第3話

 丘の上、青々とした雲一つない空の下、一人の少女が風に髪を揺らしながら海岸線を眺めていた。

 白のセーラー服姿が妙に海とマッチしている。

 マッチしているのだが、その上に羽織った身の丈に合わないオリーブドラブカラーのコートだけが浮いている。

 少女の外見はおおよそ十歳くらいだろうか、目を引くのは肩口まで伸ばした少し癖のある淡い水色の髪。現実世界では見ることのできない、染めた髪ではあり得ない色。それでいて自然のものと思わせる色合いで、かっちりとその人物にはまっている。

 そして、その相貌は髪色とは異なる色相、目の覚めるような赤、眠たげな表情もあってかどこかミステリアスである。


 少女はぼんやりと、遠く白い尾を引き海上を行く船を眺める。

 実にのんびりとした、牧歌的な風景である。


 そんな少女の背後、茂みが揺れる。

 葉のかすれる音、枝の折れる音、さして間もなく茂みの向こうから勢いよく巨大な影、四つ足の獣が飛び出す。


 獣は興奮した様子で全身細かな傷を負っており、明らかに異常な雰囲気を纏っている。

 獣は足を止めることもせず血走った目で少女を視界に入れると唸りつつ疾駆する。

 口元から飛び出した巨大な牙は少女の小さな肢体を簡単に貫いてしまうだろうことは明らか。

 だが、少女は振り向きもしない。

 迫る獣。

 牙による必殺の一撃を放つため獣は顎を引くように下げる。

 瞬間、少女は振り返る。

 それはあたかも時が止まったかのように思える一瞬。

 獣の目にはゆっくりと振り返る少女を、風に揺られ緩やかになびく少女の前髪を、その向こう側、すべてを見透かしたように透き通った血色の瞳が移り込む。

 それが獣の目にした最後の画。

 直後激しい衝撃と共に獣の意識は闇に落ちた。



 ガサガサと茂みをかき分ける音がする。

 少女が、つと顔を上げれば茂みから三人の男女が姿を現した。


「お疲れさん」


 言うのは最初に茂みから出てきた男。

 迷彩の上下に背には小型の背嚢。


「さすがね、やっぱ極振りアタッカーいると楽だわー」


 続くのは笑顔が素敵なTシャツにジーンズとシンプルな格好をした女性。


「俺たちのレベル帯だと特にな」


 最後に出てきたのは銛を担いだ漁師風の男。ただし肌は白い。


「ん」


 と微妙にドヤ顔でサムズアップするのは先ほどの少女である。

 足元には頭を砕かれた巨大な猪が転がっている。


 ミステリアスとは一体何だったのか……。


「にしても、俺らも削ったとはいえクレイジーボアが一撃かぁ……」


「同じ近接アタッカーとは思えねぇな」


 迷彩の男と漁師風の男は感心したように賛辞を送りつつ獲物の傍に膝を落とし何やら手元で操作している。


「ほらね、やっぱり私の目に狂いはなかった。ごろー、ありがとうね。これでやっと外装パーツが完成するわ」


 女性は微笑みながらごろーと呼んだ少女の頭をなでる。

 少女はくすぐったそうに眼を細め、


「おめ」


 と言葉少なに女性に言葉を贈る。

 

「ありがとねー、ごろーちゃん可愛いなぁ。ね、もう一回クエスト一緒に行かない?」


 女性は嬉しそうにはしゃぎながらごろーへと抱き着く。

 身長差も相まって、ごろーの顔は丁度女性の胸に埋められることとなる。


 ごろーは「くるひぃ」とかもごもご口を動かしつつも女性の胸の柔らかさを堪能していた。

 男たちがうらやましそうにその光景を見ている裏で、男二人からは見えない角度では非常に緩み切ったごろーのだらしない顔があったのだが、この場の誰も知ることはなかった。



 それから何度かクエストに行った後、解散の時はやって来る。


「今日は楽しかったよ、また今度ね」


「久々に良い野良PTだった。見かけたらまた声かけさせてもらうぜ」


「おうよ、お前らとは楽しかったぜ」


 口々に互いに別れを言い、


「ん、また」


 ごろーは素気なく言って手を軽く振る。


 野良であっても何度もクエストをこなした仲、PTメンバーはそれがごろーなのだとなんとなく理解していて、「おう」「またね」「じゃぁの」それぞれごろーの肩を叩きつつロビーの人ごみの中に消えていった。



「んーっ」


 ごろーは大きく伸びをする。


 今日も成果は上々、美女と触れ合うことが出来たしお金も稼げた。

 いい事づくめだ。


 それに、普段は行けない上位クエストの周回もできた。

 このゲーム、プレイヤー自身にレベルが存在しない変わった仕様になっている。

 プレイヤーにレベルは無いが、クエストにはレベルが存在する。

 下位クエストならレベル1~10。

 中位クエストならレベル11~50。

 上位クエストならレベル51~99。

 最上位クエストならレベル100~。

 そんな感じになっている。

 で、更に特殊なことにこのゲーム、どのレベルのクエストでも受けられる。

 例えば下位を抜けたばかりのプレイヤーがレベル100オーバーの最上位クエストに挑むことが可能となっている。当然ソロだろうがパーティーだろうが関係ない。


 では、どういう感じでプレイヤーの腕前の指標にするのかだが、前提としてクエストには探索、採集、戦闘と傾向があって、どの傾向のクエストをどのレベルまでソロでクリアできるかが指標となる。

 プレイヤーのステータス表示には身体能力等を数値化したものは表示されないが、ソロでの最大攻略レベルとパーティーの最大攻略レベルが記載されるので、疑われた場合はステータスを見せることで証明できるということになっている。


 ごろーの場合はレベル41の戦闘メインのクエストをソロでクリアしているからパーティーに参加する際の自己申告は『レベル41のアタッカー』ということになる。これが探索や採集メインのクエストであればシーカーやギャザラーとなる。

 ついでに言うと、アタッカーでもパーティー内の立ち回りによってタンクとかダメージディーラー、ヒーラー等のロールが存在するところは他のゲームと似ている。


 中位の上あたりのプレイヤー、それもアタッカーが上位のクエストに参加することはままあるが、周回パーティーに誘われることはかなり珍しい。何せ中位プレイヤーでは上位の魔獣相手に火力が足らないことが多く、募集の時点で弾かれてしまうからだ。

 そういう意味ではその日のごろーは運が良かった。


 まだまだログアウトするような時間ではないのだが久々の周回クエだったせいか精神的な疲労がたまったせいか、ごろーは若干お眠になってくる。

 仕方ない、少し休むことにしてトボトボと眠たげな眼をこすりつつロビーの端っこにあるラウンジエリアへと足を向ける。

 疲れたときはそこで掲示板でも眺めつつ休むのがいつものルーチンだ。


人の疎らなラウンジでごろーが腰を下ろした時、天井から吊り下げられた巨大なモニタの映像が大きくゆがみ暗転し、スピーカーから断続的にノイズが漏れる。


 直後、ロビーを異様な静寂が包み込んだ。

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