第9話
その日、プレイヤー達は突然ゲームの世界に囚われてしまった。
ログアウト不能、出口の見えないデスゲーム。明日も知れず、我が身の保証もなく、日々修羅に身をやつす。
そんな世界。
己と戦友の血に塗れながらも手探りで道を切り拓く。
そんなプレイヤー達の物語。
のたうつ炎が火の粉を巻き上げ天を燻ぶらせる。
沸き立つ黒煙は散って行った者達への鎮魂歌である、はずだ。
「ちょっと、生木入れたのは誰ですの! こちらにある乾いたものを使ってくださいませ!」
青い海と白い砂浜をバックに、煙にむせてけほけほとせき込むのは金髪美少女(と本人の中では名高い)イブである。
海辺に似合わない赤いゴスロリ服が暑苦しさをいや増して、全身から流れ出た大量の汗によって、可哀そうな程全体的にぐっしょりしている。
「えー、木なんて燃えたら一緒だろ」
そう言ってそこらの木の枝を投げ込むのはいかにも活発そうなTシャツにホットパンツ、赤髪ロングヘアの少女シスコだ。
白い肌ではあるが、タイトなTシャツから伸びる二の腕が太陽に輝いて実に健康的で眩しい。
「やぎ、いける」
目を輝かせサムズアップして見せるのは淡い水色っぽい髪色のショートカットの少女である。
しかし、コイツも海に来ているというのにセーラー服の上にオリーブドラブカラーのコートを羽織っている。
額に汗も浮いている上に、コートもどこかしなびているというか湿気っている。
暑いのだろう。
そして誰も鹿肉であることを指摘しない。
現在彼らは、……彼女らはイブがどこからか拾ってきた金網を使ってバーベキューの真っ最中である。
「ちょっと、それ私が育ててたやつですわよ。勝手に食べないでくださいまし!」
イブは慌てて他の肉を確保し始めるが、どうやら一番のお気に入りは既にごろーの腹の中らしい。
ごろーを見る目つきが殺人鬼のそれである。
「落ち着いて、慌てなくてもまだまだあるからさ」
困り顔でイブをなだめるシスコは肉を足しつつも、よさげな肉は自分の近くにしっかり確保している。
「納得できませんわ! ちょっとあなた、そのお肉こちらによこしなさいな」
親の仇でも見るようにごろーをにらみつけるイブは、焼き上がり掛けた肉に箸を伸ばす。
「や」
ごろーは何と生焼け肉を何もつけずに口へと放り込んだ。
「くぅ~~~~ッ! 非常識ですわよ!」
「ふふん」
ごろー、ご満悦である。が、そそくさと取り皿の塩を舐めとっているあたり、味気なかったのだろう。
「このッ、覚えてなさい。もっといいお肉焼いて見せますわ!」
イブは怒り顔ではあるが、既に手元の肉の火の通り具合を必死に眺めている。
何だかんだ三人は実に楽しげである。
肉の掛けられている網とは別に魚介の乗せられた網もある。
そこではサザエに似た巻貝が乗せられ、蓋の隙間からぐつぐつと泡が沸き上がってくる。
そこに醤油をたらせば、もうたまらない。
「おさけ、ざんねん」
ごろー、顔を曇らせる。
そう、ロビーでは水は買えるがそれ以外の飲み物は手に入らないのだ。
酒が欲しかったら現代フィールドで買ってくるしかない。
簡単に説明すると、現代フィールドとは最上位難易度に存在するクエストの為に用意されたフィールドである。
現代文明を享受できるフィールドであり、そこにはNPCの住人たちが存在する。クエストボスも多様で、野生動物の延長線上にあるような『魔獣』以外にも『妖魔』と呼ばれる超常的な能力を操る知性ある敵がボスとして登場してくる。しかも一体だけではなく数体同時に出てくることもある。
故に上位クエストを舐めプできる腕前になってから行くフィールドだと言われていて、現在そこに足を踏み入れているのは真正の廃人連中、前線組一握りだけである。
運営的にはエンドコンテンツにしたかったのではないかと噂されていた。
当然、三人はまだそこに行ったことはないし、気軽に行くのは無謀なほど難易度が高い。
「バーベキューならビールサーバー欲しくなるよね」
シスコはあはは、と肉をひっくり返す。
くれぐれも忘れてはならないのは、ここはログアウト不能のデスゲームの真っ最中であることだ。
「いえす、いえす」
ごろーは肉を咀嚼しながら何度も何度も頷く。口の周りが油でベトベトだ。
ログアウト不能、デスゲームである。
「ちょっと、はしたないですわよ!」
イブはどこから取り出したのかハンドタオルでごろーの口の周りを拭いたりしている。
案外世話焼きなのだ。
実に微笑ましい。
現在デスゲームの真っ最中……。
「あはは、仲のいい姉妹みたいだ」
シスコは楽し気にそんな二人を眺めるのだった。
間違ってもバーベキューを楽しんでいる場合ではない。
娯楽のはずのゲームが、娯楽から切り離された修羅の世界。
それが現在のプレイヤー達に課された状況、である。
遠くまでどこまでも続く青い空。
まぶしい太陽。
揺蕩う海の水面はキラキラと陽の光を照り返す。
時折、沖の方で巨大な魚が飛び跳ねる。
非日常のファンタジー。
「思ったよりも食べられませんでしたわ」
浜辺の白波を眺めつつ、流木に背を預け苦しそうにイブは呟く。
「体に合わせて胃も縮んじゃったみたいだ」
シスコもだらけて仰向けになり、捲れたおなかを大げさにさする。
「そうですわね、次からは気を付けませんと……。あんなに残してしまうなんて」
そこまで言ってイブははっとした顔になる。
「べ、別にわたくし。そう、元々小食でしたわ。忘れていましたわ!」
慌てて言い訳を始めるが、額に浮いた汗が色々と怪しい。
そこへシスコとごろーの視線が突き刺さる。
「な、なんですの! そんなに見つめて」
イブは涙目で訴えるが、今更である。
そもそもシスコにしてみれば自分も含めどいつもこいつもネカマである。
イブもごろーも目の前で堂々と男子トイレに入ろうとした実績があるのだ。
あの時、二人がやらかさなければ間違いなくシスコは男子トイレに入っていただろう。
それはそれで見ものだが。
「ちょっと、感じ悪いですわよ!」
イブはあざとい感じに目元に涙をためている。
因みにここ、演技ではなく割とガチであったりする。
「あはは、ごめんて。おれたち、偶々居合わせたのにこんなとこまで来て一緒にめし食べてさ、何だか変だなって、そう思っただけだよ」
笑うシスコ。シスコは早々に一人称を「私」と言うのを諦めて、慣れ親しんだ「おれ」に戻している。
「なんですの、それ。変な人ですわね」
しかしながらその通りで、普通ならデスゲーム開始とあらば親しんだ、信用のおける仲間と共に行動するのが普通である。
そう思うとイブは可笑しくなってきてクスクスと笑みがこぼれる。
「これも何かの縁だよな。そうだ、自己紹介。おれはシスコ。近接アタッカーやってる。よろしくな」
シスコは気恥ずかしそうにしながら名乗る。
「なんだか、学生の頃を思い出しますわね」
イブは何やら昔を懐かしみ始めた。
このパーティー平均年齢は結構高そうである。
「ついでですし、次はわたくしが。私はいぶりー、同じく異能型近接アタッカーですわ。火の扱いならお任せくださいませ」
自信満々に言うのだが、
「へんななまえ」
ごろーは微妙に口元を歪ませる。
笑みを浮かべたつもりなのだが、相変わらずのぼんやり顔である。
「変とはなんですか、実に素晴らしい響きで気に入っていますのよ!」
イブもとい、いぶりーはぷんすかと怒り出す。
名を馬鹿にされたのだ当たり前である。
しかし、読者の方はここであれ、と疑問に思うだろう。
こいつの名前はイブじゃなかったのか、と。
そう、イブの本当のプレイヤーネームはいぶりーだったのだ。
イブとは世を忍ぶ借りの姿。
いぶりーこそが真の彼女の、というか彼の姿なのだ。
実際のところは、本人もちょっと女の子の名前っぽくないかなーとも思っていて、野良で稼ぐときにはイブと名乗っているのだ。
当然このことは教えない。
「ごろー、なぐる」
ごろーは勢いよく、片手をあげて自己紹介した。
しかし片言である。
実際は「僕はゴロー、接近戦主体のアタッカーさ。よろしくね」みたいな感じに言っているはずだった。
この勝手に意訳される呪いはいつ解除されるんだろうか、ごろーは苦々しい思いで一杯である。
しかし、これはごろーの組み上げた異能の副作用のようなものである。
別の能力構成に変えれば言葉遣いも自然と戻る。
本人が知らないだけだ。
「貴方こそ、ごろーなんてその容姿に似合いませんわよ」
「よけいなおせわ」
む、っとなったごろーはイブ……もとい、いぶりーを睨みつける。
睨みつけるのだが、ぼんやりとした顔が半目になっただけである。
眠気を堪える子供みたいで可愛らしさが鰻上りである。
にらみ合う二人をみてシスコは自然と笑みがこぼれる。
まるで初対面とは思えない程に馴染んでいる三人であった。
というか、見事に近接アタッカーのみが揃った脳筋パーティーである。
良い子はその場のノリだけではなく、きちんと仲間の装備構成、能力、ビルド等を吟味してパーティーのバランスを考えてからクエストに出発しましょう。
野良であってもパーティーに参加する際は挨拶と共にプレイスタイルを含めた自己紹介を最初にするのはこのゲームでは常識なのだ。
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