第4話

「こっちだ! かかってこい」


 頑丈そうなレザージャケットを纏い、巨大な両手剣を構えた青年の声が草原に響く。

 群れを成し、走り回っていた二足歩行の爬虫類のような生物は一様に足を止め首を巡らせ青年に目を向ける。


 青年の体から溢れる闘気がトカゲの警戒心を刺激し、やがてトカゲは青年めがけて走り出す。

 その後ろには四人の仲間が続く。


 巨大なガントレットを手に装備した武闘家、ゆったりとしたローブの少女、白銀鎧の天使を従えた、天使と同様の白銀の軽鎧をまとった少女。

 そして赤いゴスロリ服をまとった金髪ツインテールの少女がそこに並ぶ。


「ナフル、頼む」


 青年が肩越しにローブの少女に声を掛ける。


「うん、任せて!」


 少女、ナフルが応えると、いつの間にか少女の肩に五匹の白いイタチのような生き物が並んでいる。

 ただ、一見して普通のイタチと異なるのはその額に赤い宝石が見えることだろう。


「みんな、お願い」


 ナフルが言えば一匹を残してそれぞれが仲間のところにかけていく。

 そしてナフルと同じようにそれぞれの肩に乗るとしがみついて淡く輝きを発し始める。

 それは徐々に広がり乗っかった人物の体を同じように包み込む。


「ジョゼ、作戦通りまずは各個撃破だ。ラシーヌは戦闘しつつナフルから離れすぎるな。守ってやってくれ。」


「おう」


「任せてください」


 武闘家の青年、ジョゼと白銀の鎧の女性、ラシーヌが応える。


「イブは僕のサポートだ。付いてきてくれ」


 青年は赤ゴス、金髪ツインテの少女に向かって言う。


「は、はい!」


 イブと呼ばれた少女は恥ずかしそうにしつつもそっと青年の傍に立つことで応える。


 瞬間、ラシーヌとナフルの目元が厳しくなる。

 ジョゼはそんな二人を横目に見て「見なかったことにしよう」と無関心を決め込んだ。


 二足のトカゲは足も速く動きも機敏で平地で戦いに持ち込むのはあまりよくないとされている。

 しかし、PTLである青年は一策を講じることにした。

 実はこの草原、一見してそう見えるだけで足元は酷いぬかるみになっている。

 そしてぬかるみはあらかじめ大量の水を撒くことで更に緩んでいてトカゲどもの動きは目に見えて緩慢になっている。

 更には、この場所を狩場と定めたのにはナフルの能力が関係していた。

 彼女の能力は「使い魔の触れた生物、物体問わず軽くする」というものである。

 これで仲間がぬかるみに沈まないようにコントロールする。

 使い魔をわざわざ通すのは味方が攻撃する際に威力が逃げないように「軽さ」をコントロールするためである。


「うおおおお、やってやるぜ!」


 ジョゼはわざとらしく大声を上げ、拳に雷光を纏わせトカゲへと駆け込む。


「イブ、僕から離れるな」


 青年は少女を気にかけつつ走る。


 場はすぐに乱戦となる。

 武闘家のジョゼは素早いフットワークでトカゲとの間合いを詰めると、後ろ足による蹴撃を交わしつつ、振り上げるようにして腹部に強烈な一撃を叩きつける。

 雷撃を纏った一撃はトカゲの中身を焼き焦がしその命を刈り取る。


 そこから少し離れた場所では青年が巨大な大剣を振るう。

 トカゲは前足に並ぶ鋭い鉤爪を大きく開き飛び上がるが、青年は跳躍に合わせ大上段から大剣を振り下ろす。

 トカゲは真っ二つに分かたれたまま泥濘に沈んでゆく。


 その隣では赤ゴスの少女、イブが青年へとトカゲを近づけないようにと必死に奮闘しているのが見て取れる。


「こっ、こないでください」


 イブの前には黒曜石のような輝きの骨のようなフレームに真紅の炎を宿した人型が立ち、近寄るトカゲを追い払っている。

 が、それでもすべてが追い払えるわけではない。

 目の前の少女を然程も脅威でないと判断したトカゲの一匹が死角から襲い掛かかる。


「きゃっ」


 とっさのことで判断できなかったのだろう、イブは小さく悲鳴を上げ頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまう。

 このままではやられてしまうのは明らか。

 だが、トカゲの凶爪は少女の肌を傷つけることはない。


「させるか!」


 なんと青年は大剣を盾にイブとトカゲの間に割って入る。

 青年はトカゲの一撃を片手で受け止め、気合の声と共に押し返す。


「つかまれ」


 青年は言うと空いているもう一方でイブを抱きかかえ大きく後退するように跳躍する。


「ジョゼ、下がるんだ。これで決める!」


 青年は空中で剣の切っ先を地上のトカゲどもの密集している中心へとむける。

 大剣は大きく輝き始めそれは幾条ものエネルギーを放ちつつトカゲどもに殺到した。

 その一撃はすさまじく、トカゲどもは半ば消し炭になり地に倒れていく。


 青年はイブを抱きかかえたまま地面へと降り立つと優しくイブを立たせる。


「レオ、すごいです」


 イブは目を輝かせつつ青年、レオを見上げる。


「そんなことはないよ」


 レオは気恥ずかしそうに言って、指先で頬をかく。

 その手には既に大剣はない。これは青年の能力で生み出した武器を純粋な破壊エネルギーとして放出する切り札で、使用後は暫く武器を使えなくなってしまうのだ。


「んなわけあるか、お前の一撃は止めにゃもってこいだ」


 言って、豪快にレオの肩を叩くのはジョゼだ。

 彼がトカゲの数を減らし、トカゲの位置がまとまるように立ち回ったおかげで最後の一撃も上手くいったのだ。目立たないが影の功労者である。


「みんなのおかげだよ。ナフル、助かったよ。ラシーヌもお疲れ」


 レオは爽やかな笑みを浮かべると駆け寄ってくる仲間にねぎらいの言葉を掛ける。

 特にナフルはこのパーティーにおいて重要な役回りを演じている。

 今回は足場の事もあり、そちらの印象が強いのだが、普段は味方へのダメージのコントロールなども行っている。

 でなければ、いくらプレイヤーの身体能力がエイリアスシステムによって補強されていると言ってもトカゲの一撃を片手で受けられるわけがない。ましてやそのまま押し返すなど……。


「あの、私、また足を引っ張ってしまいました」


 そういって俯くのはイブである。


「そんなことないって、イブも良くやってくれてるよ」


 レオは慰めるようにイブの頭をなでる。


 ジョゼはそんな光景をほほえましく思い目元を緩めるが、ふと女性陣が目に入って表情が一瞬にして固まる。

 

「ナフルさん」


「ラシーヌ……」


「……今だけはあなたと仲良くできそうです」


「同じくです」


 なんとも寒々しい視線がイブへとむけられるのを見てしまったのだ。

 そんな視線に気が付かず「あぅー、恥ずかしいですぅ」「ははは、ごめんごめん」などと呑気な調子でやっている二人をどう止めるべきか、ジョゼは唸る。


 が、すぐに助け船はやって来る。

 ナフルとラシーヌのすぐ後ろ、湿地の外れに白い光に包まれたサークルが現れたのだ。


「あー、なんだ、二人ともいちゃつくのは良いが、リザルト終わってからにしとけ」


 ジョゼの言葉選びに他意はない。


「な、なに言ってるんだよ」


「そんなつもりじゃぁ……」


 二人が恥ずかしがりつつもゲートに向かったのはある意味ファインプレーだろう。


「ジョゼ、後でお話が」


「ちょっと、今後の方針について話そっか……」


 射殺すような女性二人の視線と寒気のするような言葉を掛けられたのはちょっとした事故なのだ。


「お、お手柔らかに」


 ジョゼは冷や汗を流しつつゲートを潜る女性二人の後に続く。

 彼は悪くない。

 ただ、非常に運がないというか、間が悪いというか、……決してメンバーの機微に疎いわけでもないのだ。

 彼なりに和ませようとしただけなのだ。



 パーティーの一番最後、ジョゼがサークルを潜った直後だった。

 普通ならばパーティーごとのリザルトを確認する為の専用エリアへと転送されるのだが、その時は、普段と異なっていた。


 目の前には人だかり、パーティーメンバーだけでない、溢れんばかり人が視界に入る。


「おいおい、リザルトにスキップ機能なんてあったか?」


 ジョゼは言うが


「ないはず、だ。いきなりロビーに飛ばされるなんて聞いたことがない……」


 レオは困った顔をして不思議そうに唸る。


「これってエラー?」


「っぽいですよね、とりあえず運営に報告メール入れときます」


 ナフルはスマホ型端末を取り出すと入力フォームを呼び出す。


「報酬は一応入ってるのか、……よくわからんな」


 ジョゼは首をひねる。


「そこは助かった、かな?」


 レオは苦笑し自分の端末からも報酬を確認している。


「あの、皆さん。あれを……」


 変化にいち早く気が付いたのはイブだった。

 自分たちの事で手一杯だったメンバーであったが、イブだけはその時のロビーの異様な光景に気が付いていた。

 レオ達の拠点とする第一ロビーは全部で十二あるロビーの中でも最も所属人数が多いとされている。

 が、それでも常にプレイヤー全員がそこにいるわけでもない。

 クエストに参加していたり、研究所に籠って能力や装備のカスタムを行ったりと「ロビーエリア」に居ない者もいる。

 いや、居ない者の方が多い。

 だが、今現在視線の先、ロビーエリアには数えられない程の人が居た。

 さざ波のように様々な会話がなされ、状況がつかめないのか困惑の声があちこちから聞こえてくる。


「どうなってんだ?」


 ジョゼは訝しみ、


「どうもクエストに参加できなくなってるらしい」


 端末を眺めていたレオが、知り合いから届いたらしいメールを皆に見せる。


「こっちもダメ、運営につながらない。何度送っても未送信になっちゃいます」


 ナフルは困ったようにレオの端末の横に並べて画面を皆に見せる。


「サーバートラブルでしょうか、掲示板を見てみましたけど他のロビーでもクエストに参加できなくなっているようです」


 ラシーヌも何やら調べていた様子で、困った様子で手にしていた端末を腰のポーチへとしまう。


「おいおい仕方ねぇなぁ。今日はお開きかぁ?」


 ジョゼはうんざりした調子で言う、が……。


「あ……」


 消え入りそうな声、イブだ。


「どしたぃ」


「ログアウトボタン、消えてます……」


 その声は震えていた。


「え……冗談ですよね?」


 顔色を悪くしてラシーヌはイブの肩を掴む。

 が、イブは無言で首を横に振る。


「そんな……こと」


 あるはずない、とナフルは慌てて端末を操作するが、その指はとある画面を開いた時点で動きを止める。


「僕のもダメだ。ジョゼは?」


「こっちもダメだな、こりゃぁもしかすると……」


 ジョゼは考えを言葉にしようとして、しかしそれが現実になっても嫌だと思い口ごもる。


「私たちどうなるの!?」


 ラシーヌは涙を湛えレオに詰め寄る。

 普段は整然とした彼女が取り乱すなど余程の事だった。

 レオは一瞬驚いたような顔をしたものの、ラシーヌをそっと抱き寄せ、その涙を胸で受け止めた。

 それがレオという男である。

 

「なっ……」


 出遅れた、ナフルは歯噛みする。

 そしてチラっとだけジョゼとイブに目をやってから、


「大丈夫だよね?」


 声を震えさせながらレオに抱き着く。

 その際、ナフルの肘がラシーヌの脇腹に刺さったように見えたのはイブとジョゼの見間違いだろう。


「ナフルまで……、いいよ、落ち着くまでそうしてるといい」


 言ってレオは二人の腰に手を回す。


 周囲から若干の嫉妬の視線と舌打ちが聞こえてくるが気のせいに違いない。

 そう思いつつイブは自分の両手を広げてみる。

 出遅れた感じである。


「なんだ? 俺の胸でも貸そうか?」


 ジョゼはニヤリと笑みを浮かべるが、


「結構です」


 イブはバッサリ切り捨てた。


 イブやレオたちが仲間内でわいわいやっていた正にそのとき。

 ロビー全体にストロボを焚いた時のような独特の音が響き、天井から吊り下げられていたもののこれまで沈黙していたモニターがまばゆい光を放つ。


 その光景にレオに抱き着いていたラシーヌもナフルも顔を上げる。

 二人だけではない、イブもジョゼもモニターに視線を奪われた。

 周囲にいる人々、ロビー全体がその光景に注意を向けたのだ。


『ごきげんよう、諸君』


 不遜な声がロビーを満たした。

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