外伝 34話 夜明けへ

 外伝 34話 夜明けへ



 ある駅に、一つの列車が到着した。その電車からは何人もの人や魔族が降車してきた。その男は、腕が4本あり、腹には大きな眼がついている。

「……はあ、死んだのか。」

 ハルトはそう言うと、ゆっくりと列車を降りる。辺りを見回すと、まだ暗く、黒い幕が空を覆っていたが、遠くからは暁が見える。

「待っていたよ。」

 急に彼は話しかけられる。目の前にいたのは見覚えのない男——いや、彼は理解している。彼が何者なのか。

「まさか……貴方は……。」

「そのまさかだよ。初めましてだね。左眼の継承の魔王、僕が、始祖の魔王だ。」

 ゆっくりとそう言って手を差し伸べた。彼は無意識にその腕をとり、彼は列車から引き剥がされた。

「貴方に逢えるとは……とんだ幸運です。」

「やめてくれ、俺はそこまで有名人じゃないぞ。」

「いえ、我々にとっては神のような存在ですから。」

 いつになくハルトは敬語で相手と喋る。おそらく興奮しているのだろう。なぜなら初めて自分の生みの親と出会ったのだから。

「まずは座ろうか。」

 そう言って始祖の魔王はホームの端にあったベンチに腰掛けた。列車はそのままホームに佇んでいるが、すっかり人は消え、辺りは街灯の灯りが寂しく灯っている。

「君が……君たちが生まれてきて、私は少し後悔をした。」

「後悔?」

「私のやったことが、君たち、ひいては魔族全体に悪影響を及ぼしていないかと。」

「……。」

「だが、予想と相反し、まずは継承の魔王は息絶えていった。だが、君たちだけは異常に生きたね。」

「まだあの時は何が正解かわからなくてただひたすら与えられた力を振るいまくったんです。思い返せば、愚かなことでした。」

「そんな事はないさ。おかげで魔族は更なる世界に突入して、今も命を繋いでいる。」

「なんのことですかね。」

 ハルトは知らんぷりをして、遠くを見つめる。だが、その目はどこか悲しそうだった。

「君は自分の力は魔族以外の生物を排除するためにあると考えた。違うかい?」

「その通りです。」

 ハルトは答える。

「だからこそ生きている間に殺しまくってたね。でもまさか、それが災厄を呼ぶとは思わなかったでしょ。」

「……そうですね……。あの時は思いませんでしたよ。まさかあんなことになるなんて。」

「でも、おかげで君は大切なものを見つけることができた。自分の天寿を知ることができた。そうだろう?」

「そうですね……。でも、やっぱり当時は盲目的でしたね。」

 あの時代を思い出す。ただただ力を持って、敵を滅していた時代。まさに厄災として、存在が確立されていたあのひと時。

「君は一体、いつ気付いたんだい?」

「それは……。」

 彼は思い出す。昔のことを。

 あの時はただただ焦がれていた。他を淘汰し、自らの望む世界を創ることを。だが、しばらくして気付いた。

(コレが、望まれた世界か?)

 あの時は色々問題があった。例えば人間とのいざこざだけでなく、権力争いが多発した。力が全ての社会のため、盲目的に全ての者が力を望むようになっていたのだ。

(コレが、私のやりたかったことなのか?)

 違う。

「私は全てを捨てました。地位も世界も何もかも。自分のことさえ隠し、生きていることさえも曖昧にしました。」

 あの時の自分はとても惨めだった。とにかく愚かだった。

「でも、おかげで見えてきたものもありました。自分の世界です。」

 ゆっくりと話していく。

「客観的に見ることで、何もかも悟りました。自分の愚かさも未熟さも。そして、今までやってきたことは、自分の我儘わがままだったことも。」

「そうかい?結構自分としてはアリだと思ったが。」

「でもアレじゃダメなんです。結局世界のおおもとは変わらない。結局何も変わらない。ただただこの歴史を何百年、何千年と繰り返すだけです。それは、彼女の望む世界でも、私の望む世界とも、一線をかくモノでした。」

 今までの考えをしっかりと強く持つ。

「そして、全てを捨てて世界を観ました。自分の世界も、他の世界も。すると驚くことに、世界は思わぬほどに美しかった。」

 あの時の美しい情景。あの空気。彼女にも見せたかった。けど、それも叶わぬ事だ。

「この世からあらゆる生物が消えても世界は残る。それは時に残酷に、時に優しく我々を魅せます。でも、それすらも変える私の力は、世界には要らぬモノでした。」

「そんな事はないさ。」

 始祖の魔王は優しく言う。

「君の能力があったからこそ助かったものがある。君の能力があったからこそ変わったものがある。君はすでにもう、色々なモノを変え、世界を自由気ままに創作していたよ。でも、そのおかげで魔族私たちも、人間もネクストステージに進むことができたんだ。君はもっと、誇りを持っていい。」

「……でも、私には、そうは見えなかった。……いや、見ることができなかったのか……。」

 ハルトは遠くを見ながら呟いた。

「でも君、アレはいけないでしょ。」

 急に始祖の魔王が言う。

「君、本気を一度も出してないでしょ。」

 ギクっとした。

「君の超次元の威力はあんなもんじゃないでしょ。やろうと思えばあのシオンとか言うやつの超次元を押し切ってまで殺せる火力を出せたはずなのに。」

「……。」

「しかも、最後アレ自分で死を選んだでしょ。まだアレ戦えたよね、カウンターで殺せたよね。いやそもそも君がシオンの超次元を見抜いてないはずがない。なんたって君の魔王眼はそういうのを見るためにあるんだから。」

 ハルトはしばらく黙っていたが、やがて口を開き、

「そうですね……。確かに私は人生で本気を出したことは一度もないかもしれませんね。」

 そう言った。

「私の力は圧倒的なので……戦うにしても面白くないんですよ。」

「だから抑えて戦ってたのか。全く、皮肉なことだねえ。」

「皮肉ではありませんよ。ただただ単純に、私がそういう性格なだけです。特にこだわりはありません。」

「ふーん。強いヤツの考えってのは、わからないね。」

「わからないほうがいいと思いますよ。知は力なり。でも、知り過ぎると、いつかきっと後悔する。アホぐらいが、丁度いいのかもしれませんね。」

「知り過ぎると後悔する、か……。確かにそうかもねえ……。」

 意外にも賛同を示してくれた。だが、更なる問いをぶつける。

「じゃあなんであんなに殺したんだい?結構殺さなくても良いやつもいた気がしたが……。」

「それはですね……。二つほど理由があります。」

「ほう?」

「一つは単純に復讐の念を持つやつです。ああいうやつは生かしておくと、必ず自分の創った新世界にケチをつける。そう思ったので、後顧の憂いを断つために殺しました。」

「なるほどねえ。復讐に囚われたものは暴走をするかも知れんからなあ。実際に君の経験もあるしね。」

 ハルトは少しむっとしたが、続けることにした。

「もう一つは犠牲を尊いものにするためです。」

「犠牲を?」

「あの戦いで、アレだけの犠牲を払ってやっとできたと思えば、それを守っていく力が強くなるとは思いませんか?」

「確かに……ラク〜に平和な時代が手に入ったらそのありがたみを知らん奴が戦乱をもたらしてもおかしくない、というわけか。」

「そう、そしてかつ、この後の犠牲を最小限に抑える、ということもできます。」

 ハルトは学んだことを話す。

「何かを創るためには犠牲が必要です。でもそれは努力や才能で抑えられる、ゼロにはならないのが悲しいところですけどね。」

「さすがは年の功だね。1000年生きてると違うなあ。」

「やめてください、年なんて。老いないからこうなっただけですから。」

 ハルトはいやいやながら言う。

「……でも……」

 ハルトは続ける。

「生まれてきてよかった。心からそう思っています。」

 彼女が死んだ時は、自分の存在している意味さえもわからなくなり、存在を否定したが、今は違う。

「この世界を紡げたこと。共に生き、答えを見つけれたこと。そして……何より次世代を担う素晴らしい存在に出逢えたこと。私は幸せ者です。」

 ハルトはにっこりと笑って微笑みかけた。その表情には、やり遂げた達成感も感じられた。

「……そうか。そうだよな。」

 力強く頷く。

「生きるって、素晴らしいよな。」

 空を見上げた。暁は夜明けへと変わろうとしている。いと美しい情景だ。

「君を生んでよかった。心から愛しているよ。」

 そう言って始祖の魔王は立ち上がった。

「君と……最後に話せて良かった。」

「待ってください!」

 ハルトも立ち上がり、引き留めるように言う。

「まだ……まだ色々話したいんです!貴方だからこそ理解できることも、話せることも、きっとあるはずです!」

 ハルトは必死に訴えるが、

「大丈夫さ。私に言えるなら、もっと色々な者にも言えるさ。大丈夫だ。自分を信じろ。何より君は、恵まれているんだろう?」

 突き上げるように言った。ウッと次の言葉が詰まった。

「俺は夜明けを見る。この世界が変わる瞬間を。あの禍々しい時代に終止符を打ち、新たな太陽光が差し込むその瞬間をだ。」

 ハルトは下を向いて落ち込んだ。それを見て、ハルトに近づきこう言う。

「君のパートナーはまだここにいるよ。それに俺だって消えるわけじゃないんだ。」

 ハルトの肩を叩き、言う。

「また逢えるさ。」

「きっとですよ。」

「ああ、もちろんだ。」

 そう言って彼は列車に乗り込んだ。いつの間にか周りには人が溢れ、列車に乗る人でごったがえしている。でも、彼は見失わなかった。そして、最後に振り向き、言った。

「私は……幸せだった……。」

 列車は汽笛を鳴らし、走り始めた。太陽の方角へ……。

「……夜明けだ。」

 列車が地平線の彼方に消えると、夜が、明けた。

 ハルトは改札を通り抜け、言われた言葉を思い出す。

(君のパートナーはまだここにいるよ。)

 ハルトは階段を降りながら考える。本当ならば1番に逢いに行こう。何を持っていこうか、何をしてあげれば良いだろうか。何を——

「!」

 駅を出た先にいた。ようやく逢えた。叶った。全て叶った。嬉しい。

「久しぶりだね。」

ハルトはついにその名を呼ぶ。

「お待たせ——カエデ。」



さんざんな俺らの魔王討伐記 外伝 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さんざんな俺らの魔王討伐記 Hello @sanzannasinjin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画