第6話 “秘密”の儀式

 男が儀式の間に入ると、入口が独りでに閉じてしまった。


 そして、足下に描かれた何かしらの魔法陣が輝き始め、閉じ切った部屋に光をもたらした。


 咄嗟の事であったので、男は目を慣らすのに時間を要したが、視界がはっきりしてくると、そこには“三人”が立っていた。


 一人は前国王であり、その手には例の“岩に刺さった剣”が握られていた。


 もっとも、形状は同じであるが、先程のような長大な剣ではなく、人が持って振り回せる大きさに縮んでいたが。


 そして、その両脇には、白衣に身を包んだ純白の翼を持つ者と、黒衣に身を包んだ漆黒の翼を持つ者がいた。



「天使と、悪魔……?」



「その通りだ、新国王」



「歓迎しよう。そして、儀式を始めよう」



 いきなりの展開に驚く男だったが、問題の儀式とやらはさらにその上を行っていた。


 前国王は持っていた剣を男の足下に向かって放り投げ、自身は両膝を突き、若干前屈みで下を向いた。


 うなじをさらけ出し、これでは「首を切ってください」と言っているようなものだ。



「先程言った不老不死の条件だ」



「老化も、病気も、怪我からも解放される。しかし、ただ一つだけ例外がある。その“岩に刺さった剣”だけが、不老不死を終わらせる、ということだ」



「正確には、不老不死の力を吸い取ると言えばいいかな」



「さあ、新国王よ、剣を取って前国王の首を刎ねよ。それが継承の儀式だ」



 まさかの事態に男は驚いたが、どうやら本気であるのは疑いようもなかった。


 天使も悪魔もさっさとやれと言わんばかりに、床に落ちている剣を指さしていた。


 また、前国王も首を刎ねられるのを待ち焦がれているかのように、跪いていた。


 それだけが望み、そう言わんばかりに。



「いいんですか、旧国王!?」



「いいもなにも、今となってはこれこそ望みだ」



 跪き、頭を垂れ、剣が振り下ろされる瞬間を待ち望む。旧国王からはそんな気配が漂っていた。



「新国王よ、お前も剣を引き抜く報酬に惹かれたからこそ、剣を引き抜いたのであろう? 王の地位と、不老不死とに。ああ、まったくもって素晴らしい報酬だとも。富貴な暮らしを延々続けられるのだ。誰しもがそう思うはずだ」



「ええっと、つまり、旧国王は、それらに飽きた、と?」



「時は流れるからこそ、過ぎ去ったものを惜しむ。惜しむからこそ止めてしまいたくなる。しかし、止まってしまえば、今度は流れる姿こそ愛おしく感じるのだ。凍り付いた世界よりも、温かみのある流れる世界をこそ、求めるようになる」



 旧国王は首を回し、新国王を見つめた。これから首を切り落とされるというのに、まるで聖者のごとき悟り切った顔をしていた。



 玉座と言う豪華な椅子の上で、どれほど苦悩した事だろうか。それが偲ばれる顔だ。


 ならば、それを終わらせる事こそ慈悲だと考え、男は落ちていた剣を拾い、跪く前国王の横に立ち、剣を振り下ろした。


 武芸にはとんと覚えのない男だが、剣の切れ味は抜群だ。


 まるでバターでも切っているかのように、あっさりと首を切断してしまった。


 旧国王の首が斬り落とされ、ボトリと歪な球体が地面へと転がり落ちた。


 こうして、“秘密”の継承の儀式は終わった。


 新たな国王が誕生した瞬間である。

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