第32話 死の唄 〜セカイ〜

第三十二話 死の唄 〜セカイ〜

 

 

「賢者の作戦が成功して、ヤツを殺せる確証はあるのか?」

 ラリスがそう聞いた。

「いや、ない。」

 シオンはキッパリ言った。

「正直アレで終わりでは御破産ごはさんだと思う。もう少し欲しいところだね。」

「じゃあオレがその後に続こう。」

 そう言って手を挙げたのはリヒュウだ。

「前にも言ったかもしれんが、オレが前線に立たなくては、部下に示しがつかんからなぁ。」

「……正直言ってやめて欲しいんだけどなぁ……。」

 シオンがボソっとつぶやいた。

「異聞天を出すとなると多分彼も本気で殺りに来ると思うんだよね。そしてその余波は……後続にも響くと思う。ただでさえこちらの戦力が少ないのに、リヒュウをここで消化したくない。」

 シオンはそう言って引き留める。だが、

「いいんだ。じゃあハルトとこの中で一番絡んでたのは誰だ?」

 リヒュウはそう言って全員を見渡す。

「オレだろう?だったら尚更だぜ。大丈夫さ。下手に殺される真似なんてしねえからよ。」

 リヒュウのその覚悟の強さをシオンは感じ取ったようだ。恐ろしいほどの覚悟の硬さに、彼は身震いした。

「……分かった。リヒュウの次は誰がいく?」

「それについては私たちがなんとかするわ。」

 そう言ってヨネットが立ち上がる。

「私とラリス、そして昔のよしみでヴィルカシアの傭兵を借りてきたわ。」

 そう言ってヨネットが手招きするような仕草をすると、ヨネットの背後に人狼が一体現れた。

「しかも、この先の世界の行く末を決める戦いってことで、これ付きで貸してくれたわ。」

 ヨネットは人狼から銃をもらうと、シオンの背後にあった瓶を撃ち抜き、破壊した。

「何すんだこの野郎!」

 ユーリが激昂し、ヨネットに迫るが、ヨネットは淡々と告げる。

「これはマスケット銃と言ってね。充填が遅いし一発しか撃てないけど、威力とスピードは他に類を見ないわ。実際にそうだったでしょ?」

「確かにな。で?部隊編成は?」

「マスケット隊30人、近接兵50人、重武装兵20人、軽銃兵20人ってところね。これでもほぼヴィルカシアの最高戦力よ?」

「色持ちはいねえのか?」

「残念ながら先の王都攻めで殺られてるわ。私とラリスしかいない。」

 残念そうにヨネットは言う。

「でも少しずつ削ればいいわ。アイツにありったけの弾丸をぶち込んでやりましょう?」

「……わかった。統率は任せるぞ。」

「いや、私たちが死んだ時のためにシオン、貴方にお願いしたいわ。」

「俺に一個師団を操れ、と言うのか?流石にそりゃあないぜ。」

「私たちは傭兵よ。死ぬか相手を殺すよう命じれば応じるわ。」

 冷酷に言い放つヨネットからは自身の仕事に対する誇りと、意地を感じられた。

「……了解した。ベストを尽くすよ。それから、俺たちは死にいくんじゃない。生きて明日を迎えにいくんだ。」

「……覚えておくわ。」

 ヨネットはそう返事をした。割れた瓶の欠片がキラリと光った。

 

 

(このタイミング!マスケット隊が殺られたのは想定外だったが、まだ十人ほど残っている!一斉射撃で風穴を開けてやる!)

「マスケット隊、放てえ!」

 マスケット銃が火を吹き、ハルトに弾丸が迫る。だが、弾丸は想定外の動きをした。

「⁉︎」

 銃弾は急に空中で静止し、そのまま地面に落ちた。

(あの速度の弾を……落とした⁉︎どうやって⁉︎)

 ユーリは驚き、目を見張るが、シオンはかんじていた。コイツの恐ろしさを。

(間違いない!これがヤツの生得魔術だ!)

 シオンは着地し、ハルトと向かい合う。

(ヨネット、ラリス、リヒュウ……。ありがとう。これで手札は、ほとんど割れた!あとは俺らが、トドメを刺すだけだ。)

 側面から飛び出したヴィルカシアの重武装兵がハルトに斧を振り下ろす。だが、それより速く、彼の槍が傭兵の胸を貫いた。だが、その隙にマスケットの充填が完了する。再び放たれた弾丸。次は確実にハルトに命中した——かに見えた。銃弾はまたしてもハルトに当たる直前で落ちた。

(確実に何かしてるけど解らん!全く理解ができない!)

 今までで確認したのはあの吸い込む球体、ヨネットとラリスを貫いた謎の虹色の球体、そしてこの弾丸落としだ。

 すると、ハルトは何を思ったのか自身の脳に魔力を集中させた。すると、髪が一瞬で伸びた。彼は伸びた髪を切り、こう言う。

「脳の治癒、完了。」

 ハルトの左眼から鋭い眼光がのぞいたかと思えば、彼の眼球からレーザーが飛んできた。

(マジで解らん!本当に脳が治癒したのか⁉︎あのレーザーは何なんだ⁉︎別の魔法か⁉︎)

 彼はすでにハルトが別の魔法を使えることを知っている。つまり何か別の魔法を組み合わせて使っているのでは、と思い始めたのだ。

「もう俺は死なん。絶対にだ。」

 ハルトはそう言うと、両手に二つの球体が出現する。出現したのは、あの黒い球体だ。

「闇は引力。引力は絶対的な力……故に防御不可避だ。」

 そう言うと、球体が飛び、軌道の地面をゴリゴリと削っていく。確かに引き寄せられるようで、少し離れていたオルランドやアキラも引き込まれそうになっている。

(重力?いや、でもあの貫通砲は何なんだ?)

 謎は深まるばかりだ。そしてユーリが剣を上から振り下ろす。

『天下無双流 雷槍一天!』

 だが、それは躱されハルトの槍がユーリの頬を切り裂いた。だが、ユーリはこれしきでは怯まない。

『天下無双流 屠薙!』

 横に一閃。ハルトの腕が一部斬れる。だが、そこでハルトは気付いた。

(あの剣……異聞天のものか。聖のエネルギーがこもっている。故に深く喰らうわけにはいかんか。)

 ハルトはユーリから受けた傷を回復すると、ゆっくりとユーリ達に近寄り、こう言う。

「別に俺も嫌いじゃない。敵から奪ったもので攻撃するというのは。」

 ハルトはそう言ってユーリを相手取る。瞬時に側面に回り、槍を撃ち込む。際どかったが外れた。だが、槍が変形する。

「焼き尽くせ!レーヴァテイン‼︎」

 炎が舞い上がり、ユーリを包む。だが、なんとか逃げ、軽い火傷程度ですんだ。ユーリは剣をなぞらせるように傷に当てる。すると、止血されているのがわかった。

「……聖のエネルギーは、人間にとっては回復効果があるらしい。それがこんな形で活かせるとはね。」

 武器を瞬時に理解できる、ユーリだからこそ気付けたこと。

「面白い。」

 その時、背後からオルランドとアキラが近づいてきていた。間合いを詰め、攻撃をするつもりだ。

(3人か……少々部が悪いな。)

 ハルトは体をよじって受け流すと、手のひらにできた黒い渦からムカデを出す。瞬時にそれはアキラに襲いかかりアキラは後方へと飛ばされていった。オルランドはその悔しさを晴らすように拳を叩きつける。

破曲ヴィヴァーチェ‼︎』

 歪みが生じ、その反動のエネルギーで攻撃する。だが、ハルトは普通に耐えていた。だが、攻撃を間髪入れずに打ち込む。今度はユーリの番だ。

『天下無双流 瞬天‼︎』

 ズバッと一閃するが、斬った手応えはあったのに、ハルトの皮膚は斬れていない。この錯覚にユーリは一時戸惑った。それが命取りだ。

「ドゴン!」

 ハルトの全身でのパンチが炸裂し、ユーリを遠くに吹っ飛ばした。オルランドは拳で攻撃を続けるが、ハルトの方が体術のレベルが圧倒的に高く、先読みされ、反撃を喰らってしまい、よろけた。

「甘いよ。」

 槍が変形する。あの必殺の槍へと。

「ガキン!」

 なんとかアキラが戦鎚で槍を押さえつけ防ぐ。

「オルランド!」

 アキラの言葉に呼応し、ハルトに渾身の一撃を打ち込む。

破曲ヴィヴァーチェ‼︎』

 ドンッと衝撃が生まれ、ハルトはズザザア……と下がるがダメージがないように見えた。

(何故だ?何故攻撃が……。)

 オルランドはこの錯覚に苛立ちを覚える。

(技が別のものに吸い込まれてるみたいだ。なんというか……別のものにダメージを肩代わりさせてるみたいな。)

 だが、解らん。どうしても理解ができない。ならば……。

「戦術を変えて、変化を誘う。」

 アキラはそう言ってポケットから複数枚のカードを取り出した。

 

 

「ここが、ホウタのコレクションルーム……。」

 アキラは許可をもらってホウタの家の中のコレクションルームに入っていた。中には宝石などの貴金属のほか、魔剣や多数の魔法道具マジックアイテムが入っていた

 その中で彼が選別し、一番使えそうだった、“魔法符スペルカード”というものを持ってきたのだ。

星符ほしふ!』

 アキラは星のマークが描かれたカードを掲げる。

『スタースパーク‼︎』

 魔法符スペルカードにはあらかじめ魔法が同封されており、使用の宣言と魔力を使うことで、そのカードに書かれている魔法を使用することができる。

 星の形をした弾幕とともに、その軌道がレーザーへと変わり、ハルトに向かっていく。だが、彼は八卦炉の炎で相殺した。

(やはり火力はアレに劣るか。でも、いい繋ぎになんじゃない?)

 シオンがその時ハルトの右腕を掴んだ。そして、手から槍を外そうとする。

(まずはこの必殺の槍だ。それさえなければリスクを大幅に減らせる!)

 だが、残りの腕の先に黒い渦が現れ、そこから大量にムカデが射出される。今回は這って出てきたのではなく、固まってシオンにぶつかるように飛んできた。そのまま近くの木に叩きつけられ、ギチギチ……と音がする。だが、間一髪でユーリの剣がムカデを消滅させる。

「眷属にも有効なんだな、この剣。」

 そう言ってシオンに剣を当てる。だが、シオンはこう言う。

「大丈夫だ。」

 どうやら変わったようだ。

「くるか……負け犬めが。」

「大丈夫さ。オマエと同じであの時は本気を出しちゃいねえ。これが俺の本当の実力さ。」

回復魔法キュアー

「⁉︎」

 ハルトはその様子に驚いたようだった。なぜなら急に士怨が魔法を使い始めたからだ。

(ヤツの脳は魔法使いのものではないはず。なのに何故⁉︎)

 彼は反射で魔王眼を全開し、魔力の流れを探る。すると、彼は頭の中で脳の形をはっきりと確定した。すると、確かにシオンの脳は魔法使いのそれに変化していた。

(多分、身体を替えまくったせいだな。おそらく身体が同調して、少しずつ俺の身体に近くなっていったんだ。それがゾーンの状態だろうな。でも、今回は結界術を乗り越えるために入れ替えの頻度が高かったから、俺の身体に適応していって、魔法が使える脳の形になったんだろうな。)

 つまり現在の士怨は、魔法を使えるよう。そして、その生得魔術は——

「ヴンッ。」

 ハルトの身体が画面に入れられる。

「バリイン!」

 ハルトは大きく弾かれ、画面を割り、飛んでいった。ハルトは受け身を取ると、今の魔法を確認する。

(今のは間違いなく“二次元バーチャル”!どうしてその魔法を使える?)

 ハルトは埃を払いながら立ち上がり、前を向く。シオンとユーリが一気に駆けてくる。

(もう面倒だな。やっちゃうか。)

 そう言うと、手元に虹色の球体が出現する。両手に収まるほどの大きさまで大きくなると、

超次元ちょうじげんさん

 それと同時に虹色の球体が眩い光を発し、爆発を引き起こした。しかも、その程度のものとは思えないほど強い爆発を。

「ガラガラガラガラ……。」

 辺りのものが吹き飛び、建物が粒子状になって崩れていく。

(何なんだ?一体。明らかに異常なエネルギーを放ってる。でもまあいいか。)

 シオンはオルランドと一緒に別の防御魔法を展開し、ガードしていた。

「ダメージゼロだから……。」

 その時、ハルトの拳が普通に飛んできた。防御魔法を打ち破り、シオンに拳を当てる。だが、シオンも反撃し、拳を返す。だが、それは避けられ、逆にハルトがラッシュを浴びせてくる。だが、

「ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 ハルトの拳は次々とシオンに受け止められた。

「?」

 ハルトは違和感に気付いた。よく見ると、多少の魔力が体を駆け巡っている。しかも自分と同じ動きを繰り返した。つまりこの魔法は……

「“体現インプット”か!」

 ハルトはそう言うと、槍を突き出すが、槍をオルランドが曲げ、シオンの溜めた一発がハルトの顎を突き上げた。彼は吐血するが、これしきの傷では大したダメージにもならない。

魔陰弾まいんだん

 黒い弾丸がハルトの周りに展開され、それが発射された。見かけによらず、当たった場所を貫通し、遠くまで貫いている。

(めっちゃちっちゃいけど火力はバカにならんな!一瞬の油断が命取りだぜ。)

 ユーリが背後から斬りつけるが、槍を回し、剣を弾く。そして、

「殺れ、レーヴァテイン!」

 槍の砲火がユーリを包み込んだ。ユーリは全身に火傷を負い、倒れてしまった。

「一人。」

 ハルトは静かに、そう言った。

「クソッ!」

 オルランドが駆け出し、ハルトに攻撃する。だが、ハルトは指で空中をなぞるようにすると、オルランドは空中に投げ出された。

「何っ!」

 オルランドは予期せぬことに動揺した。

(突き上げられたのでも、自身で跳んだのでもない!まるで、世界の摂理のように自然に跳んだ、というより浮かされた!)

「二人かな。」

 ハルトの槍が変形し、一撃必殺の槍、ロンギヌスへと変わる。

「アレを撃たせるな!撃て!」

 銃火器が火を吹き、再び弾丸が飛ぶ。だが、やはり直前で止まると、こちらを振り向き、

「見飽きてんだよ、その武器は!」

 そう言ってロンギヌスを投げると、一気に3人の傭兵の身体が消えた。

(単純に投げても必殺級の一撃になるのか。遠距離でも気をつけなくちゃな。)

 オルランドは依然、空中を飛んでいる。どうにかしなければいけないが……ヤツがそうさせてくれるとは思えない。ならばここでシオンがやるしかない。ヤツの想像を超える動きってやつを。

「ヴンッ。」

 いつの間にかシオンがハルトの横腹に手を置いていた。すると、シオンはそのまま流れるような動きで画面を叩き割り、遠くに弾く。オルランドの浮遊効果も消えたようだ。ハルトは地面を転がり、なんとか受け身を取るが、その時背後から剣が迫った。

『天下無双流 戦乱華扇‼︎』

 なんとか槍で剣を押さえながら攻撃を防ぐ。だが、いつの間にか彼は傭兵集団に囲まれていた。全員が一斉に彼に攻撃しようとした時、

「邪魔だ。消えろ。」

 手に黒い球体が出現する。それをそのまま大きくし、一気に傭兵集団を引き込む。

超次元ちょうじげんしゅく

 全員が巻き込まれ、骨がボキバキと折れる音がした。

(マジで魔法はどうなってんだ?意味がわからないな。)

「俺の魔法は少し特殊でな。わかったところで対策も出来んからな。せっかく久しぶりに使ったんだ。特別に教えてやろう。」

 そう言うと、彼の両手にあの黒色の球体と、虹色の球体が現れた。

「私の魔王眼はいわば“世界を見る眼”だ。この1秒から全ての視界の情報が絶えず脳に流れているのさ。水が流れ、草木が成長し、地面が動く。その動きやスピードさえも、私は知覚している。万物の動きや、情報!その全てのものが私には視えている!」

 ハルトはそう言うと手にある二つの球体を見る。

「そして、とうとう私には、視えないものまで視えてしまった。光や時間、次元や力、それすらも私の周りを取り巻く状況を、私は視ている。だからこそ、私にとっては時を操るのは簡単だし、力を操るのも、光さえも扱える。」

「だからあの時止めが出来たのか……!」

「だがもう時止めなんて狡い真似はせん。俺の戦り方ではないしな。因みに、時止めをしても無駄だぞ。私は言った通り時間が視えるんだ。時を止めれば瞬時に分かるし、次元を操れるため私はその時空間に縛られない。」

「そんなもん、やってみなきゃわからねえだろ。」

 そう言ってアキラはスペルカードを掲げる。

時符ときふ エレメンタルワールド!』

 時が10秒のみ止まる技だ。だが、

「言ったはずだ。“動ける”と。」

 ハルトはアキラの目の前に瞬時に移動していた。

「オマエが何秒時を止めようと、私には意味のない行動にしかないのさ。言ってはいなかったがオマエさっきから度々時を止めていたよなあ。あの戦士を回復させようとしていたな。その時間稼ぎか?」

 そして、再び時が動き出し、ハルトたちの会話は元に戻る。

「な?言っただろ?」

 ハルトの言葉に、アキラはうなずくしかなかった。

「そして、私の魔法は、集縮しゅうしゅく発散はっさんだ。」

 意味を介しかねるようだったので、ハルトは解説を続ける。

「単純な話だ。光はものを動かせる力を持っている。光とはスピード、そしてそれは重さだ。そして闇は引力……光すらも飲み込み、黒く潰して無に返す。」

「……何が言いたい!」

「私の魔法は、光と闇に、実体を与えるものだ。光と闇は、実際にはほとんど私たちには作用しない。実際にそうだろう?暗いところに引かれるか?光がぶつかってきた感覚があるか?」

 そう言って彼は腕を広げる。

「ないだろう。私はそれらを粒子として認識している。だからこそ、その粒子に私の魔力で重さを与え、重粒子化する。そうするとどうだろう。他のものに影響を与えることができる。ただし実際には光、闇という事実は変わらないのでその性質は何も変わらない。」

「つまりは光の加速砲みたいなものも可能ってわけか。」

「まあ光速だけど、威力がね……。いくら重粒子化したところで重さはほとんどない。まとめないといけないんだけど、そこで闇の引力を使うんだよ。闇の引力で力を集縮させ、光の力で発散させる。ほら、これが集縮と発散だ。」

「……。」

 士怨たちはしばらく傍観していた。あまりの魔法のスケールのデカさに、彼らも驚きを隠せないようだ。

(だから急に引き込まれたり、貫通したりしたのか。おそらくあの黒い球体が闇、つまりは集縮だ。逆にあの虹色の球体は光……発散の能力を持っているのか。)

「さらにだ。これは単純な魔法操作から一段階上げた技だ。でもな、これにはもう一段階上げれるんだよ。」

 そう言ってハルトは両手にあった二つの球体を近づけ、そのままぶつけた。

「集縮と発散がすごいスピードで展開され、その結果仮想の質量が誕生する。それを粒子と仮定し、その質量を前面に押し出す。これは防御不可の即死の一撃だ。」

 二つの球体がぶつかり、交わったところが白く変わる。そして、全てが白色に変わると、それが押し出される。

超次元ちょうじげんしゅう

 瞬時に周りのものが巻き込まれていき、潰れた直後にそのままスピードを保ったまま直進してくる。当たりはしなかったが、地面を大きく削り、遠くにあった建物も、瞬時に原子レベルで分解され、吸い込まれていった。

「今のはわざと外した。さて、どうする?」

 すると、そこに魔弾が飛んできた。ハルトは腕で受けるが、ダメージはそこまでないようだ。

「当たったよ!ヴァルプ様!」

「でもおかしい。なんで今の弾、炸裂しなかったんだ?」

 クーゲルの問いに一同は顔を見合わせる。

 先程から攻撃を当てているシオンやユーリも違和感を感じていた。

(攻撃が当たった感覚はあるんだ。でも、手応えが変だ。)

(そこにあるものではなく、何か別のものを斬っている感覚がする。実際にダメージがほとんどなかった。)

(あの画面に入れての攻撃さえも何故か手応えが薄かった。かなり強めの攻撃のはずなのに……。)

 シオンはそう言って次の攻撃をハルトが撃つ前に近づき、体を触る。だが、

(魔法が発動しない——⁉︎)

「残念だけど、まださっきのでさえも魔法の上澄みを強化しただけに過ぎない。本当のこの魔法の極地は違う。光と闇。それぞれを高速かつ高密度で連続してぶつけていくと、仮想の質量が増えるだけでなく、時間、空間、存在が歪んでいき、空間の中に新たな空間、時間軸、存在が生まれる。それを指して、“超次元”——」

 そう言って彼は拳を振るった。その拳は空間を破断し、遠くまで魔力が届いた。

「超次元は新たなセカイだ。故に物理法則やあらゆることわりは通じない。さっきも魔法が発動しなかったのは、超次元内にオマエの手が入った時に、俺に触れていると錯覚させたからだ。」

 ハルトはそう言うと、手のひらの上に四角い物体を生み出す。

「そして、この空間は俺が自由に設定できる。そして超次元内では創造と破壊が繰り返され、発展していく。そして、その創造の部分を抽出すれば……。」

「まさか……再生できる⁉︎」

「そう。これにもっと早く気づけばよかったね。全く、愚かだよ。」

 彼はそう言うと、下を向いたが、すぐに前に向き直り、こう言った。

「この能力を使えるようになるのはこの姿になってから。故に前の姿フォルムでは使えないんだよ。でも、その縛りと引き換えに俺は体に再生能力を付与していた。でも今は違う。俺は千年前の生まれた時と同じだ。でも、俺は確実に進化している。武器の使い方も、そして、眷属の扱い方もね。」

 その時、再び飛んできた魔弾がハルトを攻撃するが、やはり当たらない。

(アイツらから仕留めた方が良いな。コイツらにはもう少しお預けだな。)

「俺の眷属たちは強い。俺が実戦で選んだ選りすぐりの垂涎モノだ。眷属の無制限使用ができるのも、この姿になってからとは、面倒な縛りを結んだことだ。」

 そう言うが、ユーリが背後から斬りかかる。だが、ハルトは華麗にそれを避け、瞬時に黒い渦を複数個生み出す。

姫蟲ひめむし、本体は一体だけだ。それ以外は際限なく湧き出る。まさに蟲らしい、群体を個体で形成する、能力だ。そしてもう一体。こっちは殺られたらおしまいだが、耐久力タフネスと攻撃力は比較にならん。出でよ。」

饕餮とうてつ

姫蟲ひめむし

 複数の黒い渦からは大量に姫蟲が出現し、一際大きい渦からは、鹿の頭を持った、人型のフォルムを持つ生物が出現した。量はさっきの戦闘時よりも多い。

「本来は異聞天と併せて使うともっと良いんだけど、殺されたしなぁ。それを補う量出しているから安心しな。」

 本来、彼はこのフォルムにならなければ眷属は呼び出せない。だが、異聞天はその莫大なコスト故、魔法を介しての召喚が必要となる。そのため、どのフォルムでもその魔法を使えば召喚は可能だ。

 ハルトは眷属が人間たちに群がるのを確認すると、魔弾の飛んできた方向に目を向ける。そこは小高い丘のようで、そこから魔弾が飛んできていた。

(やはり高所を取られていたか。まあ、)

「それが何かってハナシだ。」

超次元ちょうじげんはつ

 それによって生まれた発散のエネルギーが、丘を吹き飛ばした。だが、空中から瓦礫を掻い潜るように魔弾が飛んでくる。だが、それは超次元で覆った身体に近づくにつれ遅くなり、やがて落ちてしまった。

「残念。」

「オマエもな。」

 ヴァルプがいつの間にか背後にきていた。

(これは……ああ、クーゲルの転送魔法か。)

 ヴァルプは近距離で銃火器をハルトに無理矢理押し当てる。

「遠くからじゃダメでも、ゼロなら喰らうだろ?」

「ドンッ!」

 鈍い音が響き、ハルトの体を弾丸が貫通する。だが、瞬時に傷が癒えていく。

(これが超次元の創造能力!肉体が再生しているのではなく、その空間上にあったものが復元されている感覚だ。まさに別次元の回復方法!)

「ヴァルプ様!離れてください!」

 その時、さらに援護射撃でチガネの弾丸が飛んでくる。それはハルトを射抜くも、そこまでダメージはないようだった。

「ギチ……。」

 チガネの体にいつの間にか姫蟲が巻き付いていた。よく見ると、近くに黒い渦が出現している。ハルトの手に、黒い球体が出現する。

超次元ちょうじげんしゅう

 ハルトの手を離れた球体は付近を一周し、チガネの半身を引き裂いた。そのままチガネは力無く倒れ、最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。

「絶対に……貴女なら射抜けますよ……ヴァルプ……様……。」

 そう言うと、チガネが事切れた。

「愚かな……この程度の火力で私に勝つつもりだったのか?だとしたら検討外れだな。一度、自分の実力を見返してみると良い。」

(……実際に私にはリヒュウやヨネットなどの魔族に比べたら実力は劣る。でも、私が幹部にいる所以は——)

「じゃあ見せてやるよ!私の本当の力を!」

 

 

「私は何をしたらいい。」

 作戦会議の途中、ヴァルプが声を上げた。

「私にも何か、役割をくれ。私だけ生き残るなんて、絶対にイヤだ。」

 そう言って必死に訴えるヴァルプ。だが、それを安心させるように、

「大丈夫さ。君には後方支援と援護射撃。そして、万が一の保険として最後の砦として、魔王軍の最後の後詰めの役割を担ってもらおう。」

「後方支援……。」

「オマエの得意分野だろう?」

 戸惑うヴァルプに対してリヒュウが言う。

「オマエが適任だ。逆にオマエ以外に居るか?」

 ヴァルプは笑った後に言った。

「居ねえな。そんなやつ。」

 

 

 その瞬間、数多の魔法陣が瞬時にヴァルプの背後に出現する。

「私の強みは圧倒的な数!攻撃の多さ!瞬間火力なら、魔王さえ超えるわ!」

 その言葉と共に、魔法陣からいくつもの魔弾とレーザーが放射され、ハルトに向かう。ハルトはなんとか受け止めようとするが、

(超次元が……保たん!)

 ハルトもまだ使い慣れてない。故に崩せる。彼女なら、崩せる。

「オラオラどうしたぁ!それで終いかぁ⁉︎」

 叫ぶヴァルプを横目に、ハルトは次々と襲いくる攻撃を撃ち落としていく。一つ一つに超次元を割き、丁寧に落としていく。だが、本体は空いているように見えた。

(今ならいける!装填‼︎)

「発射。」

 今までとは違う、異質な魔力を纏った魔弾が射出される。彼はそれを止めようと、姫蟲の体を挟むが、

「ゾ。」

 貫通するように——まるで壁をすり抜けるように魔弾は姫蟲を破壊してハルトに命中した。そして、矢の形へと姿を変えると、そのまま魔力をハルトに流し込んでくる。

「爆ぜな。」

 ボンッとハルトの体を爆発が包み込み、ハルトがフラついた。そこをヴァルプは狙って詰める。

(オマエは知らねえみたいだけどよお、私は、近距離もいけんだぜえ⁉︎)

 ハルトに銃火器の先を押し当て射撃する。皮膚が抉れ、肉が剥き出しになる。とても痛そうだ。

「……悪くないんじゃないか?」

 ハルトが燃えた顔で言う。だがその顔は、満足そうだ。

「オマエの魔法。」

「どうだろうな。」

 再び多量の魔法陣からの飽和攻撃でハルトは吹き飛ばされる。

(この数……俺の武器ではどうもできんな。八卦炉の爆風で吹き飛ばしてもいいが、魔弾が追尾してくるからな……槍でもどうにもならん。)

 するとその時、背後から拳が当たった。よく見ると、オルランドが立っていた。

(さほど傷がない。治したか、俺の眷属の間を上手いこと掻い潜ったかのどっちかだな。まあ正直、)

「居ても居なくても変わらん。」

破曲ヴィヴァーチェ!』

 衝撃が走るが、全くハルトは喰らった様子がない。逆にハルトが槍を突きつける。

「はい、おしま——」

 だが、ヴァルプの魔弾がそれを防ぐ。

「大丈夫か⁉︎バテてきてんじゃねえのか⁉︎」

 ヴァルプの声を聴きながらハルトは槍の向きを変える。

「ああ、大丈夫さ。」

「ドバアン!」

 火力砲が放たれるが、ヴァルプもレーザーを放っており、相殺していた。だが、ハルトの足元から再びあの不思議な魔弾がくる。ハルトは急いで槍で弾くも、弾の軌道が急に変わり、ハルトの体に命中した。そして、今度は大量の爆薬を撒き散らし、爆発した。

(……あの魔法。単純な魔弾を放つ魔法とは違い、おそらくアレがヤツの生得魔術だろうな。俺にかなりの打撃を与えてきやがる。)

 ハルトは爆発をモロに喰らった腹部を触りながら考える。

(魔法の断定は済んだが、対策法がなあ……やはりアレが順当にいって妥当か。)

 ハルトは結論づけると、ヴァルプの攻撃を反射で避ける。だが、避けた先の地面が歪む。間違いない。オルランドの仕業だ。

(あのクソ野郎め。コイツと同じく葬ってやろう。)

 いつになく明確な殺意が沸いた。彼は少し引っかかったが気に留めなかった。

「発射。」

 再び多量の技と共に、魔弾が放たれる。ハルトはなんとかして躱してやろうとするも、やはり物理法則を無視した軌道で曲がり、当たってくる。今度は弾が大きくなり、彼の腹に大きな穴を開けた。

(これで3発。あと何発残してやがる?)

 ハルトは考えながら立ち回る。それを見てヴァルプも気付いたようだ。魔法のことを見抜いたことに。

「流石ね。魔王眼の保持者ってのも、伊達じゃないわね。」

 ハルトを見下ろしながら喋る。

「昔、魔弾の射出というものを手にした者がいた。その弾は7発あり、6発は自身の思った通りに飛び、当たるが残りの1発は悪魔の望むところに当たる……。」

「聞いたハナシだな。」

 ハルトも賛同しているようだ。どうやら読みが当たっていたらしい。

「そう、私の魔法は“絶体絶命チェイサー”。6発自由に魔弾を撃てるが、その代償として6発を撃ち終わったあとに自害する魔法よ。」

「知っている。使い方さえ気をつければ超火力を叩き出すことも可能な扱いの難しい魔法。まだ使い手がいたとはな。」

「意外と面白いのよ。さて、ここからが正念場ね。」

 ヴァルプは腕組みをしてハルトを見る。

「私は今3発撃ったわ。さて、残りは何発でしょう。」

「知るか。だがまあ、俺の目算では4、5発目ってところか?」

「当たってるといいねー。」

 棒読みでそう言い、再び飽和攻撃を開始する。まさに弾幕地獄だ。ハルトでさえ、捌ききれない。

(凄まじいな……。アレだけの魔法陣を瞬時に展開し、それぞれにこの威力を持たせるとは……。)

「千年前と、質は違うな。」

 昔を思い出す。まだあの時は魔族もそこまで強い奴は居なかった。だからこそ絶滅しかけたワケだが。

(こりゃ、早めにやらねえとな。あっちもいつまで保つかわかんねえし。)

 ハルトは距離をとり、球体を出現させる。だが、オルランドが待っていたと言わんばかりにハルトを掴み、投げ飛ばした。そして、そこをヴァルプが狙う。

「撃ち抜け。」

 この戦闘で4発目の魔弾が放たれた。ハルトの腹に刺さったが、ハルトが無理矢理抑え込もうとする。だが、

破曲ヴィヴァーチェ‼︎』

 ハルトの体勢を崩し、ハルトに弾を貫通させた。ハルトの口から、血が吹き出る。

(やったか⁉︎)

 だが、ハルトはゆっくりと体を起き上がらせると、手の先に複数個の黒い球体ができる。

魔陰弾まいんだん

 オルランドの肩を撃ち抜き、ハルトはゆっくりと地面に降り立つ。

「やれやれ、随分面倒なことをしてくれたじゃないか。」

 二人に対してそう言う。

「多分その感じ……あと1発だろ。残ってる“絶体絶命チェイサー”の弾。」

「!」

 手札を見抜かれたことにヴァルプは動揺した。そう、残りの弾は1発。次撃てば相手に当たると同時に私も死ぬ。でも皮肉なことに、私の魔法は最後の1発の威力が一番高い。

「1発目は魔王に撃ち込んだんだ。それで才能を見込まれて幹部になった。」

 ヴァルプはそう言う。

「残りは確かに1発。でも、いい。」

 そう言って今まで以上の数の魔法陣を展開する。

「死んでも、オマエを殺す!」

 ヴァルプの決意が固まった。

「わかった。俺が道を作る!」

 オルランドがそう言い、ハルトに近づいていく。オルランドの背後から大量の攻撃が飛んでくる。だが、ハルトはあえて受け、いつでも最後の1発に対応できるようにしている。

(アレの直撃は避けたいからな。そのために小さいダメージは見逃す。所詮すぐに回復できる傷だ。優先して避ける必要性はない。)

 ハルトはそう言っていたが、オルランドがハルトの腕を掴んだ。そしてそのまま腕を歪ませ、その反動でハルトを飛ばす。そして、目の前には——魔弾の射出。

「よくやった、オルランド!」

 全ての命と、想いを乗せて。

「死ね!ハルトぉ!」

 ——魔弾は放たれた。

 

 

「私の魔法は、決められた数撃っちゃうと死んじゃうんだ。だからな、私と居られることは幸せなんだぜ?」

 昔からチガネとクーゲルとは一緒だった。いつからだったかは覚えてないけど、そんなのどうでもいい。彼女たちと過ごした時間はかけがえのないひと時だったから。

「もし私が死んだら、オマエたちはどうする?」

「そんなの決まってるじゃん。」

 チガネが言う。

「ああ、ヴァルプが死ぬ時は、私らも死ぬ時だ。大丈夫さ。ずっと隣にいるよ。」

 クーゲルの優しい言葉に、感謝した。ありがとう。ここまでついてきてくれて。残りは託すよ、クーゲル。ごめんね。一人にしちゃって。でも大丈夫さ。君の住みやすいように作り変えるんだ、セカイを。

「私たちは、いつでも一緒だ。」

 

 

「——なんで——」

 オルランドとヴァルプは共に目を見張っていた。魔弾はハルトに当たる寸前で止まり、動かなくなったからだ。

「超次元は理を破壊する。必中効果と魔法の情報くらいなら、打ち消せるに決まってんだろ。それを読んで俺は今まで構えてたんだぜ?」

 ハルトに完全に読まれていた。狙いも対策法も。

「お疲れさん。骨はあったよ、そこいらの雑魚とは一味違ったね。」

 その言葉と共にヴァルプの肉体は崩れ去り、血溜まりになった。

「オマエェェェェェェェ!」

 オルランドの咆哮が響くが、ハルトは冷静にそっちを向くと、

「ゴチャゴチャうるせえんだよ!ガキが!」

 ハルトの投げた槍がオルランドの首を貫いた。形状は——ロンギヌス。

「さっさと死んどけよマジで。いい加減にしろ。」

 崩れ落ちるオルランドを見ながら、ハルトは無性に腹が立った。オルランドの死体を蹴り、残った肉を潰した。骨すら砕いて。

「オマエは少し……人間の心というものを理解した方がいい。」

 そう言って歩いてきたのはシオンだ。かなりの怪我を負っている。

「そんなもの、学んで何になる。」

 彼は吐き捨てるように言う。

「きっと君のパートナーは、それを望んでいたんじゃないのか?」

 その時ハルトはわかった気がした。なぜ自分が無性に腹が立ったのか。

(俺に似てたんだ。復讐に駆られ、憎しみに駆られ、ただひたすらに相手を恨んだ。それと同じだったんだ。昔の捨てたはずの自分を想起させて、目障りだったんだ。だから見境なく、容赦無く殺したんだ。)

 彼は自分の手を見る。かすかに血のにおいが残っているだけだが、彼には自分の手が赤く見えた。それこそ血で染まったような……。

(俺はもう立ち戻らないと決めたのに……。演じる内に、目的を失っていた……。そうだ、俺が本当にすべきことは——)

「……ありがとう。」

 彼は顔を上げると、涙を流していた。

「もう迷わないよ。見失わないよ。だから見てて、——」

 風の音に掻き消され、なんと言ったのかはわからなかった。でも聞かなくてよかっただろう。これから殺しにくくなるだけだから。

「いくぞ。正真正銘、最終決戦だ。」

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