185 女王の間


 城内は広く、歩く時間もそれなりに長くなる。


 だが不思議な事に、城内は閑散としていた。


 執事やメイドなど、城内であれば目につきそうな人物が一切いない。


 そういえばヴラシュのいた部屋に向かう途中でも、人を見なかったな。


 いや、この場合アンデッドを見なかったというべきか?


 俺はその点が気になり、ヴラシュに問いかけてみる。


「なあ、この城にはあまり人がいないのか?」

「ん? ああ、そうだね。自我がある・・・・・人は数えるほどしかいないね」

「自我?」


 ヴラシュの言葉に、俺は思わず訊き返す。


「うん、モンスターだけど、自我があって言葉を話せる人は、あまりいないんだ。だから僕みたいな元々よそ者だった人物でも、こうして重用されるんだよね」

「なるほど」


 神授スキルもあったと思われるが、加えてそうした理由があったらしい。


 だがそれならば、自我が無くてもモンスターに命じて、城内で働かせればいいのではないだろうか?


 そう思い訊いてみると、ヴラシュはそれについてはルミナリア女王様のこだわりだと言う。


 更にどうやら城の整備や掃除などをしなくても、一定の状態に戻るようだ。


 ダンジョンであれば、そうしたこともあるだろう。


 なので無理に使用人などを増やさなくても、十分に回るようだ。


 加えてヴラシュを除くほとんどがアンデッドであり、食事なども必要としない。


 生命活動に必要な魔力も、ダンジョンから供給されるとのこと。


 その結果として、城内は閑散としているらしい。


 理由は分かったが、しかし防衛面では不利ではないだろうか?


 これだけスカスカだと、簡単に突破されてしまう。


 だがそれについては、問題はないようである。


 詳しいことは今後守護者としての活動にかかわるようなので、後ほど説明してくれるようだ。


 それよりも、もうすぐ女王の間に辿り着く。今はそちらに集中した方がいいだろう。


 俺は気になったことを一旦飲み込んで、ヴラシュに着いて行く。


 そして気がつけば、巨大な両開きの扉が現れた。


 この先に、女王の間があるようだ。


 ヴラシュが扉に触れると、ゆっくりと扉が開いていく。


 ここが、女王の間か。


 目の前に広がったのは、まるで最終決戦でも行うかと言わんばかりに、広々とした場所だった。


 奥には階段があり、そのいただきには巨大な玉座。そして座っている者こそ、この国の女王だろう。


 加えてその横には、黄金に輝く全身鎧の騎士がいた。


 おそらく、女王の護衛だと思われる。


 ヴラシュが近衛騎士に反対されたと言っていたが、あの黄金の騎士が近衛騎士なのかもしれない。


「さあ、行くよ。念押しするけど、無礼の無いようにね」

「ああ、分かっている」


 ヴラシュはそう言うと、先へと進んでいく。


 俺とレフもそれに続いて、歩き出す。 

 

 そしてある程度進むとヴラシュが片膝をつき、頭を下げた。


 俺も同様に、片膝をつき頭を下げる。


「ルミナリア女王様、件の守護者の任を受けて頂く、ジン殿をお連れいたしました」

「……よろしい。両者、面を上げよ」

「はっ!」


 すると若々しい女性の声が聞こえてきたので、俺も言われた通り面を上げた。


「ふむ。其方そなたが宝珠を持つ旅の者か。わらわはこの国の女王、ルミナリア・フォン・ルベニア。そして、忌々しくもダンジョンボスとして、君臨する者でもある」


 そう言った女王は、赤いドレスを身に纏い、王冠を乗せている。


 確かな女王の風格があり、自然と態度や言葉遣いを気にしなければいけないと思わせた。


 しかしそんな女王であるが、一つ普通では無い部分がある。


 それは、綺麗な黄金の長髪を生やす、骸骨だということ。


 当初からアンデッドだとは考えていたが、女王はスケルトン系に属するみたいだった。


 その眼窩がんかには、青いともしびが揺らめいている。


 俺がそんな印象を抱いていると、黄金の騎士が口を開く。


「旅の者よ、発言を許そう! 名乗られるがよい!」


 雄々しい声で、黄金の騎士がそう言った。


 わざわざ黄金の騎士が口にするという事は、そうした手順があるのだろう。


 俺はそれに従い、名乗りを上げる。


「私は国境門から国境門へと旅をしているジンと申します。これは相棒のレフです」


 礼儀作法など一切分からないが、出来る限り丁寧に話す。


「旅の者、ジンにレフよ。わらわの名において、滞在を許そう。そして、これよりは守護者として、わらわの敵となる者らを討ち取るのだ」

「……承知いたしました」


 女王の言葉に、俺はそう返事をして頭を下げた。


 ここで、条件をどうこう言える雰囲気ではない。


 この風格を持つ女王が、まさか騙すような事はしないだろう。


 俺の直感スキルからも、大丈夫だと伝わってきている。


 そして一瞬の静寂が訪れた後、この硬い雰囲気が一気に崩壊する出来事が起きた。


「はい、終わり終わり、ジン君とレフちゃん、よろしくね」

「え?」

「にゃん!」


 俺が思わず顔を上げると、女王は先ほどの風格が嘘のように消え去り、軽い口調でそう口にする。


 レフは普通に返事をしているが、俺は戸惑ってしまった。


「じょ、女王様、せめて退出までは、威厳をたもたれませんと……」

「じい、別にいいじゃない。どうせこの国は見かけだけでしょ? 家臣と呼べる者も、両手の指で収まるじゃない」

「そ、そうですが……このルベニア王国には長い歴史と伝統があってですな……」

「長い歴史って、ここ数百年はこの状態じゃない」

「うぅ……」


 じいと呼ばれた黄金の騎士は、おろおろと困ったように女王へと苦言を呈する。


 何というか、緊張が一気に吹き飛んだな。


 そんなことを思っていると、ヴラシュも会話に加わり始める。


「エンヴァーグさんの希望でここまでしたんだから、僕はそれだけで十分だと思うけどね。普段のルミナリア女王様を考えれば、凄いことだよ」

「そうでしょそうでしょ。やっぱりヴラシュ君はわかってるわね」

「そ、そうですか? えへへ」


 女王の言葉に、ヴラシュが照れたように笑みを浮かべた。


 惚れているというのは、事実らしい。


 女王は見えている顔こそスケルトンだが、足元は長いスカートで見えないし、手は白い手袋を身につけている。


 骨部分が見えているのは、顔面だけだ。


 声と雰囲気から、十代後半に思える。


 何というか二人を例えるなら、クラスカーストトップの美少女に気に入られているオタク君という印象。


 最初はアンデッドに惚れているという事に多少疑問を抱いたが、これは惚れている事にも納得した。

 

「くっ、確かに……これほどまで威厳のある女王様の姿など、いったい何時振りのことやら……これは、反対した甲斐があったというものですな」

「じい、そのためだけに反対したの? ジン君とレフちゃんがかわいそうじゃない。それにヴラシュ君が信用したんだから、大丈夫よ」

「ぬぅ、けれども女王様。儂のように、忠言する家臣も必要なのですぞ」

「そうね。私の威厳ある姿を見たいがために、反対をしなければだけどね」

「ぐっ……」


 女王に言い負かされた黄金の騎士は、ぐうの音を吐いて項垂れた。


「ま、まあ、エンヴァーグさんの考えも理解できるよ。僕もルミナリア女王様の威厳ある姿には、とても感動したからね」

「そう? 私、かっこよかった?」

「は、はい! 輝いていました!」

「ふふふ、ヴラシュ君は相変わらず口がうまいわね!」


 女王はそう言いながら、階段を下りてくる。長いスカートで一見危なそうだが、転ぶ様子は一切ない。


 あれだけ威厳がどうこう言っていたエンヴァーグという黄金の騎士も、手助けする様子はなかった。


 つまり、日常化されるほど問題の無いことなのだろう。


 それとエンヴァーグも女王に続き、下りてくる。


「さて、お堅いことはもう無しにして、これからよろしくね。私はダンジョンボスだけど、戦う事はどうも好きになれないから、助かるわ」

「は、はい。よろしくお願いいたします」

「もう、普通に話していいわよ。ヴラシュ君が私に敬意を払うように言ったかもしれないけど、それもじいの差し金だから気にしないで」

「わ、わかった」

「うんうん。よろしい!」


 何というか、元気のある女王様だ。あ、アンデッドだから元気があるのは間違いか。


 そうして俺は、この国の女王との謁見を無事に終えるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る