化け猫と秘密の押し入れ

金澤流都

弟分と妹分とサイコ・ゴアニャン

 この押し入れの向こうは、秘密の猫世界と繋がっている。

 猫世界において猫は人間と変わらない生活を送っており、ねこねこネットワークへの派遣を依頼したり、現実世界では猫という生き物的に食べられないねぎま鍋(ご存知かと思うが「ま」は「まぐろ」の「ま」である)を食べたりできる。

 そういうわけで、きょうも吾輩は猫世界に行こうと意気揚々と押し入れを開けて飛び込んだ。が、弟分の優という人間にふん捕まえられてしまったので、ちょっとこの頭の悪い弟分を懲らしめてやろうと、素早く押し入れから飛び出し、優の尻を蹴飛ばして押し入れに入れた。そのまま脇の棚に飛び乗り、金属の花瓶を叩き落とす。弟分を見事に閉じ込めてやったのだ。

 弟分はずいぶん静かだ。おおかた最近の人間がみんな持ってる「すまほ」なる板切れで助けを呼んでいるのだろう。考えが甘い。こっそりなめた菓子パンのホイップクリームより甘い。


 吾輩は弟分の優がいますぐ助けを呼べそうな相手である、妹分のかさねのところに向かった。同じ家の中にいるし、かさねも最近「きっずけーたい」なるものを買ってもらっていたからだ。

 なんとしても押し入れから出るのを妨害して、少し反省させねばならない。猫は人間ごときに従う生き物ではないのである。


「うにゃーお」


「あ、チビ太。どうしたの?」


 かさねは退屈そうに「シュクダイ」をやっていた。これをやっていかないと「ガッコー」の「センセー」とやらに叱られるらしい。猫はそんなものなくても1人前になれる。

 かさねの机からトランプの箱を叩き落とす。テレビでババ抜きなる遊びをやっているのを見て、かさねが「ヒャッキン」とやらで買ってきたものだ。猫世界は人間世界と違って景気がいいので、お金を節約するという考えがないのだ。


「チビ太、だめだよ。散らかっちゃった」


 かさねの部屋いっぱいにトランプが散らばっている。これで神経衰弱をしよう。


「にゃーおーう」


 一枚カードをとる。さらにもう一枚とる。見事に揃った。


「チビ太、神経衰弱できるの?」


「なうー」


 そういうわけでしばらく神経衰弱で遊んだ。かさねはなかなか要領がいい。ポンコツの優とはずいぶん違う。

 かさねはさっきから「きっずけーたい」が鳴っていることに気づいていない。よし、そろそろ優も反省しただろう。かさねのベッドに飛び乗って、ランドセルと一緒にぶちまけてある「きっずけーたい」をちょんちょんする。


「あ、鳴ってた。ありがとうチビ太」


 かさねは吾輩にちゃんと礼を言った。電話に出て、優が閉じ込められていることに気付いたようだ。

 電話が切れた。


「たいへん。助けにいかなきゃ」


 吾輩はさらに優をこらしめてやろうと、かさねの部屋に置かれている「にんてんどーすいっちちょきん」と書いた貯金箱をちょんちょんつついた。


「……あ。優にいを助ける代わりに、すいっち買ってもらえって言ってるの?」


「なおー」


「うん、そうする。ありがとうチビ太」


 吾輩はここまでやってようやく気分がスッキリした。きょうは猫世界でずっと楽しみにしていた映画「サイコ・ゴアニャン」の上映があったのだ。邪魔された恨みは深いのだ。


 神棚の上から、優が救出されるのを眺める。吾輩は今年で20歳になる大老猫だ。しかし足腰も頭も衰えていない。

 無事にかさねが優にすいっちとやらを買ってもらえることになって、吾輩は大変嬉しくなったのであった。

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