後編
「なっ!? どうして俺が!?」
「当然です。一応あなたも、王族の一員なのですから」
「そっ、そんなぁ……」
さしずめ、『父親の罪だから、自分は無関係』なんて甘いことを思ったでしょう。
全く、出会ったことは王族としてそれなりに自覚ある言動が出来たはずなのに、ミシュエラと恋に落ちてから随分と腑抜けたわね。
その場に膝をつくアーレス様に小さくため息をつくと、その後ろで目を見開く王妃様に目を向ける。
そして、扇子を広げて無邪気に嗤った。
「王妃様、何を意外そうな顔をしているのですか? そもそも、あなた様が陛下と実の父親を唆していなければ、こんなことにはならなかったではありませんか?」
「っ!!」
そう、全ては玉座に執着したこの女が原因だった。
次期国母と目されていた王妃様が、国同士の約束で嫁いできたお母様に屈辱と嫉妬の炎を燃やしていた。
その上、王妃様と陛下が恋仲であったこともあり、突然現れたお母様のことが尚更許せなかった。
故に、王妃様は陛下に実の父親に自分の考えた取引を持ち掛けるよう唆し、実の父親にはそれを受け入れるように唆した。
その結果、お母様は殺され、この女は望み通りの地位を手に入れることが出来た。
「そんな証拠……」
「ありますよ。王国の影を脅したらあっさりと手に入れることが出来ました。何でしたら、今ここでお見せしましょうか?」
「っ!?」
悔し気に顔を歪ませる王妃様に、小さく溜息をつくと突然ミシュエラが視界に入ってきた。
「でっ、でも! 私は良くない!? というか、聖女の私は関係無いじゃない!」
「はぁ? あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
「えっ?」
眉を顰めるミシュエラに冷たい視線を向けると扇子を広げる。
「知らないとは言わせないわよ。そもそもあなた、帝国の前皇帝陛下の弟君の妾の子よね?」
「っ!?」
「噓、だろ?」
啞然とした表情で凝視するアーレス様に、ミシュエラは顔を歪ませると気まずそうに目を逸らす。
その様子だと事情を全て知っているみたいね。
「大の遊び人だった前皇弟は、城で働いていたあなたのお母様を気に入り、強引に関係を迫った。その結果、生まれたのはあなただった」
「それは本当か! リナリア・インベック!」
アーレス様の問いに小さく頷くと、視線を顔面蒼白になっている大神官に移す。
「前皇弟から『認知しない』と言われたあなたのお母様は、生まれたばかりあなたを連れて逃げるように王国に来た。その時に大神官と出会い、そのまま神殿に保護された」
神に仕える者としてはあまりにも欲深い大神官は、独自の情報網で皇弟の妾の子が生まれた時に計る魔力鑑定で『聖女の素質がある』ということも、その子が母親と共に王国に来ることも知っていた。
だから、偶然を装って母娘を迎えに行った。
自分の名声を更に高める道具として使うために。
今にも倒れそうな顔でこちらを見ている大神官に、呆れたように溜息をついた私は視線をミシュエラに戻す。
「そして時が流れ、聖女の力が発現したあなたはこの国の聖女になった」
実際、ミシュエラは聖女として浄化魔法や治癒魔法は使える。
けれど、帝国にいる本物の聖女に比べればあまりにも効果が小さく、回復魔法に至っては本職の治癒魔法師以下の効果しか発揮しない。
「本当、前皇弟に認められないと知ってから、あなたのお母様がどれだけ苦労したことか分かっているのかしら?」
「でっ、でも! それは、お母様が前皇弟陛下に認められなかったからで……」
「妾の子を皇族が認めるわけがないわよ」
「っ!」
そんなことも知らなかったなんて……でもいいわ。
「『聖女』としてちやほやされることに慣れたあなたは、強欲にも『次期王妃』という地位を欲していた。だから、私のことを妬んでいた。違う?」
「…………」
無言は肯定と受け取って良いのよね。
悔しそうに下唇を噛むミシュエラに、小さく溜息をついた私は視線を王妃に移した。
「そして、聖女が次期王妃の座を狙っていると知った王妃様は、彼女の素性を調べ上げた上で彼女に接触し、ミシュエラに『アーレスと仲良くなりなさい』と命令した」
帝国との約束があるとはいえ、お母様の血を引いている私と実の息子が婚約していることが疎ましく思った王妃様。
そこで王妃様は、私と同じく皇族の血を受け継いでいる聖女ミシュエラとアーレス様を婚約させようと計画を立てた。
ミシュエラの素性を明かせば、負い目のある帝国は王国に対して易々と手を出すことは出来ない。
その上で、私という人間に冤罪をかけて消すことが出来る。
そんな安易な考えが、彼女を突き動かし、陛下もまた王妃の考えに賛同した。
そしてミシュエラもまた、近づいてきた王妃様からの提案を好機と捉え、アーレス様に近づいて彼との関係を深めた。
全く、この国は大国である帝国に対してどこまでバカにすれば気が済むのやら。
「あなた方は、お母様を殺した時点でさっさと自分達の罪を認めてその首を差し出すべきだったのです。そのことも分からないなんて、本当バカな人達ですね」
「っ! あなたねぇ!!」
悔し気に私を見ている王妃様を見て、呆れたように溜息をついた私は笑みを浮かべる。
さて、ここで幕引きと致しましょうか。
「婚約破棄の経緯を知っている帝国は、国王陛下の首だけでは満足しないでしょうから、王族のあなた方と偽聖女であるあなたの首を欲するでしょうね」
「「「「っ!?」」」」
何せ、帝国は本物の聖女がいる国。
そんな国が、聖女の力をろくに発揮出来ていない存在を許すはずがない。
ガタガタと震える王族達と偽聖女に、満足げに嗤った私は別れを告げるように深々とカーテシーをした。
「それでは皆様、ごきげんよう」
会場が喧騒に包まれる中、私は転移魔法を使って王国から帝国にある客室に移動した。
ここは、万が一に備えて皇帝陛下が用意してくださった部屋である。
帝国に留学した時、私は伯父である現皇帝陛下からお母様の話を聞いて、私の中に悲しみと悔しさが渦巻いた。
国のためなら人質同然で国王陛下のもとに嫁いだお母様。
そんなお母様を疎ましく思い、手にかけた国王陛下と王妃様。
そして、私を排除しようと王妃の駒になった王太子と聖女。
更に言うなら、国王と王妃の思惑に加担したインベック公爵家や大神官も。
お母様を亡き者にした人間全員が許せなかった。
だから、彼らに復讐した。
「お母様、見ていますか? 無事に復讐を果たすことが出来ましたよ」
きっと、心優しいお母様は私を許さないでしょう。
国のためとはいえ、陛下を愛そうと心を砕いていたのだから。
でも私は、慈愛に満ち溢れたあなたの娘として、どうしても果たしたかったのです。
窓から見える満点の星空を見上げ、私は清々しい気持ちで優しく笑みを零した。
その数日後、王国の王族達と偽聖女、そしてインベック公爵家全員と大神官が国民の前で罪の全てを明らかにした。
そして、大勢の国民から石や罵詈雑言が投げられる中、お母様を亡き者にさせた者達は全員、公衆の面前で毒杯を飲んだ。
もちろん、帝国でもこのことは映像魔法を通してリアルタイムで報じられた。
そこから更に数日後、王国は帝国の属国になると、私は先代皇帝の血を引き継ぐ者として帝国に迎え入れられた。
婚約破棄された悪役令嬢は冷酷に嗤う 温故知新 @wenold-wisdomnew
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