第2話 孤高の女騎士

 並べられた大量の料理を一つずつ丁寧に平らげていく様はまるで劇のようだと師匠が言った。

 曰く、第一章第二章と進んでいくにつれて料理も様変わりしていくのは見ていて気持ちが良いのだとか。そ

 う言われると演じる気がなくても気合いが入ってしまうのが人間だ。言われるがままに綺麗に平らげた後に、師匠が借りている宿へと向かった。


「と言っても小さな村だ。ここにしか宿はないが」

「できるだけ顔を合わさないようにします……」


 向かった先は僕がラインハルト達と泊っている宿だった。そりゃそうかと思いつつも、少し嫌な気持ちになるのはしょうがないだろう。人間だもの。


 宿の主人は僕が別の人と帰ってきたからか、はたまた師匠が人を連れて帰ってきたからか、驚いた顔をしていたがあっさりと通してくれた。

 師匠の部屋に一緒に入ってようやく一息付けた。


「さて……修行をつけるという話だが」

「はい!」

「まずは自己紹介から始めないか?」


 そりゃそうだ。お互いに名前も知らない相手だ。今思えばよく受け入れてくれたなと思うが……。

 空いている木椅子に座り、咳払い一つ、まずは僕から名乗った。


「僕はシーザー・シックザールと申します。女神に選ばれし勇者に引き抜かれて荷物持ちをしてました。所持スキルは【食欲の王】。食べることで常人の2倍から3倍の身体能力向上効果が得られるスキルです」

「なるほど、それを目的に引き抜かれた感じか」

「そうですね……リュックの肩紐以外、剣も握らせてもらえなかったです」

「ではまずは剣の持ち方からだな。さて、次は私の方だ」


 鎧のままベッドに座っていた師匠はジッと僕の顔を見ながら自己紹介をしてくれた。そしてその名は、誰もが耳にしたことがある名前だった。


「私の名はシヴァ。シヴァ・ノクト。巷では【孤高の女騎士】とか【白き闇】とか好き勝手言われている。所持スキルは……多いからまぁ追々な。一番使うのは【霧氷雨きりひめ】かな。触れると凍る氷点下の雨と霧を操るスキルだ」


 その名を聞いて、僕は驚きを禁じ得なかった。


「シヴァ・ノクト……【白夜帝】のシヴァ様とは気付きませんでした」


 【孤高の女騎士】【白き闇】【白夜帝】【死なずの君】【薄氷剣】等、挙げればきりがない程の異名を持つ凄腕の冒険者、シヴァ・ノクト。

 勇者ラインハルトがいなければ魔王を倒すのは彼女だと言われる程の実力の持ち主であるシヴァに何故気付けなかったのかと言われれば、それは彼女の特徴である白い鎧が真っ黒に染まっていたからだった。


「知らずに話し掛けているんだろうなぁとは思っていたよ。まぁ、鎧の色を変えてからはあんまり気付かれないようになったからね。それでも長く滞在すると一部の人間には面が割れてしまうみたいだ」

「何故、鎧の色を変えたんですか?」

「イメチェン」


 特に理由はなかったらしい。まぁでもあーだこーだ言われるのは鬱陶しいものだろうし、鎧の色なんて気軽に変えて良いよね!


「まぁ自己紹介はこのくらいにして……早速だけど私は弟子なんてものをとったことがない。ということはさっき話したね?」

「話してないです」

「あれ? まぁいいや。とったことがないんだ。だからこれといった育成方針はないけれど、君には何か光るものがあったから弟子にしてみた。これから一緒に頑張ろう」


 一緒に頑張るというのは凄く魅力的だ。一方がやらされて、片方は見てるだけというのは凄く不健全だ。

 つまり、僕だけが何かをやらされているという環境がとても嫌だ。だから抜けた。


「あーだこーだ言われてはいるが私も修行中の身だ。共に頑張るというのも、良いんじゃないかにゃ?」

「(にゃ……?)そう、ですね。僕も強くなりたいです」

「……君は強くなって何をしたい?」


 噛んだことは触れない方が良さそうだ。師匠の言葉に疑問を持つなということだろう。

 一瞬で話題が切り替わったのはきっとそういうことだ。そうに違いない。


「あの勇者パーティーを見返したいです」

「復讐……というと言葉が強いが、そんな感じだね。具体的には?」

「まだ考え中ですけど、アイツのメンツを潰せるようなことがあれば積極的にやっていきたいですね」


 我ながら小さいと、陰険だと思う。だが、この目標を達成できなければ僕は僕として生きていけない。

 これはやらなければならないことなのだ。


「その辺も修行しながらやるとしよう。じゃあ荷物を纏めてすぐに出発だ」

「えっ、今からですか?」

「勿論。こんな村じゃ修行はできないからね。私の家に行くよ」


 あまりにも急過ぎて理解が追い付かなかったが、大慌てで、しかしこっそりと自分の部屋に入って着替えの詰まった鞄だけ取り、師匠の荷物の整理を手伝って出立準備ができたところで早速夜の村へと出ていく。


 ふと宿へ振り返る。煌々と明るい窓は一つだけ。ライトハルトのいる部屋だけだ。その窓には肩程の長さ髪を振り乱す影が映っている。

 あのパーティーでセミロングなのは女剣士のレイカだ。昨日はミラ、今日はレイカですか。明日はセツナかな?


「君もああいうのに興味があるのか?」

「まさか。めちゃくちゃありますよ」

「そうか。我慢は体に悪い。とはいえ私を襲えるのはまだまだ先だぞ」

「そんな恐れ多いです。頑張ります」


 僕みたいなのが凄腕冒険者に勝てるようになるまでいったいどれくらいの年月が必要になるだろうか。

 しかしそこに年月か掛けていては僕の復讐も足踏みしてしまう。この燃え上がる気持ちが消えない内にやり遂げないと、一生燻り続けることになるはずだ。

 そんな燻製みたいな人生はまっぴらごめんだ。


 僕は師匠の荷物を持ちながら、前を向いた。


 これから向かうはガラル北端盆地。村から北に真っ直ぐ進み、ガラル山と呼ばれる険しい山を抜けた先にある盆地だ。

 この場所は師匠が自分の足で見つけた場所で、他の誰も知らない場所だという。雪山に囲まれた山の中にも関わらず、春のように暖かくて穏やかな土地らしい。

 だが家を離れると途端に凶悪なレベルのモンスターが闊歩しているというのだから驚きだ。


 そんなおとぎ話のような場所があるのかと不安だったが、それよりも不安なのがド深夜に行われる山越えだ。

 しかも足元は進めば進む程、どんどん雪が増えていく地獄のような山。

 村の周辺は問題ないが、奥地に行けばオークなんかよりももっと強いモンスター共が食い合うとんでもない場所だ。


「行くよ」

「はい!」


 だが覚悟は出来ている。その先の春と復讐を手に入れる為に、僕は気合いを入れて肩紐を握るのだった。

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