アリス、出版社に勤める(2)

 実は、アリスの父親が勤めている佐々木出版社では、大卒以外も採用する場合がある。

 確かに、求人票には大卒のみ採用と謳っている。しかし、特例として、高卒でも働きたいと言う意欲と情熱を見せれば、3ヶ月間の試用期間が与えられ、正社員の道が開かれる。但し、社員はそのことを口外してはならない規則がある。アリスはそのことは知らなかった。

 確かに、学歴は大事だが、まずは人を見る。これが人事部長の責務だと人事部長は思っている。


 アリスの1ヶ月間のテスト初日の朝。いつものようにアリスはパジャマのままリビングに行き、おはようと声をかけると、母親はその態度になんなのと思い。

「何、その緊張感のなさ。1ヶ月間で結果をださなきゃいけないのに、何、その余裕な態度は!?」

「余裕な態度って、別に余裕ってわけじゃないけど……」

「けど何!?」

「お父さん、たまに言うでしょう!? 心に余裕を持ちなさいって。だから、そういうこと」

 母親の目線は、ダイニングテーブルの椅子に座る父親に向けられ。父親は、自分を引き合いに出され、何も言わず。母親は、アリスの発言に何も動ず。

「アリス、私が言ってるのは、緊張感を持ちなさいって言ってるの!?」

 テーブルの椅子に座っている妹は、そうだ、そうだと無言でうなずいている。

 すると、アリスの反撃なのか。

「あのー、ここは会社じゃないんだけど!? ここは家。家から1歩出たら、スイッチ切り替えるからいいの、私は」

「そう言うのは、正社員になってから言ってくれる!?」

 妹は、そうだ、そうだと無言でうなずいている。この光景に父親は、まずいと思い。

「まぁ、まぁ、それくらいにして、初日に遅刻する訳にはいかないだろう? ご飯食べよう?」


 この一言で、家族4人、テーブルに着き、朝食を食べ始めた。


 アリスは、母親の言っていることはわかっている。アリスの言い分もわかる母親だが、ただ、高校生とはわけが違う。社会人としての自覚、1ヶ月間で結果をださないとクビになるってことを常に頭に入れている、と言う意思表示が見たかった。


 朝食も終わり。妹は一足先に高校に行き。3人の出勤準備が整い、3人は玄関を出た。


 アリスの母親の勤務先は、アリスの父親の佐々木出版社の近くで、100メートルくらいしか離れていない。いつもアリスの父親が運転する車の後部座席に母親は座り、佐々木出版社の駐車場で母親は車から降り、勤務先へと向かう。今日からは、アリスの母親の隣にはアリスが乗っている。

 佐々木出版社までの道のりは、車で30分くらい。アリスの母親はアリスのことが心配だが、車窓からの風景を見ていると、ふとアリスの横顔を見て驚いた。アリス表情が変わっている。真剣なまなざし、仕事人の顔になっている。スイッチが切り変わったのか。いったいこれは、と思うくらい驚いた。初めて見た、あんな表情ができるとは、アリスの母親はそんな感覚だった、あの表情を期待していた。


 アリスの母親は、アリスのことをよく知っている、わかっているはずだった。しかし、どうせ私は2番目、1番は父親。車内で大人のアリスを見て、ふとアリスの小学生のことを思いだしていた。

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