第10話 調査隊は見た

 ◆


 調査隊の隊長はエルファルリである。

 現役の金等級というのはやはり大きい。

 ただ、当然向き不向きはあるわけで、エルファルリより下級の者であっても調査任務に限っては彼女を凌ぐというものだって少なくは無い。


 だがその辺の事情はヌラがサポートに入る事で解決した。


 彼が元々エルファルリの団の一員であったという点にくわえ、何より彼はかつて金等級の斥候職だったからだ。


 現役時と比較して腕は鈍ったかもしれないが、多少衰えた金等級と現役の一般的な銀等級であるなら前者が勝る。


 それにエルファルリが“まとも”な金等級である事も幸いした。

 黒金等級を除けば金等級というのは冒険者でも上澄み中の上澄みではあるが、その多くがやや尖りすぎているきらいがある。


 簡単にいえば彼等の多くは戦闘でこそ頼りにはなるものの、調査依頼などといった堅実さを求められる依頼ではポンコツも良い所…という事が決して少なくないのだ。


 というわけでエルファルリが率いる調査隊は封印の地で一体何が起きているのか、その調査に出向く事にした。


 情報収集が第一で調査隊が直接に事態を解決するというのは仕事のうちではない。

 まずは情報を持ち帰り、解決に武力を必要とするものであるならばそれをもとにシュバイン・バリスカ伯率いる帝国軍が出向く流れとなっている。


 ◆


「冷たい湿気です。これは気温の低さとはまた別種の寒さだ。この湿気は水気、あるいは氷気を伴う強大な魔術が近くで使われたという事です」


 暫く歩いていると不意にポーがそんな事を言い出した。エルファルリ達は黙って先を促す。ポーが口に出した事はある程度場数を踏んだ者なら皆が知る事であったからだ。


「強大な魔術と言いましたが、しかし、骨にまでしみこむほどの寒気を広範に撒き散らすほどの術と言うのはあまり聞きません。というより、魔術というのはある程度ガワが完成されているのです。こういう“お漏らし”があるのは術者がよほど魔力の制御が苦手なのか、あるいは…そもそも魔術ではないという事。つまり、魔法です」


 エルファルリが同行する術師をちらと見ると、その術師…モロウは頷いて答えた。


「俺もそう思う。魔術よりは魔法に近い。大きな魔法はそれこそ数キロメルに渡って痕跡を残すそうだ」


 モロウはエルファルリの団に所属する銀等級の術師だ。魔導協会所属、3等級術師モロウは阻害を中心とした術を得意とする。


「ラカニシュは魔術師だ。つまり現地にはラカニシュ以外の脅威が存在するという可能性がある。とはいえ現時点ではそれも可能性の1つに過ぎない。このペースなら2刻も進めば現地へたどり着くだろう。だが到着前に何が起こらないとも限らない。警戒を厳にして進もうか」


 エルファルリの言葉に冒険者達は応だのああ、だの首肯だの、各々返事をして一行は再び歩を進めていった。


 ヌラはそんなエルファルリの後姿をじっと眺めながら一行に同道していた。

 一見エルファルリは冷静さを保っているようには見える。


 ――擬態だな。グツグツと煮立ってやがる


 エルファルリの押し殺した怒気、その爆発の兆候をヌラの勘が嗅ぎ取った。


 心の底から激した相手に対して冷静になれ、落ち着け、何かあったら相談しろ…そういう言葉の殆どが無意味なものである事をヌラは知っている。だから彼はエルファルリに声をかける事はなかったが、頭の中では彼女が檄し、暴走したときにどうするかを思案していた。


 その時エルファルリが歩を止め、ヌラのほうを振り返って言った。


「“その時”は私を囮にして退け。いいな?だが一応言っておくが私は自分を抑える自信もなければ、抑える気もない」


 そうか、とヌラは頷いた。

 むざむざ死なせるつもりはなくても、万が一はいつだってある。

 調査隊の面々8名がそろって全滅ということも

 ありえるのだ。


 “その時”、納得づくの一人が囮になって他の者達が助かるなら…


 ――良いのか?本当に?


 ポーがそんなヌラを興味深そうに眺めていた。


 ◆◆◆


 不死者に対して氷結術式は相性が悪い。

 これは言うまでもないが、何も氷結させる事だけが氷術者の能ではない。


 氷塊で、氷槍で、乱舞する氷の欠片による切断攻撃で、要するに質量攻撃を以って圧殺してしまえばいいのだ。


 だがまさにこの明確な解答がヒルダリアを窮地に押しやっていた。


(なぜだ!なぜ攻撃した我等が傷つく…いや、まて、先程の奴の言葉…)


 ――血肉、通わぬ、法を禁、ず


 その瞬間、ヒルダリアの両眼がカッと見開かれた。気付きが電気ショックとなってヒルダリアの脊髄を直撃したかのようだった。

 ここへ来てヒルダリアはようやく気付いたのだ。


『お前等!魔法を使うな!直接、奴の身体を引き裂いてやれ!』


 それが言えればどれだけ楽か。

 ヒルダリアは歯噛みした。


 これからこのように殺しますよ、といわれて備えない敵などは居ないからだ。


(しかし手詰まりか、魔法は使えぬ。寄れば骨。いや、だが待て。魔封じの対象に奴自身は含まれてはいないのか?)


 ええい、わからんとヒルダリアは剣を構えて突進し、術を使う事なく力任せにラカニシュを叩き斬った。


 ◆


 柄を握る手に伝わってくるのは、小枝を斬ったような感覚であった。


 ヒルダリアが振るった大剣はさしたる抵抗もなくラカニシュの左腕を切断する。


 本来ならば袈裟に胴を切断する軌道であったが、ラカニシュが腕を犠牲に後方へ逃れたのだ。


 しかし大いに体勢を崩したラカニシュを、ヒルダリアは追撃しなかった。

 その代わりに、ある種の予感…良性のそれと悪性のそれが複雑に交じり合った予感を抱いた。


 追撃を仕掛けるべく肉薄する部下を横目で捉えたのを確認し、ヒルダリアはちょっとした風の魔法を放つ。


 それは相手を傷つけるというより、少し後方へ押し出す程度の風を発する魔法であった。


 その魔法はラカニシュへ正常に作用し、ラカニシュの体勢の乱れはもはや決定的な隙として晒された。


 本来ならば部下と共に止めに掛かるべき場面だが、ヒルダリアはその場を部下に任せ、自身はむしろ切迫さすらも窺わせる様子でその場を離れる。この判断は悪性の予感に従ったものだ。


 果たして、ヒルダリアが感じていた予感は的中した。肉薄した部下達はいずれも肉体の内から骨が肉、皮膚を突き破って隆起し、果てたからだ。


 いや、死んではいない。


 ヒルダリアの部下達は彼女の価値観では決して“生きている”とは見做しがたいグロテスクな様相でその場に硬直していた。


(さて、いくつか分かった事がある。犠牲に見合ったものであるといいが)


 ・

 ・

 ・


 魔法にも魔術にも言える事だが、異なる2種ないしそれ以上の数の神秘を同時に顕現させる事は非常に難しい。


 それは例えるならば極々スタンダードな性癖を持つ者が2人以上の対象に同量の恋情を抱く事に等しいからだ。


 それが出来るものもいるだろうが、多くの場合は虚偽が混じるだろうし、なによりそれを維持し続けることはできないだろう。

 きっと疲れてしまうはずだ。


 ましてやラカニシュが簒奪した2種の術は言ってみれば1つの世界そのものを術に落とし込んだようなものであり、並列して使用するなどということは出来ないのだ。

 術の概念に自我はないが、あえていうなら連盟員の術というのは非常に我が強いといえる。


 獅子は己の爪や牙で獲物を引き裂く事に疑問を抱く事はないだろう。出来て当然だとすら思っていないに違いない。


 なぜなら強者は強者として産まれ出でるからだ。

 鋭い爪も牙もない草食動物の気持ちなど考えた事もないだろう。


 魔法なり魔術なりも同じだ。

 ヒルダリアは生来が剣士としての気質を持つため、術の理、魔法の理というものに詳しくはない。


 確かに彼女は強大な魔法を使う事が出来るが、それは強者の論理により放たれている。


 ゆえに背反する神秘は両立しえないか、あるいは非常に両立させづらい事をヒルダリアが理屈で理解していたとはとても言えないが、彼女が脳筋気味に選択した行動が結果的にはラカニシュを傷つける最適解であった事は彼女にとって幸運であった。


 ◆


「そこまでだ。これ以上近付くと悟られる。魔族、それと大量の死体…死体か?まだ動いているような…そして魔術師…のような格好をした骨…不死者か。化物と化物が喧嘩か、共倒れになってくれればいいんだけどな」


 ヌラが一行を制止し、小高い丘のような場所の影で状況を説明した。


 一行の視線の先には理解しづらい光景が広がっている。


 それをみたエルファルリの顔からはすっぽりと表情が抜け落ち、その様に気付いた彼女の団に所属するとある前衛剣士は嗚呼ッと顔を手で覆った。


「姐さん、キレてるよ…」


「だな…おい、エルファルリ。状況は見たし、退かないか?あとは帝国軍に任せよう」


 どうせ無駄だと思いながらもヌラは提案するが…


「お前達は戻れ。私はいく」

「お断りします、僕は彼に用事があるんです」


 エルファルリとポーの言葉が重なり、嗚呼ッとヌラもまた手で顔を覆った。

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