第14話

 ロビーの一角、デスゲームが始まって間もなくの頃、クエスト受注端末の前で鼻歌交じりに端末を弄って遊ぶ少女の姿があった。

 ブレザーの制服を着た亜麻色の髪をしたふわふわした感じの印象を受ける少女で、その表情や仕草はアバターの外見に反して更に幼い。

 画面を適当に押して押して、音と画面が切り替わるのが面白くてついつい画面を触ってしまう、そんな様子。

 それから、とある画面をタップして、満足したのか端末から離れていく。


 画面には『真・黒星 祖龍:黒龍討伐』の文字。


 画面を弄っていた少女の視界には、空中に浮かぶ半透明な矢印が映っていて、それはクエストに出発するためのゲートに続いていた。

 少女は、少し前に年上の女の子にぶつかった時のことを思い出して、少し慎重になってゲートに続く矢印を追いかけたのだった。



 絶海の孤島、その中の一つ、島中心部に巨大な火山を持つ島かあった。火山の麓は一部分のみ木々に覆われ、地面を覆っていたが、それ以外の場所、島の殆どは流れ出した溶岩によって破壊され、今では冷え固まった岩肌がその殆どを覆っている。

 そんな島には長がいた。

 漆黒の鱗に覆われた龍である。翼を持たない東洋の龍がデザインのベースであり、しかし体躯はどちらかというと麒麟に近い。頭部には剣のような迫り出した角とそれを挟むように一対の複雑な角が後ろに向かって伸びている。


 名を黒龍リトラという。


 絶海の火山島の主にしてすべての生命の頂点、その一角として作られた特別な存在である。そして、その黒龍を動かすAIも特別で、自我のようなものを備えていた。


(ふむ、デスゲームが始まったか)


 黒龍は自ら支配する領域である絶海の孤島の中心、火山の火口に立ち濛々と沸き立つ黒煙が溶け込んでゆく曇天を見上げた。


 デスゲーム、それは予定されていた出来事で、この黒龍はプレイヤー達がデスゲームから脱するために戦わなければならない難敵として用意されていた。

 しかも設定上、龍には敵が存在せず、伍する存在は同族の龍のみであるという本来ならプレイヤーの手に負えない存在としてデザインされている。


(ふふ、我と最初にまみえるのはどの様なプレイヤーだろうか)


 黒龍は楽し気に尻尾を揺らす。

 この黒龍の支配領域たる火山島には手塩にかけて育てた強力な魔獣たちがひしめいており、生半可なプレイヤーではすぐに命を落としてしまうだろう。

 それでも、この領域に足を踏み入れられるプレイヤーともなれば精鋭に違いなく、きっと魔獣どもを問題ともしないだろう。


 黒龍はまだ見ぬ、いつか目の前に現れるだろうプレイヤーの、歴戦の戦士達の姿に思いをはせる。


 ――ピンポーン


 黒龍の脳裏に、AIに脳裏という言葉が当てはまるのかは不明だが、とにかく脳裏にプレイヤーがエリアへと侵入を果たしたとの知らせが届く。


(早いな……。まぁ、サーバー外時間で一か月ほど試用期間を置いていたみたいであるし、早い者は辿り着いてもおかしくはない、か)


 黒龍は記念すべき初挑戦者の顔を見てやろうと飛び上がり、何もない空を駆けるように飛ぶ。

 

(確かこのあたりだったのだが……)


 孤島は中央を巨大な火山が屹立し、その周囲の一部を三日月状に森が覆う。

 その森の中、黒龍は一人のプレイヤーの姿を見止める。


(ほう、一人か。なかなかの勇敢さであることよ)


 一つ挨拶でもしてやろうと木々をなぎ倒しながら、威容を誇示しながらプレイヤーの前に降り立ったのだ。

 黒龍がプレイヤーの姿を見ようと見下ろせば、一人のブレザー制服姿の少女が立っていた。

 年の頃は十代半ばか、少女が首を傾げると亜麻色の髪がさらりと揺れる。

 使い込まれた鎧も、頑丈な素材で作られたプロテクターも纏わずに立つ少女は無警戒な間抜け面をして黒龍の瞳を覗き込んでいる。

 

 黒龍があまりの無警戒さに呆けていると、


「おっきーおーまさん!」


 目の前の少女は大きな笑みを浮かべて黒龍の足に抱きついたのだ。

 それから無遠慮にもペタペタと足を触る。

 幸い胴体は少女の手を伸ばしても指先がかすりもしないどころか、膝がしらに届くかどうかの高さの為である。

 

(この小娘、恐れを知らぬと言うのか!)


 黒龍は瞠目した。

 過去、自身の最低な劣化コピーたる上級クエストの黒龍でさえも初見のプレイヤーは恐れ震え、歯を打ち鳴らしていたのを知っている。

にもかかわらず、真正の黒龍たるリトラを目にしたこの小娘は怖がりもしない。


(なぜだ!)


 黒龍は唸る。

 足元では未だ少女が飽きもせず楽しそうにはしゃいでいる。

 黒龍は鬱陶しそうに前足を動かし、絡みつく少女を追い払う。


「あぅ」


 少女はさして抵抗することもなく跳ね飛ばされて地面を転がり綺麗に一回転、ぺたんと土くれの上に尻もちをつく。

 驚いたような顔をしたあと、少女は楽しそうに笑う。


(何なのだ、こやつは……)


 黒龍は内心ため息を漏らしつつ、目の前の少女のパーソナルデータを呼び出す。


(……プレイヤーネーム、お姉ちゃん? クエストクリア回数10回?)


 この場に来ることが出来る最低条件、チュートリアルクエスト終了までの最低回数である。

 それがいきなり紛れ込む。


(在り得るのか? それとも運営が用意した隠し玉なのか?)


 黒龍は思考する。他に何かないか、と黒龍は更にデータを呼び出す。


(あー、……総合評価ランク未査定、はこの際まだよい。測定された実年齢4歳って、オイ! このゲーム年齢制限あったじゃろ!)


 黒龍は狼狽えた。

 足元では再びじゃれつき始めた少女の姿が目に入った。

 自然と少女は顔を上げ、笑みを向けてくる。


(よし!……とりあえず、通報しよう)


 黒龍はGMコールを試みた。

 数拍間をおいて、力ない声が応える。


『こちらGMヘキサです。ご用件をどうぞ』


 どうやらGMコールは機能を回復していたらしい。

 しかし、利用者の殆どがデスゲームに関しての苦情ばかりである。


当たり前である。


しかし、デスゲームと言えどゲーム。ここの運営はどこか間違った方向で真面目なのだ。

 対応に出たGMヘキサなる者の声もどこか疲れた様子である。さっさとデスゲームをやめろという苦情が後を絶たないのだ。


 当たり前である。


 GMの中の人も、運営に対して不満が募ってきていて、こういう事するつもりならGMコール廃止しろよ、と上司に掛け合ったりしているが、GMチームの不満はのらりくらりとかわされている。しかも、24時間対応の為にプレイヤーと同じくログイン状態にされた挙句にログアウト不能と来ている。ぶっちゃけ文句を言っても肉体が人質に取られているようなものなのである意味でプレイヤーよりも質の悪い状態に置かれていると言ってもいい。


 声に力がないのも当たり前である。


 対して黒龍は気にした風もなく、要件を伝える。


(お手数をお掛けする。ちと我の領域に紛れ込んだ子が居ってな。引き取って欲しいのだが)


『あー、はいえーと、何を言っているのかわかりませんが……、とりあえず現在位置とプレイヤーネーム確認させてもらいますね……って、あのーAINo.X003黒龍リトラ……? あの、この回線ってプレイヤー専用なんですけど』


(うむ、知っておる。一応プレイヤーがらみだからこうしてGMコールしたのだ)


『はぁ、わかりました。でも、今度から専用回線使ってくださいね。それでプレイヤーのエリア移動に関してですか……あー、コレ無理ですね。黒龍様の管理するエリアは条件を満たさない限り脱出は不可能となっていますねー』


 対応するGMヘキサは非常に面倒臭そうなのを隠そうとせず投げやりである。


(条件と言うと、我を倒すこと、か)


『そうなりますねぇ。困っちゃいましたねー、こういうのってちょーっとこちらでは対応できないというかぁー……あ、新しいGMコール入ったんでー、失礼しますね!』


(まて、まだ話は終わっておらんぞ)


 黒龍の言葉も空しくGMコールは途絶えるわけで、


「おーまさん、ちんちんおっきー」


 亜麻色の髪の、中身四歳、見た目女子高生の少女は後ろ脚に縋りつきつつ黒龍を見上げる。

 

『これ、勝手に見るでない』


 黒龍、思わず声を出してしまう。

 できる限り会話はするなと言う決まりがあったりするのだが、この場においてはそれをしないわけにはいかない。

 黒龍とて一応は生物としてデザインされており、一応の性別としては雄である。なので身体的特徴もそれなりに備えているのだが、あまり具に見てほしいとは思わない。

 内またをきゅっとすぼめて見えなくする。


「あー、ちんちん」


 少女は名残惜しそうである。

 えてして3、4歳くらいの子供は何故かちんちんとかうんちとか大好きなのである。

 

(その見た目でそういうことを言うのはのぉ……)


 黒龍はげんなりである。

 少女は、不思議そうに情けない顔をする黒龍を見上げる。


(GMはあてになりそうにないし、暫く面倒でもみるとしようか)


 黒龍リトラは、ため息を漏らしつつ、特別AIとしての機能を使用し子育てについて検索を始めるのだった。

 ある程度育てれば、きっと我を倒して出ていくことになるだろう。


 手づから育てた子に倒されるのもまた一興、そんなことを思いつつ。



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