第10話 ラーヴァナ
珍しく晴れ晴れとした空が広がっていた。青空の真ん中で照らす太陽が雪に反射して鬱陶しいくらいだ。
雪山の寒さの中に感じる太陽の暖かさでゆっくりと融解した雪が木から落ちる音に春を感じる。芽吹きの頃を目にできないのが残念極まりない。
”移動も修行“が口癖である我が師匠、シヴァ・ノクトの教えに従い【シヴァ式歩法術:薄氷】を用いた高速移動で名残もクソもない下山をぶちかましてやってきたのは先日も訪れた辺境の町だ。
「そういえば……」
「ん?」
「自分の中で『辺境の町』だの『麓の町』だのと呼んでたんですけど、ここって名前とかあるんですか?」
「勿論あるぞ。ていうか村の時からある。アケイラという町だぞ」
これは失礼なことをした。ラインハルトに引きずられてやってきただけだったり、修業が始まってからは数回しか訪れなかったとか色んな偶然が重なってしまったとはいえ、聞く機会は今まであったはずだ。まさか旅立つ日に知ることになるとは。
「アケイラというんですね。どういう意味があるんですか?」
「そこまでは知らん」
「ふぅん」
お互い、興味がないことに関してはとことん興味がないのは師弟関係になる前からの共通点だ。
お陰様で色んな情報で混乱することもなく、シンプルに生きることができている。シンプル過ぎてあの盆地だって名前がないのだが。
アケイラの町は大きく分けて二つの組み合わせで出来ている。居住区画と商工区画だ。
居住区画は元々村だった部分で、商工区画が新しく建てられた部分だ。それを大通りを挟んで分けられている。
この2区画を合わせてアケイラの町となっている。
僕達が最後に寄る場所はこの2つの内の商工区画で、その一番古株の鍛冶屋の主人であるハボックさんからフューガーの体で作った剣を受け取るのが目的だ。
町までやってきた僕達は行き交う人の間を通り抜け、寄り道もせずに目的地へと向かう。
お店の看板には『ハボックの鍛冶屋』とだけ書かれている。うーん、シンプル。だが分かりやすいからか、目に留まる。本人の人気もあって客足も多そうだ。
入口から入ると店内には様々な武具が並べられている。そのどれもが立派な物ばかりだ。
それらにぶつからないように気を付けながら奥へ進んでいくと、白髪が混じった金髪の男がカウンターの上に足を乗っけて暇そうにしていた。
「ハボック」
「おぉ、シヴァ。来たか。そっちがシーザーだな?」
「あ、はい。お世話になります!」
「おぅ! んじゃあ早速だ。こっち来いや」
顎で更に店の奥を指し示したハボックさんについていくと、立派な鍛冶工房に案内された。お弟子さんだろうか、一心不乱に鉄を打つ職人が何人かいるようだ。
その工房が目的地かと思えばそこも通り過ぎ、更に奥にあるハボックさんの家に案内された。
初対面でお家までお邪魔するのも気が引けたが、ハボックさんは止まらない。
「この下だ」
更に奥まった部屋の床が開かれて更に地下が出てくる。何なんだここは。鍛冶工房を装った暗殺ギルドなんじゃないか?
今から拷問されたっておかしくないし、拷問されてる人が出てきてもおかしくない。
どう見たってこれからダメージを負う展開だった。
「悪いな、こんなところまで連れてきて。どうにも俺の作品を狙う輩が多くてな」
案内された地下にはそれは見事な武具が勢揃いしていた。店舗部分に置いてあった物も優れた出来の物ばかりだったが、ここにあるのは一段階上といった風格があった。
その中でも一際優れた剣が一振り立て掛けられていた。
黒い片刃の大きな剣だ。全長は僕より少し小さい程度だ。しかしその全長の殆どが刃で、剣というよりは牙のような見た目だ。
大剣の癖に持ち手は片手剣程度しかない。両手で握ろうと思えば握れるが、余裕がないから不便でしかない。
つまりこの大剣は片手で振り回すのが前提に作られている。
なんてもんを作ったんだと、ハボックさんの顔を見る。が、製作者ですら困ったような顔をしていた。
「俺も無茶だとは思ったんだがな、シヴァがこう作れって言うもんだから」
「師匠……?」
「だって片手が空いてないとスキル使えないでしょ」
ご尤もだった。
「でも、だったらもっと小さい剣にしていただいても良かったんじゃないでしょうか……」
「大剣の方が格好良くない?」
ご尤もだった。
「これを自由自在に扱えるようになるのが当分の修業ね」
「うぅ……しばらく飯抜きだなぁ……」
【餓狼の皇】無しでこれを振り回せというのは酷な話である。
どうしても空腹で死にそうになったら【
「ありがとうございます、ハボックさん、師匠。大事にします」
「おぅ。頑張れよ!」
「はい! あ、ちなみに名前とかあるんですか? 師匠のアパラージタみたいな」
「考えてなかったな。お前が考えろ!」
無茶を言う。剣に愛着を持ったことはあるが、剣に名前を付けたことはない。
しかしそうだな……名前がないのであれば、つけてあげればもっと愛着を持てるかもしれない。
物を大事にするのが上手に生きる秘訣だ。ここは1つ、格好良い名前をつけてあげるとしよう。
「んー……じゃあ【ラーヴァナ】にします」
「ほう……良い響きだな」
ハボックさんも気に入ってくれたようだ。僕も気に入った。これからよろしくね、ラーヴァナ。
「ん? おいハボック、この剣、刻印処理がしてないぞ」
「必要だったか?」
師匠とハボックさんのやり取りを聞きながら剣を見る。確かに柄の部分に刻印処理がされていない。
刻印処理とは剣に特殊な魔法技術を使って刻印を施す作業だ。
この刻印は持ち主と武器の間に繋がりを作り、持ち主が直接手に持たずとも常に一緒にいることができるようになる技術だ。
これがあると師匠の大剣のように、常に手にしていなくとも必要な時になれば召喚することができるようになる。
「こんな剣を手に持ったまま歩いてたら邪魔だろ」
「お前さんのことだから持ち歩くのも修行の1つとか言いそうだったから先読みして処理しなかったんだが、当てが外れたな……すぐ処理するからちょっと待ってろ」
師匠も普段は鎧で覆っているから見えないが、手の甲にアパラージタを登録した刻印が刻まれている。
痛みはないそうだが、ちょっと怖い。消すこともできるし別にいいんだけどね……。
本当にものの数分で刻印処理は終わった。痛みはないと聞いていたのに刻印の登録に血液が必要と言われたので仕方なくほんの少しだけ自分の指を切った。
「う……」
「これまでの戦闘で負った傷の方が何倍も痛いだろう……」
「戦って傷付くのと自分で傷付けるのは違うんですよ、感覚が」
師匠に呆れられながらも無事に刻印登録が完了し、僕の手の甲に刻印が刻まれた。どういう紋様になるかは分からない。
見えてからのお楽しみだったのだが、見えた結果……僕はうんざりしてしまう結果になった。
「フューガーの横顔かぁ……」
僕の右手には赤いフューガーの横顔が刻まれていた。タイラントドラゴンと言えば格好良いが、ちょっと、なんだかなぁ……。
「まぁ、因縁深い相手と言えばそうだな。殺したのもお前だし、素材もフューガーだし」
「ちょっとこうなるかもって予想はしてたんですけど、外れてほしかったですね」
何が関係しているかは分からないが、自分に因縁のあるものが刻まれることが多いと聞く。
師匠の手には綺麗な青い氷の結晶が刻まれている。【
「これで用事も済んだな」
「おい、防具は見て行かんのか?」
「む……シーザー、どうする?」
2人して僕を見てくる。武器だけでも僕の財布からお金は出ていない。完全に師匠からのプレゼントだというのに、防具まで見繕うなんて烏滸がましいにも程がある。
「できれば新しいのが欲しいですね……これ結構前のやつですし」
「そうだな、ボロボロだし買い替えようか」
「ありがとうございます!」
こういう時は素直に甘えるのが上手に弟子をやる秘訣です。
□ □ □ □
「これで本当に準備完了だな」
「大丈夫か? 日が暮れそうだが……」
「……今日は泊まるか」
思ったより師匠とハボックさんが乗り気で、あれやこれやと着せ替えるものだからいつの間にかだいぶ日が傾いてしまっていた。
お陰様で良い装備を見繕うことができたのだが、出発は一日遅れてしまった。
ラインハルトと来た頃よりは発展した町だから宿もそれなりに多く、泊まった場所は以前の宿とは違う宿だった。
こっちの方がずっと綺麗だし、嫌な思い出もないから嬉しい。
「二部屋頼む」
「か、畏まりました」
その辺の男よりも頭一つ大きい人間が全身を鎧で包んでいるのだから威圧感は半端ない。
親御さんの代わりに受付をしていたのであろうお嬢さんは完全にビビっていた。そんな目で僕まで見るものだから何だか悪いことをしているような気分になってくる。
誓って、僕は生まれてこの方何も悪いことはしていない。
案内された部屋に荷物を下ろし、ていいのか少し悩む。この鞄は見た目は大したことないが実際はとんでもない物だ。肌身離さず持っていた方が良いのだろうか……。
「シーザー」
「あ、師匠」
「飯行こう」
まるで家のようにノックもせずに入ってきた師匠を見て、まるで家のようにロックをしなかったことを思い出した。これからは気を付けないと。
そうだ、気を付けないとと言えば。
「師匠、この鞄なんですけど」
「うん?」
「貴重な物じゃないですか。入ってる物も含めて。どう扱ったらいいかなって……」
「あぁ、そんなことか」
こちらに向かってきた師匠は鞄を掴んで、ベッドの上に放り投げた。
「置いといていい。大事に扱うから大事なものだと思われるんだ」
「なるほど……でも大事に扱ってなくても盗まれた時はどうするんです?」
さっさと部屋を出ようとした師匠が振り返り、獰猛な獣のような笑みを浮かべた。
「地の果てまで追い詰めて殺してから返してもらえばいい」
「あ、はは……なるほど……」
死体から奪うのか、死体が返してくれるのか、果たしてどちらが正しいのか悩んでいる間にあっという間に食事の時間は終わった。
何を食べたかは覚えていないが、美味しかったことだけは舌が記憶していた。
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