第4話 楽しい時間はあっという間に過ぎる

 いつも目が覚める時はうだうだと気分の落ち込む朝ばかりだった。今日もまた罵倒されるのかと。ちゃんと言われたことはやっているのに。言われたこと以上のこともやっているのに、浴びせられるのは賞賛ではなく罵倒なのかと。

 窓の外がどんなに晴れていようとも、心の中は常に曇り空。雨はいつも目から零れ落ちていた。それでも勇者の助けになって世界が平和になればという一心で、僕は荷物を背負っていた。


「しかし今日からはそんな曇天とはおさらばだ……なんて清々しい朝なんだろう!」


 こんなに心地良い目覚めは数年ぶりだった。開いた木窓の外は心とは裏腹に曇り空だったが、心は雲一つない晴れ空だった。


 着替えて部屋を出るともういい香りが漂っていた。


「すみません、遅くなりました」

「いや、いいよ。おはよう、シーザー」

「おはようございます、師匠!」

「何だか気恥ずかしいな。シヴァでいいよ」

「いえ、こればっかりは!」


 師匠を名前で呼ぶだなんて烏滸がましいにも程がある。朝食作りも後半だったが、場所を変わってもらって残りの作業をこなす。

 師匠は淹れたコーヒーを飲みながらゆったりと待ってくれていた。


 作り終えた朝食を並べる。パンに目玉焼きにカリカリのベーコン、それに淹れたてのコーヒー。シンプルだが、とても素晴らしい朝食だった。


「この食料はどこから仕入れてるんですか?」

「ん? そうだな。山を下りて人里で買い込んだり……あとはモンスターを狩って作ったりだな」

「モンスターですか! へぇ……モンスター食材は結構臭みとかあって扱いにくいって聞くんですけど、このベーコンとかも?」

「あぁ、カイザーシュヴァインという大きな猪から作ってみた。殆どの部位はシーザーの言う通り臭くて使い物にならなかったが体の奥にある特殊な部位だけは旨いんだ」

「へぇ~……今度作り方教えてください、師匠」

「あぁ、いつでも教えるよ。……さ、食べ終えたので修行の話をしよう」


 食後のコーヒーを飲み終え、重ねた食器を脇に置いて真面目トークが始まった。これから始まるのは勇者の功績を横から掻っ攫うという前代未聞の所業、一般人の魔王討伐の為の修業だ。


 師匠が考えてくれたのは7日というスパンで考えた計画だった。

 まずは基礎訓練を続ける。それを4日間。そしてその間消費した食料や消耗品を集める為にモンスターを狩る。

 これを2日間やって、1日休む。その繰り返しだ。


「その中でスキルが芽生えたりしたらその都度確認していこう」

「でもこれまで全然そういうのが無かったんですけど、スキルって自然に増えるものなんですか?」

「自然には増えない。同じことを繰り返したり、何かの閃きがあった時にスキルというものは芽生えるものだ。君は荷物しか持って来なかったから機会がなかっただけだ」


 確かにこれまで戦うこともなかった。戦闘は全部ラインハルト達がやっていて、僕は見ているだけだった。

 時々モンスターに襲われそうになった時は助けてもらったりもしたけれど、あれは僕じゃなくて荷物を守っただけだ。


「何度も言っているが、私は君の中に光るものがあると感じている。きっと誰よりも凄いスキルが芽生えるんじゃないかと思っているよ」

「師匠の期待に応えられるように頑張ります!」

「その意気だ。さぁ、表に出よう。まずは歩き方からだ」


 そして修行の日々が始まった。師匠の家の周りは特殊な結界魔道具『白織の箱』のお陰で周りのモンスターには見えないから安全そのものだった。

 なんと気配や匂いや音も遮断するらしく、通常人一人分の範囲でも大量の金貨が必要とのことだが、師匠の持つ白織の箱は家を含んだ周辺300メートルは結界内だった。

 いったいいくらするのか、想像もつかないが……その環境で繰り返す基礎訓練は学ぶべきことの多さに頭がいっぱいになることもあったが、それよりも楽しさが勝った。


 そして安心安全の結界の外は正に地獄だった。石を投げれば何かしらのモンスターに当たるかのようなレベルでモンスターがうじゃうじゃしていた。

 昨夜の静けさは何だったかと思えるくらいだ。しかし考えてみればここは草原だけではなく、森や湖まである。

 隠れ住もうと思えばいくらでも隠れられるし、夜は誰だって眠る。夜行性のモンスターもいるだろうが、それでも昼間よりは少ないはずだ。


 そんなモンスターを狩って食料や素材にするのが師匠流の修業だ。バケモンみたいなレベルのモンスターを足蹴にする様はどっちがバケモンか分からなくなるような光景だった。


 しかもこれは狩猟ではなくて修行だからと師匠は敢えて負荷の掛かる装備で戦っているのだから開いた口が塞がらない。


 7日に1回の休みはそれはもう満喫した。師匠が教えてくれるちょっとした生活の知恵や戦いのコツ、冒険譚は何度聞いても、いつ聞いても楽しかった。



  □   □   □   □



「師匠、食料捕ってきましたー」

「その辺に置いといて」

「はい! てか今日も見ませんでしたよ、フューガー」

「どこ行ったんだろうな……まぁその内仕掛けてくるだろうさ」


 そんな生活を続けて1年が経過した。


 今では食料当番も交代制だ。まぁ、倒せるモンスターに限るから多少の偏りはあるが、それでも日々の食事分を集めることは可能なくらいには強くなれた。


「じゃあ明日はお休みの日だから、たまには町に行こうか」

「いいですね! そろそろ僕も新しい服が欲しかったところなんですよね」

「確かに、もうぶかぶかだもんね」


 この1年で【食欲の王】が進化した。スキルは突き詰めれば進化するとは聞いていたが、僕の身の周りではそういう現象はなかった。

 というのも、勇者パーティーに集められた人材は精鋭ばかりだ。

 誰もが上位のスキルを持っていたから成長というのがとても遅いはずで、だから僕がいる間にはスキルアップは見られなかったのだ。


 僕が抱えていた何とも言えないスキルだった食欲の王は真逆の進化を遂げた。


 師匠の方針は、まずは肉体を削ぐところから始まった。

 食べれば食べる程に身体能力が上がるスキルを、敢えて食べないことでマイナス効果を生み出させたのだ。

 これまでは食べて食べて太って5人分の荷物を持っていたのだが、これからはそんな大荷物は持つ必要がない。

 一人分の剣だけ持てればいいと師匠は言う。


 結果、最初は身体能力の向上効果が消えて死ぬほど辛かった。何を持つにも重すぎたし、歩くだけで息が上がった。しかしお陰様で動きにくかった体はみるみると締まっていき、師匠のような腹筋が誕生するに至った。


 その頃だ。【食欲の王】は【餓狼がろうおう】というスキルに進化した。

 餓狼の皇


 お腹いっぱいになって力は出るが動きにくい体より、お腹は減るが力が出て動きやすい体の方が圧倒的に良いに決まっている。

 しかも別に食べない事でヒョロヒョロのガリガリになるなんてことはないから身体的なデメリットもない。


 お陰様で師匠とも割といい感じに戦えるようになるくらいには動けるようになった。きっとラインハルト達に会っても気付かないだろうな。会いたくないが。


 そんな肉体改造が施された僕だが、服は以前の物を切って縫ってで着回していたから流石にボロボロになってきている。

 1着のシャツから2着のシャツが生み出されることで増えはしたが、やはりボロボロには変わりない。


 翌朝。いつもよりも早起きをした。


「そろそろ行くよ」

「はい!」

「服と食料と……そろそろシーザー用の剣も必要かな?」

「! いいんですか!?」

「私のおさがりばっかりじゃ飽きるでしょ」


 おさがりとは言ってもその辺の鍛冶屋の剣よりはよっぽどハイレアクラスの武器ばかりだ。しかし自分専用というのは魅力的な話だった。

 貰えるのであれば貰いたい……謙虚な気持ちはあるが、心がそれを求めていた。


 早速家を出て盆地を出発した。休みの日は時々師匠が盆地を離れることはあったが、僕は殆ど出ていない。

 多分、半年ぶりくらいかな。非常に楽しみである。



 しかしこのお出掛けがとんでもない事件となり、僕に新たなスキルが芽生える切っ掛けになるとは、この時の僕は知る由もなかった。

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