第11話

 三人が追跡を決めてから件の魔獣を見つけ出すのにはさほどの時間もかからなかった。

 シスコが組み上げた能力は視覚を強化する類の能力。

 遠くを見たり、視界内の些細な痕跡を見つけ出したりすることを得意としていた。


「まさか、こういう使い方あるって思わなかったよ。さすが年期が違うなぁ」


 シスコは心底驚いた様子で島の森の中に残る魔獣の痕跡を辿りつつそうこぼした。

 シスコの眼には森の木々の表面の、ざらついた中に残る微かに削られた痕跡を目印に追跡を行ったのだ。遠くから目標を探す使い方は何度もしたことがあったが、自然に紛れた痕跡を探すという試みは初めてだったのだ。


「視覚や嗅覚の強化を行う能力と言うのは基本的にシーカーと呼ばれるものですわ。そして痕跡探しというのはシーカーとして知っていて当たり前の知識、ですわ!」


 いぶりーはため息交じりに茂みの先に目をやる。本人は偉そうに言うのだが、偶々聞きかじった知識であって、具体的な能力構成を知っているわけではなかったりするので突っ込んで聞けばすぐにボロがでるのだ。


「そうなの? いつも遠くから見つけたら後はその場の流れだったからこういう細かいの知らないんだよね。見つけたらみんなで囲んで倒してたし」


 そもそもシスコにそんな使い方が思い浮かぶわけがない。

 何せ妹を遠くからでもじっくり眺められるようにと組んだ能力なのだから。近接戦闘でも使えたのは偶々で、戦ってみたら敵の動きはよく見えるし、動きの意図を読み取れるのでどの魔獣と相対しても戦いやすかったからそう言っているだけである。

 ちょっと困った顔をしているシスコの隣、ごろーは両手をぐっと握って茂みの向こう側にきらきらとした瞳を向けている。


「とりさん、おっきい」


 茂みの先に目を向けて呟く。

 視線の先には二階建てバス程の巨体の鶏が岩肌の上に立ち、じっと少し離れた沖の方を見つめている。

 海面はうねり、急激に深くなっているらしく、数メートルも離れれば海は青黒く、底を見ることは叶わない。そんな海面を巨大な鶏が見つめているのだ。


 何を見ているのだろうか、とシスコが鶏の見つめる先に視線をやった時だった。

 青黒い海中に何かが揺らいだのを見た。


 瞬間、鶏が巨大な翼を広げ跳んだ。

 その距離500mを超える。


 巨鶏が海へ飛び込むと同時、白波が上がり、大きく海面がうねる。巨鶏は沈むこともなくぷかぷかとただ浮いているようにしか見えない。しかし、シスコの目には水面下で鶏の足に鷲掴みされた長く太い生物がもがくのが見えていた。

 その生物が反撃しようと体をくねらせる。

 同時、巨鶏が大きく羽ばたく。

水しぶきと共に大空へ飛び上がる。鉤爪のついたその足には電車並みの太い胴を持つ巨大なウミヘビを鷲掴みにしている。

明らかに巨鶏よりもウミヘビの方が巨大で、ウミヘビがその気になれば、一口二口で食い殺しそうなものであるがそうはならない。

 巨鶏は飛び上がると同時、足に掴んだ巨大ウミヘビを近くの岩場に高度から叩きつける。

 幾つもの槍が飛び出したかのような荒々しい岩場に叩きつけられた巨大ウミヘビは自重と勢いもあって体中あちこちを傷だらけにして跳ねる。

 死から必死に逃れようと何度も跳ね、体をくねらせる。

 しかし、そのたびに巨鶏の足に捕まれては近くの尖った岩に頭部を叩きつけられる。

 暫く、そんな光景が続き、いつの間にか巨大ウミヘビはぴくぴくと尾を震わせるだけになっていた。

 

 巨鶏は慣れた様子でウミヘビの頭を押さえつけると鋭いくちばしでウミヘビの腹を切り裂くのだった。


 一連の光景に三人は、絶句した。


 見た目は白羽根の目立つ『チャボ』である。昔ならどっかの小学校で飼育していただろう外見である。

 くりくりした瞳と愛らしく首を傾げる様子はまさに鶏そのものなのだが、大きさはいかんせん大型重機並みである。

 そんな巨鶏が今しがた仕留めた朝食である巨大ウミヘビの腹をくちばしで器用に掻っ捌き内臓をついばんでいる。大きさの対比で言うならどう見てもウミヘビが捕食者で巨鶏は哀れな生贄にしか見えないのに、だ。


 食卓に並ぶローストチキンからは想像もつかない獰猛さである。


「爺ちゃんちに行くとさぁ、ニワトリ飼ってんだけどさぁ。アイツらネズミ丸のみするんだよ。なんか思いだしちゃった」


 シスコはぽつりと呟いた。


「それ、今思い出すことですの!?」


 いぶりーは声を抑えて怒鳴るという器用な真似をしつつシスコを睨む。


「と、とりあえず、一旦拠点に戻ろう。んで、それから作戦考えよ?」


「……ですわね、無策で突っ込んでも死にそうですし」


 いぶりーは、自身を落ち着かせるように大きく息を吐くとシスコから視線を外す。

 それから、


「ごろー、戻りますわよ」


 声を掛ける。


「んー」


 生返事が返ってくる。


「ちょっと聞いてますの?」


 いぶりーがごろーの方に顔を向ければ、「おー」とか「ほー」とか言いながら興味深そうに茂みの先、巨鶏がウミヘビを食べている光景に熱中している。

 ごろー的には、巨大生物対決「ニワトリ対ウミヘビ」みたいなドキュメンタリーを生で見ている感覚なのだ。


 視線の先のウミヘビは哀れにも腸をついばまれている最中で、流れ出した血と臓物が巨鶏の足元を汚している。

 シスコは、目がいいせいで遠目にぼやけるはずの生生しいところまで見えてしまうからできるだけ視界に入らない様にしているのだが、ごろーにとってはエンタメみたいなものらしい。


「全く、悪趣味でしてよ? というか、食べ方汚いですわね」


 いぶりーが顔をしかめるだけあって、巨鶏の足元は血だけでなく、ちぎれとんだ内臓まで転がっている。


「ん」


 ごろーもそこには同意らしい。大きく頷いた。


「いやいや、食べ方とかいいから、戻ろう?」


 シスコはうんざりした調子で、二人の肩に手を置いた。

 


 幸いな事に三人がその場を離れても巨鶏は食事に夢中で気が付くことはなかった。

 三人は拠点である基地に戻る道中に野生の兎2羽、これはシスコが捕まえた、を朝食兼昼飯にあてがうことになった。

そして、建物の地下室にて食料と水を集めて、そこで昼食をとりがてらこの後どうするか話し合うことにした。のだが、


「わたくしの能力はガスコンロ替わりではありませんわ!」


「えー、でも火炎系の能力なんだよね? いーじゃん」


「嫌ですわよ。大体、普通はカセットコンロとか七輪とか……」


 言いかけたとき、べちょりといぶりーの頬に生暖かくも冷えかけたような何とも言えない感触が押し付けられる。

 恐る恐る視線をやれば、少し前に皮を剥ぎ終わったばかりの兎の胴体が、ピンク色の肉があった。


「ひっ」


「たべる?」


 押し付けるのはごろー、眠たげな表情が却って威圧感を与える。

 こうして必死なシスコとごろーの説得により渋々といった感じでいぶりー、調理をすることになったのだった。


「で、どうしますの? あの化け物」


 いぶりーは出現させた|異能像≪エイリアス≫(と呼ばれる異能の宿った力場、炎を纏った騎士のような、骸骨のような外見をしている)に肉を持たせてその異能の力である炎で肉の調理をしつつ尋ねる。

 地下室なので実際に火をつけるわけにはいかないのだ。


「倒すにしてもちょっと、アレ大きすぎだよねぇ」


 シスコはいぶりーの異能像が持つ肉の火の通り具合を見つつ。


「ですわね。わたくしもあそこまでの大きさはちょっと……」


 これまでいぶりーが(寄生したPTで)戦ってきた魔獣は少なくとも人並みか、それより少し大きいサイズのものばかりである。そこらへんは当時のPTL(主にレオとかジョゼ)が優秀でメンバーに合わせて調整していたのだが、いぶりーがそれに気が付くことはない。

 故にここまでの巨体を持つ敵とは相対したこともない。

 そもそも、格上の敵と戦えるだけのプレイヤースキルもないのだ。寄生プレイヤーの抱える問題である。

 

「なぐる?」


 ごろーに出来ることと言えばそのくらいで、実際野良に参加してもそれしかやっていない。因みに、本人的には、追い込んでくれれば殴るくらいはするよ、と言っているのだが上手く言葉にできない。


「殴ってどうにかできれば苦労しませんわよ」


「んぅ?」


 ごろー首を傾げる。

 どうやら言わんとするところが伝わっていない様子。


「これってさぁ、ちょっと言いにくいんだけど、お互いステータス見せあって立ち回りを明確にした方がいいと思うんだよね」


 シスコはいぶりーの異能像から程よく火の通った肉の塊を受け取ると、調理室から拝借してきたまな板の上で肉をスライスさせてゆく。それを施設の周辺に生えていた芋の付け合わせの盛られている皿に盛り付けていく。皿も調理室に残っていたものを拝借している。


「……ステータスの開示ですの? 普通はマナー違反ですけど、状況が状況ですし、仕方ありませんわね」


 いぶりーは異能像を消すとシスコの盛り付けた皿をテーブルに配していく。


「ん、もんだいない」


 ごろーはシスコの提案に同意しつつ水の入ったペットボトルをそれぞれの席の所に配っていく。


「ありがと、ってことで食事のあと細かいとこ見ていこうか」


 使った調理器具をまとめつつ、それぞれ席に腰を下ろすいぶりーとごろーを見た。


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