第9話 ポーの同行

 ◆


 冒険者達からなる調査隊が封印の地へ派遣される運びとなった。


 そこには元金等級冒険者にして現バリスカ伯爵邸の門番であるヌラ、金等級冒険者にして旧オルド騎士エルファルリ、そして自称連盟術師ポーの名前もあった。


 ヌラは冒険者ではないのだが、バリスカ伯爵に無理矢理ねじ込まれたのだ。


 銀等級冒険者のユラハは街で留守番である。

 これは足手まとい云々という問題ではなく、ユラハの長所と短所がない事という特性による。

 偵察も戦闘も調査系の任務でも、とにかく苦手な分野というものがない。


 仮に街を何らかのトラブルが見舞った場合、それがどういうものであれユラハが手も足も出ずに対応出来ない…と言う事はないであろう。


 トラブルとは何も外敵の襲撃だけではないのだから。


 ………というのがヌラやエルファルリがユラハに説明した表向きの理由だ。


 ヌラとエルファルリの冷徹な部分はユラハが戦力として換算するにはやや不足がある、と見た。

 だから置いていくための理由を捻りだしたというわけだ。


「お母さん!ヌラさん!どうしてですか!?私はもう子供じゃないんです!こんな扱いされる謂れはありませんッ!私もいきます、良くないモノがいる…それくらいは私にだって分かりますけど、私だって役に立てるはずですよ!」


 激発する感情がユラハの白い頬に怒気の朱を化粧し、ヌラは彼女の頭から湯気が立ち昇るのを幻視した。


 まぁまぁ、とエルファルリの団に所属する冒険者、銀等級のジンボがユラハを宥めようとするも意味を為さなかった。


「足手まといって言うわけじゃない。むしろ居てくれた方が助かる。ただ、厭な気配はあそこだけから感じるわけじゃないんだ。街を飲み込んで、この辺一帯から厭な気配がする。俺は現役を退いて勘が鈍っているが、そんな俺でも分かる程度には良くない。まあ万が一があってこの街を何かが襲ってきても、バリスカ伯爵や帝国軍がそれをみすみすと見逃すはずは無いから大丈夫だと思うが…でも彼等は逃げることができないからな」


 ヌラが言うと、ユラハは小首をかしげた。


「分からないか。仮に危機が冒険者や帝国軍にも対応出来ない程のものであっても、帝国軍は街を見捨てて逃げることができない。帝国領土を外敵が襲撃して、街を護るべき帝国兵が逃げ出したならそれは皇帝の権威の失墜にも繋がるからな。そしてそう言う危機が街を襲った時、調査隊もまた壊滅かそれに近い状態になっているはずだ。ここまでは分かるな」


 ヌラの言葉に不承不承といった様子でユラハは頷いた。道理であるからだ。


「そんな時は誰かが状況を外に伝えなきゃいけない。それは身軽な冒険者、つまりユラハ達留守番組の仕事だ。だから頼むよ」


 ユラハは盛大に口をへの字に曲げ、鼻をぴくぴくさせたあと、更に瞼が痙攣し…そしてようやく納得した。


 彼女にもヌラの言う言葉に理がある事はわかってはいるのだが、感情がどうにもついていかなったのである。


 だが感情論を押し通して良い状況でもないという事も理解しているので、不承不承頷いたというわけだ。


「お話は済みましたか?さっさと向かいましょう。これ以上長引くならば僕1人で向かいますよ。僕の耳は特別製でね、この距離からでも僅かに聴こえるのです。手酷い裏切りへの報復を求める声が、愛すべき祖国を穢した邪悪への誅罰を求める声が、ヒソヒソザワザワと聴こえるのです」


 話に乱入してきたのは酷く陰気な雰囲気の青年だった。

 ヌラは胡乱な目で青年を見遣る。


「あんたは…確か、ポー。だったな。あそこに何がいるか分かるのか?あの黒い雲はなんなんだ?それに、空の色が妙だ。何が起こっている」


 ヌラが問うと、ポーは頷いた。


「物の本にあります。あの黒雲はかの果ての大陸より魔族の尖兵を運ぶ一種の転移門。アレが顕れたという事はすなわち、人と魔が再び相争わねばならない時が来たという事です」


 ――人魔大戦


 ――そんな馬鹿な!だって魔王は勇者が


 ――中央教会が果ての大陸の監視をしているのではないのか!?


 にわかにその場が騒がしくなるが、ポーは意に介さぬ様子で更に言葉を紡いだ。


「ですがね、僕が気になるのは魔族ではないのです。あの地に眠るモノについては皆さんも知っているでしょう?封印の地、そこに眠るのはかつてオルド王国を脅かした邪悪。しかし、オルド騎士と帝国が手に手を取り合い、これを滅する。死してなお瘴気を放つその遺骸を、かの地に永遠に封印した…そう思ってるんでしょう?」


 それは違うのです、とポーは言った。


「当時、オルド騎士とは超人の代名詞だったと聞きます。そして帝国もまた軍備拡張の過渡期にあり、保有する戦力は現在とは比較にならなかったそうですが…それらをもってしてなお滅ぼしきれなかったのです。命の冒涜者、『灰色の永遠』、『パワー・リッチ』ラカニシュを!恐らく、あの地には彼がいますよ。勿論目覚めた状態でね。怖いですか?不安ですか?ふふふ」


 ポーは鬱蒼と笑う。

 その笑い声はギルドのロビーに暗く響いた。


 ヌラが眉を顰め、ポーに何かを言おうとした時、ポーの胡散臭い笑みは鳴りを潜め、その顔にはあらゆる負の感情が凝縮したがゆえの無表情とでも言うべき虚無が浮かんでいた。


 ギルドのロビーに居た全ての者達は、自身の汗腺に冷たい鉛を詰めこまれたかのような錯覚を覚える。


「でもね、当時彼等がラカニシュを滅ぼしきれなかったのは、そこに僕がいなかったからです。当時僕は連盟の術師ではありませんでしたからね。僕はポー。連盟術師ポー。ラカニシュ…彼にもそろそろ歴史からご退場願いましょうか」


 それだけ言うと軽い足取りでポーはギルドを出て行く。得体の知れない重圧感は綺麗さっぱりと消え去っていた。


 しばし呆気にとられていたヌラはエルファルリを見遣り、俺達も行こうか、と声をかけると彼女は静かに頷く。


 ヌラは平静に見えるエルファルリの瞳の奥に、ドロドロに煮えたぎった灼熱する激情を見た。


 ラカニシュの名は旧オルド騎士であるこの老女にとっても特別な名前だ。

 なにせ彼女の夫はラカニシュに殺されているのだから。

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