リファーネ・フィーネ外伝――可憐の少女

未河

第1話 関西支部

「――あいつらは今頃どうしてるかしら」

 西日が照らす茜色の空を見て、上島侑奈は一人呟く。

 屋上という隔たれたものがない場所特有の吹き抜けていく風が心地よい。

 解き放たれた空間で茜色に照らされる街並みを独り占め。西日に照らされたのはフェンスと私だけであることを、後ろに伸びる影が教えてくれる。

「……遠征って聞いてたけど、案外平和なものねぇ」

 沈みゆく夕日を前に、つかの間の平和をパックのカフェオレを片手に楽しむ。

 室内や訓練中の喧騒も嫌いというわけではないが、落ち着いた時間も少しくらいは欲しい。

 普段から酷使している脳や身体を休ませることも大事であると、自分に言い聞かせて少し長い休憩を取っていると、

「やっぱりここにいましたね! また一人でいたんですか?」

 片言混じりの日本語が、後ろから聞こえてくる。

「最初に来るのはやっぱりあなたなのね。ラミア」

「ハイ! ユウナの元に最初に来るのはラミアでーす!」

 上島が一人で動いているとき、最初に顔を出しに来るのはいつだって彼女だ。

 小走りで元に駆け付け、ラミアは後ろから抱き着いてくる。

 体重を乗せられて、思わず身体が前かがみになる。

「重いわよラミア、もう少し痩せた方がいいんじゃない?」

「女の子に体重の話はタブーですよ!」

 肩にかけた両腕を腰まで伸ばし、ひょいと軽く持ち上げてくる。

「逆にユウナはむしろいっぱい食べたほうがいいデース!」

 小さな私の身体はラミアによってあっさりと地面を後にした。

 離れた両足は右へ左へと揺られている。

「そんなに揺らされたらさっきまで飲んでたカフェオレが全部出ちゃうわ」

「そしたらまた買いましょう! ラミアはコーラの気分デース!」

 ラミア、そういう問題じゃないわ。

 買いに行く飲み物は後で決めるとして一旦話を戻す。

「それで、要件はなんだったの?」

「あ、忘れてました! 18時からミーティングがあるってことを伝えなきゃいけないんでした!」

「今ので全部わかったわ、ありがとうラミア」

 スマホを見ると、17:40という数字が画面に映し出される。

 戻るにもちょうどいい時間だし直接ミーティングルームに向かうことにしよう。

「まだ伝えてないのに何でわかったんですか? もしかしてエスパーデスか?!」

「そんなベタベタなボケはいいのよ、さっき全部声に出してたじゃない」

 お見通しですかと笑うラミアにつられて口元が緩む。

「わざわざ来なくても、スマホで連絡してくれればすぐ戻るのに」

「直接探しに来るから、意味があるのです! マゴコロってやつデース」

「非効率もいいところじゃない、第一私が屋上にいなかったらどうしたのよ」

「そしたら全部の場所を確認します! ローラー作戦です!」

 あまりの脳筋思考にやれやれと思いながら、わざわざ探しに来たことは素直に褒めておこう。

 逆に言えばラミア以外の二人は探しに来た試しがない。

 多分ラミアにやらせているのだろうから後で問い詰めておこう。

「それにしても訓練した後なのに、あなたは元気ね」

「元気こそラミアのトレードマークです! ミーティングの後はみんなで鬼ごっこしましょう!」

 そしたらキョーコと梨乃に鬼ごっこをやらせよう。

 私は疲れてるからやらないけど。

「それじゃそろそろ戻りましょうか、ラミア。このままミーティングルームまで運びなさい」

「ラミアに任せてください!」

 慣れた手つきで私のことをお姫様だっこしてくる。

 最初こそ降ろせだのなんだの文句を言っていたのだが、毎回してくるのでもう諦めて大半の移動はラミア頼りだ。

 どういう意図でこうなっているのか未だに分からないが、本人が楽しそうなので好きにさせている。

「一か月も経てば、遠征先の生活もだいぶ馴染んでくるわね」

「ラミアはユウナとキョーコとリノの三人がいればどこでも楽しいです!」

「……そうね」

 確かに関西支部にきた一か月は特に問題なく過ごせている。

 ……過ごせてはいるが、その一か月前は波乱であったことを私は覚えている。

 

 西暦2030年。世界の各地に流星が降り注ぎ、アグレと呼ばれる怪物が出現し世界は危機を迎えた。そんな中現れたのが9人の少女達。彼女らの活躍により人類は滅亡を免れ、この事件をきっかけにエトワールと呼ばれる対アグレの少女たちの育成が行われる。

そして時は流れ2053年。私立星刻学院高等部では、卒業後すぐ活躍させるために各地方にある支部に遠征する実習が行われていた。

 

「……今説明した通り皆さんにはこれから三か月間の遠征に行ってもらいます!」

 明日の事務連絡くらいのノリで小さい担任―—貴水先生が放った一言はクラスの静寂を一瞬でぶち壊した。

「あの……それって来月の話ですか?」

「明日です」

 にこやかに笑う先生にいやいやとクラス一同が批判の声を上げる。

 もちろん私も例に漏れることはなかった。

「先生、明日というのはどういうことでしょうか? そもそも遠征といっても支部は所かしこにあるはずでは」

「遠征に行く支部は今からチームごとでくじ引きしますよー。リーダーの人は前に出てきてくださいねー!」

「せんせー! 北海道支部とか明日までにどうやって行くんですか?」

「飛行機はちゃんと用意してるので安心してください。ちゃんとファーストクラスですよ」

 いやいや、そこじゃないですよ先生。

 そもそも準備なんてできてないですって。

 放課後で今すぐ寮に戻ってから荷物をまとめて遠征?

 荷物をどうまとめようかなどこの後の動きを脳内で必死にシミュレーションしている。

「はいはい! 遠征先の候補ってなんですか?」

 手を挙げて質問しているのはクラスで一、二を争うレベルの元気さを持つ日崎だ。

「遠征先は、北海道、東北、関西、四国、九州、沖縄の六つの支部から選ばれます」

「でもこのクラスは5チームしかないですよ?」

「その辺はうまく調整するから気にしなくて大丈夫! とりあえず引きなされー」

 くねくねとくじの入った箱を持ち上げる先生。

 いつも楽しそうだなこの人は。

「時間ないし、さっさと引いちゃいますかね」

「頼みましたよ、リーダー!」

「飛行機使わなくて済むところであることをせいぜい祈ってなさい」

 チームメンバーに向けた投げ台詞。そしてくじ引きの箱に手を突っ込み、紙切れを一枚選ぶ。

 こういう時は気持ち奥の方を選んだ方がいい結果になるような気がする。

 しっかりとつかんだ後、箱から取り出し、片手で行き先を確認する。

 その場所こそが……

「関西支部だったので移動は楽でしたけどやっぱ飛行機は乗りたかったデース……」

「エトワールでも飛行機は手続きが多くて大変なのよ、むしろ部屋の整理が今日中に終わるだけありがたいと思いなさい」

 こうして、私たちのチーム。グラジオラスは大阪に三か月の遠征をおこなう運びとなった。


「―—今回のミーティングは以上になるわ、何か質問はあるかしら」

「はいはーい、一つ気になったから聞いてもいい?」

 手を挙げ立ち上がったのは、袖がまくられた健康的な肌の少女だ。

 制服も規則に違反しない範囲で丈が調整されている。

「はい京子さん」

「今週の土日何もないならショッピングに行きたいです! 夏服とかコスメとか買いに行きたい!」

「ラミアも工具とか色々見に行きたいです!」

「わたしも~京子ちゃんと一緒でお洋服とか見に行きたいな~」

 机に両肘をつけている少女も賛同の声を挙げている。

 確かにこの一カ月間はバタバタしていて休息が取れていなかった。慣れない環境でみんな頑張っていたし休みの日くらい自由にさせた方がいいのかもしれない。

「分かったわ、最近は演習ばかりだったしあとで三人の外出許可の申請しておくわ」

 手帳に休みの日とやることを手帳にペンを走らせていると唐突に三つの視線を感じた。

 二つの視線はジト目で見つめてくるラミアと京子、もう一つは軽く目を細めている梨乃だった。

「……何か問題でもあったかしら」

「そこは侑奈ちゃんも一緒に行くって流れじゃん! 私たちチーム以前に友達でしょ!」

「そうですよーユウナも強制デス! 連帯保証人デース!」

「連帯保証人はだいぶ意味が違うと思うけど」

「せっかくだから侑ちゃんも一緒に行こうよ~高等部になってからまだお洋服買ってないでしょ?」

「私は制服があるし別にいいわよ、気に入ってるし」

 そもそも外出の機会すらろくにないのに新しく服を買ってどうするというのだ。

「相変わらず頑固だなぁ侑奈ちゃんは」

「ねえねえラミィちゃん、侑ちゃんをどうにか説得してくれない?」

「しょうがないですねー」

 ラミアが私の前に立ち、机に両手を乗せる。

 顔を上げると、

「正直私服は陽菜の方が何倍も可愛いです、その点侑奈はお洒落に気を遣った方がいいです」

 目線を合わせたラミアが一言。

 やたら流暢な日本語で言い放った。

 ラミアが片言じゃないときは決まって本気の時だ。それもいつもふざける彼女がトーンを落として話していることが事の深刻さを痛感させてくる。

「……私って、そんな服のセンスヤバい?」

「……」

「……」

――え、なんか言ってよ。お願いだから沈黙をしないで。

「……私は……侑ちゃんの服好きだよ? うん、結構整った顔はしてるし可愛いお洋服は似合うよね」

「フリルたくさんの服とかもいいけど……高等部にもなったしそろそろ買い替えてもいいんじゃないかなーって」

「ランドセル背負ったら小学生デス、何ならイマドキの小学生もそんな服着ません」

「アンタたち結構容赦ないわね……分かったわ行くわよ、行けばいいんでしょ!」

「よし! 今週はチーム全員でショッピングだね!」

「せっかく関西来たんだし、観光とかもしたいよね~」

「それでこそリーダーデス!」

 言いくるめられた気がするが久しぶりの休息をみんなと過ごすのも悪くはないだろう。

 ただ陽菜に負けるのは癪なので、外出の日までにファッションのトレンドくらいはちゃんとチェックしておこうと心の中で誓った。

 

――そして、これが最初で最後の遠征での休息になるとは思いもよらなかった。


 

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