第8話 戦いを終えて

 上体を起こすのに師匠の介助が必要なくらいに体はボロボロだった。


 聞けば2日も眠り込んでいたようで、やっと目が覚めたと思ったら今度は激痛が襲ってきて気絶しては覚醒を繰り返し、追加で2日も寝込んでしまった。

 いつ目を閉じても、開いても師匠は傍にいてくれて、本当に付きっ切りにさせてしまったのが本当に心苦しかった。

 この動けない期間が、僕に無茶の代償が何かを教えてくれた。


 ようやく動けるようになったのは、安静にしていた期間も含めてあの戦いから1週間後だった。


「換気はしてたけれど、久しぶりの外はどう?」

「気持ち良いです。ここはいつでも暖かくて、平和で。ずっとここにいたいって思わせてくれます」


 師匠との修行の日々もあって、ここには思い出と思い入れが沢山ある場所になった。


 そういえば、ある日モンスターが何も知らずに結界の中に入ってきたことがあった。

 柵も何もない場所だからそういうことはままあって、その場合は何をしている最中でも先に倒した方が勝ちというしょうもないルールがあった。

 モンスターを必死になって取り合う師弟というちょっと意味が分からん構図だ。師匠は師匠で僕をからかうように足を引っかけたりして、僕はひっくり返りながら必死にモンスターを倒そうとして。


 そんな思い出がふと蘇った。ここにはそんな小さな、大事な思い出が沢山詰まっている。


「君が元気になったら話そうと思っていたんだが」

「はい」

「修行は終わりだ。あれを倒せるようなら、君はもう強い」

「……はい」


 その話が出てくるのが待ち遠しかったし、出してほしくなかった。いつしか僕は強くなることが目的ではなく、師匠との修行の日々の方が楽しくなってしまっていた。

 だからと言ってラインハルトの鼻を明かしたいという気持ちは微塵も減ってはいない。

 むしろ、その気持ちに並ぶ程に師匠に対する執着が強くなっているのが問題だった。


「ということで行くか」

「行く、って……どこにですか?」

「ん? 魔王の住む場所。【魔大陸】だ」


 ちゃんと話を聞いていたはずなのに全然理解できなかった。一体どういうことだ。


「魔王を倒すのに1人では不十分だろう。私がいないでどうする?」

「師匠も来るんですか? いや、それは」


 魔王を倒すというのは僕なりの勇者への復讐だ。この1年間の修業もその為にやってきた。だからこれは僕の戦いだ。

 だから、師匠を巻き込むわけにはいかない。


「あぁ、そういえば私が何故強くなろうとしているか話してなかったな……私は魔王を倒す為に修行をしているんだ」

「師匠も魔王を?」

「故郷を焼かれたんだ。魔王軍に」


 知らなかった。師匠にそんな過去があっただなんて。

 確かに故郷の話は聞いたことがなかった。あまり自分のことを話したがらない人だからだって思っていた。それ以外は本当に、ちょっと無口でぶっきらぼうなだけで気さくだし、冗談も言ってくれる良い師匠だ。

 そんな辛い過去があっただなんて思いもしなかった。


「私の仇でもあるんだよ」

「横入りしちゃったのは僕ですかね」

「いや、別に順番なんて関係ないだろ? それに、ラインハルトが勇者と言われ始める前は一番勇者に近い冒険者と呼ばれていたし」

「初耳です……!」

「頼んでもないのに二つ名がいっぱい出来ちゃうからね。しょうがない」


 師匠の二つ名を言い始めたら本当に枚挙に暇がない。それだけのことをしてきた人だと思うと鼻が高い。

 そんな人に弟子にしてもらえたのも奇跡に近い偶然だし、これからその人と一緒に魔王を倒す旅に出向けると思うと、沸々と心が湧きあがってくるのが分かる。

 なんだかこう、居ても立ってもいられないというか、今すぐ走り出したくなってくる気分だ。


「今すぐ行きたいって顔してる」

「してます!」

「でも駄目。フューガーが完全に抜けた盆地の様子を確認してからね」

「それも大事ですね。よし、僕は修行してきます。新しく芽生えたスキルが気になるので」

「【掌握】だっけ。文字通り世界の法則を掌握するなんて凶悪なスキルだけど……その分、反動が大きいのは自分の体で分かってる。よね?」

「勿論です。【餓狼の皇】と【肉体の掌握コラプステイカー】だけは合わせないようにします……」

「そうだね。体が堪えられるようになるまでは別々に使う方がいい」


 師匠のアドバイスに頷き、一礼してその場を後にする。鈍った体を元通りにする為にも、まずは動くことだ。

 早速僕は剣を手に家を飛び出そうとして、その剣がないことを思い出した。


「そうだ、フューガーに壊されたんだっけ……」


 使い込んだ剣だったからしょうがないにしても、遅れてやってくる喪失感は結構堪えた。毎日手入れしてから寝るのが日課だったからなぁ……あぁ、だいぶきつい。


「シーザー」

「はい」

「剣のことで話があるんだが」


 ちょうど落ち込んでいたところだ。良い話であってほしいところだが……。


「お前がひっくり返ってる間にフューガーを解体して得た素材をハボックに渡してきた。ここを出る頃にはお前専用の剣が出来上がっている頃だろう」

「ほ、本当ですか……!?」


 ハボックというのは麓の町でお世話になっている鍛冶屋さんだ。あの人が作る件なら絶対に最高の品が出来るはずだ。

 なんでも、遠い栄えた都市で働いていたのだが静かな場所を探してこっちの方まで来たって話を聞いたな……師匠とも顔見知りらしい。

 まぁ、そのハボックさんがここへ来たお陰で辺境の村が栄えてしまったのだが。


「大切にしていた剣とは違う物になるが、いいか?」

「愛剣が無くなってしまったのは悲しいですけど……同じくらい好きになれると思います。師匠がくれる剣ですから」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。しばらくは予備を使うといい。慣れはいつも通り……」

「実戦で、ですね!」

「そういうこと」


 僕の成長に満足したのか、珍しく頬の緩い師匠は僕の頭をぽんと一撫でして部屋を後にした。

 お陰で僕はやる気満々になってしまう。あの人は人を褒めるのが下手なようで上手い。人のやる気を引き出すのが上手すぎる。


 よし、まずは歩くところから始めるとしよう。

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