第9話 旅立ち

 師匠の家を守る結界魔道具『白織の箱』は姿、音、匂いを遮断する。なのでたまたま通りかからない限り、誰にも見つかることはない。こんな危険な箱庭でも平和な生活ができるのはこの魔道具のお陰だ。


 家の外であり結界の内側、いつも二人で庭と呼んでいる場所で僕は自身に芽生えた新たなスキルである【掌握】の訓練をしていた。


 この掌握は対象を掌握することで発動するのだが、その対象は6つに分類される。


 物体を掌握し、意のままに操る【物質の掌握マターテイカー】。

 空間を掌握し、相手の攻撃の軌道を操作する【軌道の掌握オービットテイカー

 肉体を掌握し、限界以上の力を引き出す【肉体の掌握コラプステイカー


 この3つは先のフューガー戦で使用した力だ。コラプステイカーに関しては自身に使用したが、これは自分以外にも使える。

 バフ魔法のような扱い方も出来るし、酷い使い方をすれば相手の肉体を破壊することも可能だ。


 そしてまだお披露目していない残り3つの力。


 相手の魔力を掌握し、魔法を奪って使う【魔導の掌握マギアテイカー】。

 相手が火魔法使いなら勝手に相手の魔力を消費して相手の魔法を使うことができるし、既に発動した魔法も操作できる。

 味方の魔法を咄嗟に使う場面もありそうだが、怒られそうな気もする。


 相手の精神を掌握し、洗脳する【精神の掌握スピリットテイカー】。

 言うまでもなく、酷い力だ。良いようにも悪いようにも使えるが、凡そ良い使い道がない。使う際は自分の罪悪感と相談だ。

 まぁモンスター相手に使うのが丸いか?


 しかしそれよりも凶悪なのが最後の力。対象の存在……スキルを掌握し、スキル操作や、奪うことすらできてしまう力、【存在の掌握アイデンテイカー】。

 文字通り、相手のスキルを奪い取る力だ。やろうと思えば師匠の【霧氷雨】も奪えるだろう。


 これを使ってしまうと、僕は今すぐにでも世界最強の存在になれてしまう。だってすぐ後ろの家に、その世界最強が住んでいるのだから。


「いやそれが出来たら苦労しないよ……」


 握った手を見て溜息を吐く。師匠のスキルなんてどれもこれも掌握レベルに凶悪なものばかりだ。そんなものをいきなり目の前で奪ってみろ。スキルが芽生える際のとんでもない頭痛で苦しんでる間に首が飛ぶ。


 もし使うのであれば、精神の掌握スピリットテイカーで精神を掌握し、物体の掌握マターテイカーで物理的に動きを封じて、その上でようやく使ってみようかなって気持ちになる。


 そんな極悪非道をやれるのかと言われれば、答えはいいえです。交友のない人間相手でもやりたくない。

 敵対関係のある相手で、そばに師匠がいて、安全を確保できる状態なら使ってもいいけれど、なかなかそんな場面はないだろう。


 じゃあこのスキルに何の使い道があるのかと問われたら、僕は対モンスター用だと答えよう。

 スキルとは経験が積み重なって進化するものだ。であれば、同じスキルを持つモンスターから奪い続ければ、蓄積されたスキルは進化する。……かもしれない。


 最初からでかいものを得ようとするのがそもそもの間違いなのだ。ちっちゃいものを貯めて積み上げて、大きくしていくのが上手に生きる秘訣である。


「とは言え、ここは最強種みたいなのばっかりだから使う機会がないんだよな……旅に出てからのお楽しみ、か」


 それまでの間は存在の掌握アイデンテイカー精神の掌握スピリットテイカー以外の力の操作を訓練しよう。

 ここは強いモンスターばかりだから精神も強靭だ。なかなか掌握するのは難しいだろうし。


 短い期間とはなるが訓練方針を決めた僕は早速それを始めることにした。


 膝をつき、地面に向かって手の平を向ける。イメージとしては手の平と地面の間にある膜を掴むような感じだ。

 それを握り、掌握することで物体の掌握マターテイカーは発動する。


「よし」


 感覚はばっちりだ。自分の意志が地面に浸透しているのを感じる。試しに地面から六角形の柱を生やしてみる。

 土の塊と言うには硬すぎる圧縮された大地の柱が生み出された。手で触ってみても、並みの力では砕けない硬さを感じる。


 今度はその『硬さ』を取り除いてみる。すると予想通り、柱は泥になって崩れ落ちた。

 硬質除去の意識をそのまま地面にまで送れば、そこはあっさりと底なしの沼へと変化した。

 モンスターをまとめて対処するなら、むしろこっちの方が効率が良いかもしれない。沈めて固めて薪割りで勝ちだ。


「これ結構……いや、だいぶ頭脳勝負だな」


 発想が勝利へと導くのかと思うと、これまでの修業から一つ段階が上がったような気がした。

 これまでは限界まで走り、自分の限界を超えることばかりを目指してきた。結果として新たな領域に踏み込めた。


 これからは、新たに得た力をどう使うか。それに加えて、これまでに得た力、学んだことを上手く組み合わせて活かさなければいけない。


「やっぱ頭使わないと駄目だな……これからは何をするにも考えながら動かないと」


 常に予習と反省と復習を繰り返せば、僕の強さはきっとどんどん増していくはずだ。


 師匠がいなくても……なんて自惚れは一切ない。ただ、烏滸がましいかもしれないけれど、師匠の隣に立って、一緒に戦っていけたら……そんな気持ちが湧いているのを自覚した。

 僕なんかにはまだまだ早いが、泥臭い復讐だけが目標ではなく、そんな綺麗な未来も望んだっていいと、そう思えた。



  □   □   □   □



 師匠はフューガー不在の盆地の確認に、まさに東奔西走の働きをしていた。それこそ殆どの日々を野営で過ごしていたくらいだった。

 あんな魔境で野営なんて師匠にしかできない芸当だ。それに対して僕はというと庭でリハビリとスキル訓練に勤しんだ。


 ある程度の使い道が見えてきた頃、師匠の勢力チェックが終わった。


「結果として2番手にいたグレータードラゴンが支配者として配下を従えてるみたいだ。空の支配者であるスカイドラゴンのアランと、森の支配者であるポイズンドラゴンのクラウスが岩石地帯に手を出さなくなったってことは、認めたということだろうな」

「塩湖のシードラゴン、ハラカラも?」

「そのようだ。配下が顔を出さなくなった」


 この盆地はまさに世界の縮図とも言える。山があり、森があり、海がある。砂漠はないが、荒野はある。

 それぞれの地を支配するドラゴンが、岩石地帯を支配するフューガーの後釜を認めたのなら、互いの干渉も減って余計な争いもなくなるだろう。


 しかし改めて思うが、ここはイカレた土地だ。一見、とても素敵な場所に見える。

 景色は綺麗だし、外が雪まみれだとしてもここはずっと春のように暖かい。楽園のような場所だ。


 だが一歩入れば強力なモンスターが闊歩し、更にそれを従えているドラゴンが各所に点在している。住むなんて正気の沙汰ではない。実際、僕一人だったら秒で死ぬだろうし。


「調査に少し時間を掛け過ぎた。1週間程で終わらせようと思っていたが半月も掛かるとは」

「でも師匠がちゃんと見てくれたお陰で安心して離れられますね。戻ってきた時に血みどろの地獄なんて目も当てられないですし」

「離れてる間に何があるかまでは予想できないが、しばらくは大丈夫だろう。さてと、準備はできているな?」


 腰に手を当てて僕を見る師匠。師匠不在の間、遊んでたんじゃないかと、そんな顔をしているが、元荷物持ち専門だった僕だ。準備に抜かりはない。これに関しては誰よりも自信がある。

 僕は部屋からどんな状況になっても対応できる完璧な選択をして詰め込んだリュックを持ってきた。


「この通り、完璧に準備しておりますとも」

「でかい」

「えっ」


 足元に置いたリュックを見下ろす。確かに僕の腰くらいまである大きさだ。シルエットで見れば以前の僕の体型と似たようなものだ。

 とは言え僕なら軽々持てるサイズだ。着替えや食料、野営の道具に雨の日の準備等、どんな状況にも対応できるようにとラインハルト達と一緒にいた頃からこのセットでやってきていた。


「えっと……何を抜きます?」

「いや、抜けとは言ってない。でかいと言ったんだ」

「確かにそうですけど……でも中身を減らさないと小さくならないですよ?」

「む……言葉が足りなかったな。別のリュックを使えば良かったんだ。ちょっと待ってなさい」


 そう言うと師匠は自分の部屋に帰っていった。何だろうと思い待ってると師匠が何かを手に、戻ってきた。


「これに詰め直して」


 師匠が広げたそれはくたびれたリュックだった。しかも普通のサイズだ。こんなの、逆立ちしたって全部入らないが……。


「師匠……」

「これは『虚蛇竜ホロウヴァイパーの胃袋』で作った鞄だ。大食漢で短命という一風変わったモンスターでな、奴は何でもかんでも丸呑みにして消化するモンスターなんだがどう考えても見た目と中身の量が釣り合わないということで私が独自に研究したんだ。その結果、どういうことになっていたと思う? 奴は食った物を異空間に収納していたんだ。自分の胃が異空間に繋がっているなんて知らなかったんだろうな。大食漢と呼ばれる癖に奴等は常に飢餓感に襲われている。そう、奴等が短命なのは栄養失調が原因なんだ。何ともおかしなモンスターだとは思わないか?」


 急に早口で問われても何も頭に入ってこなかった。


「えーと、つまり?」

「察しが悪いな。この鞄は異空間に繋がっている。つまり、その大きくて邪魔なだけの鞄の中身がこの小さな鞄の中にすっぽり納まるってことだ」

「……あぁ! なるほど!」


 やっと理解が追い付いた。つまりこれはアレか、ラインハルトの空間魔法のようなものか。というか、そのものか。


「これなら背負いながらでも戦闘できそうですね」

「下ろした方が戦いやすいし安全だから下ろすように」

「はい!」


 師匠の言いつけをしっかり守って戦うとしよう。早速荷物の詰め替えをしたのだが、なんだろう……やっぱり根は荷物持ちなのか、詰め替え作業がとても楽しい。

 師匠が不在の間の準備も楽しかったしな……長旅を想像して荷物を用意して綺麗に詰め込むという作業がそもそも好きなのかもしれない。

 綺麗にピッタリ詰まったら気持ち良いもんな。


 その点で言うとこの虚蛇竜の胃という鞄は少し不満がある。中は異空間に繋がってるという話だから覗いてみたら底がなく、真っ暗だった。

 これじゃあ詰めた荷物が見えない。それは少しいただけない。きゅっと蓋を締めるまで計算して最後に小物を乗せる荷物持ち学からすればこれは邪道だ。

 蛇竜じゃなくて邪竜だったんじゃないか?


「手が止まってるぞ」

「すみません」


 怒られた。さっさと作業をしよう。荷物も雑念も全部詰めて、それを背負う。……まぁ、背負い心地はいいんじゃないかな。遺憾だが。


「よし、出発だ」

「はい!」


 1年という短い期間だったが、住んだ家を離れるというのは思った以上に淋しい気持ちが強かった。

 前を歩く師匠は一切振り返らなかったのは、生きて戻ってくるという確信があるからだろう。


 でもまだまだ弱い僕は不安で、何度も何度も振り返ってしまった。


「これじゃダメだな……頑張ろう」


 頭を振って気持ちを入れ替える。さぁ、いよいよ魔王討伐の、ラインハルトへの復讐の旅が始まった。さっさと終わらせて、必ず生きてここへ戻ってこよう。

 こんなことに時間を使うより、師匠と一緒に長く暮らした方が絶対に良いに決まってるんだから!

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