第6話 支配者との決闘

 町を出た僕と師匠は大急ぎで家へと戻った。

 お買い物の為にお出掛けしただけなので雑な剣一つでまともな装備ではなかったからだ。

 とはいえこの剣もその辺ではなかなか買えないような高価な物だが、支配者フューガー相手には少し心許ない。


 慣れた道程で最短ルートを通って家に戻ってきて、師匠は全身を鎧で包み、僕は倒したモンスターの皮と師匠のお古の鎧で作った鎧を身に着ける。

 革鎧の上に金属を合わせているので凄く着やすいし動きやすい。

 【餓狼がろうおう】による身体能力向上効果をフルに活かす為にはこの鎧が一番良いということになった。


 もちろん、師匠のような全身金属鎧も試してみた。重い鎧でもちゃんと動けるし、何なら通常の人間よりも機敏に動くことができる。

 だが革鎧の方ならもっと機敏に動くことができる。ならばお互いの良い所を取って合わせればいいやんねという結論に至ったわけだ。


「行けるか?」

「バッチリです」

「よし、すぐに出発だ」


 頷いた師匠が家のドアを開ける。……が、出る寸前で僕の方へ振り返った。


「シーザー、先に話しておくことがある」

「はい」

「フューガーはお前が倒せ」

「はい!?」


 普通に返事をしていたらとんでもないことを言われた。僕に支配者を……いや、もう支配者ではないが、フューガーを倒せと言うのか。


 奴と師匠が戦っているのは何度か見学させてもらっている。まぁ見学とは言っても座って観戦しているような訳ではなく、奴の眷属のトカゲ共を蹴散らしながらだったが。


 フューガーは二足歩行する巨大トカゲだ。発達した両足と顎、強靭な尾は鞭のようにしなやかで、体長は体と尻尾で半々なくらいだ。

 だから見た目よりも実際に戦うと厄介で、師匠もそれを込みで色んな戦い方をしていた。


 とは言え、支配者には支配者としての役割があった。支配者同士の牽制や、種族の統合等、あの外界と遮断された箱庭には必要な存在だった。

 だから師匠もフューガーを殺そうとしなかったし、フューガーも殺されなかった。


 だがその均衡は崩れた。度重なる敗北の結果、奴はプライドを捨てたのだ。


「最早、奴に生きている価値はないのは分かるな?」

「はい。ですが僕に倒せるんでしょうか?」

「倒せるよ。ずっと見てきただろう? 奴のスキルも頭に入っているはずだ」


 モンスターも人間同様にスキルを使う。人間がスキルを使う時は頭の中にその名称が浮かぶものだが、モンスターのスキルは名前が分からない。

 だから動作から見分けないといけないのだが、何度も観戦していた僕はすでに学習している。


「シーザー、これまでの修業の成果を見せてみろ」

「……はい!」


 師匠の激励に不安な気持ちは吹き飛んだ。僕の返事に力強く師匠は頷いてくれた。地力はあるんだ。戦い方も頭の中に入っている。師匠の期待に応えるとしよう。



  □   □   □   □



 家を出て町へ、町を出て家へ、そして家を出て森へ。1日にこれだけの移動を行ったが、普段の修業量を考えればこれくらいはまだまだいつもの半分くらいだった。

 ちょっと歩き疲れたかなーぐらいでしかない。つまりまだまだやれるということだ。


 森は閑散としていた。冒険者は怖がって入ろうとしない。ならフューガーの眷属であるトカゲはどうかと思ったが、それも見当たらない。

 どうやら奴は手下にも見限られたらしい。


 ザク、ザクと雪を踏む音だけが響く。時々積もった雪が木からドサッと落ちる音に驚くが、そこにトカゲは見当たらない。


「普通、トカゲといえば冷えると動けなくなるものだが、フューガーは一昨日も目撃されているらしいからな。油断はできないぞ」


 実はギルドを出た後にまたあの二人組が話していたので直接聞いたのだが、フューガーの噂が流れ始めたのが1週間前で、最後に目撃されたのが一昨日という話だった。


 この寒空の下で5日間も元気に動いていたという訳だ。いや、もしかしたらもっと前から盆地を出て森で生活していたかもしれない。

 僕達が盆地でフューガーを見かけなくなったのはそれよりももっと前だったし、後者の方が可能性としては高い。


「む……」

「どうしました?」

「血の匂いがする」


 スンスン、と周囲の空気を嗅いでみると、確かにうっすらと鉄のような匂いがした。僕も師匠も大なり小なり金属の鎧を身に着けている。

 が、それとは違った鉄臭さがあった。とは言え金属臭と間違わずに嗅ぎ分けるとは……嗅覚面でもまだまだ修行が足りないらしい。


「そっちの方向だ」


 師匠が示した方向に進んでいくと、食い荒らされた動物の死骸が複数転がっているのを発見した。

 飛び散った血や骨にこびり付いた肉片から見るに、そう古いものではないようだ。


「近いかもしれないですね」

「あの巨体を隠すのは難しいからな……どこか洞窟でも掘ったのかもな」


 洞窟かぁ……なるほど。あの爪と牙ならこの山に穴を掘ることもできるだろう。この山は他とは違ってとっても硬いから、なかなか洞窟とかないからな。見つけやすいと言えば見つけやすい。


 それから1時間程、山の麓を歩き続けていると先程よりももっと濃い血の匂いが漂ってきた。流したばかりの新鮮な血の匂いだ。


 木の影から様子を伺うと師匠の予想した通り、山肌に爪で削り取ったような洞窟が出来ていた。

 その前にはバラバラになった……鹿だろうか。動物の死体がいくつも転がっていた。奥にある洞窟からは何かが肉を裂き、骨を砕くような捕食している音が聞こえてくる。


「どうせ狭いし暗い。戦うなら外が良いね」

「了解です」


 アドバイス通りに動こう。洞窟前は木が少なく拓けている。外に出すのは簡単だ。洞窟の前で騒げばいい。

 仮にも支配者、ビビって縮こまるなんてことはないだろう。


「では行ってきます」

「あぁ、行ってこい」


 背中に添えられた手に押し出される。茂みから出た僕は腰に提げた剣を引き抜き、ぽっかりと口を開ける洞窟に向かって叫んだ。


「出てこいフューガー! 引導を渡してやる!」


 ピタリと、捕食の音が止まった。続いて聞こえてきたのはズン、ズン、という地鳴りのような足音だ。


 そしてゆっくりと覗かせた顔はまさしくフューガーだった。


 師匠との戦闘で皮膚を削られ、左半分の顔が骨を剥き出しにしている悍ましい顔を持つ二足歩行のオオトカゲ。

 見上げたその姿は盆地から逃げ出した臆病者と、面と向かって言えるような隙はなかった。

 今も尚、支配者であると信じている自信が溢れ出ていた。


 しかしそれと同時に、支配者である自分がこんな洞窟に引き籠って動物を貪っていることへの不満や強さへの嫉妬のような感情が伝わってくる。

 牙を剥き出しにしたその顔は憎悪に満ち満ちていた。


「!?」


 不意に視界の外から尻尾の一撃が飛んできた。ギリギリ気付けたそれを転がって避ける。顔を上げた時にはフューガーの爪が襲い掛かってきていた。


 剣を盾にしてそれを防ぐ。散る火花に顔をしかめた。まるで金属のような爪だ。もはや金属だ。

 研がれた爪は簡単に僕の体を引き裂くだろう。その恐ろしさに顔をしかめた。


「ふぅ……っ!」


 殺されてやるもんかと、上から押し付けるように迫る爪を、剣を傾けることで受け流す。フューガーの腕が地面を抉った。


 地面に突き刺さる腕に向かって剣を振り下ろす。フューガーは咄嗟に腕を引いたが、鱗に引っ掛かった刃がフューガーの腕を削いだ。

 噴き出す血が抉れた地面を濡らしたのを見て、支配者相手に戦えていること、1年の修業の成果が出ていることを改めて実感した。


 お互い、小手調べが終わった。腕から血を流すフューガーは僕を敵と認識したようで、いつでも飛び掛かれるように姿勢を低くいしている。

 僕はそれよりも更に姿勢を低くする。飛び掛かりをすり抜け、いつでも攻撃に転換できるように。


 無音の間が続く。いつでも飛び掛かれる姿勢のままが続いた。


 その沈黙を破ったのは枝葉から落ちる雪の音だった。


「ガァッ!!」


 弾かれたように飛び出したのはフューガーだった。支配者としての矜持が、この苦境で悪い方向に働いたようだ。

 焦って飛び出したフューガーの攻撃はフェイントも何もない、真っ直ぐに僕へと繰り出された爪の斬撃。

 それを体を低くしたまま飛び込むように躱し、がら空きの脇腹へ刃を添わせる。


「よっしゃ……うぐぅ!?」


 溢れ出る血を横目に、追撃をしようとして腹に重たい一撃を食らった。体が地面から吹き飛び、フューガーから離れていく。

 その最中に見たのは揺れる太く長い尾だった。


「がはっ! ……ぐぁっ!」


 吹き飛ばされた体はフューガーの巣穴の上の岩肌にぶち当たり、そのまま地面に叩きつけられる。チカチカと視界が揺れる。

 なんとか剣を杖にして立ち上がるが、今にも倒れそうだ。一撃でこれだ……やはり支配者ということか。

 そしてこれを相手に立ち回っていた師匠もやっぱり凄い。


「はぁ、はぁ……」


 早く楽になりたい。今すぐ寝転がって意識を手放したい。そんな気持ちがどんどん湧いてくる。


 でもそれは死ぬってことだ。それは駄目だ。僕にはやるべきことがある。


 絶対に剣だけは手放さない。リュックの肩紐は手放しても、この剣だけは手放さない……!

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