第12話

 このゲーム、プレイヤー自身には数字で表されるステータスは存在しない。プレイヤーの身体能力自体は最初のログインの際に身体機能をスキャンし数値化したものを取り込み反映されている。これはプレイヤーに秘された情報である。


 実際にステータスを持つのは各プレイヤーに与えられた異能像、『エイリアスシステム』と呼ばれるものになる。

『エイリアスシステム』がどんなものかというと、ス〇ンドとかペルソ〇をイメージしてもらうとわかりやすい。ただし、こちらは能力者の精神の才能とかオカルト的なものではなく、一種の兵器や道具の延長であり、外科的措置によってプレイヤーに移植されたものである。


 一応、ゲームの設定ではプレイヤーは『レイデン市』と呼ばれる架空の都市にある『都市管理局』の『エージェント』という立場を持っている。そのエージェントに貸与されるのが『エイリアスシステム』である。

 その異能像の外観やステータスはカスタム可能で武器を持たせることも特殊能力を行使することも可能になっている。

 因みに、異能像のステータスからプレイヤーの身体能力に補正が入ったりするが、基本的にプレイヤーの身体能力はリアル準拠の常識的な範囲に収まっている。また、これらもプレイヤーには秘された情報、設定である。


「おれのステータスこれね」


 言ってシスコは端末の画面に自身の能力を簡易タイプで表示させる。

 画面には、


[Spec]STR:B- POW:B- CON:C- INT:B- DEX:B- SUP:E-

[Option]武装Ⅰ 異能Ⅹ アンチブレイクⅠ


 と能力値が表示されている。

 この簡易表示はプレイヤーが緊急時にギリギリ他人に見せてもいいと思えるラインだろう。

 まずこのステータスで最初に見るところは[Spec]と表示されている部分だろう。

 一般的なRPGにおける意味とほぼ同じ意味を持っている。

『STR』なら筋力、『POW』は異能の出力、『CON』は異能像の持つ耐久性、『INT』は異能像の持つセンサーを通した際の分析能力と異能を制御する際の出力制御、『DEX』は異能像がどれだけ精密に動作制御できるか。

 そして『SUP』。基本的に異能像は能力者の肉体から切り離して行動する際には与えられたエネルギーを消費しながら動作する。これは再び能力者に触れた際にどれだけ素早くエネルギーの供給を受け再活動できるようになるか、また備蓄できるエネルギーの総容量(CONとSUPの組み合わせ)にも関わるステータスとなっている。

 他にも防御性能や素早さ等のステータスはあるが、これは上の六つのステータスの複合であるため簡易ステータスには表示されない。


 さて、このステータス、下はE-上はA+で表され、初期状態ではオールCのステータス設定となっている。プレイヤーはこのステータスを自身のスタイルに合わせて出力特性を増減させていく。


 シスコの場合は、異能像を遠隔で使わないと割り切って『SUP』性能を落としてその分のポイントを他のステータスに再配分している。SUPはステータスの中で最もプレイヤーに影響が現れない項目だとも言われている。

 これだけで近接運用をメインにしているというのが見て取れる。


 次に見るのはオプション。

 オプションは異能像の運用を特徴づけるためのもので、シスコは『武装Ⅰ』『異能Ⅹ』『アンチブレイクⅠ』を装備している。


 『武装Ⅰ』は防具を一つ装備できるようになる、というもので、大抵のプレイヤーは完全一体型のヒーロースーツのようなモノを作成して使用している。武装の後ろにある数字Ⅰはこのオプションのコストも表しており、コスト合計が12になるとそれ以上オプションを装備できない。


『異能Ⅹ』はコスト10のオプションかというと実はそうでもなくて、『異能Ⅰ』『異能Ⅱ』『異能Ⅲ』『異能Ⅳ』という四つのオプションを同時に装備した際に行われる簡略表示である。

 異能は結構むつかしいので説明を割愛するが、以下の系統に分かれている。

 異能Ⅰは強化系統。

 異能Ⅱは精神干渉系統。

 異能Ⅲは物理現象の模倣。

 異能Ⅳは物理現象の操作。

 そう言った分類がある。


 簡易ではその異能の中身までは確認できないが、Ⅹ型は特殊な能力になりやすい、というのがプレイヤー間の共通認識になっている。

 注意するべき点は原則として異能は「一つの異能像に一つまで」となっており、複数装備した場合は各系統を統合した複合能力となって発現する。

 シスコの異能像が持つ能力は主に視覚を強化することを軸に発展した能力になっている。


『アンチブレイクⅠ』は異能像が耐久値80%以上を残した状態で全損ダメ―ジを受けた際に、耐久値の1%で耐えるという一種の安全装置のような能力となっている。

 シスコの場合は、異能像に敢えてダメージを受けさせることで自身の即死を回避する緊急防御手段として用いている。


 シスコのこれまでのプレイスタイルはサーチャー兼近接アタッカーである。


「ちょっとSUP最低値ですの? いざという時、危険が危ないですわよ」


 シスコの能力を目にしたいぶりーは少し顔を曇らせる。SUPが低いということは距離を置いて戦うのが苦手ということでもあるし、同時に危険な場所(敵の間合い)に自ら入っていくということでもある。


「基本避けるから大丈夫。能力の燃費もいいから息切れないし」


「ならいいのですけど」


 納得いかない様子で頷く後ろで、「SUPはなげすてるもの!」と、ごろーは腕組みしてうんうんと頷いている。


「探索出来て戦える、がコンセプトなんでね」


 シスコは苦笑を浮かべてステータス画面を表示したままの端末をテーブルに置く。


「次はわたくしの能力ですわ」


 いぶりーの呈示した能力は、

[Spec]STR:D- POW:A+ CON:E+ INT:B+ DEX:B+ SUP:D-

[Option]武装Ⅰ 異能Ⅷ ダメージカットⅠ アンチブレイクⅠ 防衛本能Ⅰ

 である。


 POW型アタッカーのステータスで、基本的に前に出ることを考えていないが、一応敵に近寄られた際に最低限身を守れる程度には調整されている(DEXはINTとの組み合わせで異能の発動速度と操作速度に関わってくる)。因みにCONが低いのは守ってもらう前提であったりする。


 『異能Ⅷ』は『異能Ⅰ』『異能Ⅲ』『異能Ⅳ』の組み合わせで、異能ⅢかⅣを軸にして効果対象を拡大し、異能Ⅰで威力を高めるという異能アタッカーが積極的に採用する組み合わせである。

 いぶりーの場合は『火炎』を再現し、それを軸に『燃焼』で効果対象を拡大させ、それらの効果を強化(異能Ⅰ)する。

 ダメージカットは『異能像がダメージを受けると相当量の痛みをプレイヤー側も感じることになる』のだが、それを半減させる効果で、防衛本能は不意打ちを防いでくれる。自身の守りに重点を置いた構成だ。いぶりーの防御は異能を使用するため炎熱によって攻撃を吹き飛ばすとか溶かすとかそんな感じになっている。


「うーん、見事な中衛」


 シスコは顎先に指をあてて、ふむ、と頷く。そう見たのはSUPが低めだからだ。だが、これくらいの性能なら前衛の少し後ろからのサポートを熟せる。

 きっとこれまでバランスの良いパーティーに参加していたんだろうな、とアタリを付ける。そして、明らかに偏ったステータスで野良に参加する時点でなかなかの腕前を持ったプレイヤーであるだろう、とも。

 見当違いなのである。


「ご存じの通り異能は燃焼系の能力ですわ」


 異能Ⅷ型を使用するのは異能特化スタイルであることを示している。

 特に、現在は異能Ⅷ型に武装Ⅲ(複雑な構造の武装を一つ装備可能になる)というオプションを組み合わせスナイパーライフルの銃弾等に異能を込めて遠距離から一方的に攻撃するという攻撃特化スタイルが流行っており、いぶりーのような異能だけのスタイルは却って珍しい。


(デスゲームになったし構成変えて生存寄りにしたのか……もしくはテンポラリーの方に何か仕込んでるか、かな)


 また一つシスコの中でいぶりーに対するポイントが上がっていた。だが、実際は最初から保身に走ったスタイルであっただけである。あと、テンポラリーというのは一時的に使える制限付きのオプションのことで、緊急用に武器等を仕込んでいることが多い。シスコもそうだ。


「で、次はごろーなんだけど……」


「ちょっと、それだけですの!? 一言くらいあっても良いですわよ!」


 自身の隣に黒曜石のフレームを持つ炎の騎士めいた異能像を出現させるとポーズを取らせてドヤ顔で腰に手を当ててシスコを見る。

 これまでは、会心の出来である異能像を見せればPTメンバーの誰もがスゴイ! カッコイイ! と褒めそやしてくれていたのだ。こんなノーリアクションはありえない、いぶりーは声を上げるのだ。


「すごいなー、かっこいいなー」


「心が籠っていませんわよ! ってちょっと聞いてますの!?」


 いぶりーの文句は止まらない。ギャースカ後ろで吠えているのを無視して、ごろーは自分のステータスを表示した端末をテーブルの真ん中に置く。


「ん」


 表示されているステータスは、

[Spec]STR:A+ POW:C CON:C INT:E- DEX:A+ SUP:E-

[Option]武装Ⅰ 武装Ⅱ 武装Ⅱ 異能Ⅰ 獣化Ⅴ アンチブレイクⅠ


「おー、STR特化に獣化。そんでINT最低値とか割り切りすぎでしょ」


「ん」


 自慢げに胸を逸らすごろー、しかし表情はどこか眠たげでいまいち読み切れない。少しばかり広がった鼻孔から漏れる鼻息が心なしか勢いを増しているようにも見える。


 一番目を引く『獣化Ⅴ』は半暴走状態になるトグル式の能力で、能力者も異能像の状態に引っ張られて好戦的な思考になりがちである。

 こういった精神に関わるものは大抵INTが高いと軽減されるのだが、ステータスは見てのとおりである。

 もっと言うとごろーが片言というか言葉足らずなのは異能像のINTが低すぎるために起こったものである。異能像のステータスというものは実を言うとそれなりにプレイヤーに影響を与えているのだ。

 あと『武装Ⅱ』は『単純な構造の武器、武装を一つ装備できる』というもの。ごろーはこれでガントレットかメリケンサックでも装備しようと考えているが予算不足で用意できていなかったりする。

 基本素手で殴るのだ。


「無視するなんてひどいですわ!」


 ごろーのステータスを見て関心しているシスコにいぶりーが怒りをぶつける。その際、ちら、とステータス画面をのぞき込んだ。


「な……(このステータス、明らかにアタッカー。というかアタッカー二人? いやいや、まてまて、あの手の敵にはタンクが必須。シスコは明らかにシーカー、となるとどちらかがタンクをやらないといけない。ステータスだけ見れば明らかに火力が出せるのはごろー……そうなるとこれ、俺がタンク役? CONなんか平均以下どころか最低値だぞ……!? そんな俺にタンクをやれと? どう考えたってコイツ《ごろー》の役目だろ)」


 一瞬の間に起こったいぶりーの思考を文章化するとこうだろう。


「こま?」


「ま」


 恐る恐る尋ねるいぶりーにごろーは大きく頷く。

 そんなごろーの視線のさきではいぶりーがゆっくり視線を下げる。どうやらプルプル震えている様子で、小さくおかしいおかしいと繰り返し呟いている。

 そんないぶりーにシスコが声を掛けようとした瞬間、


「うがああああぁ! お……お前そのステータスで何でアタッカーなんだよDEXじゃなくてCONだろ! やるならタンクだろうが! なーんでCONに振ってないんだよ! 一体何がしたいんだよお前、ATK極振りっておま、おまああああああああああ! お前ら俺にタンクやらせようってのか? 確かに異能使えば幻影とフェイントで距離取れるけど素体殴られたら痛いんだぞ!? 命に係わることないけど、痛いんだっつーの。ハンマーで腹ぶん殴られたり、腕踏みつぶされたころあんのかよ、有り得ねぇ、マジでありえねー、マジで何なの、もっと構成考えろよ! 頼むからさぁ!」


 いぶりーが吠えた。

 演技も忘れて吠えた。

 言い切った時には肩で息をするほどで、そしてシスコとごろーはどんびいていた。


「と、とりあえず落ち着いて」


 シスコは水の入ったペットボトルをいぶりーに手渡す。


「はぁ、はぁ……、あざっす。……ッハ、ありがとうございますですわ。えっと、その……ちょっと取り乱してしまいましたわね。お恥ずかしいところを見せてしまいましたわね」


 いぶりーは、おほほほほ、と誤魔化すように笑みを浮かべる。

 取り乱したのもどうかと思うが、その喋り方は恥ずかしいところではないのか、シスコは内心で突っ込みを入れる。


「お、おぅ。で、落ち着いた?」


「え、えぇ……」


 いぶりーは何処か気まずそうである。

 ちら、とごろーに目を向けると、


「どんまい」


 ごろーは相変わらずの表情のままサムズアップして見せた。

 あれだけ罵声を浴びさせられたのにも関わらず大人な対応である。


「そういうわけで、三人のステータス出たわけだけど……」


 シスコは、微妙な空気をとりあえず無視して話を再開する。


「そ、そうですわね!」


「ん」


「で、これ見て思ったんだけど、俺ら三人って案外そこまでバランスは悪くないのな」


「そう、ですの?」


 いままで寄生プレイでやってきたいぶりーには割とさっぱりな話である。

 むしろエアプ民に近いので最悪の組み合わせだとすら思っていたりする。

 普通に知識を得ていれば絶対に「自分がタンク役になるかも」なんて思うはずがないのだ。


「うん。だってアタッカーにフィニッシャーがいて、一応タンクみたいなことも出来そうだし」


 シスコは三つの端末を見下ろしつつそう結論付ける。


「ちょちょちょーっと、申し訳ないのですけど、わたくしタンクの代わりなんてできませんわよ?」


 それだけは嫌だ、いぶりーは冷汗まみれである。


「え、いぶりーはアタッカーでいいでしょ。だいたいCON低いのにあの鶏に近づけさせるわけないじゃん。タンクやるのはおれだよ」


「そ、そうなんですの?」


「そ。頑張れば避けタンクみたいな感じでいけると思うんだよね。ヘイト管理どうなるかわかんないけど……、いぶりーは攻撃と攪乱で止めはごろーかな。というかごろーの殴るっての本気だったのね」


 シスコは思い浮かんだ作戦を何となく口にしつつ最初にゴローが提案したときの言葉を思い出す。


「さいしょからいってる」


 つまりはそういう事だったらしい。


「ステータス見て何となく納得しましたわ」


 何となくわかった風に頷くいぶりーだが、半分くらい理解が追いついていなかったりする。

 だが、ここは賢い大人の処世術「とりあえず流れに乗っとけ」でやり過ごすのだ。

 お互いの能力が分かったところで三人は作戦を詰めて行く。

 話し合いは三十分くらいで終わり、ごろーのお昼寝タイムの後に作戦を実行することになった。


 作戦は実にシンプルである。

 シスコが敵に突っ込んで注意を引き、いぶりーがその隙をついて攻撃、動きが鈍ったところで姿を隠していたごろーが不意を打って急所に強烈な一撃を叩きこむ。

 シスコが上手く鶏の注意を引けるか、いぶりーがどれくらい敵を弱らせることが可能かがこの作戦の成否にかかっている。


 そして、日が傾き始めたころ、作戦は実行される。


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