【カクヨムコン9短編】気づかない方が良い事もある
麻木香豆
☕️
ここは喫茶店「マリネ」
僕が子供の頃から夢見ていた自分の喫茶店である。祖母の知り合いから譲り受けたものだ。
今日も案内もしないのにいつもくるとある女性客の定位置になった。
僕のいるバーカウンターの見える場所、窓際の。
「いつもの」
「かしこまりました」
僕と彼女はこの二つの会話で済む関係性になってしまった。
彼女がここにきて二年。どこかのOLさんだろうか。
雑誌を読んだりスマートフォンをいじったり。
そして気になることはこのいつものウインナーコーヒーの写真を毎回撮影するのだ。
いつもの、かしこまりましたで、出される普通のコーヒーカップに入れたウインナーコーヒーを、だ。
あの人もしかしたら有名なインフルエンサーだったりして。
そう思って僕は不定期に試作したケーキを
「よろしければ」
と出すことがあった。
そしてそのケーキとウインナーコーヒーを一緒に映す。微笑みながら。
やっぱりそうかもしれない。
「美味しい」
そう言って彼女はケーキとウインナーコーヒーを交互に口に入れていた。
かといって客は増えたわけじゃないけど。
どのSNSに載せているのだろう。
エゴサすれば良いことだろうけどね。
するとそのうち
「いつもの、と何かオススメのケーキある?」
「は、はい……」
試作のケーキを出さなくてもケーキを頼むようになった彼女。
いつものウインナーコーヒーに合うケーキを。僕は一生懸命腕を磨いた。
そして一年後。
「なんだ、あのときのどうぞ、はそういう意味……私がインフルエンサーだって勘違いして」
「ん、まぁ……」
「私が好きだから出したわけでなく」
「そんな深読みされてたのか……その、あの」
僕は恋愛表現が下手でいつのまにか彼女が好きになっていた。
そしていつの間にか彼女も僕のことを好きになってくれていた。
しかし彼女はただのウインナーコーヒー好きの女性だった。
なのに一生懸命彼女のためにケーキを作っていた僕。
気づけば喫茶店も客が増えてきた。
「それよりあなた、今度クリスマス特製ケーキできた?」
「ああ、できたよ……どうかな」
ケーキを見せると彼女はすかさず写真を撮った。
彼女は僕の妻となり喫茶店で一緒に働いている。
彼女は有名なインスタグラマーでも、ただのOLでもなく、マスターの僕が好きで通い詰めてくれていた、ああ、恥ずかしい……てか彼女の秘めた片思いに気づかず……。
まぁ彼女もその思いを秘密にして通い詰めていたのも、ここが癒しの場だったからフラレでもしたらそんな場がなくなってしまうってさ。
それよりもなによりも僕の勘違いで仲が深まり片思いが両思いになって結婚できたからいいか。
僕が勘違いしていなかったらその秘密は開かれなかったままなのだろうか、それとも……。
終
【カクヨムコン9短編】気づかない方が良い事もある 麻木香豆 @hacchi3dayo
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