163 敗北の経験で得たもの


 俺は現在、とある村に来ていた。


 規模は小さいが、無数のゾンビとスケルトンが跋扈ばっこしている。


 当然敵はこちらを見つければ、襲ってきた。


 だが、俺自身が敵に対して何かすることはない。


 理由は簡単だ。貪欲に敵へと立ち向かう仲間がいるからである。


「うぎぃ!」

「ギギギ!」

「――!!」

「きゅい!」


 そう、復活したジョン・サン・トーン・アロマの四体だ。


 やはりノーブルゾンビに敗北したことは、かなりの出来事だったようである。


 少しでも強くなるため、敵に次々と向かっていく。


 その中でもトーンの気合の入れようが、段違いだった。


 トーンはこの四体の中で、唯一個が確立していない。


 ユニーク個体ではあるが、未進化なのだ。


 トーンはあの敗北で、残念ながらタンクとしての役割を十分に果たすことができなかった。


 そのことはトーンにとって、大きな変化をもたらしたようである。


 今では率先して、味方を守ることに全力を出しているみたいだ。


 特に自身の後ろに抜けられるのだけは、何としてでも阻止しようとしている。


 タンクとしての自覚も、芽生え始めているようだ。


 これは、良い兆候だと思われる。


 また未進化であることや、前の大陸でもそれなりに出番があったこともあり、この中では一番進化が近いだろう。


 トーンには、是非このまま頑張ってもらいたい。


 もちろん他の三体にも、変化はある。


 ジョンは前回最初にやられたことにより、敗北の切っ掛けを作ってしまった。


 故にジョンはいかなる状況下でも、冷静さを失わないことを心がけているみたいだ。


 また敵の居場所を全体的に、よく見ている。


 どの敵から倒した方がいいか、優先順位を見極めようとしているようだ。


 この中では、司令塔であるリーダーに向いているかもしれない。


 次にサンは飛行できることを活かし、空中からの奇襲を行っている。


 なるべく敵からの攻撃を、受けないようにしているみたいだ。


 前回最後まで残ったサンであるが、自身が根本的にもろい事に気がついたらしい。

 

 もちろん陽光再生の発動する朝であれば、多少のダメージは無視できる。


 だが室内や夜であると、それを活かせなかった。


 なのでそのことを念頭に、普段から攻撃の回避を基本的に心がけることにしたみたいである。


 サンは回避と奇襲を織り交ぜた、遊撃型アタッカーという感じだろう。


 ただ攻撃手段が爪に依存気味なので、少々心もとない。


 だが攻撃魔法を一つでも覚えさせれば、大きく化けると思われる。


 空中からの魔法攻撃は、大抵の敵からしたら脅威になるだろう。


 この大陸にいる間に、どうにかしてスキルオーブを手に入れたいところだ。


 雰囲気的に闇属性の攻撃魔法スキルなら、手に入る気がする。


 相性的に光属性が欲しいが、それは難しいだろう。


 またサンは進化したばかりなので、ランクは当分現状維持となる。


 この大陸では戦闘経験を、できるだけ多く稼いでほしいところだ。


 そして最後にアロマであるが、どうにもあの敗北が少々トラウマとなっている。


 戦いが怖いのか常にビクビクとしており、周囲を頻繁に警戒していた。


 一応サポートはするが、仲間の近くをウロチョロとせわしない。


 加えて敵を前にすると、攻撃よりも逃亡を優先している。


 これは、少々不味いかもしれない。


 ジョンたちは敗北から得たものが多かったが、アロマには劇薬となってしまった。


 得たもの以上に、悪影響の方が大きい。


 アロマもこれを自覚しており、自己嫌悪におちいっている。


 このまま放置するのは、色んな意味で危険だな。


 カードのモンスターといっても、それぞれに個性がある。


 特に個が確立したモンスターは、なおさらだ。


 生き返るから大丈夫というのは、安易な考えだったかもしれない。


 これは敗北の経験を良しとした俺にも、責任がある。


 アロマとは、後で一対一で向き合おう。


 まさかモンスターのメンタルケアをする必要が出てくるとは、思ってもいなかったな。


 今後はそれぞれの性格を考えた上で、なるべく適切な判断を下すことにしよう。


 幸いアロマは、なんとか自分でも乗り越えようと努力をしている。

 

 トラウマに怯えながらも、戦闘自体からは逃げ出そうとはしていない。


 であれば、トラウマを克服する可能性は十分にある。


 アロマも、強くなりたい気持ちがあるようだ。


 一応下がってもいいと言ったが、アロマは戦闘に参加し続けることを選んでいる。


 アロマは臆病だが、根は頑張り屋なのだろう。


 なら現状、俺はアロマを見守ることにする。


 ジョンたちもそれを理解しているからか、アロマには注意を向けていた。


 そこには、仲間を気遣う友情のようなものが見える。


 どうやら四体一組で行動をさせたことで、より強い仲間意識が生まれたようだった。


 心なしか、連携も上手くなっている気がする。


 これは、良い兆候だ。

 

 モンスターたちの成長を感じて、俺は思わず笑みを浮かべる。


 しばらくは集中して、この四体を育てるのが良いかもしれない。


 何となく、四体の今後の方針が定まってきた。


 今の状況を鑑みて、以下のことを目指そう。



 トーン→進化

 ジョン→進化

 サン→攻撃魔法を取得

 アロマ→トラウマの克服


 

 とりあえずは、こんなところだろう。


 トーンとジョンは、戦いを続ければ進化すると思う。


 サンも運良ければ、近いうちに攻撃魔法が手に入るだろう。


 問題はアロマのトラウマ克服だが、これについては急かすつもりはない。


 無理のない範囲で、アロマのペースで頑張ってもらおう。


 俺ができるのは、トラウマを克服する手伝い程度である。


 そんなことを思いながら戦闘を眺めていると、今しがたサンが最後の一体を倒し終えた。


 規模の小さい村でもそれなりに敵はいたが、四体だけで問題なく殲滅ができたみたいである。


 しかし生憎あいにく、ボスモンスターのような敵は存在しなかった。


 なので宝箱も、当然無しである。


 やはり街くらいの規模でなければ、そう簡単には宝箱を出さないのかもしれない。


 ちなみに村の内部には、目ぼしい物は見つからなかった。


 汚く壊れた質の低い家具など、ショボい物ばかりである。


 これを持っていく必要はないだろう。


 畑もあったが、腐った野菜が転がっているだけで、荒れ果てていた。


 新鮮な野菜は、一つもない。


 村は本当に得るものがないな。


 今後規模の小さい村は、スルーでいいだろう。


 そんなことを考えていると、上空で警戒させていたアンクから情報が届く。


 どうやら、ここに向かってきている者たちがいるらしい。


 視界を共有してみると、確かに武装集団がこの村を目指していた。


 おそらく、他の大陸からやってきた冒険者だろう。


 身なりからして、騎士や国軍のような統一感はない。


 人数は十五人前後と、そこそこの数がいる。


 うーむ。関わっても面倒だろうし、さっさと移動したほうが良さそうだ。


「撤収するぞ」

「にゃあ」


 そう言って俺はジョンたちをカードに戻すと、一度拠点に帰還することを決めた――が、生命感知に何かが引っかかる。


 気配感知のネックレスには、反応は無い。


 だが確かに、そいつは民家の屋根の上にいた。


 もしかして、気配を消すスキルを発動させているのだろうか? あり得るな。


 人数が一人の事を考えると、先駆けの斥候だろう。


 俺はあたかも気がついていない振りをしながら、思考する。


 ここで下手に、視線を向けるわけにはいかない。


 また召喚転移の瞬間を、見られるわけにもいかなかった。


 おそらく相手は、俺のことを観察している。


 ジョンたちを戻したことも見られたのだとしたら、俺のことはサモナーだと考えているだろう。


 相手からすれば、敵か味方かも分からない他国のサモナーだ。


 いや、この荒廃した大陸に限れば、仲間以外は基本的に敵となるだろう。


 サモナーはモンスターを召喚することがやっかいではあるが、大抵本人は弱い。


 であれば、タイミングよくモンスターを送還させたテイマーがいれば、することは一つだ。


 すると案の定、こちらに向かって矢が飛んでくる。


 相手の輪郭は生命感知で把握していたので、射る瞬間はバッチリ見えていた。


 なので俺はタイミングよく、飛んできた矢を指の間に挟んで受け止める。


「なぁ!?」


 気配を消していた男は、あまりの出来事に驚きの声をもらす。


 その時俺は何故か挟んだ矢をそのまま指先で投げ返したくなるが、そんな技は継承していないので止めておく。


 だが代わりに、男の真上にトーンを召喚する。


「――!!」

「ぐげらぼっ!?」


 男はトーンに押しつぶされて、崩落した屋根ごと民家の中に落ちていった。


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