高校時代の親友が「恐怖の大王」だったので阻止する

@kurotorikurotori

俺が『恐怖の大王』だったと言えば、お前は信じるか?

「俺が『恐怖の大王』だったと言えば、お前は信じるか?」



 盛り上がるサシ飲みに不意の沈黙。妖精が通る

 ほとんど10年ぶりに、一瞬だけかすめた、あの大予言のことを栄一は語り始めた。


 ◇


「『人類を幸せのうちに統治する』って結局何だったんだろうな?」


 栄一は、その端正なクールメガネBLキャラを崩さぬまま、高校の短い昼休み、だしぬけに問いかける。


 まぁ俺だ。教室で、奴のそばで弁当食ってるのは俺だけだ。

「そうだな」と無難に返し、一口で赤ウインナーを退治し、改めて考えてみることにする。


 俺たちの親世代に少なからずの影響を与えた『世界一有名な、大ハズレの大予言』

 この「ノストラダムスの大予言」、そのクライマックスとも言える文言に、この秀才は今頃ハマっているようだった。モグモグ。


「ンッ、……あの予言はさぁ、『恐怖の』を『偉大な』に置き換えても成立するよな?」


 珍しく、イケメンの片眉がピクリと上がる。「続けろ」という意思を視線に感じ、たった今、思い付いたような仮説をプレゼンさせられることになった。箸を指示棒のように舞わす。


「偉大な大王に、幸せのうちに統治されるんだから、救済の予言だよ。


 例えば『引くほどヤべぇ』って言葉があるけど、今の時代だと『恐怖感』と一緒に『称賛』の意図も含まれるだろ?


 あんな感じで言語の変化があったとして、『偉大な』って翻訳をすれば、内容的に原文を成立させられるんじゃねぇか?」


 クルクルと空中に軌跡を描き、語り終えて残りの弁当を掻き込む。ちらりと確認してみれば、『考える人』が椅子にふんぞり返った姿勢で「ふぅむ」と固まった栄一。


 ノールック視界で、腐った連中が湿度の高い念を送っているのを意識できたが、この「罪作りな男」は「ストライクゾーンがワンバウンドのボール球」という性癖をしている。


 貴腐人の望みは彼の琴線に触れることすら無く、それどころか、ふんわり可愛い「直球」の美少女にすら、「年下好み」というお断りを喰らわせて、孤高の存在となっている。


 まぁ男同士の友情には然したる影響もない。昼休みが終わるまえに意識を現世に引き戻そうと話しかけ、話はそれきりとなった。


 ◇


 俺と栄一はゴリゴリの理系である。


 中学の歴史の授業で、鎌倉幕府の年号を世代によって違って覚えている。なんてことを聞かされて、時代や国や政治で学問の基盤が変化しない理数科目を信奉したことが共通点だった。

(毎年『理科年表』が刷新されることを知るまでは、これで正しかった)


 数学オリンピックに出るほどの才能は無かったが、出題された問題に、「コレを作った奴の方がよっぽど凄い」という意見が一致し、それから一気に仲良くなった。


『問題を作る方が凄い』で会話が弾み、google検索でも有名な『 42全ての答え 』を生んだ『銀河ヒッチハイクガイド』をシリーズ読破した互いの中学時代のことを大いに笑いあったものだ。


 高校生の俺たちは、来るべき『AI時代』で自分が何を目指すのか真剣に語り合った。


 彼はAI技術者で、俺は量子コンピュータ開発。なんとなく目指す方向を互いに知っていたのはそういった経緯があった。


 ◇


 大学院を出た俺が、レーザー工学の技術者になっていたことは、量子コンピュータの開発を諦めた、ということに繋がらない。


「レーザー冷却は、冷凍光線よりも『 世界ザ・ワールド 』のイメージが近い」などと説明するのは疲れる。だからここでは詳細を語らないが、現行とは別の仕組みの量子コンピュータの開発に役立つ。


 栄一は出会い系アプリの開発をしていた。外注のAIシステム設計。


 一応は互いの「将来の夢」を叶えた現状に、しかしそれでも思い描いたイメージとの違いに、俺たちは満足していた。


 ときおりは居酒屋で理系トークに火花を散らす。不用意に同席してしまった哀れな傍観者はさぞ面白くなかっただろうが、観測者ナシでは成り立たない量子力学なんてものがあるのだ。許されよ。


ベルの不等式が破れる速さで、お代わりのジョッキが届く。まだ頼んでいない。因果律の破綻。

どうやら注文者はとっくに店から逃げ出していたようだ。

……長い夜、マニア同士のサシ飲みは続く。


 ◇


「――だから停止させると『運動エネルギーがゼロ』になるから、『温度は絶対零度』なんだよ。この極低温の原子を使うんだ」


 栄一にはレーザー・トラップの説明が通じた。やはり親友と共感するこの体験は貴重だ。活力源。


 盛り上がるサシ飲みに不意の沈黙。妖精が通る

 ほとんど10年ぶりに、一瞬だけかすめた、あの大予言のことを栄一は語り始めた。


「俺が『恐怖の大王』だったと言えば、お前は信じるか?」


 ◇


『1999年7の月、空から恐怖の大王がやって来る

 アンゴルモアの大王を復活させ、マルスの前後に

 人類を幸せのうちに統治する。 』


(Wikipediaとは若干表現が異なるが、多言語翻訳の伝言ゲームの果てである。採用者の好みにさせて欲しい)


 顎をシャクって「続き」を促す。首肯の意図はないが「最後」までは聞く。真面目を装うバカ話もたまには良い。


 栄一は開発した生成AIのUIユーザーインターフェースアルゴリズムに『アンゴルモア』と名付けたそうだ。もともとアルゴリズムが人名由来だ、彼もそうしたらしい。


『アンゴルモア』はユーザーの好みを学習し、特に彼が開発に拘った『ユーザー好み』の外観、声質、言葉遣い、態度の『アバター』を個別生成することに特化していた。

 各ユーザーの恋愛需要を、それぞれのアバター同士が持つ情報でマッチングさせ紹介する。ごく当たり前なシステムを生み出し、アプリとしてシェアを指数関数的に増大させ、事業は順調そのものであった。


 だが、システムを監視していたアプリ事業者は思ってもなかった影響を目の当たりにする。


 良くできた生成AIのUIアバターは『推しV』そのもの。

 

 スマホのアクセス履歴から使用者のキャラクターを類型化し、クラスター分析を他ユーザーの相関関係から隠れた嗜好をも掘り出すアルゴリズム。

「痒いところに手が届く」どころか、痒くなる前に手厚くケアするような包容力は、人智を越えた依存性を産み出していた。


 好みのドンピシャとなるアバターは現実存在なぞ軽く凌駕し、マッチングを放棄して、スマホ、つまりは日常の全てを一元管理する『彼氏』『彼女』と、恋をする人間が多発していたのだった。


「狙い通りだ。こうなることを分かって、むしろ期待して設計した」


 自嘲に口元を歪め、満足そうな目線を俺と交わすことは無い。


「性的指向のことか? 自分が満たされないから他人も巻き込もうとしたと?」


 やはり目線が合わない、ノーリアクションの立て膝でジョッキを傾けている。

 彼の『幼女嗜好ガチロリ』は永遠に満たされない。LGBTQどころではない性的マイノリティの不遇。救いを非実在青少年幼女のアバターに求めるしか無かったのだろう。


「『マルス』って男性のことだ。特に男に効くようにしてやった。依存度も高い。

 あの映画FMJで『グズの家系を絶ってやる』って、いいセリフだよなぁ」


 アプリでアバターに魅入られる確率は、今回のアップデートでさらに飛躍的に向上したらしい。恋人や妻、さらに家族ですら満たしてくれない個人の願望に、的確に寄り添うシステムは『二度と出られぬ蟻地獄』

 フルダイブのデバイス対応も、まもなくローンチなのだとか。


「なるほど、それで人類は『アンゴルモア』アバターで幸せのうちに統治され滅亡の未来か。子孫が絶たれればそれしかない、そんで開発者のお前が『恐怖の大王』と」


『1999』は98と2000の間、7まであるのはOSを指し、ネットが確立していった世代だな。へぇ。よく考えてる。


 いや、「バカ話として面白かった」そう言って飲み会を締めた。


 栄一とはそれきりであった。外注のため、AIシステムの権利を保持する彼は、莫大な報酬と満たされぬ世界を、萎みながら眺めるのだろう。


 ◇


 魔王に対抗する勇者を産み出さなければならない。


 このシステムを無効化するような、更なるシステムの開発。それを後押しする何億通りもの試行サイクルを『一撃』で解決する優れた量子コンピュータ。こいつで彼の野望を阻止する。ダーウィン賞の未来など御免だ。


 このまま放置して、自分だけ『男女比の偏った貞操逆転世界』を目指してはいけない。


 滅亡の足音が幻聴となって響く。

 開発はまだ始まったばかりだが、いつか、この勇者システムの初期アルゴリズムの設計は栄一に頼もう。


 滅亡の未来の途上、街の風景から幼児が消えることは、彼の本意でもないだろうから。


 ――――――

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