中編

「まず、国王陛下。本当に、アーレス様との婚約を破棄されてもよろしいでしょうか?」

「どういうことだ?」



 眉を顰める陛下に、私は感情を隠すように扇子で口元を覆う。



「そもそも、この婚約は成立していないじゃないですか」



 その瞬間、陛下と王妃様の表情が強張り、それを見た貴族達の間で動揺が走り、目を見開いたアーレス様は両親に目を向ける。



「貴様、もしかして……」

「父上、一体どういうことなのですか!」



 困惑する息子の言葉を無視し、顔を歪めた陛下は私を睨みつける。

 その表情に愉悦を感じた私は、扇子を閉じると復讐の始まりを告げるように高らかに宣言する。



「だって、私とアーレス様はなのですから!」





「なっ! そうなのか!? リナリア!」

「はい、そうですわよ。お・に・い・さ・ま♪」

「うぐっ!」



 突然の告白に、騒いでいた貴族達が水を打ったように静かになり、先程まで私を睨みつけていたアーレス様が苦い顔をする。

 すると、陛下の表情が急に険しくなった。



「貴様、それをどこで……」

「もちろん、亡くなった……いや、陛下に殺されたお母様のお兄様である帝国の現皇帝陛下からです」

「っ!?」



 貴族達の間に再び動揺が走ると、冷静になったアーレス様が再び私を指さす。



「そっ、そんなことを言うなら証拠があるんだろうな!? 証拠も無しに言ったとあれば、不敬罪で貴様をこの場で処刑してやる!!」



 アーレス様が『処刑』という言葉を口にした瞬間、会場の警備をしていた騎士達が私を取り囲む。



「全く、証拠も無しに言うわけがありませんわ」

「「っ!?」」



 表情を引き攣らせている陛下と王妃をよそに、呆れたように溜息をついた私は、左手人差し指につけていた指輪に魔力を流す。

 すると、その場にいた者達全員の足元に紙束が現れた。



「っ!? なっ、なんだこれは!? というか、どこから出した!!」

「私の出生記録を収納魔法から出して差し上げたのです」

「まっ、魔法だと!?」



 そう言えば、帝国と違って王国では魔法は『呪いの力』と忌み嫌われているのよね。

 まぁ、今はどうでもいいわ。



「ご安心を。毒は持っておりませんので」

「あ、当たり前のことだろうが!」

「そうですか」



 冷たい目を向ける私を睨みつけたアーレス様が、恐る恐る書類に手を伸ばした時、顔を青ざめさせた陛下が声を荒げる。



「うっ、噓だ! だってあの時の医者は殺し、記録も全て焼き払ったと報告が……」

「その前に帝国の隠密部隊によってすり替えられていたとしたら?」

「っ!?」



 既にボロが出ていますが、まぁいいでしょう。



「……本当だ、父上の名前と貴様の名前、そして亡くなった貴様の母君の名前が書いてある」

「お分かりいただけたみたいで何よりです。ちなみに、そちらは複写された物ですので、ここで焼き払っても無駄ですよ。陛下」

「っ!!」




 貴族達が再び静まり返る中、私は今まで明かされなかった出生について話始める。





「私の実の母は、帝国の元第一皇女でした」

「えっ!? インベック公爵夫人じゃなかったのか!?」

「そうです。ちなみに、現インベック公爵夫人は、王妃様の義妹にあたります」

「つまり、表向きは母上の姪っ子が君になるということになるのか?」

「そういうことですね」



 というか、顔を見れば私と公爵夫人が似てないくらい分かるでしょ!


 どこまでも愚かなアーレス様に内心ため息をついた私は話を続ける。



「当時、帝国と王国は緊張状態にありました。そこで、先代国王は先代皇帝陛下に対し、和解策として当時第一皇女だったお母様を未来の国母に据えることにしたのです」



 民に慕われるほど心優しかったお母様は、『国のためなら』と前皇帝の意思に従い、人質同然で王国に嫁いで当時王太子殿下だった陛下と結婚した。



「ですが、当時王太子殿下だった陛下には好きな人がいました。それが、現王妃様だったのです」

「「「「っ!」」」」



 貴族達がざわめく中、小さく息を吐いた私は陛下と王妃様に目を向ける。



「どうしても王妃様と結婚したかった陛下は、王妃様の実家である我がインベック公爵家に取引を持ちかけます」

「取引?」

「はい。それは、生まれたばかりの私を引き取ることを条件に、当時インベック公爵令嬢だった現王妃様を今の座に就かせることでした」

「っ!? 父上、それは本当なのですか!?」



 貴族達のどよめき声が増し、目を見開いたアーレス様は、苦い顔をしている陛下の方を見る。

 その光景に嬉しさを覚えた私はたまらず口元を緩ませると扇子を広げる。



「王族と縁を繋ぎたかったインベック公爵家は、喜んで王族から取引に応じた。そして数日後、お母様が私を出産したタイミングで、陛下は騎士に見せかけた凄腕暗殺者を使って生まれたばかりの私以外の全員を皆殺し、私をインベック公爵家に引き取らせたのです」



 お母様が王国に嫁いでから、万が一に備えて常に帝国の兵士と『帝国の陰』と呼ばれる隠密部隊が護衛についていた。

 何よりお母様自身、とても強かったという。

 そんなお母様を亡き者にしたかった陛下は、帝国の兵士がついておらず、お母様が1番弱っている出産時に大勢の凄腕暗殺者達を突入させた。



「辛うじて生き残った帝国の陰は、すぐさま帝国に戻って前皇帝陛下に報告したそうです」



 転移魔法で命からがら逃げ帰った帝国の陰は、映像が記録出来る魔法が付与された魔道具で、一連の出来事を皇帝陛下に報告。

 今まで実情を知りつつも手が出せなかった皇帝陛下は、無残に殺される姉の姿を目の当たりにして我を忘れて荒れたという。



「実の姉を殺され、怒り狂った皇帝陛下は、すぐさま王国に宣戦布告を仕掛けようとします。ですが……」



 目を細めた私は、視線を陛下に向ける。



「戦争を仕掛けようとした皇帝陛下に対し、陛下は『戦争を仕掛けるなら、生まれたばかりの赤子も殺す』と脅して自国に攻め込ませないようにした。そうですよね?」

「…………」



 そう。要は、お母様の代わりに私を人質にして両国間の平和を維持しようとしていたのだ。

 本当、クズで愚かな人。でも、この人のせいでお母様は……



『騎士に殺されそうになった時、姉上は生まれて間もない君の名前を呼んでいた』



 涙を堪えながら話す皇帝陛下の顔を思い出し、こみ上げてきた怒りと悔しさ抑えようとドレスを握る。

 

 あと少し、あと少しで私の復讐は完成する。


 冷静になろうと小さく息を吐くと、扇子を閉じて笑みを浮かべる。



「さて、私がアーレス様に婚約破棄されたことが帝国に知られれば、一体どういうことになりますでしょうね」

「っ!? まさか、貴様……」



 見る見ると顔を青ざめさせる国王を見て、私は心底満足げな笑みを浮かべた。



「アハハハハハッ! 帝国は既に、私が婚約破棄されることを知っています! その上で今再び、王国に攻め入ろうと準備を進めています!」

「っ!! リナリア・インベック!! 貴様~!!」



 あぁ、ようやくよ! ようやくこの人達に鉄槌を下すことが出来るわ!!



「大方、婚約破棄された後、『聖女を害した罪』で私を処刑するつもりだったのでしょうが……残念でしたね。騎士達が私に刃を向けた瞬間、魔法を使って帝国に飛びますよ」



 そう、右手小指に嵌めてある転移魔法が付与された指輪を使ってね。



「そ、それでは貴様は最初から……」

「えぇ、婚約破棄されることも、国外追放されることも知っていましたから、こうして秘密を打ち明けることが出来たのです」



 悲鳴を上げる貴族達と取り乱す王族達。

 地獄絵図として思えない光景が可笑しくてたまらない私は、高揚した気持ちのまま陛下に進言する。



「さぁ、国王陛下! さっさと帝国に赴き、皇帝陛下の前で自らの罪を認め、その命で償ってください! そうすれば、この国を属国にするくらいの温情は与えてくださると思いますよ?」



 そう、私の仇は国王陛下であって国民ではない。

 だから、さっさとその首を皇帝陛下に……あぁ、でも。


 動揺しているアーレス様と聖女に視線を移した私は笑みを深める。



「そこにいらっしゃる王妃様やアーレス様に聖女様も同罪ですから、陛下と一緒に帝国に首を差し出してくださいね」

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