184 客室でのひととき


「それじゃあこれは君のものだ!」


 ヴラシュはそう言って、俺に緑色の宝珠を渡してくる。


「口約束しかしていないが、いいのか?」

「構わないよ! これが僕の誠意さ! それと僕は早速ルミナリア女王様に報告してくるよ! 褒美については、期待してくれ!」

「お、おい!」


 テンションがやけに高くなったヴラシュは、俺を残して部屋から立ち去ってしまった。


 これは、どうしたものか……。


 とりあえず宝珠をストレージにしまうと、俺は途方に暮れる。


 すると部屋の前で待機していたのか、門番のドヴォールが入ってきた。


「無事に話が済んだようで何よりだ。もしもの時は突入するつもりだったが、その必要は無かったようであるな。シルバニア殿が一人で話すと言った時は、気が気ではなかったぞ」


 どうやらドヴォールは、ヴラシュの事を相当心配していたようだ。


 まあ、ダンジョンを攻略しに来た者と対面するのは、危険極まりないだろう。


 それにヴラシュ本人が言うには、ヴラシュ自身戦闘が不得意のようである。


 思っていたよりも、ヴラシュは危険な橋を渡ったのかもしれない。

 

 それだけ、女王が大事なのだろう。


 俺がそう思っていると、ドヴォールが話を続ける。


「悪いが話は外から聞かせてもらった。ジン殿はこれより我らが客人。専用の部屋に案内しよう」

「ああ、お願いする」

「にゃん」


 そうしてドヴォールに連れられ、俺とレフは別の一室に通される。


 やはり城の客室だからか、以前ハパンナ子爵に借りていた客室よりも豪華だった。


 しかし窓から見える空は、相変わらず紫色である。


 だが城下町を一望できるので、空のマイナス面を十分に補っていた。


 どうやら城は、城下町よりも少し高い位置にあるらしい。

 

「それでは、私はこれで失礼する。何かあれば、そこにあるベルを鳴らせばメイドのシャーリーがやって来るはずだ。後はシルバニア殿が戻るまで、ゆっくりとしてくだされ。これから、どうかよろしく頼む」


 ドヴォールはそう言葉を残し、部屋を後にした。


 さて、予想外の展開になったが、これからしばらくはここでやっかいになろう。


 拠点をせっかく作ったが、仕方がない。


 そう思いながら俺は、ストレージから緑色の宝珠を取り出すと一応鑑定をする。



 名称:導きの宝珠(城)

 説明

 ・所持していない導きの宝珠の場所を示す。

 ・全種類の宝珠が揃った時、一つになり新たな場所を示す。

 ・この宝珠は時間経過と共に修復されていく。



 効果は、塔で手に入れた赤い宝珠と同じだ。


 魔力を流してみると、青、黄、そして赤い矢印が現れる。


 赤? 赤色は持っているはずだが。


 赤い矢印は、塔のダンジョンの方向を指し示している。


 あの冒険者たちも持っている事を考えれば、他人の持っている宝珠には反応しないのだろうか?


 それか、近い方が優先的に示されるのかもしれない。


 疑問に思いながらもストレージから塔の宝珠を出すと、途端に赤色の矢印が消えた。


 なるほど。ストレージ内の宝珠は認識できなかったのか。


 少し面倒だが、確認する時は両方出す必要があるようだ。


 また赤い宝珠を塔のダンジョンとは別の方向に置き、持っている緑の宝珠に魔力を通す。


 すると同じように、塔のダンジョンの方向を指し示した。


 そういうことか。宝珠の場所と書かれているが、正確には宝珠が手に入るダンジョンの場所なのだろう。


 以前青い矢印が移動していたが、ますますダンジョン自体が移動している可能性が増したな。


 もし他人が持っている宝珠に反応するようであれば、俺自身も警戒する必要があった。


 これで、一つの懸念が解消されたことになる。そして残りは、青色と黄色の宝珠か。


 今のところ、アサシンクロウたちはその場所を発見できてはいない。


 時間の問題だと思うので、まあそちらは気にしないでもいいだろう。


 問題はそれよりも、守護者についてだよな。


 二つの宝珠をストレージにしまうと、俺は思考を巡らせる。


 やることはおそらく、この城にやってきた冒険者などの侵入者を倒すことだろう。


 であればいずれ、あの塔を攻略した冒険者がやって来ると思われる。


 ボーンドラゴンを倒すほどだ。弱いはずはない。


 それに、他にも侵入者がやって来る可能性もあった。


 塔と城以外にも、あと二か所で宝珠を入手できる。


 そこで宝珠を手に入れた者が、この城にやって来るかもしれない。


 期間は長くても、一年くらいと言っていた。


 おそらくその間に、塔の方は完全に崩壊するだろう。


 であれば残りの二つも崩壊させれば、それ以降冒険者が宝珠を手にする可能性がなくなる。


 加えて塔の方は崩壊途中でも、ダンジョンボスが不在となっている可能性が高い。


 ダンジョンにとって、ダンジョンボスは半身のようだ。


 つまり、そう簡単に替えは効かないかもしれない。


 ならばそのままボス部屋を素通りさせるのか、もしくはダンジョン部屋に入ることが出来なくなるだろう。

 

 もし後者であれば、俺の仕事も楽になる。


 だがまあ、基本的には前者だと思って役割を果たすことにしよう。


 時間的な余裕があれば、召喚転移を駆使して残りのダンジョンも攻略するつもりだ。


 その時に、ボスを失ったダンジョンのボス部屋についても調べよう。


 塔については、既に内部のモンスターはカードに戻している。


 今は見張り用のアサシンクロウが、塔の遠くにいる程度だ。


 もう一度確認しに行く時間は無いので、それならば次のダンジョンで確認したほうが良い。


 加えて逆に他の冒険者がダンジョンコアを破壊する可能性もあるので、その点には注意した方がいいだろう。


 もしかしたら、俺が攻略する前に宝珠が手に入らなくなる可能性がある。


 だがその場合は、この城で待ち構えればいいだろう。


 宝珠を持った者が現れたら、その者から奪えばいい。


 できれば自分で攻略したいが、その時は仕方がないと割り切ることにする。


 あとは何気にヴラシュが宝珠を持っていた理由だが、まあ、それについてはその内知る機会があるだろう。


 俺はそう決断を下すと、部屋にあった椅子にとりあえず腰かける。


「にゃん」


 するとそれを見て、レフが俺の膝の上に飛び乗った。


 暇なので手首部分の鎧を外して、レフを撫でる。


 そうして待っていると、部屋のドアにノック音が響いた。


「どうぞ」

「失礼いたします。お飲み物をご用意いたしました」


 俺が返事をすると、半透明なメイドがやって来る。おそらくこの人物が、メイドのシャーリーなのだろう。


 キッチンワゴンのようなものが自走しており、シャーリーが触れている様子は無い。


 俺が座っている前までくると、ワゴンからティーカップが浮遊してテーブルの上にゆっくりと着地した。


 そして皿と共に、クッキーなども置かれる。


 最後にティーポットが浮き、カップに紅茶が注がれた。


 おそらくこの半透明なメイドのシャーリーは、モンスターなのだろう。


 食器類が浮いたのは、何かしらのスキルだろうか?


「何か御用がありましたら、お気軽にお呼びください。それでは、失礼いたします」

「ああ」


 俺がそんなことを考えていると、紅茶を入れ終えたシャーリーがワゴンと共に退室していった。


 ふむ。これは、飲んでも大丈夫なのだろうか?


 この大陸に来て、初めて見るまともそうな飲み物と食べ物である。


 アンデッドは食事が必要ないだろうし、そもそもダンジョンのモンスターにも必要ない。


 なのでこの飲み物と食べ物は、存在すること自体が不自然である。


 いや、ヴラシュがいるし、意外と大丈夫なのか?


 ヴラシュは転移者だし、見た限り飲食は必要そうな見た目だ。


 であればこれは、本来ヴラシュ用のものだろうか? あり得るな。


 まあどちらにしても、ここは信じて口にしてみよう。


 俺はそう思いながら、紅茶をゆっくりと口にした。


「旨い」


 つい反射的に、そんな言葉を呟いてしまう。


 またテーブルには、角砂糖やミルクが置かれている。


 俺は次に角砂糖を二つ入れ、ミルクを少し入れた。


 ミルクティーは一部界隈では邪道とされていた気がするが、俺は気にしない。


 むしろストレートよりも、こちらの方が好みだったりする。

 

「にゃん」


 見ればいつの間にかレフは俺の膝から下りており、用意されていたミルクを器から飲んでいた。


 どうやら、レフにも用意してくれていたみたいだ。


 次にクッキーを手に取り、口に入れる。


 これも旨いな。程よい甘さで、ミルクティーとの相性もいい。


 悪くないな。


 そうして俺はミルクティーとクッキーを楽しみながら、時間を潰した。

 

 ◆


「ジン君、待たせたね! ルミナリア女王様がお会いになるそうだよ!」

「そうか。分かった」


 俺が与えられた客室へと、そう言いながらヴラシュが入ってくる。


 良い結果が得られたようで、声からも喜びが伝わってきた。


「早速だけど、ルミナリア女王様と会ってもらってもいいかな?」

「それは別に構わないが、俺が突然会ってもいいのか?」


 女王が俺みたいなぽっと出の者と、普通会うだろうか? それが少し疑問である。


「ああ、大丈夫だよ。近衛騎士のエンヴァーグさんは反対したけど、僕が説得したからね」

「なるほど……」


 ヴラシュは女王を守りたいようだが、隙が多すぎるな。


 もし俺が女王と会った直後に襲い掛かったら、どうするのだろうか? まあ、そんなことはもちろんしないが。


 それかもしかして俺が襲わないか、それが無理だという確信があるのだろうか?

 

 ヴラシュも転移者だし、そうしたスキルを持っていても不思議じゃないだろう。


 俺の以心伝心+のように、嘘かどうかを判断できる可能性もある。


 気になる謎も多いが、それは相手も変わらない。


 約束した以上出来ることはするが、警戒は怠らないようにしよう。


「それじゃあ、早速会いに行こう! ルミナリア女王様は言葉遣いとか気にしないけど、最低限の敬意を払うことはお願いするよ」

「分かった。気をつけよう」


 そうしてヴラシュに案内されて、俺は女王の元へと向かうのだった。


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