そんなユイににこやかに挨拶するのはファセットで、


「ええ、ファセットも」


 ユイも微笑み返す。

 そんなユイの少し後ろから、


「えっと、初めまして。ユイと同じクランに所属してるヒイラギって言います。今日はよろしくね」


 ショートカットの活発そうな女性がシスコとファセットに向けて小さく手を上げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ファセットは居住まいを正すと丁寧に頭を下げる。


「えっと、よろしくお願いします」


 こちらはシスコで、ユイに背を預け、その腕に掴まりながら気弱そうに挨拶をする。


「きゃー、シスコちゃん、聞いてた通りカワイイねー、今日はよろしくね」


 ヒイラギは興奮気味にシスコの頭を撫でる。

 なされるがままのシスコは、


「えへへ」と笑みを浮かべつつ、これも悪くないかも、と少しばかり邪な考えを浮かべていたりした。


「ふふ、シスコはいろんな人に可愛がられていますね」


 とファセットは言うものの、シスコの事情を知っている為に少々複雑な気分でもある。


「それで、今日なんだけど、いつもと同じくらいのトコいこうかなって。念のためにヒイラギに付いてきてもらったんだけどファセットも居るし、ね」


「私は構いません」


 とはファセットで、


「うん、いいよー」


「私も」


 とはシスコとヒイラギである。




 パーティーを組んだ四人が降り立ったのは高台の上。視線の先には数キロに渡って広がる森林とその向こうには海岸線が見える。丁度、四人の立つ高台に囲まれたエリアで、敵は少々強いものの見つけやすい。このクエスト、デスゲ―ム以前は資金集めの高速周回向けに野良の募集が良く出ていたものだ。


 そんな海岸線を臨む森を見下ろす四人だが、


「シスコ、どうですか?」


 ファセットは海辺から吹き上げてくる風にウィンプルが飛ばされない様に手で押さえつつ尋ねる。


「んー、ちょっと待って……」


 シスコは眼前に広がる森を睨むように目を細め、視線を彷徨わせ、ある一点で目を見開く。


「見えた。ここから十時方向、八キロ先」


「ありがとう、シスコちゃん、先行ってるね。ヒイラギ、シスコちゃんをお願い」


 言うと体の半分と重なるような機械甲冑に剣と盾を出現させたユイが高台から飛び降り、走る。ファセットも並走するように崖を駆け降りる。


 残ったシスコはと言うとじっと森を睨んだまま。

 シスコの視界には、獲物である魔獣に高速で接近するユイとファセットの二人の姿が見えている。


「そのまま、です。まだ動いてないよ」


 ヒイラギに伝える。


「おっけー」


 ヒイラギの肩には小型のヤマネのような生物、を模した異能像、が乗っていて小さな手を忙しく動かして毛づくろいをしている。いわゆる使い魔型と呼ばれる能力構成で、群体化させて数を使役するのはサポート系能力としてありふれた構成だ。


 そんな使い魔は、先行する二人の肩にも乗っていて、動作や鳴き声で魔物の移動先や距離の変化等をリアルタイムで伝える。逆に、それぞれに配されている使い魔とヒイラギの視界はリンクしていて、


「うん、二人とも魔獣を捉えたよ。私たちも行こう」


 ヒイラギは立ち上がると肩からヤマネを下ろす。するとヤマネは徐々に体をおおきくしていく。これは群体タイプの使い魔の特徴を利用したもので、展開されていない使い魔の体積を統合することで任意の一体のサイズをある程度操作することが出来るのだ。

 ヒイラギは巨大化したヤマネに跨って崖下を目指す。


「はい、わかりました」


 シスコは元気よく返事をしてヒイラギの後を追う。シンクロという技能を扱えるシスコにとってこの程度の地形は問題にもならない。

 一気に駆け抜ける。




 シスコ達が先行する二人に追いついたとき、視界に入ったのは体高5メートルもある黒い、ヤマアラシのような棘を全身に纏った魔獣で、そいつはげっ歯類のような頭部にクマのような体格、骨格をしていた。

 全身から溢れる暴虐性を現すように周囲の木々はなぎ倒されて、地面はめくれあがっていた。そこかしこには魔獣の体表から射出されたであろう夥しい数の棘が木の幹や岩、地面を破壊し突き刺さっている。


 ユイとファセットはそんな魔獣と正面からまともに戦い圧倒している。


 振り下ろされる凶悪な前腕を紙一重でファセットは躱す。頭部を狙ったそれはファセットのウィンプルを掠め、引き裂く。まるで花が咲くように、そこに収められていた金糸のような髪が溢れるが、ファセットは気にも留めずに一歩踏み込む。同時に、いつの間にか手にしていたツヴァイヘンダーを八相から、魔獣の腕を担ぐように一気に切り裂き懐に入り、そのまま背後に抜ける。

 振り切られた一撃は魔獣の腕を縦に割ったが、命を刈り取るにはまだ足らない。


 魔獣は殺意に塗れた目でファセットを追う。だが、魔獣の視界に入ったのは、魔獣を迎え撃たんとする巨大な斧を振り下ろすユイの姿だった。

 巨大な、機械仕掛けの戦斧は魔獣の肩口から股間に抜けるようにしてその巨体を両断した。いや、正確には両断できておらず、背骨が、体が分かたれるのを防いでいた。

 明らかな致命傷。

 が、それでも魔獣は死なない、零れ落ちる腸を無視し、怒りに任せて無事な腕でユイを狙うものの、同時に魔獣は肩口に少しの重さを感じ取っていた。その重さは、さしたる負担でもないが、明確に死の気配を纏った重さだった。


 肩口に立つのはウェーブがかった金髪を風になびかせたファセットで、大上段に構えたツヴァイヘンダーが陽光を照り返し鈍く輝いていた。否、その刀身が陽光を強く受けて輝いたと感じた時には、音もなく刀身が振り下ろされていた。


 遅れること一拍、魔獣の首は体から滑り落ち、更に遅れて、どう、と音を立てて胴体が地に伏せた。数十秒の攻防によって地面を夥しい血が染め始め赤い池が出来上がっていた。


「相変わらず、わけのわからない程の剣の腕だね」


「ユイが注意を引き付けていてくれたからですよ」


 ユイとファセットはお互いに笑みを浮かべてハイタッチを交わす。

 シスコは少しうらやましく思いつつもそんなユイに駆け寄って、


「お姉さんも師匠も、かっこいい」


 抱き着くのだった。

 

「あはは、私が来た意味なさそうね」


 とヒイラギはちょっと物足らなそうではあったが、


「ヒーラーは仕事ない方がいいでしょ」


 ユイは困ったように笑っていた。



 四人は結局三時間かからずに七度ほど同じクエストを熟して、現在はロビーのラウンジエリアにあるテーブルセットでくつろいでいた。


「んー、シスコちゃんの目は便利だねぇ。火力職削っても専門のシーカー系能力者はやっぱ入れるべきだわ」


 ヒイラギは感心したようにシスコを見る。そんなシスコはというと


「そんなことないですよ。わたしもユイお姉さんみたいにもっと活躍できたらなー」


 唇を尖らせる。


「うふふ、そこは師匠みたいに、ではないのですね」


 ファセットがからかうように言うのに対して、


「師匠は凄いけど、でもでも、お姉さんもカッコよくって、えーっと……」


 シスコは困ったようにユイとファセットの間を視線を彷徨わせる。


「ファセット、シスコちゃん困ってるよ」


 ユイは苦笑しつつ立ち上がるとシスコの頭を撫でる。

 シスコは、実に幸せそうに眼を細めるのだ。


「師匠をないがしろにしようとした罰です」


 ファセットは悪戯っぽく言ってクスリと笑みを浮かべる。


「そういえば」とユイは切り出したのだが、その時、少しばかり手に力がこもったのか、違和感を覚えたシスコがユイを見上げる。


「シスコちゃんってファセットのトコにいるの?」


 ファセットのトコ、とはつまり彼女の所属するクランに入ったのか、と聞きたかったのだろう。


「いえ、うちには所属していませんよ。私の所属するクランは少しばかり特殊でして、シスコの場合は所属するための条件から外れていますから」


 シスコはなんとなく、ユイの切り出そうとしていることがわかってしまった。

 いつでも会えるし心配いらないよ、と口に出そうとしたが余り説得力がないことに気が付いて、言い出せなかった。

 その代わりではないが、


「とはいえ、曲がりなりにも弟子ですから、きちんと様子は伺っていますよ」


 ファセットは安心させるように言う。


「そう、なの。あの、ね。もしよかったらなんだけど――」


 ユイは、思案するように一旦言葉を切ってから、再び言葉を絞りだそうとして、


「おーい、ユイ、ヒイラギ、お前ら探したぞ」


 離れたところから掛けられた声によって遮られる。

 何事かと四人声のする方を見れば、良く日に焼けた青年を先頭に十数人くらいだろうか、男女を引き連れてシスコ達の方に歩いてくるのが見える。


「ヤッバ、ユイ、もしかして時間……」


 ヒイラギが顔を青くして端末の時間を見る。


「そうだった。はぁ、シスコちゃんと一緒にいるとつい時間忘れてダメね」


 ユイも苦笑を浮かべて端末を見る。そこには数件もの着信があり、相当心配もされていたようだ。


「お姉さん?」


 シスコは、だんだん自分が冷や汗をかき始めているのに気が付きつつも、何とかユイに声を掛ける。


「ごめんね、今日はここまでみたい」


 ユイは申し訳なさそうにするのだが、


「そっか、時間……」


 合流した後に一緒に遊べる時間をお互いに示し合わせていたのを思い出す。


「大丈夫ですよ。シスコも約束あったでしょう」


 ファセットはユイ達と落ち合う前に、シスコから現状を聞いていて丁度今ぐらいの時間に新しい仲間と合流することも聞いていた。


「あ……、そうだった」


 と思い出す。何時もなら余計な予定入れたとか後悔するところだが今回に関してはありがたい。なぜなら、


「二人とも電話しても出ないから心配したぞ。っと、そっちはシスコちゃんか。元気そうだな」


 日に焼けた青年はニカっと笑ってシスコの頭を撫でようと手を伸ばすのだが、シスコは素早く椅子から立ち上がるとユイの後ろに隠れる。


「ありゃ、警戒されてんなぁ」


 青年は苦笑して伸ばしかけた手で後ろ頭を掻いた。


「もう、アライくん。前も同じことして逃げられてるのに」


 ユイは呆れ気味だ。


「はっはっは、ウチの妹や弟を思い出してつい、な」


 青年、アライは豪快に笑い、


「えっと、それでお初の方もいるようだ。俺はアライ、彼女らの所属するクランのマスターなんかやってるモンだ。なんだか邪魔したみたいで悪いな」


 アライはそう言って軽く頭を下げる。

 そんなアライの後ろにはクランのメンバーが集まっていて、ファセットやシスコに好奇の視線を向けている。

 そんな不躾な視線を受けてシスコは体を固くしてユイの服をぎゅっと掴む。


「気にしないでください。シスコもこれから用事があってどのみち解散するところでしたから」


 ファセットは立ち上がるとシスコに手招きする。

 シスコは小走りでファセットの傍に寄るとやはりその後ろに隠れるようにしてファセットの修道服を掴む。


 ファセットはそんなシスコの頭をひと撫でしてから、


「そういえば、自己紹介、してなかったですね。私はファセットと言います。ユイさんには良くしてもらっています」


「そうだったのか、こんな状況だが今後ともよろしく頼むよ」


 アライは朗らかに笑う。


「ええ、そうさせてもらいます。では、私たちはこの辺で。シスコ」


 ファセットは会釈をしつつ後ろに隠れるシスコの肩に手をやる。


「えっと、お姉さん、またね」


 シスコは寂しそうに言ってファセットの後ろについてユイたちから離れていく。


 ユイは二人を見送る隣でヒイラギは肘でユイを小突いて、


「ねぇ、シスコちゃんに何か伝えようとしてたんじゃなかったの?」


「ああ、うん、良かったらウチにこないかって。まだフリーみたいだし」


 ユイの言葉にヒイラギもああ、と納得したように頷く。


「次あった時は、ちょっと強引でも誘ってみようかな」ユイは自らに言い聞かせるように呟いて、それから、


「シスコちゃん、いつでも連絡頂戴ね」


 声を張り上げて大きく手を振る。


 ポータル前、ファセットとシスコはユイたちの方へ振り返ると大きく手を振り返して、


「うん、またねー」


 そうユイに声が届いて、寂しさとは別に胸が少し暖かくなるのを感じたのだった。



ところ変わって第三ロビー、ロビー間移動ポータルが明滅を繰り返し、光の粒子が人の形を作る。

シスコとファセットだ。

二人が並んでポータルから数歩離れた時だった。

シスコは急に膝から崩れ落ち、それから両手で顔を覆って、


「ふぅうあぁぁああああああああああああ」


 奇声を発してしゃがみ込んでしまう。


「相変わらずダメそうですね」


 ファセットはため息を漏らすとシスコの頭に手をやっていた。


「だって、視線が、無理、ほんっとに無理だって、うぅぅ……」


弱気に声が震えている姿は、魔獣と戦っていた時からは想像もできない程だが、ファセットはシスコにそういった一面があることを知っていた。


「目が良すぎるというのも考え物ですね」


 シスコは、少女アバターで活動し始めてからこの方、他者からの視線を敏感に感じ取ってしまい、精神的にその状況に対応できないでいるのだ。

 特に、男性プレイヤーからの舐めるような視線はシスコにとって鳥肌物でしかない。どう見ても大人とは言えない外見のアバターだが、創作された外見故の、理想と非現実さを併せ持つ為に不可思議な魅力があり必要以上に人の目を引いてしまうのだ。そして、能力によって強化された視覚は他者の視線の動きや表情から、どこを見ているのか、どういった感情を持っているのか、何を考えているのか読み取ってしまう。

 元々中身は野郎であるシスコは余計に苦痛を感じ、そのせいでなんと軽度の男性恐怖症にまで発展してしまっていたのだ。ある意味自業自得である。


 そんなシスコに少しばかり同情的であるファセットは慰めの言葉を探すものの、上手い言葉が見当たらない。


「ってシスコ、何をしているのですか?」


 ファセットは端正な顔を歪める。


「すん、なにって、ちょっとユイの残り香かいで気分を落ち着かせてるトコ」


 シスコは自分のTシャツの袖や裾を引っ張って自分の鼻に近づけたりしている。


「はぁ、心配して損をしましたよ」


「損ってなんだよ」


 言いつつもシスコは匂いを嗅ぐことをやめようとはしない。


「全く、はしたないですよ。背中もお腹もめくれて……」


 ファセットは肩を落としつつシスコの乱れた着衣を整えていくのだった。


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