第2話 連盟術師ポー

 ◆◆◆


 レグナム西域帝国、旧オルド領。

 北都オルディア。

 その一角にバリスカ伯爵家の屋敷がある。

 ヌラはその門番だ。


 年の頃は30代の半ばか。

 中肉中背、黒い短髪、肌の色は白くもなく、黒くもない。

 目は細く、鼻はでかい。

 やや陰の気が強く、押し出しが良い男とは言えない。


 貴族の屋敷の門番とはある意味でその貴族家の看板のようなものだ。

 多くの貴族は見目優れたる者を採用する。

 ヌラの如き男は普通は忌避されるのだが、バリスカ伯爵家は大いに面子を保っていた。


 というのも、ヌラは元がつくが金等級冒険者であったからだ。彼の容姿を嗤う者はいても、実力を侮る者はいない。

 細い眼の奥、小さく黒い瞳から仄立ち昇る不穏さはある程度腕に覚えがある者ならば誰でも気付く。


 元金等級冒険者、『踊る影の』ヌラはある日突然冒険者を辞めた。まあ本人の中ではある程度理屈は通っていたのだが、周囲の者達は驚愕した。


 金等級冒険者と言うのは冒険者の中でも上澄みだ。

 この上には黒金級しか存在しない上に、その黒金級冒険者と言うのはイム大陸全域に散らばる冒険者全体でも僅か3名しか存在しない。金等級というのは実質最上級冒険者であるといっても差し支えないのだ。


 金等級冒険者ともなれば、これは下位貴族にも比する権益を有する。


 その気になれば危険な事をせずとも、各所へ口を利いたりするだけで生活する事が出来るであろう。

 勿論、そういった生活を送るには日々の生活による信頼の積み重ねがモノを言うが。

 いくら金等級であっても自堕落な生活に入り浸っているようではだめだ。

 例えば稼いだ金を全部女に突っ込むというような者は身体を動かして金を稼ぐしかない。


 ともあれそういった社会的立場をヌラは自ら捨て、門番風情に収まってしまった。

 これはグラスに満ちる清水を地に打ち捨て、泥水を注ぎなおすが如き所業である。


 だが、ヌラにはヌラなりの理由があった。

 理解されるかどうかはともかくとして。


 ヌラはいわゆる責任と言うモノの重みに耐え切れなくなってしまったのだ。


 ◆◆◆


 ある日ヌラはかつての仲間から吞みに誘われ、この街でもそれなりに高級な店でグラスを傾けながら鋭い目つきをした壮年の女冒険者と話をしていた。


 年の頃は60を超えている。

 しかし全身に充満する魔力が彼女に忍び寄る老いの手をペシンペシンと叩き落としている為、とてもとても60過ぎの老女には見えない。

 多く見積もっても40やそこらといった所だろうか。


 長年の雪焼けで黒く焼けた肌はまるで黒金剛石の如き輝きと艶を放ち、暗く紅い瞳に見つめられれば心身を余す事なく掌握されたかのような被支配的な感情を抱く。

 黒く長い髪の毛はまるで高級な絹のようななめらかさではないか。60ともなれば白髪に覆われてもおかしくは無いはずなのにだ。


 しかし彼女を見た者はそんな魅力的な容姿から性的な欲望を励起させられる事はない。

 彼女はまるで一本の漆黒の大剣のようであったからだ。

 美しい、しかし不埒に触れれば一刀両断されかねない凶の気配。


 ヌラはそんな妙齢の熟女をねっとりした目でみやっている。

 性欲由来の粘着質な視線ではない。

 疑惑の視線だ。

 ヌラは眼前のこの女性から数度に渡って冒険者復帰を要請されていた。

 ヌラにとっては迷惑な話ではあるが、その度にタダ酒を振舞われるとあっては誘いに応じないわけには行かない。


「ヌラ。そんな目をするのはよせ、私とてお前が団に戻る気がない事は知っている。確かにひょんな事からお前の気が変わり、再び団に帰ってきてくれる事を期待していないといえば嘘になるが、今日私がお前を酒に誘った理由は、単に友人として酒を共に吞みたかったからに過ぎん」


 熟女…エルファルリは元騎士であった。

 旧オルド騎士、『土枷』エルファルリ。

 だがエルファルリが属していた国は既にない。


「そうかよ。まあただ酒だってんならありがたく頂くがね。それにしてもエルファルリ、あんたは相変わらず堅苦しいな。オルド騎士っていうのは皆あんたみたいに厳しい連中ばかりなのか?」


 ヌラが薄く笑いながらエルファルリに問う。


「…そうだな…今も生きている同胞は、ああ、皆私のように堅苦しいかもしれん」


 エルファルリは苦笑しながら答えた。

 オルド騎士とは合理で構築された血も涙も無い殺戮マシーンであった。


 戦略面ではまるで鈍いが、戦術面ではイム大陸屈指の有能さを誇っていたといえる。


 個人個人が卓越した剣技、術技、体術を誇り、己の命のみならず友人、恋人、果ては家族の命までもチップとして平然と盤上に投げ出す。


 局所的な戦闘においてオルド騎士は卓越した殺戮本能を発揮し、求められた目標を必ず達成する。


 とはいえ、目標達成を第一とし、向後の事を一切考えないため損耗も激しい。

 戦略面でまるで鈍いというのはそういった犠牲を考慮しない点に大きく由来する。


 オルド騎士はオルド騎士という精密殺戮生物であって、人間ではなかったのだ。皮肉にもオルド王国の崩壊はそんな彼等を騎士という生物から人間へと戻した。


「それよりどうだ、門番は務まっているのか。お前の事だから問題はないのだろうが。私達はお前の勘働きに随分と救われてきた。お前が門番として立つならば、バリスカ伯爵家に二心あるものは一歩も踏み入る事はできないであろう」


「どうだかね、言われた事を言われたようにやるだけさ。だが最近じゃあすっかりその勘働きっていうのも鈍っちまったよ。斥候としては死んだも同然だな。でも気楽でいいぜ。あれをしろこれをしろと指示されてな、選択への責任ってのを持たなくて済むんだ。あんたらと冒険してた頃は楽しかったぜ?でもある意味で俺には重荷だった。なぜなら俺の決断が俺の命だけじゃなくてあんたらの命まで損ねかねないからだ。嗤うなら嗤え。俺は仲間がくたばる所を見て、すっかりビビっちまった腰抜けだ」


 カラカラとグラスの中で氷をまわしながらヌラが言った。琥珀色の液体が氷に絡み、光を反射する。黄金色の光の反射は、まるで往時のヌラの前に広がっていた栄光の残光の様だった。


 門番の仕事は簡単…とは言わないが、要するに不審者が屋敷の敷地内に侵入するのを防ぐ。ただそれだけだ。

 客人があれば先触れがあった者ならば通し、無い者ならば通さずに屋敷の者に尋ねる。通す許可をもらったならば通し、もらえなかったならば通さない。


 仮に不審者がヌラより手練であった場合、ヌラは殺され、場合によってはバリスカ伯爵家の家人も犠牲になるだろう。しかしそれはヌラの決断、選択による結果ではない。不幸な事故である。


 ヌラの脳裏を1人の青年の姿が過ぎった。

 弟のような、弟子のような。

 陽気で人懐こく、物覚えがよかった。


 ――筋が良い


 そう考えた当時のヌラは、青年を手づから鍛え、可愛がった。


 しかしその青年は死んだ。

 ヌラの判断ミスだ。

 魔物化した熊に殺されてしまった。


 魔物化とは野生動物が魔力の扱いを何かの拍子で知る事で、元々備えていた特性を極めて攻撃的に変異させるという現象である。


 例えば狼が魔物化したならば、その牙は鋼鉄の鎧すらも食い破るようになるだろう。


 熊とはあれでいて野生動物の中で最も知能が高い。

 猿ほどには器用ではないため道具を使う事はないが、それは知能ではなく身体的な理由だ。

 魔物化したともあればその賢さにも磨きがかかり、危険度はいや増す。当然オツムがよくなるだけではない、身体能力にも磨きがかかり、竜種に匹敵する危険性を備えるようになる。


 ともかくも、それ…青年の死が直接原因ではないものの、ヌラが冒険者を辞めた一因であった事は間違い無い。


「…ヌラ、思い出しているのか」


 エルファルリがつぶやいた。

 何を、とは言わない。

 お前は腰抜けではない、とも言わない。

 殺伐としたこの世界を生きるにはヌラは少々優しすぎたというのはエルファルリの本心でもある。


「さあなぁ」


「そういえば娘が会いたがっていたよ」


「そうかい」


 ヌラの声が酒場の喧騒に溶けて消えた。


 ◆◆◆


 ある日、ヌラは仕事の後に一人で酒場に繰り出していた。

 先日エルファルリと共にいった店ではない。

 ヌラは酒が好きだが、門番の給料と言うのは決して高くはない。特別な日でもない限り散財は控えるべきであった。

 つまり安酒場だ。


 ぐるりと首を回し、周囲を見渡す。

 見知った顔がいくつか。

 見知らぬ顔もいくつか。


 柄が悪そうな連中が笑顔を浮かべていたり、憂鬱そうにしていたり、なにか悪巧みしていそうなツラをしていたり。


 要するにいつもの酒場の様子であった。


 ヌラはいつも通りに周囲の話に耳を澄ませる。

 これはヌラに染み付いた職業病みたいなものだ。

 街の種々雑多な噂などから“使えるモノ”を拾い上げる。

 斥候の仕事の1つではあるが、今ヌラが周囲の声を拾い上げているのは職務云々は関係なく、単に染み付いた癖の発露である。


 ◆◆◆


 ヌラは冒険者時代は斥候という役務であった。

 これは言ってみれば一党の露払いだ。

 事前に危険を察知し、それを払う。

 また、強敵と対峙した際には機動と惑乱をもって戦いの主導権を自身の側へ引き寄せ、勝率の上昇を図る。


 一党のリーダーであったエルファルリは心技体揃った女だが、その技能の大部分は闘争に寄っており、情報をあつめたり危険を察知したりといった事は苦手としている。

 ヌラは一党の屋台骨を支える為に大いに寄与したものだ。


 とはいえ、ヌラの戦闘能力が低いというわけではない。

 ヌラの二つ名、『踊る影』とは彼の極めて危険な側面を言い表したものだ。


 当たり前の話だがこの世に在るものは皆影を持つ。

 影はどんな時もその存在に寄り添っている。

 だが一度戦場にヌラが現れたならば、その影が途端に踊りだし、殺意を以って斬りつけてくるのだ。

 ヌラの敵対者は己の影をすら信じられず、常に背後を警戒しなければならない。

 しかし警戒してなおヌラの刃はその者の背を穿つだろう。


 要するにヌラという斥候は現役時代、背面奇襲の妙手としてその名を轟かせていた。


 それほどの名手が伯爵家とはいえ、屋敷の門番とは違和感を感じるものの、これは極々普通に職業安定所で見つけたから応募したに過ぎない。


 ちなみにレグナム西域帝国の完全失業率は非常に低い。

 不具者であろうと高齢者であろうとなんであろうと、やろうと思えば何かしらの仕事は出来るものである。それがどれ程に平易なものであろうと仕事は仕事だ。


 レグナム西域帝国の政治方針として、身体が動くならば、あるいは身体が動かなくとも、各々に出来る範囲での仕事をすべし…というものがある。

 国を挙げて失業率の低下に努めているというわけだ。


 だがいくら国是とはいえ、ここまで低い失業率にはなにか種があるのではないだろうか?

 勿論ある。


 帝都ベルンの帝国臣民は極めて勤勉に日々を過ごし、仕事を失ったとあれば再就職へ向けて就職活動をする。

 帝国も国の施策の一環として職業安定所を通じて失業者たちを支援する。


 仕事をせずに国からの支援を貪ろうという帝国臣民などはただの1人もいなかった。

 なぜならば帝国臣民は平時、その深層心理下において極めて繊細な、そして自覚し得ないくらいには低い程度で洗脳の影響下にあるからだ。

 帝国臣民は皆勤労、勤勉をなによりの美徳として日々を暮らす。

 そこに疑いを持つ事はない。


 当代皇帝である愛廟帝サチコは帝国国土全域に及ぶ超広域の術式を常時起動していた。


 有事には帝国国民全てが死を恐れぬ戦士と化すという洗脳系統でも最上位に位置する術だ。

 勿論条件はある。


 それはレグナム西域帝国の正規の国民であり、そして皇帝への忠誠心を欠片でも持っていなければ術は影響を与えない。


 また、強い魔力を持った者も洗脳の強度が低い内は抵抗が出来る。あくまでも一般人を狂戦士とする術式なのだ。

 これを弱者の自由意志を搾取する唾棄すべき術式だと吐き捨てた者もいたが、これが恐るべき術式である事に変わりはない。


 ◆◆◆


 ヌラの耳は店内で話される様々な噂話をとらえる。


「帝都ベルンで第2騎士団が団員募集をしているらしいぜ。ジグラド騎士団長直々に入団テストをするんだとよ。陽典教会の癒術師も何人か呼ばれているそうだ」


「ジグラド騎士団長は厳しい人だもんねえ…癒術師がいないと死人がでちゃうわよね…」


「女性冒険者の地位向上運動ってなんだろうな。他所者か?冒険者に男も女もあるかよってんだ、なあ?」


「魔導都市エル・カーラで実験事故が起こったんだって。魔塔が一基崩壊したそうよ。ギルドで瓦礫の搬出の仕事を募集してたわ。払いはいいけど往路だけで馬車で3日は遠すぎるわよ…」


「嗚呼、今日は沢山働いたなあ。明日も沢山働くぞ!俺は沢山働いて過労で死ぬんだ、帝国の礎となるんだ!ジーク・カイゼリン!」


「ああ、厭な予感がする。本当に厭な予感だ…世界が終わる…それは最高の不幸だ…世界が終わっちゃうんだ…ふふ…問題は僕もそれに巻き込まれることだ…それは趣味じゃない、さて、どうするべきか…」


「おい、ポー!お前また白昼夢を見たのか?お前の厭な予感ってのがあたった試しが何度ある!?というか、あの連盟の術師だとお前が言っていたから雇ったが…確かにお前は優秀な術師だが、連盟の術師を名乗るほどじゃないだろう。騙るにしても相手を選べよな!」


 ◆◆◆


 マ・デン、ギルドハウス。


 マ・デンは金等級冒険者エルファルリが率いる冒険者パーティの名である。


 古い言葉で“約定”を意味するその名はエルファルリが名付けた。何を誓った約定なのか、誰に誓った約定なのか。

 それは一体どんな約定なのか。

 その答えはエルファルリの中にあるのだろうが、彼女がそれを漏らす事は決してなかった。


 広い間取りの居間には大きい暖炉が設置しており、座りの良さそうな仕立ての椅子が何脚か置いてあり、そこに2人の女性が座り語らっていた。その内の1人はエルファルリである。


「お母様。昨晩はヌラさんとお酒を吞んだのでしょう?あの人は元気そうでしたか?」


「…腐ってる…というわけじゃない。しかしヌラは才で金等級へ上り詰めた男だからな。心の強さが追いついていないのだ。勿体ない話だよ。彼はまだ悼んでいる。いつまでもウジウジしているんじゃないと引っぱたいてやろうかとおもったが、さて、正面から頬を叩こうにも当たるかどうか」


 エルファルリは呵呵と笑った。

 それを聞いた女性はムゥと頬をふくらませる。

 そう、彼女はエルファルリの娘だ。

 エルファルリ譲りの黒く滑らかな髪は肩口で切りそろえられている。

 肌は母とは違って新雪の如き白さだ。

 これは彼女が精製した、いわゆる日焼け止めで雪焼けする事を食い止めている為であった。


 銀等級冒険者ユラハ。

 彼女の父、要するにエルファルリの夫もまたオルドの騎士であったが、既にこの世には無い。騎士時代に結ばれた二人は、上司と部下の関係であった。


 二人の娘であるユラハは父と母の才を均等に引き継ぐ事となる。そればかりか持ち前の好奇心で様々な分野を学んでいる。日焼け止めの精製もその産物であった。


 そのユラハはヌラを叩くというエルファルリの暴言に声高に抗議の声をあげる。


「ヌラさんに酷い事をしないでください!お母様に叩かれたら首の骨が折れてしまうではないですか!」


 この言にエルファルリは反駁する事が出来ない。

 なぜならば彼女は騎士時代、粉をかけてきた不埒者を引っぱたき、頚椎に重篤な損傷を与えた事があるからだ。

 その経緯はユラハも母より聞いていた。


「…うむ…ま、まあそれは兎も角。ユラハ、ヌラが気になるのか?だがなあ。お前は19.しかしヌラは30も半ばだぞ。少し年が離れすぎているのではないか?」


 エルファルリがそう言うと、ユラハは首を振る。


「わたくしはヌラさんが良いのです。普通、あれ程の実力者であるならばその気質も増長してしかるべきです。お母様、ヌラさん以外の金等級冒険者の面々はろくな噂を聞きませんよ。奇人変人ばかりです。力だけはある社会不適合者の群れ。しかしヌラさんは違います。常識人なんです、あの人は。そして心優しい。わかりますか?この血で血を洗うような世界において、優しいと言うことがどれほど貴重な気質であるかを。率直に言いますが、亡くなった彼が魔熊に殺されてしまったのは、そもそもとして彼がヌラさんの指示に従わなかったからではありませんか。実力があった事、才があったことは認めます。しかし、日々向上する実力に悦に浸り、次第にヌラさんを軽視するようになった事は認められません。ヌラさんは…」


「ヌラさんの…」


「ヌラさんが…」


 エルファルリは内心辟易しながら、愛娘の長話を真面目な顔をして聞いていた。

 彼女は良い戦士であり、そして良い母親であった。


 ◆◆◆


 翌朝、ヌラはいつもの通り門番の仕事をしていた。

 何とはなしに空を見上げる。

 なんとなくだ。

 特に理由などはない。


 だが敢えて言うならば、それは勘。


 ―――備えろ、さもなければ


 現役時代で何度も聞いた、己の頭の中の誰かが警告の言葉を囁く。


 北都オルディアの東。

 オルド王国の崩壊の原因ともなった大呪大悪…その封印の地の方角に不穏を具現化した様な黒い雲が浮かんでおり…黒雲は時折赤い雷光を迸らせ、見る見るうちに肥大化していくように見えた。


(あれは…一体…)


 ヌラが呆然と遥かに見える黒雲を見ていると、いつの間にか隣にそこかしこが擦り切れた灰色のローブを纏った青年が立っていた。


「あーあーあー。不幸だなぁ、あれは不幸だなぁ。見えますか?あの黒い雲の放つ不穏を。でもあれは所詮は不穏という程度でしかありません。不幸はその先にあるのです。香りませんか?不幸の香りが。饐えた汗のような匂いです。僕はその匂いが好きなんです。だって安心するんです。僕はこれまで不幸な人生を過ごしてきました。だから安心したいんですよ。僕よりもっともっと不幸な人達がいるって。下には下がいるって安心したいのです。だから集めているんです。不幸な出来事を。幸いにも僕にはその香りが分かる。だからこの地に来た。嗚呼、なのに、それなのに。僕も巻き込まれるとは…僕は不幸を見るのは好きですが、不幸に巻き込まれるのは趣味ではありません…。降りかかる火の粉は払わねばなりません、が…。さて、それが叶うかどうかは僕にもわかりませんね」


 青年は長々と語りだし、おもむろにヌラに背を向け立ち去っていった。去り際に青年は言う。


「僕はポー。連盟術師、ポー。杖の名を告げる事はできません。君は友達ではないから。またすぐに会うことになるでしょう。あの不幸は足が早そうだ」

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