第7話
食事は大切だと誰もが言う。
特に朝食。
一日の活力は朝食の質にあると言っても過言ではない(諸説あります)。
第三ロビーにあるトイレ前の喧騒を避けるように、少しばかり離れたところで三人の少女の姿があった。
平均して身長は140センチあるかどうか。
小学生高学年か中学一年生くらいの少女たちである。
だが、騙されてはいけない。
仮想空間内においてその外見は微塵も信用ならない。
きゅるるるる、くぅ~。
何やら可愛らしい音が聞こえてくる。
音のする方を見れば顔を真っ赤にして俯く金髪ツインテールの少女の姿が目に入る。赤ゴスに身を包む非常に目立つ少女である。
名をイブという。
そんな少女を見るのは赤髪ロングの少女。
名をシスコという。
「そういえば腹減ったなー」
自分のおなかを撫でながらそんなことを言う。
「な、別に今のは私じゃないですし!」
イブは更に顔を真っ赤にして、激しく両手を振って抗弁する。が、誰も聞いていない。
「おなか、ぺこぺこ」
とは淡い水色の髪と眠たげな真紅の瞳が印象的な少女だ。
なぜか白のセーラー服の上からオリーブドラブのロングコートを羽織っている。裾が地面にこすれそうである。
名をごろーという。
「ちょっと、聞いてますか!?」
イブは言うがどうも流されている様子である。
「あー、そろそろ飯にでもするかなぁ」
シスコは思いだしたように言うと、
「じゃぁな」
軽く手を振って歩き出す。
別に二人とは仲間というわけではない。
本来ならトイレを出た後にそのままそれぞれバラバラに行動するものだとシスコは考えていた。が、トイレ前の喧騒と視線が気になってシスコが場を離れれば、なぜだか二人が付いて来たのだ。
フレンド登録だってしていないし、そもそもお互いの名前も知らないままだ。
「まって、いっしょ」
ごろーは、便乗すれば楽に食事にありつける、という根拠のない名案を閃いて、とてとてとシスコの隣に小走りに駆け寄る。
そんな二人の背中を眺めるイブはというと……、
「え、置いてくの? マジで?」
素が出たことにも気が付かず茫然と立ち尽くす。
逡巡の後、二人の背中が人ごみに紛れようとしたところで走り出す。
これまでPTなどでちやほやされてきた経験から、おざなりに扱われることに酷く寂しさを覚えたのである。
「二人とも酷いです!」
追いついたイブは頬を膨らませると二人に詰め寄る。
可愛らしいと思ってはいけない。
以前はこうやって目を潤ませれば、野良PTであれば適当な野郎プレイヤーが優しい言葉を掛けてくれたし、ちょっと前に組んでいた固定のメンツであればレオという青年が甘やかしてくれていたのだが、
「別に無理してついてこなくてもいいんだけど?」
若干疲れ気味のシスコの言葉が待っていた。
「な……、一緒に危機的状況を乗り切った仲間でしょう!?」
愕然とするしかなかった。
「といれ、いっただけ」
ごろーのフォローが突き刺さる。
「ぅぐ……、とにかく一緒に行きますから!」
こうしてイブも食料確保PTに加わることとなった。
基本的にロビーエリアでは食料を扱っていない。
ロビーにあるのはクエスト受付のための専用端末群とプレイヤーに与えられた特殊能力をビルドするための研究施設、テーブルとイスが配置されたラウンジ、移動用のゲート、それから申し訳程度に消耗品の置かれた売店くらいしか存在しない。
今はここにトイレが加わるのだが……。
ともかくとして売店である。
ここで取り扱うもので口にできそうなものは数種類の調味料、塩、胡椒、醤油、マヨネーズと水くらいである。今まで誰が買うんだと散々ネタにされていたアイテムではあるが、運営は最初から今の状況に持っていくつもりで用意していたのだろう。
後はクエスト内で利用するような消耗品、簡易のサバイバルキットや入手した収集品をカード化して持ち運びやすくする専用アイテム、それに各フィールドの案内付きの地図くらいである。
武器類は研究所の方で取り扱っている。
なんにせよ、ここでは食事を摂ることが出来ない。
また、これまでクエスト報酬で肉類(ヒレ、ロース等とラベリングしてあった)が紛れていたのだが用途不明品として格安で店売するか、リザルトの後で捨てられていたのだ。なにせちょっと前まではゲーム自体が食事を必要としない仕様だったのだ。
仕方のない話である。
仕方がないとはいえ、食べ物を粗末に扱ったプレイヤー達の末路がクエスト受注端末前で難しい顔を突き合わせている連中である。
彼らは食事を手に入れるのにどの程度のリスクなら許容できるかを議論している最中である。
何せ痛覚まで再現されているのが事実だとしたらこれまで、と言ってもひと月足らずだが、の間に培ったプレイスタイルが通用しなくなる可能性もある。
要はビビっているのだ。
「んー、何がいいかなぁ」
シスコはクエスト受注端末を睨みつつ唸る。
今ここにはごろーとイブの姿はない。
二人は調味料と水の確保で売店へと向かっているのだ。
「確か二人とも野良は上位回ってたんだっけ……なら……」
多少なら強い敵が出てきても問題ないだろう、と思案しつつ専用端末の画面をスクロールさせていく。
二人のリクエスト、魚介とお肉の二つの食材の手に入るフィールド、条件を絞ればある程度は見えてくる。
「これでいっか」
選択したのは『旧前線基地保守』というクエスト。
難易度は上位、レベルは70~85の変動制である……。
デスゲームになった自覚を持ってほしいものだ。
シスコは余り気にしていないが、プレイヤーの腕前は中級クエストが適正な者達が圧倒的に多かったりする。何せサービス開始からそれほど時間が経っていないのだ。
シスコとしては、ソロならちょっと難しいがPTであればこのくらいならいけるだろう、という目見当で決めたのだがそれはシスコの周りのプレイヤースキルが上振れていただけで、同じランク帯のクエストを受けていたとしても実力はピンキリである。
そんな感覚で選んだのがこれ。
クエスト内容は簡単で、絶海の孤島にある施設に野生動物類が侵入していないか見回ること。魔獣化した動物がいれば駆除することが条件である。
「いれば」と書いたがクエストの内容的に絶対に出てくるのである。
この辺は普段野良PTでクエストをやっていた時の感覚で選んでしまっている。シスコの場合は野良といっても半固定メンバーのようなものだったが。
そもそも、万が一出てきても自分と同じくらいの腕前のプレイヤー達なら問題ないだろう、と。
しかし、シスコは知らない。
イブが野良PTにおいては姫プレイばかりしていた完全な寄生プレイヤーであることを、ごろーが運用上、相性が重要である極振りステータスであることを……。
ここなら運が良ければ施設の寝台も使えるし、雨が降っても大丈夫、なんて呑気なことを考えながらクエスト受注ボタンをタッチするのだった。
狭い売店の中、二人連れの少女が棚の間を練り歩く。
同じ商品が繰り返し並ぶだけの棚ばかりであるので実際に歩き回る必要はないのだが、そこは気分である。
「塩と醤油と、……マヨネーズ、使いますか?」
買い物かご片手にイブは、ぼんやりと後ろをついてくるごろーへと声を掛ける。
ごろーはイブを見上げるとふるふると首を横に振る。
「すきくない」
ということらしい。
口数の少ない少女(アバター)である。
「そうですか」
言ってイブは手に取ったマヨネーズを棚に戻す。
「後は水ですね」
そういいつつ店の奥にある巨大なオープンケースへと向かう。
棚の端から端まで水のペットボトルで埋め尽くされている。
その光景はいっそ清々しいほどである。
それを見上げてイブは小さくため息を漏らす。
先刻のイブに対するシスコの対応のことである。
なんというか味気ない、そう感じてしまったのだ。
しかし、その反面で相手の顔色を窺わず素に近い自分を出せていたのではないか、という気持ちもあった。
なんだか気安いのだ。
肩肘を張る必要がない。
それはとても気持ちの良いことで、友人同士のやり取りのように思えてしまった。
(暫くは一緒に行動してもいいのかもなぁ)
そんなことをぼんやり考えていると、ズシリ、突然手にした買い物かごに重量が加わり取り落としそうになる。
見れば籠一杯に大量の水のペットボトルが加えられていた。
「ちょっと、どういう……」
声を上げたものの、ごろーを見て絶句する。
「まとめがい、おとく」
ごろーは籠に入れた分では足りないと考えたのか両手いっぱいに水を抱えている。
そも、抱えているつもりなのだろうが、抱えきれておらずボトボトと床にペットボトルが幾つも落ちて行く。
「まったく、追加の籠を持ってきますから待っていて下さい」
イブはそういうと一杯になった籠を置いて通路端にある籠置き場へと足を進める。
無茶なことをする人だ、とイブは思いつつも思考を巡らせる。
今後あの二人と行動を共にすることになったとしたら、である。
常識枠ポジションのあの赤髪女に非常識片言ロリ、その中に加わるとすると今までの大人しめの清楚キャラでは太刀打ちできないのではないか、そんな不安が湧き上がる。
今は出会ったばかりだから良いものの、今後二人の影に隠れてしまうのは何だか面白くない気がするのだ。
それを超える強烈なキャラクター、見出さなければならない。
イブの瞳は気付きと共に確固たる信念に燃えた。
そんな時である。
「アナタ、どこに目を付けていますの!?」
怒りに満ちた女の声が通路に響く。
イブが驚いてそちらの方に目をやればイブニングドレスを着た、いかにもセレブっぽい女性プレイヤーが男性プレイヤーを睨みつけていた。
「んだよ、すれ違う時にちっと当たっただけだろ。いちいち怒ることかよ」
返す男性プレイヤー。
「通路の真ん中をあほ面で歩いて、邪魔でしてよ。まったく、これだから下衆は……」
言い返す女性。さすがにこれには男の方も頭にきたらしい。
「んだとコノ野郎!」
腕をまくり女性につかみかかろうとするが、ぬっと女性の後ろから伸びた手が男の手首を掴む。
「そこまでにしてもらおうか。お嬢は少し下がっていてくんなせぇ」
女性の後ろから強面のスーツ姿の男が現れる。
「政さん、あまりやりすぎない様に気を付けてください」
そんなやり取り。
イブはその光景を見て、全身が雷に打たれたような衝撃を受けた。
コレだ、と。
ロビーエリア中央にはゲートと呼ばれる転移装置がある。或いは人によってはポータルとも呼ぶ。
ロビー間の移動を行ったり、クエストの出発等はここから行う。
そしてゲートを囲うように背の低い生垣と幾つかのベンチが並ぶ。
待ち合わせに使ったり、ちょっとした足休めに使われるものだ。
そんなベンチの一つにシスコはだらしなく座っていた。
暇そうに頬にかかる髪を指先で遊びながらゲート前でたむろしているプレイヤー達をぼんやりと眺める。
(遅いなぁ)
買い出しに行った二人がまだ戻って来ないのだ。
買うものといっても大した量もないし、何を買うか迷うほど種類もない。
もしかして、二人だけでクエストに行ったのか、そんな不安がシスコの胸中に浮かび始めた頃だった。
「お待たせしましたわ」
横合いから声を掛けられる。
声はともかく聞き馴染みのない口調にシスコはかなりの違和感を覚えて顔だけを向け、
「は?」
間抜け面で聞き返す。
視線の先には、遅れてきているはずが微塵も申し訳なさそうな顔もせず、あまつさえどこか偉そうな態度の金髪ツインテールの少女、イブがふんぞり返っていた。その態度は赤ゴス衣装もあってか妙にはまっているように見えなくもない。
「お待たせした、と言っているのですわ!」
「お、おぅ……」
シスコは、一体何があった、とごろーに視線を向けるが、対するごろーはわからん、とばかりにこてんと首を傾げる。
むしろごろーの方がそれを聞きたいくらいである。
何せ追加の買い物かごを取りに行って戻ってきたらこれである。
「何をしていますの、準備が整っているのですから早くいきますわよ!」
楽しそうな顔で言うのだ。
だからこそ、
(聞きづれぇ~)
奥歯に食べかすの詰まったような顔でシスコは立ち上がると勇み足でゲートに向かうイブの後を追うのだった。
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