第8話
空は明るすぎては却って暗く見え、雲は一つとしてない。
吹きつける風は浜辺に生える木々の葉を揺らしサワサワと心地よい音を奏でる。
白波は砂浜に乗り上げ砂を湿らせて引いてゆく。
炎天に照らされる白浜は、
(熱い……)
砂浜に正座で座らされている少女は渋面を浮かべて、汗が滴り白砂が色を変えて行くのを睨みつける。
「ちょっと、聞いてますの!?」
仁王立ちで吠えるのは金髪ツインテールの少女、イブ。
対して、
「おう」
額に汗して応えるのは赤髪ロングの少女、正座させられている人物でもある。
その名をシスコ。
「だいったい、デスゲーム始まってすぐに上位なんて、考え無しすぎですわ!」
シスコは今、説教を受けていた。
原因はそう、シスコの選んだクエストにある。
『旧前線基地保守』
それが問題だった。
「パーティーのフルメンバーにもならない三人でなんて自殺行為も良いところですわ! 今がデスゲームだってわかっていますの!?」
そう、イブにとって上位クエストは鬼門だった。いや、中位ですら怪しい。
下位関連のクエストであればステータスによるごり押しが、異能の構成次第だが可能だろう。
しかし、これまで他のプレイヤーにおんぶに抱っこでやってきたイブにとってこれは「非常にマズい」状態なのである。
プレイヤースキルのなさは自分自身が一番良く分かっているのだ。
「だってお前、上位なら何度も行ったことあるって言ってたじゃん」
シスコの言葉に悪気はない。
これでも二人が買い出しに向かう前に今まで遊んでいたクエストの難易度を聞き出していたのだ。イブの返答としては、
「上位をメインに活動していました。500回は既に超えているかと」
という感じで、中級をメインとして偶に上位で遊んでいたごろーもいたが、自分とイブの二人が居れば何とかなるだろう、とシスコは判断したのである。
「だからって限度がありますわ! 普通、こういうときは簡単な方から少しづつ安全を確かめながら進めるものですわよ!」
「ってもなぁ、行けるって思ったから選んだんだけど……。というかその話し方、続けるの?」
「行けるわけありませんわ! このクエスト出てくる魔獣はランダムで、強さも五段階、行動パターンもまだ完全に解析されているわけではありませんのよ! あと、この話し方は生まれつきですわ!」
一時間前の話し方を突発性健忘症で記憶の彼方に置いてきてしまったらしい。
シスコとしては、
「お、おぅ」
返す言葉も思い浮かばない。
「とにかく、全員の安全を考えた上でクエストは選んでいただかないと困りますわ!」
イブは主張するのだが、上位クエストクリア回数が最も多い事からくる、引率役という重責から逃れたいというそこはかとない理由があった。なにせ他の二人からは知識も腕前も持ち合わせていると思われているのだ、何かあったらきっと自分のせいにされてしまう、という強迫観念に苛まれていたりする。
さすがに自分のミスで人死にを出したら寝覚めが悪いのだ。
「わかったよ。気を付けるって」
シスコは答えたものの分かっているのかいないのか、気楽そうな笑みを浮かべている。
「あなたって人は……」
言いかけたところで林の方から大きな破裂音。
シスコとイブは思わず首をすくめて音のした方を見る。
まさか、ごろーに何かあったのでは、嫌な想像が二人の脳裏に浮かぶ。
木々の合間を縫って野鳥たちが警戒音を発しながら飛び上がるのが見えた時、木々の暗がりから一つの影が浜辺へと向かってくるのが見える。
ゆっくりとした足取りで、徐々に日の当たる方へ……。
シスコとイブはゴクリと唾を飲み込む。
果たして、茂みから姿を現したのは、
ごろーだ。
砂浜の二人の元へと向かってやって来る。
よくよく見れば右手に何か大きな物を掴んでいて、引きずった跡が地面に太い線を描く。
引き摺られ出来上がった跡は大量に流れだした血によって砂に染み込んでゆき、白の砂浜を赤黒く染め上げて行く。
「ごはん、たべよ?」
ごろーは手にした獲物を掲げる。
どれ程の重さがあるのだろうか、頭部の爆ぜた蹄のある四つ足の獣、それを片手で持ち上げた。
頭部は消し飛んでいるのか見えず、張り付いた毛皮の端から頸骨らしい白い物体が覗いている。
実に猟奇的な光景である。
シスコとイブは互いに顔を見合わせる。
「とりあえず、食事……?」
「ですわね」
二人は考えていたよりも遥かに簡単に食事にありつくことが出来たのだ。
そんなわけで、食料が手に入ったところで皆で手分けして火おこしをすることになった。
ごろーは座るのに丁度よさそうな流木を集めハの字に並べ椅子を作り、近くから適当な石を集めてコの字型の竈を作る。
ごろーはリアルで一時期アウトドア(情報収集のみだが……)にはまっていたこともありその辺は手慣れているつもりなのだ。
完成度はお察しである。
そして、目的と用法が合致していない様子だが、なんというかこういうのは雰囲気が大事なのである。
ごろーはいい仕事をした、とばかりに流木の上に腰かけると浜辺で獣の死体と戯れているシスコを眺めつつうとうとし始める。
シスコが店売りの簡易サバイバルキットに入っているナイフ片手に食肉相手に格闘しているのが見える。
基本的に倒した動物や魔獣からアイテムを手に入れる方法には二通りの方法があって、一つは『ディセクションカード』と呼ばれるカード化アイテムを使用することである。
半透明のトランプサイズのカードで、使用者はそのカードの枠に対象が収まるようにカードを構えて、対象となる動物、或いは植物、物体に意識を集中する。
すると対象となった物体が緑の枠で浮き上がるのでアイテム化を念じると対象がアイテムカード数枚となって手に入るのである。
その際は、どの部位が手に入るかランダムで、基本的に獣であれば『毛皮』『牙』『角』『骨』などが入手可能で『肉』はアイテム化されにくい。
とはいえある程度加工された素材が手に入るのでクラフター業に取り掛かるプレイヤーには割とありがたい機能ではある。
対してもう一つの方法であるのが、原始的な方法。
浜辺でシスコがやっているように自力で解体することである。
知識と技術が必要になるが、獲物を丸々手に入れられるので無駄が出にくいのが特徴である。
また、解体した素材は『ディセクションカード』とは別に、単純にそのままをアイテム化するカードが存在するため、そちらでカード化して持ち歩けるという親切設計である。
どちらの方法が良いかというのは、プレイヤーのスタイル次第だろう。
どうやら竈を準備するだけして、飽きたのかごろーは椅子代わりに用意した流木の上で寝入ってしまったらしい。
実に呑気な話である。
まぁ、彼女(?)らの腹に収まる食料を手に入れてきたという功労者なので文句を言う者はいないだろう。
そう、あれはイブがシスコに説教をかましている時の事だった。
ごろーは周囲の警戒を任され茂みの近くで見張りをしていた。
ガサガサと茂みの向こうで何かがいる様子。
ごろーは警戒しているつもりになって慎重に、その辺を散歩するのと何一つ変わらない調子で正面から茂みの中に入っていく。
南国風の植物が生い茂る中、目に入ったのは年若い鹿である。
単に角が生えてなかったから、ごろーは雌だなと何となく思っていた。
鹿は警戒する様子もなく、ごろーに気が付いても気にすることなく足元に落ちている木の実を食んでいる。
ごろーはぼんやりとした様子で眺めていたのだが、何を思ったのか口音を立て野良ネコでも呼ぶように注意を引いて手招きする。
「ちっちっち……」
鹿に言葉は通じないが、ぱっと見野生動物と戯れる少女と言えなくもない光景である。
鹿は無警戒にもその純粋で好奇心に満ちた瞳を輝かせごろーの傍にやって来る。
愛らしい瞳にごろーの目元が緩み、その頭を優しくなでる。
昼は鍋でもいいなぁ、とどうでもいいことが一瞬思考に浮かび上がり、同時、ごろーに電流が走る。
(鹿肉! 昼飯! ジンギスカン!)
瞬間、ごろーの右腕に重なるように巨大な、半透明な腕が現れる。
プレイヤーに与えられた能力が現出した一つの形である。
半透明な腕は一瞬ぶれたかと思うと鹿の頭部を破砕。
茂みの中に巨大な破裂音を響かせた。
泉のように血を溢れさせる鹿を見てごろーは満足げに頷きシスコ達の元へと向かったのだった。
因みにジンギスカンは羊肉である。
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