第12話 影よ踊れ

 ◆


 流石は僕等の家族、とポーは賞賛する。


 ポーの眼には薄ぼんやりとした中年の男性と青年男性の姿が視えていた。


 ラカニシュに纏わり付く2つの影。



「あの様な姿となっても精神は未だに現世に留まり続けますか。さぞ苦しいでしょう。諦めてしまえば楽になれるというのに。余程悔しかったのでしょうね、根源を奪われるというのは」


 ヌラは怪訝そうな表情でポーを見た。

 ポーの瞳は茫洋と、どこか視線があっていない。


 まぁいいか、とヌラは先ほどのエルファルリの奇襲の一景に思いを馳せる。ポーが奇天烈な男だというのは短い付き合いで良くわかっていた。何が出来るか、それを聞いた後でもヌラにはポーの事がいまいち理解出来ない。


(エルファルリの奇襲は通ったか。一先ずは良かった。あの気色悪い術は相手を知覚していなければ行使できないらしい。あの小鬼は良い線をついていたな。それにしても反則だ。奴は骨の身体を再構築できるにしても限度があるという話だが…)


 ヌラは忌々しげに表情を歪めた。


 異変が封印の地にある以上、エルファルリとしてはラカニシュの封印が解けた可能性もあると踏んでいた。


 だからエルファルリは事前に一行にラカニシュを封印した時の話をしていたのだが、その時ヌラが聞いた話では、ラカニシュの肉体の再構築…再生能力には限りがあるという話であった。


 故に過去、オルド騎士団と帝国軍が協働してラカニシュを封印した際には、この再生能力を削れるだけ削って身動きを封じてから封印を施した。


 だが、とヌラは思う。

 果たして当時と今、どちらが戦力としては上なのだろうか?


 ヌラの勘では当時より今の方が分が悪い。


 それはエルファルリも同意見で、なればこそエルファルリはラカニシュとの戦い方が分かっている自身が単騎で先行し、その戦闘からヌラが攻め手を検討する、というのがとりあえずの作戦とも言えない作戦であった。


 かつてヌラがエルファルリが率いる一党に属していた頃、強敵に対した時には彼女が先行して囮となり、その間にヌラが攻め手を考えるという様な事を何度もやってきている。


 エルファルリは言った。

 ラカニシュとの戦闘は種を理解していなければ非常に危険だ。初見殺しのような手ばかりを使ってくる為、衆寡敵せずの理屈を通すには余程の数をそろえなくてはならない、と。


 ヌラはエルファルリの話を聞き、彼女が出来る事、ポーが出来る事、自身が出来る事、仲間達が出来る事を合わせ、何か策のようなそうでないような、朧気な何かが喉のすぐそこまで出てきているのを感じていた。


(何となく殺り方がわかったような気がする。問題は魔族がどうでるか、だな)


 ヌラは後ろを振りむき、その場に控えている調査隊の面々にいくつか指示を飛ばした。

 その指示は調査隊の者達の一部の表情を蒼褪めさせる。


 もう少し待ったらラカニシュとエルファルリ、更に魔軍が乱れ争う戦場に飛び込むと言われれば顔色を蒼褪めさせるのも無理はなかった。


 1人の銀等級の冒険者が声を荒げる。


「なっ…!俺達に死ねといってるのか!大体、調査じゃないのかよ!」


 これは当然の怒りである。

 調査でそこまでするのは一般的にはおかしい。

 しかしヌラはこの時、1つの非常に不穏な予感を感得していた。


 大きい声を出したその青年に、ヌラは色の無い視線を向ける。ゴミを見る目…ではないが、その寸前だ。その青年の怒りはヌラにも理解は出来るのだが、こう言うときに自身の命を平然と賭けのテーブルに乗せられないようではガキの使いも同然だという思いがヌラにはあった。


 だが、一応は説明しておこうとヌラは口を開いた。青年は運がいい。危急の場で上位者の言に逆らうならそこで殺されてもおかしくはない。

 だがヌラは元金等級だが、現役の頃から比較的まともな人間性を保っている。ゆえに青年は命拾いをした。これは中々珍しい事なのだ。


「調査さ。異変があるかないか、そして異変があるならば危険か危険でないか、そして危険があるならばその場で排除できるか出来ないか…調査ってのは問題をこうやって腑分けしていくんだ。排除できるならばしたほうがいいが、今回は無理だ。お前もそう思ったから怒っているんだろう。だが、排除出来ないなら出来ないで、出来るようにする為の目処を立てておかなきゃあならないんだ。調べてきました、何かヤバそうです、手に負えなさそうです…そんな仕事で報酬は貰えねえよ。奴等の手札の1枚、2枚は見ておかねえとな」


 それをきいた青年は、それでもまだ納得がいかない。


「だからってよ…。だったら奴等が潰し合うのを見てればいいじゃねえかよ…」


 それは道理だ。


 ヌラは言って分かるとは思えないが、と一応説明を続けようとしたが、不意に何か戦況が動く予感がして丘下を注視し、あ、と声をあげた。


「随分と決断が早いなあの魔族。エルファルリごと殺る気だ。仕方ない。おい」


 ヌラが先ほどの青年に声をかけた。


「お前は下に来なくていい。だが2、3人連れて街に戻って帝国軍をつれて来い。魔族っぽいのがいる事、封印が解けてる事は伝えておけよ」


 ヌラの勘は対峙するラカニシュと魔軍をみた瞬間に1つの結論を予期させた。


 それは、このまま放置してしまえばやがてラカニシュは魔軍の大半を取り込んでしまうだろう。そうなれば、もはやラカニシュを打倒する事は叶わなくなる。なぜ叶わなくなるのか、その詳細な理屈はヌラにも分からない。


 勘だ。


 少なくとも、ヌラ達と街で待機する帝国軍だけでは戦力が足りない。


 これも勘だ。


 それどころか北方は壊滅に等しい打撃を受けるだろう。


 これも勘である。


(全て勘だ。しかも現役から離れた斥候の。だが)


 ヌラがそう思うと、それまで黙っていたポーが口を開いた。


「貴方の判断は正しい。彼は、ラカニシュは生者を全て彼の考えるへと導こうと考えていますからねぇ。導けば導くほどに、ラカニシュは根源を満たされ、その力を強めていく。…なんだ、まだまだ全然現役でやれそうではないですか」


 ポーが爽やかな笑みを浮かべてそういうと、ヌラは首をふりながら


「いや、俺は門番でいいよ。冒険者は向いてないんだ」


 そう言って、まるで散歩でも行くような調子で丘上から飛び降りた。


 ◆


 エルファルリは天頂から降り立ち、ラカニシュを一刀に両断すると片足をあげて地面を強く踏みつけた。


 するとまるで小型の爆弾を起爆させたかのように大地が爆ぜ、雪煙が起こる。


 両断されたラカニシュはエルファルリを見失い、骨の術で彼女を対象に取る事が出来ない。

 ならばとラカニシュは骨の指を組み合わせて何事かを呟いた。


 ―――肉、伴う害意…其れを振るう、法を禁ず


 エルファルリの意気は灼熱し、頭は凍える程に冷め切っている。


 ラカニシュの呪言を耳ざとく捉えた彼女は再び足を振り上げ、今度は大地を蹴り上げた。


 爆発的に膨れ上がったエルファルリの大腿筋から送り出されるエネルギーは正しく彼女の足甲に伝導し、抉り飛ばされた大地が岩弾と化してラカニシュを襲った。


 彼女の“強み”は脚にある。


 オルド騎士というのはそれぞれに“強み”を有し、それが彼等の精強さの理由の一因であった。

 これだけは誰にも負けないという絶対的な自負が世界の法則に干渉するのだ。


 既にオルド王国は存在しないが、もしまだ王国があったのならば、これは或いはオルド式魔術とでも名付けられたのかもしれない。


 ◆


 ヒルダは一瞬困惑し、しかしこれを忌々しい眼前の存在…ラカニシュにとっての奇禍だと捉えた。


「敵の敵は味方…とはいわぬ。果てた後ならば幾らでも私を卑怯と罵るがいい」


 ヒルダは魔将の中で、というより魔族全体の中でも比較的理性的な方だが、それでも魔族と人間が共闘するなど考えられなかった。

 彼女にとっては敵の敵は別の敵でしかないのだ。


 ラカニシュとエルファルリが交戦しているのをその視界に捉え、ヒルダは氷の大剣を横薙ぎに構える。


 常識的に考えてとても剣が届く距離ではないが、ヒルダは当然届かせる手があるからこそ構えを取ったのだ。


 横薙ぎに構えられた大剣は瞬く間にその剣に氷を纏い、その氷は剣の先へ、その先へと伸び…

 その長さはもはや剣というには長すぎ、槍というにも長すぎた。


 既にヒルダの大剣は20メトルを優に超える大長剣と変じている。


 それを一息に横薙いだ。


 伸長した氷刃は鋭く、大気を引き裂き、一陣の絶死の凍風となってエルファルリ達へと襲い掛かる。


 ◆


 後背で膨れ上がる殺気を感得したエルファルリはしかし、そのままラカニシュと交戦を続けていた。


 彼女が放った岩弾はラカニシュに激突し、ラカニシュは辛うじてそれを腕で受け骨片を散らしながら後ずさる。


 体勢を崩したのだから通常ここは畳み掛けるべき場面である。しかしエルファルリは見に徹した。


 彼女は過去の交戦の記憶から、ラカニシュが受けに長けた術師だと知っていたからだ。


 そして、後背からの殺気を放置する事に抵抗はない。なぜなら


(ヌラが居る)


 エルファルリとヌラは一時期同じ徒党にいた。

 故に彼女はヌラの実力を知っている。


 ◆


 果たしてヒルダの横薙ぎの一撃は、氷刃の刀身の半ばをすっぱりと断ち切られた。


 ヒルダは当惑も困惑も表情に出す事はなく、音も無く目の前に現れたヌラを睨み付ける。


(どこから現れた)


(いや、そもそも奴はここにいるのか)


(目の前にいるのに、気配がない)


 その時ヒルダは背後に殺気を感じた。

 雄々しさもない、激しさの欠片もない、整った殺気。


 ヒルダは無言で振り返り、大剣で背後を斬り付ける。眼前の姿は幻影かなにかだと判断したからだ。


 防がれるにせよかわされるにせよ、何らかのアクションがある事を確信していたヒルダは今度こそ当惑を隠しきれずに居た。


「なに?」


 なぜならそこには誰も居なかったのだ。

 そして、ヒルダの直ぐ背後…つまり彼女が幻影だと見做した姿が投影されていた方向から密やかな声が聞こえる。


 ――ここさ


 声はヒルダの耳元から聞こえてくるようであった。

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