183 ヴラシュ・シルバニア


「初めまして、僕はヴラシュ・シルバニア。ルミナリア女王様の側近をしているものだよ」

「ジンだ。旅をしている。隣は相棒のレフだ」

「にゃん!」


 ヴラシュと名乗る男に、俺も自身とレフの名を告げた。


 相手は特に緊張している様子が無く、自然体である。


「警戒しなくてもいいよ、現状ではこちらに戦う意思は無いからね」

「そうか」


 現状では、か。何かすれば、その限りではないという事だろう。


「うん。ここに招待したのは、君がモンスター、アンデッドとも友好的だからだよ。普通は、喋ったとしても攻撃するからね」

「まあ、そうだろうな」


 俺はモンスターを配下にする関係上、相手が理性的であれば人かモンスターかはあまり気にしない。


 けれども普通の冒険者であれば、スケルトンナイトは見た目も相まって恐ろしい相手だ。


 言葉を話すだけで、脅威とみなすかもしれない。


「それで君の目的は、この宝珠だろう?」


 そう言って、ヴラシュが緑色の宝珠を取り出す。


「ああ、そうだ」

「こちらの願いをしばらく聞いてくれるなら、あげてもいい」

「なに?」


 宝珠はダンジョンボスを倒した際に得られるものだ、そう簡単にあげられるものではないだろう。


 だとすればそのお願いとやらは、かなり難題な事に違いない。


 加えて俺はエリシャの時の経験から、約束を破ると体に不調をきたす。


 故に簡単には、受けるわけにはいかない。


「そんなに警戒しないでよ。難しいことじゃない。異常に増えた小規模国境門が閉まるまでの間、守護者になってほしいんだ」

「守護者?」

「そう、守護者。この王都ジークランデにやって来る挑戦者を倒してほしい」


 言っていることは理解できるが、期間が不透明すぎる。それに、わざわざ俺が倒す必要があるのか?


 その部分が気になったので、俺はヴラシュに問いかける。


「小規模国境門が閉まるまでというが、それはいつまでだ? 新しいのが開くたびに引き伸ばされては、たまったものでは無いぞ。

 それに俺が守護者とやらをする意味が分からない。ここはダンジョンなのだろ? なら、ダンジョンボスがいるはずだ」


 俺の質問に対して予想していたのか、ヴラシュは悩むそぶりを見せずに答え始めた。


「小規模国境門は現状開いているものだけで、新しいものは含めない。期間は長くても一年もないはずだよ。殆どは半年以内に閉まると思う。

 そして小規模国境門は、一度閉じると消滅するから問題ないよ」


 どうやら小さな国境門、小規模国境門は、一度閉じると消滅するらしい。


 表層から感じる限り、嘘は言っていないようだ。


 そして一息置いてから、ヴラシュが続きを話す。


「守護者に関しては、ダンジョンボスであるルミナリア女王様が戦いを好まないからなんだ。確かに強いけど、戦闘自体得意ではないんだよね。

 それに個人的にも、あの方には戦わせたくないんだ。特に復活するとしても、やられる姿は見たくはない。

 なにより、ダンジョンコアを破壊される可能性もあるし、その時を想像したら、僕は正直気が気じゃないよ」

「なるほど」


 城のダンジョンボスはやはり、その女王らしい。


 けれども戦いが苦手で、ヴラシュも女王を戦わせたくはないようだ。


 更にダンジョンコアの破壊という、消滅の可能性もある。


 理由は理解できたが、正直俺のメリットは少ない。


 ダンジョン攻略すれば、宝珠だけではなくモンスターをカード化できる。


 当然それは、ダンジョンボスである女王も含まれるだろう。


 加えて守護者をすれば、他の宝珠を手に入れる時間が無くなる。


 召喚転移を駆使すれば可能かもしれないが、報酬に宝珠を得られるだけでは、そこまでするほどではない。


 もちろん時間短縮という利点があるかもしれないが、他の宝珠の場所が見つかっていない以上、この空いている時間が無駄になっている。


 この空いている時間で攻略したとすれば、時間短縮の意味も薄いだろう。


 それに守護者をするという事は、あの四人の冒険者と戦うことを意味する。


 あまり観察できなかったが、おそらくかなり強い。


 宝珠を対価に貰っても、割に合わないだろう。


 そして何より、面倒だ。悪いがここは、断ることにする。


 俺がそう思った時だった。


「わ、わかった。この大陸の情報を、僕が知っている限り教えよう。それにルミナリア女王様に掛け合って、何か褒美を貰えるようにするからさ。これは、普通に攻略したのでは手に入らない。 

 他にも僕に出来る事なら何だってする。僕の持っている物なら、何でもあげるからさ、だ、だからどうか、断らないでくれ!」


 ヴラシュは俺が断る気配を感じ取ったのか、そう言って必死に懇願こんがんし始め、仕舞いには土下座をする。


 必死過ぎるだろ……何がそこまでさせるんだ?


 そもそも、転移者であればヴラシュが代わりに戦えばいいんじゃないのか? いや、転移者かどうかは俺の予想だし、もしかしたら違うのかもしれない。


「一応訊くが、お前自身が戦えばいいんじゃないのか?」

「む、無理だ。確かに僕の身体能力はとても高い。だが、根本的に戦闘センスが皆無なんだ。この体に振り回されて、本来勝てるはずの相手にも負けるほどなんだ」


 嘘は言っていないみたいだし、そんな奴もいるのか。


 ではどうやって、数か月で側近という地位に付いたのか気になるところである。


「なるほど。それじゃあ門番のドヴォールが言っていたが。ここに来たのは数か月前なんだろ? 強くもないのに、どうやって女王の側近になったんだ?」

「うっ、そ、それは言っても分からないかもしれないけど、神授スキルという特別なスキルがあって、僕はアンデッド全般から好かれやすいんだ」


 やはり転移者だったのか。それはそうと、ヴラシュは俺が転移者と気がついていないみたいだ。


 まあ、見た目が転移者っぽくないので、それが原因かもしれない。


 であればここは、転移者という事は隠して話を進めよう。


「神授スキル? その内容はどんなものなんだ?」

「えっと。不死者の友達といって、アンデッド系に無条件で好かれやすくなって、仲良くなればなるほど、色々と恩恵が受けられるんだ。まあ、僕の戦闘センスの無さが、台無しにしているんだけどね」


 なるほど。その神授スキルの効果を使い、女王の側近になったみたいだ。


 普通に話してくれたが、神授スキルの内容を安易に話すのは、止めた方が良いと思うのだが。


 まあ、訊いた俺が言っても意味は無いので、言わずにおく。


 とりあえず、ヴラシュが代わりに戦えない理由は理解した。


 しかし、何故そこまで必死なのかがいまいちピンとこない。


 その事について訊いてみると、ヴラシュは少し恥ずかしそうにしながらも、言葉を口にする。


「ぼ、僕は、ルミナリア女王様に惚れているんだ。好きな相手が傷つく姿は、見たくはないんだよ。だからお願いだ。単独で宝珠を持っているという事は、強いはず。ど、どうか、僕のお願いを聞いてください!」


 惚れた相手、か。モンスターで、たぶんアンデッド系だよな? いったい何があって惚れたのだろうか? 気になるところだが、それを訊くのは流石にやめておこう。


 惚れた事実を話すだけでも、ヴラシュは相当の覚悟で言ったようだ。


 とても誠実なことだが、どうしたものか……。


「にゃにゃにゃ!」


 俺が少し悩み始めると、横にいたレフが声を上げる。


 そして、土下座しているヴラシュの頭に前足を置くと、ゆっくりと撫でた。


「にゃ。にゃんにゃ! にゃ~ご!」

「へ?」


 レフの言葉が分からないヴラシュは呆然とするが、対して理解できる俺はため息を吐く。


 どうやら、レフはヴラシュの言葉に感動したようだ。


 モンスターと転移者の恋。素晴らしい、応援すると言っている。

 

 加えてカード状態にもかかわらず、アンクとアロマのカードから思念が伝わってきた。


 力になってほしい、そう言っているようである。


「……はぁ、分かった。こちらにも都合があるから常に守護者とやらをできるわけではないが、出来る限り対処しよう。もちろん、不当な条件があるならその限りではないがな」

「ほ、本当かい! 助かるよ! ありがとう!」


 ヴラシュは状況が絶望的だと思っていたからか、感涙して立ち上がると、俺の手を強く握りしめた。


 何となくだが、こいつは悪いやつではない気がする。


 転移者の中では、数少ないまともな奴かもしれない。


 俺はヴラシュの喜ぶ顔を見て、ふとそう思うのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る