「お前みたいな荷物持ちは鞄の肩紐だけ握ってろ!」と言われてムカついたのでこっちからパーティー抜けたった。~その後、師匠の下でめちゃくちゃ修行したら凶悪スキルが生まれました。流石に勝ちです。~

紙風船

第1話 キレちまったよ……

「おせぇよデブ!」


 これが悪口に聞こえる人が大半だとは思うが、これは勇者式朝の挨拶である。皆の大事な荷物を背負って宿屋から出てくると、律儀に毎朝こうして挨拶してくれます。


「ごめんよ……食料が増えたから少し重くて」

「デブは言い訳が得意だな。その食料の半分はてめぇの胃の中だろうが!」

「しょうがないだろ……【食欲の王】の所為で食べなきゃいけないんだから……」


 生まれて10年後に行われる選定式で選ばれた僕のスキル【食欲の王】は食べ物を食べることで通常の人間の2倍から3倍程の身体能力向上効果を得られるスキルだ。

 このスキルのお陰で何が出来るかというと、勇者パーティーである皆の荷物を1人で持つことが出来るようになる。実に5人分の荷物である。


「口ばっか動かすデブは達者だな! 口じゃなくて足を動かせ! 手は肩紐!

「わ、わかってるよ……うるせぇな……」

「なんか言ったか?」

「言ってない」


 流石に勇者ともなれば聴力もご立派だ。何故こうも罵倒されながら僕が彼に付き従っているかと言えば、女神に選定された勇者ラインハルトが冒険者ギルドにいた僕を引き抜いたからだ。

 曰く、荷物持ちにはちょうどいい、と。


 自分で引き抜いておいてこの扱いだ。さぞパーティー仲は悪くなるだろうと思っていたが、存外悪くはなかった。

 ていうか凄く仲が良い。その原因は僕を罵倒することで一致団結しているからだ。まぁよくある構図である。


「あーもう、かったりぃな……なんで俺がオークなんか殲滅しなきゃいけねぇんだよ……」

「仕方ないよハルト。この辺境の村には冒険者が少ない。だから冒険者ギルドを通して王城にまで依頼が来ちゃったんだし、王城から命令されたら勇者が動くしかない。それにオーク相手じゃ放置も難しい」

「わぁーってるよレイカ、んなことは! けど俺は勇者だぜ? 魔王討伐が目的だろうが! クソ……シーザーをパーティーに入れてからだな、ケチの付き始めは」


 無論、シーザーとは僕のことだ。彼に強引に駆り出されてからもう1年くらいか。その間、やってることは国が抱える厄介な問題の解消ばかりだった。


 女神に選ばれた勇者がやるべき目標である魔王討伐は、いつになっても行われていない。


 ラインハルトに寄り添う女騎士レイカはチラ、と僕を見る。何かあるのかと僕も視線を交わすが無言で前を向かれた。なんやねんコイツほんま。


「しゃあねぇな。冒険者ギルド行って受注してくるぞ。行くぞミラ、セツナ」

「わかったわぁ」

「了解」


 当然僕には声は掛からない。付いてくるのが当たり前で自由行動はないからだ。

 声を掛けられた教会の聖職者ミラと東洋の斥候セツナは二つ返事で彼の隣に立ち、並び歩く。

 しかし彼の隣は右か左かしかない。今日のおこぼれはミラだ。彼等の後ろを歩く僕と同じような立場になってしまう日には、それはもう不機嫌になってしまう。


「チッ……」


 僕と勇者達の間を歩く聖職者様が僕を見て舌打ちをする。なーーーにが聖職者だ。汚職者も良い所だ。昨日は散々勇者と性職しまくっておいてこれだ。

 確かに見た目は良いかもしれない。清潔感のある教会の服を内側から盛り上げる巨乳とか、男は好きそうだ。僕も好きだ。

 でもこの性格だ。当然ながら僕の中では嫌いな女に分類されていた。


 他にもレイカは僕をブタでも見るかのような目で見るし、セツナは僕と話すときは露骨に口呼吸だ。臭くねぇよ! ……多分。


 本当にこいつらは扱いが酷い。僕が荷物を持ってあげなきゃ着替えも出来ない癖に。




 そう思っていたらオークの居留地の奥で偶然見つけたダンジョンの最奥で、これまた偶然見つけたスキルを新たに得られるハイレアクラスのアイテムであるスキルブックで勇者が【空間魔法】を習得してしまった。

 冒険者ギルドに戻った勇者は椅子に座り、ご機嫌で僕を足蹴にして笑った。


「いや~実は不安だったんだよなぁ。デブに大事な物を預けるの。これからは俺の空間魔術で大事な物は預かるから、てめぇは捨ててもいいもんだけ背負ってろよ?」

「食料はハルトが預かるからな。つまみ食いは二度と出来ないぞ」

「したことないよ……」

「言い訳するんですかぁ?」

「惨めな豚」

「お前みたいな荷物持ちは黙ってリュックの肩紐だけ握ってればいいんだよ! それ以外は何もするな。あぁ、てめぇのその粗末なモンを握るのも禁止だ。盗み聞きばっかして気持ち悪ぃんだよ!!」


 盗むまでもなく聞こえてくるし、聞かせて盛り上がってるようなクズ共だ。

 寝ても覚めても僕に罵倒ばかり浴びせやがって……僕だって頑張って働いているってのに、何なんだこの扱いは。


 流石に頭に来た僕は、気付けば振り上げた拳をテーブルに叩きつけていた。

 【食欲の王】でブーストされた力は重いテーブルを呆気なくひっくり返し、並べられた料理やお酒は全て宙を舞って床に落ちていった。


 呆気に取られていた勇者はスッと立ち上がり、僕を上から見下ろした。


「てめぇ……どういうつもりだ?」

「……ラインハルト。僕はもう君達の荷物は持たない。今日限りで抜けさせてもらう」

「ぁあ? 勇者が引き抜いてんだぞ。簡単に抜けられると思ってんのか?」

「契約は個人依頼だった。受けたのはこっちだ。僕がギルドに書類を提出すればいつでも抜けられる」


 こんなことになるんじゃないかって、第一印象で思っていた。だから加入条件はこちらで書き換えさせてもらっていた。

 今思えばあの時の自分は最高に切れ者だったと褒めてやりたいところだ。


「空間魔術で全部持てばいいだろう? 明日から荷物持ちは君だ、ラインハルト」

「舐めた口ききやがって……生きて帰れると思うなよ?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 が、気付けば僕は転がっていて、勇者が剣を振り下ろし、そして誰かがその剣を剣で防いでいた。


 横から伸びた剣の所持者を目で追うと、全身を金属鎧で包んだ騎士が、僕を守ってくれていた。


「なんだぁ、てめぇ……」

「見苦しいぞ。勇者ならもっと器を大きくしなさい」


 くぐもった声からは男性か女性かの見当がつかない。だがこの場の誰よりも強いのは理解できた。


「殺すぞ、おい」

「殺してもいいが、目撃者全員を殺さなければならなくなるぞ?」


 周囲には少ないとはいえ冒険者がいる。ギルドの従業員も何事かと顔を覗かせていた。圧倒的不利な状況にいたのは勇者達だった。


「チィッ……運が良かったな、シーザー」

「君にそうやって名前を呼ばれるのも、今日が最後だよ」

「てめぇの所持品、全部置いて行けよ。それは俺の金で買い与えたもんだからな」


 言われなくても持っていきたくない。服だけは僕が自分で買ったものだから全裸は回避された。


「気分悪ぃ。帰るぞ」


 勇者の言葉に女たちは無言で付き従う。騒動の種はギルドから排除されたのだった。


 静まり返った空間で、ようやく起き上がった僕はどうしたものかと周囲を見渡す。誰もが視線を合わそうとしなかった。まぁそうだよな。勇者と揉めたくはないよな。


 しかしそんな僕に声を掛けてくれた人がいた。


「大丈夫か?」

「あっ、はい……!」


 振り返った先にいた声の主は先程の騎士だった。全身を金属鎧で包んでおきながら目にも留まらないあの抜剣、きっととんでもない腕の持ち主なのだろう。


 何故そんな凄腕の騎士が辺境の村にいるのか不思議だったが、それよりも僕の頭の中を埋めたのは、あの勇者を見返したいという気持ちだけだった。


「あの、すみません」

「なんだい?」

「いきなりですみませんが、僕を弟子にしてください!」


 僕の言葉に聞き耳だけはしっかり立てていたギャラリーからどよめきが起こった。


「うっそだろ……」

「あいつ、正気か?」

「相手が分かって言ってんのか?」


 なんだろう、そんなに怖い人なのだろうか。でも僕を助けてくれたし、言葉には理性があった。器も大きい。


 果たしてその返答は……兜を外した騎士から豊かな銀髪が流れ落ちてくる。その先にあったのは性悪女剣士よりも、汚職聖職者よりも、陰口斥候よりも美しい女性の顔だった。


「ふむ……私の修業は厳しいぞ。多分」

「あ、ありがとうございます!」

「じゃあまずは脱退してくるといい。それから食事をして私の宿へ行こう」

「分かりました!」


 得た返事は了承だった。これにまたギャラリー達がどよめいたが、耳に入らなかった。僕がやるべきことは脱退、食事、修業だ。


 彼女から……師匠から強さを学び、いつか勇者に一泡吹かせる。あのメンツ命のラインハルトを打ち砕く。


 ならば最も効果的な復讐は、魔王討伐だ。


 その一心で、僕はギルドのカウンターへと駆けだしていた。

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