第7話 世界を掴む者
震える手に力を籠める。握り締めた柄が悲鳴を上げる程にきつく、強く、捻るように握り込む。
手首の動きに合わせて捻られた刃がジャリ、と地面を抉った。痛みに揺らぐ視界は色を失い、白と黒に染まる。
落ちてくる瞼を押し上げ、睨む先のフューガーは憎らしい程に元気そうだった。
「んっ……く、ごふっ……」
込み上げる咳を我慢しようとして、できなかった。吐き出したのは空気ではなく血だった。
口の中が気持ち悪い。逆流した血が鼻孔に詰まって息がし辛いったらない。
「ゴルルル……」
「見下してんじゃ、ねぇ……」
見上げたフューガーがニヤリと笑ったような気がした。それがとても腹立たしかった。絶対に殺してやるという気持ちが僕の頭の中を埋め尽くした。
笑われたのが悔しかったのか、それとも僕が本来持っていた感情なのか、”怒り“という名の暴風が僕の感情を取り込み、巻き上げていく。
「ゴルル……ク、ッテ……ヤ……ル……」
「あ……?」
言葉のようなものが聞こえた。フューガーは僕を指差し、笑った。
「オ、マエも……食ッテ、ヤル……ゴルルルル……!」
「僕を、食うだと……?」
剣を握る力が増す。体は痛みに震えているはずなのに、感情だけでどんどん体が動けるようになってきた。
朦朧としていた意識ははっきりし始め、ガクガクと震えていた膝で立てるようにもなった。
「ふざけんなよ……逆だ、逆……!」
「ナニ……?」
「僕が、お前を、喰い殺すんだよ……!!!」
剣を振り上げ、一気に距離を詰める。孤高の女騎士が独学で編み出した歩法術【シヴァ式歩法術:
薄氷を割らずに踏むように、極限まで地面との摩擦をなくした高速移動術だ。
最初に習った歩き方で、この支配者崩れを喰い殺す。
その気持ちで振り下ろした剣は、フューガーの爪に阻まれた。剣よりも鋭い爪は、共に修行を繰り返してきた僕の愛剣を砕いてしまった。
「グルァ!」
「ッ!!」
別れの挨拶も、呆ける暇もない。追撃を薄氷で躱し、先程食らった尻尾も潜り抜ける。奇しくも最初と同じ立ち位置になった。
だがこちらには武器がない。拳での戦い方も学んだが、相手が二足歩行のオオトカゲじゃあ話にもならない。意識は冴えているが思考が儘らない。どうするべきか……。
「シネェ!!」
「くそっ!」
武器のない僕に向かって、フューガーが振り向く。どう躱す、どう流す、どう反撃する。一瞬の内にいくつもの選択肢が浮かんでは消える。
フューガーが一歩踏み出す。強靭な爪が地面を深く抉り、2歩目が出るその刹那――僕と支配者の間に1本の剣が突き刺さった。
それを見た途端、僕は駆け出していた。何度も見た、記憶に焼き付いているその剣は……。
「ありがとう、師匠!!」
引き抜いた大剣【アパラージタ】の切っ先をフューガーに向ける。剣に見覚えがあったのは僕だけではなかったようで、アパラージタを見た途端、目に見えてフューガーは怯えていた。
この剣と戦い、そして最後まで勝てなかった屈辱の記憶が蘇ってきたのだろう。さっきのように砕きたくても結局砕けなかった剣だ。気持ちはわかる。
「覚悟しろよ……負ける気がしないからな!」
気持ちは全然萎えていない。むしろ、もっともっと燃え上がってきている。ここが僕の人生のピークだっていい。
そんな気持ちで剣を握る手に力を入れた、その時だった。
「う……」
頭の奥の奥に熱を感じた。一点を焼き焦がすような、凶悪な熱。火山の熱を一箇所に凝縮したような圧倒的な温度は、瞬時に僕の脳を焼き尽くした。
「……ッ、…………ッッ!? …………ッッッ!!!!!」
声も出ない。身動きもできない。剣を向けたまま一切の身動ぎもできなかった。ただ、自分の鼻から勝手に血が流れてきているのが感覚で分かった。
だが、その堪え難き痛みはただただ僕を痛めつけるだけの痛みではなかった。
圧倒的情報量が頭の中に流れ込んでくる。師匠との修行の日々を一瞬で全部一気に詰め込まれたかのような、地獄のような痛みと学習。
その負荷に脳が耐えきれていない。
生きるか死ぬか。その瀬戸際で両足を膝まで地獄に浸かりながら、僕は
だがこんな痛みを伴ったことはない。【食欲の王】が【
だからこそ、この痛みが僕を強くしてくれるという確信があった。
身を焦がす痛みに呻く僕の異様な雰囲気に気圧されたのか、フューガーは何もしてこない。様子見状態だ。
この剣の本来の持ち主である師匠が近くにいることも理解しているのだろう。
その思慮深さから得たこの貴重な時間で、僕は学習を終える。全ての情報が脳に行き渡り、血管が破裂しそうな程に強い鼓動と共に、僕はアパラージタから手を離した。
「掴むのは、肩紐でも剣でもない……」
手を向けたのは地面。つまり、大地。そしてそれは――
「世界だ!」
地面に向けて広げた手を握る動作と共に発動するのはスキル【
それに内包された6つの力の内の1つ【
僕の意志のままに大地は鋭い棘となり、フューガーを襲う。
「ゴギャァ!!」
鋭く尖った大地の槍はフューガーの肩や脇腹を掠める。ギリギリで躱したか……。だが【掌握】の力はこれだけではない。
地面に刺さっていたアパラージタを手に取り、もう片方の手を自分の胸に向ける。そして握る動作すると、対象の肉体の操り限界を引き出す力【
元からあるスキル【餓狼の皇】+【肉体の掌握】で引き出した力は限界の何倍もの力になる。
一瞬にして距離を詰める
これは師匠の奥義の1つ【シヴァ式歩法術秘奥:
無限に生まれる僕の残像に攻撃するフューガー。そのどれもが霧散し、疲労だけが結果として残る。
そうして疲れさせたところに最初にして最後の一撃を加える。
「はぁぁぁぁぁあああ!!!」
片手で振り上げた大剣をフューガーへ向けて振り下ろす。これまで師匠が修行と役目の為に殺さずにいた剣撃とは違う、殺す為だけの斬撃は師匠からダメージを受けていた削げた顔を斬り飛ばした。
顔面を半分失ったフューガーはついに膝をついた。流れ出す血や脳漿が地面に広がっていく。
「やった……師匠、やりました……!」
「おめでとう、シーザー。……シーザー!」
背後に立つ師匠に修行の成果を見せてあげられた。そんな勝利の気持ちが招いた油断だったのかもしれない。
師匠の剣幕に振り返ると、最期の力を振り絞って尾の先端を僕に向けて突き出すフューガーの怒りに満ちた目が見えた。
真っ直ぐに僕の喉を貫こうとする尻尾は……直前で軌道を変え、空を穿った。
「はぁ、はぁ……なんて奴だ……」
咄嗟に突き出した手が中空を握っていた。空間を掌握し、相手の攻撃の軌道を支配する力が発動していた。
「【
最期の最期の攻撃を防がれたフューガーは、残った半分の顔を憎悪に歪ませながら睨む。その視線は僕に固定されたままゆっくりと地面に伏した。今度こそ、完全に死んだはずだ。
「師匠……」
「あぁ、ちゃんと終わりだよ。よくやった」
「ありがとう、ございます……」
【
その結果、僕は意識を手放さざるを得なくなり……次に目が覚めたのは師匠の家のベッドの上だった。
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