婚約破棄された悪役令嬢は冷酷に嗤う
温故知新
前編
「リナリア・インベック! 貴様との婚約を破棄させてもらう!」
王家主催の夜会で、私の婚約者である王太子アーレス・フォン・クレベリア様が唐突に婚約破棄を告げた。
「アーレス様、どうしてか聞いてもよろしいでしょうか?」
静かに小首を傾げた私に、アーレス様が眉を顰めて指をさした。
「それは、聖女であるミシュエラに危害を加えようとしているからに決まっているからであろう!」
ミシュエラ……あぁ、ここ最近、神殿から『聖女』として任命された男爵令嬢のことね。
突然の婚約破棄劇に他の貴族達がざわめく中、アーレス様に肩を抱かれているミシュエラに目を向けて小さく笑みを零す。
すると、わざとらしく顔を引き攣らせたミシュエラが、見せつけるようにアーレス様に抱き着く。
あらあら、アーレス様ったらこんな淫売女の安い誘惑に引っかかっちゃって。
でもまぁ、良いわ。
どうせ、この茶番劇もすぐに終わる。
小さく鼻を鳴らした私は、驚いた顔をする陛下と王妃を一瞥すると視線をアーレス様に戻す。
「お言葉ですが、私は聖女とは初対面でございます。そのような状況でどうやって危害を加えたというのでしょうか?」
聖女ミシュエラの顔は、王族自らが号外を出したことでこの国の民なら誰でも知っている。
けれど、聖女である彼女の傍には、常に王太子に宰相の息子、騎士団長の息子や大神官の息子がいて、彼女に危害を加えるどころか近づくことすら出来ない。
「そっ、それは! 俺たちの目を盗んでミシュエラに……」
「その『人目を盗む』というのはどうしたら出来るのでしょうか? 常に誰かがいて、貴族や騎士すらも近づけない状況で」
「だが、公爵家のメイドを使って忍ばせれば簡単に……」
「申し訳ございませんが、我が公爵家の使用人に、そのような下らないことをする者はいません」
建国時から国の臣下である我が家の使用人が、わざわざ王家の信用を失墜させるようなことはしない。
悔しそうに唇を噛むアーレス様を見て、小さく溜息をついていると、突然ミシュエラがアーレス様の前に立って大きく手を広げた。
「リナリア様! もうご自身の罪をお認めください! あなた様は、聖女に選ばれた私に嫉妬して命まで奪い取ろうとしていたではありませんか!」
「ミシュエラ! それは本当か!?」
聖女の告発に貴族達のざわめきが更に増すと、驚いた顔のアーレス様に向かって、涙を溜めたミシュエラが小さく頷いた。
「ほ、本当です! 危害を加えられようとしたあの日、リナリア様は公爵家の騎士を使って私を……」
両肩を抱いてわざとらしく震えるミシュエラに、アーレス様を始めとした貴族全員が冷たい目で私を見た。
はぁ、どうしてあからさまな嘘を簡単に信じられるのかしら?
この国の貴族は彼女の言葉に踊らされすぎよ。
容赦無い視線に溜息が出たその時、玉座の間に座って驚いた表情をした陛下が立ち上がる。
「リナリア・インベック! 貴様には、聖女の命を奪い取ろうとした罪で我が息子との婚約を白紙とした上で国外追放に処す!」
威厳ある態度で国外追放を言い渡した陛下が、王妃と共にほくそ笑んだ瞬間、こみ上げてきた笑いを必死に抑えた私は、王太子妃教育で培ったカーテシーをする。
ようやく、ようやくこの時が来たわ!
「かしこまりました。このリナリア・インベック。謹んでお受けいたします」
「フン、では早速……」
「ですが、その前に」
陛下の言葉を遮り、歓喜に打ち震える心を抑えた私は、ゆっくりと頭を上げると淑女の笑みを浮かべる。
「ここにいらっしゃる皆様に大事なことをお伝えしておかなければなりません」
「大事なことだと?」
眉を顰めたアーレス様とミシュエラ、そして玉座に座る陛下と王妃様に視線を向けると笑みを深めた。
『リナリア嬢、実は……』
隣国に留学した時、私は亡きお母様の兄君にあたる伯父様から全てを聞いた。
お母様が王国に嫁いだ理由。
そして、なぜお母様が亡くなり、私が生きているのか?
「お母様、見ていてください」
今から復讐を始めます。
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