第30話 死の唄 〜再戦〜
第三十話 死の唄 〜再戦〜
結界能力を使える人間はごく稀である。結界術は魔法とは根本的に作り、構造、方法さえ別次元のものであり、圧倒的なセンスが必要である。故に人間が使えるなんて事はほとんどない。だからこそ、彼は興奮していた、千年前に戻ったようだ、と。
目の前の敵を前にし、ミチフサは数日前のことを思い出す。
「おい、誰だよテメエ!」
数日前、ビックリバーシティでの出来事。
「騒がしいなあ。なんだよ早朝から。」
よくよく見ると、そこには一人の男が立っていた。だが、仙人のような立ち振る舞いをしている。
(何だ、コイツは……。)
オルランドは妙な気配を感じた。普通のどこにでもいる一般人のようだったが、何故かそれは違うと全身が否定してしまう。とにかく彼は、周りの人をかき分け、話を聞くと、互いの最高責任者と話がしたいという。つけ上がりにも程があると思ったが、なぜかそうは言わなかった。
「お前達がここの最高戦力か。」
全員は集会所に集まり、この人、ミチフサと話をすることになった。
「で?どういう戦術でヤツと
話し方がおじさんくさかったが、無視してシオンはいや、士怨は作戦を伝えた。ミチフサは士怨に驚いていたものの、何も言わなかった。
「なるほど。良い戦術だ。確かにこれなら全員が実力を十二分に発揮できる。じゃがな、これだけではあまい。」
「と、いうと?」
士怨はいつにも増して真剣に話を聞いている。
「ヤツには秘策が多くあるぞ。例えば……。」
「——だろ?」
士怨が言ったことはこの人にヒットしたらしく、少し言葉に詰まっていたが、やがて、
「それもあるが……異聞天、というのを聞いた事はあるか?」
「いや、ない。」
士怨はキッパリと答えた。
「ハルトの最大にして最強の番狂わせ。最強のハルトの眷属だ。」
異聞天の存在を知っており、それを伝えにきたと言う。全く恩着せがましいジジイだ。だが、言葉にウソはないようだった。
「この番狂わせは最悪、出すタイミングによっては作戦が全部崩れるぞ。」
「じゃあどうすれば……。」
「途中でワシと変われ。」
そう言ってきた。
「異聞天とハルトを引き剥がす。そうすればサシで勝負ができるぞ。」
「でも眷属なんですよね?出し入れも簡単なんじゃ……。」
「いや、アイツは魔界の七大魔獣だ。そう簡単に召喚を繰り返すことはできんよ。」
手を振って無理なことをアピールする。
「で、それだけじゃないだろ。」
「流石じゃな。其方はただ目の前の敵……異聞天をぶちのめせば良い。ワシはヤツとタイマンで挑む。貴様らにやってもらう事は……。」
そう言ってシオン達に無理難題を押し付けた。
「おいおい、そりゃあねえだろ……。確かにそれができたら最大の番狂わせだが、何よりな……。」
「リスクが大き過ぎる。到底承伏出来ない。」
そう反対をするが、
「ワシを誰と思っとる。最強の魔法使いぞ。いや、史上最強の、だ。」
「……分かった。」
士怨は少し考えた後、そう話した。
「シオン正気かよ⁉︎」
「リスクがあるのは最初からだ。こうなってしまった以上、リスクがどうたらこうたら言うのは良くない。だったら、1発賭けてみるのも、いいんじゃねえか?」
士怨はいつにも増して興奮している様子だった。
「うむ。それが良かろう。」
「じゃあ頼むよ。史上最強の魔法使いさん。」
少し予定は狂ったものの何とかなる範囲だ。
(ここまでは予想通りじゃ。流石じゃな、あの
「現代の大人は、最近の若いヤツは……なんて言うが、そこまで悪いもんじゃないのう。」
そうしてハルトを見る。
「オマエさんはどう思うんじゃ?」
「俺もそれに関しては同意見だ。長年生きていると、昔も今もそんなに変わらん。」
すると、ハルトの足元から急に煙が立ち昇った。
(これは……。)
ボンッ!という音とともに、地面の下から現れたのは、溶岩の蛇だ。
『
ハルトはそれを斬撃で破壊しようと試みる。
『一傷!』
だが、溶岩の形が変わり、サラマンダーを透過した。
(物理攻撃が無効か……。随分厄介な式神だな……。)
すると、空中に出てきた影のようなものから魔力を感じ取った。咄嗟に離れようとするが、
「ガブッ。」
影の中から出現した狼に、腕を噛まれた。
『
(これも式神か。)
ハルトは喰われた腕を再生させながら考える。
(おそらくヤツの魔法は式神の召喚!そしてこの結界では式神の同時召喚と複数召喚が可能となっている!)
最悪の場合、量で押され、負ける可能性も考慮する。特にあの物理攻撃の効かないマグマヘビには困った。
(おそらく現状、俺の手札ではアレを処理できん。つまり逃げるしかない……。さらにあの狼。影を媒体にどこでも移動し出現してくる。おそらくこれも影には物理攻撃は効かんだろう。)
そうなるとすべき事は結界術の破壊。これを速やかに行い、魔法を使えなくする。そうすれば大丈夫だ。
『一傷』
斬撃をミチフサに放つと、彼は一気に近づいた。だが、
「ドドドドド!」
さっきの爆発する鳥が飛んでくる。
『
ジュワアア……と音を立てながら再生する。
(なるほど……。)
彼は漸く全貌に気付いた。
(式神の召喚、ではなく式神の生産、になっているな。この鳥だけだが。)
拡張領域、
式神の生産と式神の召喚は全くもって違う。式神の召喚は式神が破壊されるまでは消えず、一度切りしか使えない場合も多い。だが、彼の画期的な頭脳によってその弱点を補う方法が確立された。
彼は魔法と科学の融合を目指していた。魔力を科学的に解明し、手軽に、誰でも使えるようにしたかったのだ。その過程で自分の魔法を研究した。基本的な攻撃魔法、防御魔法、回復魔法。そして、自分が手に入れた式神召喚の魔法。当時は式神はコスパは良くなく、破壊されたらそれきりなので重宝されていなかった。だが、研究の最中、彼は掴んだ。この魔法の本質に……!
式神を“召喚”するのではなく、“生産”すれば良い、と。召喚との大きな違いは、その存在の仕方にある。まず、生産は召喚のように多量の魔力を使わない。さらに攻撃は普通に可能という、能力にも差は出ない。だが、その代わりとして一度しか攻撃が不可能であり、攻撃直後に生きていたとしても強制的に自死をさせられる。
だが、これは自爆特攻の爆裂鳥とは最大級に相性が良い!つまり、相手からしたら無限にホーミングしてくる爆弾が飛んでくるのと変わりない。つまり地獄だ。
この結界ではさらにこの生産にかかる魔力が抑えられる。他の強力な式神と併用すれば対処はかなり難しい。実際に今体験しているハルトも想像以上のスペックに驚き、苦戦していた。
「よく考えるものよ。研磨されているな。」
ハルトは横から迫り来るサラマンダーを避けながら言う。
「流石は千年前の人間だ。」
「!」
「おそらく受肉体だろう?人間でのケースは珍しいな。」
そうだ。俺は千年前、正確には千二百年前の人間だ。自身の死んだ時の保険として、ワシは“受肉”の仕方も解き明かし、実際にそれの準備もしていた。ワシは自分の胃を
「俺がオマエを殺したからなぁ。随分と前と式神のレパートリーが変わってるじゃねえか。懐かしいなぁ。思い出のように溢れ出すぞ。」
その後、俺はある一人の子供に受肉した。食べるものがないほど貧しかったようで、俺のラボに入って食べちまったようだ。まあ俺は別に食べなくても大丈夫な“
「まさかもう一度こうして対面するとは、なんだか感慨深いとは思わないか?」
「そうじゃなぁ……。“あの子”も居れば良かったのぉ。」
その時彼の脳内に溢れ出したのは、千二百年前のあの日常、そしてあの忌むべき、悔やむべき出来事。
「オマエも……そっち側の人間か!」
その瞬間、彼は周りに斬撃を放った。建物を四方に斬り裂き、破壊する。
「……思い出させてくれた事……感謝するぜ。……一つ予言をしてやろう。」
そう言って彼はこう、続けた。
「きっとオマエは、この後後悔する。」
「そうか。怖いのぉ。」
そう言ってミチフサは杖を構える。
「なら“賢者”として後悔せぬ生き方をせねばのぉ。」
「そうほざいていれるのも今のうちだ。オマエには、地獄を見せてやる。」
彼の眼差しは、実に強烈で、魔王眼もいつにも増して、恐ろしく見えた。
シオン達は急いで戦場——ベテルの街に向かっていた。
作戦はまだ途中だ。少し予定は狂ったが、大まかなところは変わらない。むしろ良い方向へと向かっている。
「ちゃんとやってっかなぁ、あのジジイ。」
ユーリがそう言うが、
「まあ大丈夫だろう。おそらくアイツは昔賢者と呼ばれていた最強の魔法使いだ。」
「何でそんなヤツが今いるんだ?」
「多分……受肉じゃないか?王都の防御結界などをつくったアイツならできるとは思う。」
士怨はそう答えると、地平線の彼方にベテルの街が見えた。
「……派手にやってるなぁ。これなら大丈夫そうだ。」
その頃二人は激しく戦っていた。ハルトは式神の攻撃を避けながら斬撃を放つ。だが、それを避け、爆裂鳥を永遠に生産して飛ばしてくる。
『一傷』
飛び交う鳥を落とし続けながらハルトは戦いを進める。だが、彼も分かっていた。
(少しずつ戦力が集まりつつあるな。)
彼の魔王眼の範囲は彼らの想像よりもはるかに広範囲だった。彼はすでにシオン達がここに来ていることに気付いていた。このまま結集されるとかなりまずい。絶死領域じゃない分、シオン達を結界内に入れても問題はない。つまり最悪、全員で攻撃されて負ける可能性があるということだ。
(このままでは一方的にダメージを負うだけだ。そうなる前に……)
ハルトはニヤリと笑い、決めた。
(現状手札の中で1番の火力である、“
その時、サラマンダーが彼に近づくと、マグマを放出してきた。彼はそれを難なく避けたが、これでやはり確定した。
(攻撃直後に消えていないということはやはりコイツらは召喚されているな……。破壊は困難を極める。)
そうして避けた後に、サラマンダーの背後から技を放つ。
『
サラマンダーの体がボッ!と弾け、一瞬倒したかと思ったが、再び弾けたマグマが集まり体を形成した。
(“壊”は効果はありけど時間稼ぎにしかならんか。おそらく影には攻撃は一切通じんだろうし、やはり破壊よりも、結界の崩壊の方に尽力した方が効率的か。)
そう思い、彼は一気にミチフサに距離を詰める。だが、
「甘い。」
下から一気にサラマンダーが出てきて壁をつくる。彼はすんでのところでこれを躱し、別の建物に着地した。すると、この壁が倒れてくる。だが、
「バキン!」
マグマを固まった斬撃で弾き、移動した。だが、着地の瞬間に今度は狼が襲ってくる。彼は狼に手を触れさせ、斬撃を直に撃ち込んだ。狼は確かに傷ついたが、すぐに再生している。
(これも召喚しているか。意外と式神の耐久力が高い。基本技の一傷では仕留め切らんか。)
かなり距離を取らされてしまった。ここから斬撃を撃っても効かないのは承知の上だ。だが、これなら……。
『壊』
だが、
「バシャアン!」
相手の防御魔法と相討ちする形で弾けた。
(意外と長射程じゃのお。下手をすれば足元を
すると、大量の爆裂鳥が出現する。
「こちらも長射程で攻撃しよう。」
「!」
彼が家の屋根を飛ぶのと同時に爆裂鳥が次々と彼のいた建物へと突入していった。さらに空中でも一部は追ってきた。
『一傷』
連射しつつ、全ての鳥を落としていく。さらに八卦炉も放射して、周りの攻撃を近づけさせない。
(囲まれた瞬間に全部終わりだ。そうならないように徹底的に落とす。)
だが、彼は鳥に集中が行くあまり、その隙間に紛れた影に気付くのが遅かった。影から飛び出したのは——
(狼と……鳥だと⁉︎)
「ドドドドドオオオオンン‼︎」
十匹ほどの鳥が飛び出し、彼を爆撃した。地面に着地し、再生を進めるが、上からサラマンダーが飛びかかってくる。
「出力最大!」
向かってくる鳥も影も全部巻き込んで、
『壊!』
周りの建物ごと全て吹き飛び、辺り一面を更地にした。
「流石の出力じゃのう。恐ろしいわい。」
「ぬかせ。式神に式神を取り込ませて運ぶとは、随分と粋な真似をしやがるじゃねえか。お陰で腕が2本も飛んだじゃねえか。」
そう言って彼が千切れた腕を見せると、そこから骨が生え、しっかりと腕が再生した。また、爆発による火傷の傷も治っていった。
(あの鳥……。影の中に入ることもできるのか。魔王眼でしっかりと見ておかなけりゃな。さらに、さっきわかったことがある。)
そう言って治った体を見る。
(あの火傷は爆発の熱じゃない。サラマンダーの皮膚の熱だ。)
サラマンダーが少し近づき、壊で吹き飛ばした時に少し付いたのだが、それだけで火傷をした。普通は当たり前だが、彼の熱耐性でも皮膚が焼けるという事はマトモに喰らえば骨まで黒く灰になるだろう。
(俺のこの熱耐性でも防げんなら正直言ってお手上げだ。アイツには極力近づきたくねえな。)
すると、小さいサラマンダーが一気に建物の隙間をはって近づき、彼の近くで一つにまとまる。
「ジジイ!やるじゃねえか。」
そう言うと彼の剣が一薙し、サラマンダーを両断した。剣先は溶けていない。
(剣で触れる分には大丈夫か。斬撃か剣で弾くとしよう。)
ミチフサを見ると、一気に近づいていく。だが、上手く式神が守っている。こんな時に異聞天がいれば……!そう思うがすぐにやめた。そして、
『傷千!』
斬撃の旋風を放つ。これならあのサラマンダーの壁を貫通できる。
「危なっかしいの。」
そう言って飛行魔法で飛んで避ける。
(空中では逃げれんぞ!)
八卦炉が火を吹き、ミチフサを焼き尽くす。大火傷を負っていた。
(仕留める!)
着地点を狙って近づく。だが、空中で別の式神を召喚する。
『
白の牛のような生物が現れ、ミチフサに触れるとすごいスピードで傷が治っていく。
(再生能力を付与する式神か。アレを破壊せぬ限りヤツは死なん!さらに結界能力で付与される再生能力も上がっている!)
そうして照準を肝帝に合わせる。そして、
『十傷』
一撃で破壊した。
(やはりこれは破壊可能か。再び出せるのか否かが問題だが……。)
だが今気付いた。魔力の揺れが少なかったことに。
「生産か!」
攻撃能力を持たないのをいいことに、生産で出していたのだ。
「いい加減にしろよ!クソジジイ!」
そう言って大量の斬撃を放つ。
『
格子状に組み合わさった斬撃がミチフサに迫る。だが、
「バキャン!」
防御結界で防がれた。
(防御魔法なら貫通していたものを……!勘じゃねえな、今のは。)
「全く、気を逆撫でするヤツだな!」
そう言って再び容赦の無い斬撃が飛び交う。次々と家が輪切りにされ、破壊されていく。そして、
「やっとだな。」
ハルトはミチフサの間合いに入った。杖を振りかざすがもう遅い。ミチフサの左腕を掴むと、バキボキという音とともに折る。
「まずは一本だ。次は……足だ!」
だが、
『
杖に充填された魔力が解放され、魔法が発動する。すると、周りに幻影になった爆裂鳥と蝶が現れた。
(実物か?それとも虚像か⁉︎)
だが、爆裂鳥は彼の身体を通り抜けた。
(全部嘘か。見た目に惑わされるな、攻撃を……。)
そう思った時、蝶が紫色の
「まさか!」
「そのまさかじゃ、ほれ。」
そう言った瞬間、ハルトの体に電流が流れた。
(やはり……電撃か!)
『
鱗粉がぶつかり合って生まれた静電気が、一気に彼に流れたのだ。しかもかなりの電圧だ。ハルトは炎への耐性はあるが、電気への耐性はほとんどない。彼は内臓を一気に焼かれたような激痛に襲われた。そして、
『ボルファイザー』
炎が彼を焼き尽くす。だが、こちらはほとんど効果はない。ミチフサはそれを確認すると、一旦距離をとった。そして折られた腕を切り落とし、回復魔法で復元する。
「魔族みたいなことをするな。」
「これが一番楽なもんでね。オマエさんもそう思うじゃろう?」
「確かにな。じゃあ……。」
そう言って剣を取り出すと、
「次は首を斬り落とすしかねえなぁ。」
ハルトがそう言うと、
「出来るといいのぉ。ワシを相手にそんな芸当が出来るとは思わんがな。」
「ぬかせ。さっき俺に腕を折られてたヤツが言えると思うか?」
「じゃあ実力で示すかの。」
『
再び隕石が落ちてくる。が、
「それはもう見飽きたぞ。」
そう言って剣をすごいスピードで振り、隕石を木っ端微塵に切り崩した。
「!」
この芸当には驚いたらしく、ミチフサは固まっていた。
「どうした?心臓発作でも起こしたか?」
「……生意気なガキじゃのぉ。潰れてしまえばよかろう。」
すると、上から大きなマグマのカーテンが垂れ下がってくる。だが、斬撃で弾き、ダメージはなかった。
『一傷』
際どかったが、ギリギリ外れ、近くの家を斬り裂いた。だがこれだけでは終わらない。再び近距離線に持ち込もうと近づいてくる。だが、死角から鳥を放ち、接近を防ぐ。
「いい加減にしてくれねえか?つまらん。」
そう言って大量の斬撃が放たれた。
『
乱れ打ちのように大量に斬撃が周りを破壊する。無論、近くに伏せていた式神たちも巻き込まれる。
(技が増えたな。千年前はもっと脳筋な感じじゃったが……、まあ千年もすれば変わるか。)
そうしてついにこちらの最強の式神を出す。
『
百個の目のついた異形の生物が出現する。そして、ハルトがコイツと目が合うと、
「ピタッ。」
動きが止まる。
この百々路鬼の能力は、百個の目のどれか一つとでも目が合ってしまったらその人の時、つまり動きを止めるというもの。止まる時間は3秒。だが、3秒の停止は最悪の場合、命取りになる。特にこういうヤツは。攻撃性能は特にないが、厄介性でいくなら式神一だ。
「ぐっ……。」
ハルトは気付くとサラマンダーが側面から迫っていた。
(斬撃での対応が間に合わん!こうなったら……。)
ハルトは腹を決めたようだ。サラマンダーがジリジリと近づいてくる。彼は手を合わせ、炎を出現させる。魔力が跳ね上がる。だが、ミチフサはそれを身体を守るため、と考え見過ごした。
(マグマに紛れてならあの式神とは目は合わん。魔王眼で位置は把握済みだ!)
サラマンダーが迫り、体が焼けていく中、彼は炎の矢をつがえた。
『——
炎の矢が全てを貫いた。サラマンダーは射出時の熱放射で蒸発し、百々路鬼ごと、ミチフサを焼き尽くした。さらに後ろにあった寺院——結界の象徴にも当たり、粉々に粉砕した。
「ふう。危なかったな。」
彼は焼けた皮膚を再生させながら振り返る。
(もし射出があと1秒遅れていたら、完全に呑まれて死んでいただろうな……。かなり賭けた部分があったが良かった。)
「さ……流石は……。」
瓦礫の中からミチフサが出てくる。だが右腕を失っており、魔力も残っていないようだった。防御結界で防ごうとしたが、あまりの出力に耐えきれなかった。結局杖に溜めた魔力も一緒に失い、ほぼ負けは決した。
「あんな技を……隠し持ってるなんてね……。知らんかったわい。」
「当たり前だ。あれは俺が鍛錬で手に入れたものだからな。易々と出していいわけじゃねえんだ。」
そう言ってハルトはミチフサに近づき、左腕を斬り落とした。
「フッ、容赦がないのう。」
「オマエが私を怒らせた時点でもうオマエに情など湧かん。」
彼はキッパリと言い切った。
「なるほどのお。オマエさんも変わっとらんかったんじゃな。」
「なんだ、後悔したか?」
「いや、独りよがりでくだらんなと。」
「あ?」
ハルトがガチギレした瞬間、
「冥土の土産に面白いものを用意してやったぞ。存分に楽しめよ。」
その瞬間、上空からあらかじめ生産しておいた爆裂鳥二千匹が、絨毯爆撃を仕掛けた。
「ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
ベテルの街が、大きく破壊された。
シオンたちの目の前でベテルの街は爆撃された。
「作戦通り……。」
作戦では最後までハルトを削るために死にそうになったら空中に待機させていた爆裂鳥二千匹を使って街を爆撃すると言っていたのだ。
「果たして、どうなのか……。」
すると、建物の瓦礫が吹き飛び、大量に触手が現れるのと同時にハルトが飛び出した。傷はほとんど負っていないようで、全く削れていない様子だった。
(魔王眼開眼前ならもろに喰らっていたな。視野が広くて良かったよ。お陰で一傷で自分の近くは守れた。)
「これが冥土の土産とは、くだらんな。」
ハルトはそう言って触手を直す。身体の傷を治すために魔力を身体に集中させたのだ。ハルトはシオン達が近づいているのに気がついた。
「早かったな。おそらく街並みからしてここはベテルの街。王都からは少し離れているが……まあ馬とかを使えば十分可能か。」
そう言って彼は迎え撃とうとその場に踏み込んだ時だった。
「バガン!」
後ろの瓦礫が吹き飛び、何かが現れた。ハルトは咄嗟に剣を背後に回す。
「ガン!」
剣と剣がぶつかる。だがハルトはあり得ない、といった表情を浮かべる。目の前で自分の剣を受け止めていたのは——
「グオオオオオオオ!」
異聞天だった。
「チッ。」
ハルトは下がる。状況が理解できない。何故死んだはずの異聞天が私と剣を交えるのか。
「貴様らにやってもらう事は、異聞天の肉片を手に入れる事じゃ。」
「何故?」
「私は科学に精通していてね、今の研究ではオリジナルに近い
「そのために肉片が必要なんだな?」
「そうじゃ。眷属化しているとはいえ、アイツを倒すのは難しい。それはワシが身をもって体験しておる。」
「異聞天とともに押し切る、というものか。複製にかかる時間は?」
「モノによるが大体10分程度じゃ。」
「……行けそうだな。」
結果としてここまでは上手くいった。複製した異聞天は眷属という枠を超えており、ハルトの支配下ではなくなった。さらに生み出した人間の言うことを訊くようになっている。つまり異聞天は、ハルトを殺す殺戮人形と化した。
「ズバッ!」
ハルトの腕が2本、千切れ飛ぶ。彼はこの瞬間理解した。コイツの放った技は“一傷”である。つまり、自分の斬撃技に適応している!
(斬撃技を……封じられた⁉︎)
彼は思わぬ事に焦る。腕を再生させながら考える。
(先の戦闘での死骸から復元したのか……。だったら斬撃技に適応していてもおかしくはないな。いや、それよりも。)
彼の武器である斬撃を封じられ、このままでは負ける。まだ斬撃は入るだろうが、何度も撃ち込めばさらに適応が進み、完全に無効化してしまう。打撃も少しずつの適応は可能だ。
(一傷を使えないとなれば、俺の手札は半減する。このままではゆるりと自分の持っている手札も潰される。)
異聞天は一気に距離を詰める。そして出現させた剣が彼に迫る。
(この剣は受けれん!)
ハルトは同じように剣で受け止める。しかし、
『イッショウ』
ハルトの体に深く斬撃が食い込む。そして、
『ズバン!」
異聞天の剣がハルトの右腕2本を吹き飛ばした。
「チッ。」
ハルトは異聞天を蹴り上げ、上空へと上げる。そしてそのまま斬撃を浴びせて飛ばした。ハルトの右腕は煙を上げてはいるものの、回復していないようだった。逆に皮膚が壊死している。
(やはり聖のエネルギーはまだ存命か。流石だな。並大抵の魔族はあの一振りで消し飛ぶからな。これぐらいで済んでラッキーだと思うか。)
異聞天の腕に付いている剣の名は“
異聞天は聖のエネルギーには適応していない。だが、聖のエネルギーがあるのは剣の刃渡りだけで、柄にはない。そのため異聞天はこれを持つことが可能となっている。
「グオオオオオオオ!」
異聞天は斬撃の傷を瞬時に治し、雄叫びを挙げて襲いかかってくる。ハルトはそれを躱し、側面から斬撃を叩き込む。
『十傷!』
横一文字に斬撃が入るが、右側の本が輝き瞬時に傷が消える。ハルトはその内に異聞天を殴り、家を5棟ほど飛ばした。
(
異聞天の周りにある本は
背面の本は進化の内容が書かれており、これに事象が書き込まれ、次のページへと進む事で適応が完了する。
「全く、自分で言うが馬鹿げたスペックだな。」
ハルトはそう言うと異聞天に近づく。異聞天もそれに合わせ剣を振るが外れ、ハルトの一傷で折られた。異聞天が驚いている間に顎を突き上げ、そのまま腹に一撃を入れる。異聞天は離れて剣を復元させる。ボコボコ、と肉が膨らみ剣を形成する。
(復元スピードを大して変わらんか。正直アレを無力化したい。といっても斬撃魔法は効かず、八卦炉の火力も適応済み、剣での攻撃は入るが、付いている能力はまだ使いたくない。自分の力だけで、異聞天は倒したい……!)
すると異聞天は息を大きく吸った。そして、それを旋風と化して放つ。だがハルトには効かない。異聞天はハルトに近づき拳を下ろす。ハルトはそれを受け止めると、異聞天はもう片方の腕も下ろしてくる。だが、ハルトも次々とそれを止める。
「ドンドン!」
ハルトと異聞天の拳がぶつかり合う。
「ドドドン!」
「ドドッドドドドド‼︎」
周りの瓦礫が
『
衝撃がハルトを吹き飛ばした。
「チッ。合流したか。」
ハルトの見る先には、人間達がいた。異聞天もゆっくり立ち上がる。異聞天はこちらを見ると、人間達と同時に攻撃を仕掛けてきた。だが、
『円傷!』
波紋状の斬撃が広がり、人間達を足止めする。異聞天は斬撃を喰らいつつも突っ込んでくる。ハルトは異聞天の拳を躱すと異聞天の腹に手を当てる。
「ドドドドドドドドドドドドドドド‼︎」
ゼロ距離で斬撃を連射し、無理矢理ダメージを与える。そして、異聞天を蹴り上げ、空中に上げると、そのまま殴り、地面に叩きつける。だが、空中を蹴って異聞天は復帰してくる。だが、それをハルトは見逃さない。
「ドドドドドド!」
地面に撃ち落とすように斬撃で手足を攻撃する。異聞天は受け身もとれない空中で斬撃を喰らい続け、地面へと落ちた。さらにハルトは地面に落ちても斬撃を加え続ける。地面が斬撃の通りに谷を形成し、さらにハルトはその上から拳を放った。
「ドゴオン!」
異聞天に重い一撃が入った……はずだが……。
「グ、グオオオ!」
何とか受け止めており、ハルトを腕で吹き飛ばす。そして空中に放られた時に、
『天下無双流
『
オルランドとユーリが合わせてダメージを与える。だが、そこまでだ。
「釣り合わねえんだよ、オマエらじゃあ!」
斬撃を放ち、二人を斬り裂く。さらに蹴りまで入れ、ユーリを建物まで飛ばす。オルランドは身の危険を感じ、歪曲させたナイフでガードしようとする。だが、彼はそれを待っていた。
「ズバッ。」
ナイフはハルトの剣で両断され、オルランドの首筋に傷ができる。
(なっ……何故だ。歪曲したものは破壊できないはず。なのにどうして……。)
「俺の剣はなぁ、斬れた後のものが想像できるなら、そう斬れるんだよ。」
ハルトの剣、ジークソウルブレイドはものを斬った後の様子が想像できるなら、何でも斬れる、という能力がある。つまり材質、硬度、状態に関わらず、斬れると思った物は何でも斬れてしまう。だからこそ破壊不能なものだって斬れる。刃渡りを超える大きさのものも斬れてしまう、まさに魔剣だ。
「ナイフとか簡単に斬れるだろ。」
ハルトの蹴りが入り、ズザザザ、と下がる。そして、
『一傷』
オルランドは斬撃によって大きな傷を負った。
「グオオオオオオオ!」
「まだ生きてたか!」
ハルトは異聞天の顔を掴むと無理矢理捻り、首の骨を折る。だが、呼吸器と神経が繋がっており、死ぬことはない。
(異常な耐久性能。だが!何度も与えればいつかは底をつく!)
ハルトの斬撃が腹に入る。だが、さっきよりも効きが薄く、ハルトに反撃するように振った剣が彼の足を斬った。
(……帝王剣が厄介すぎる。アレがある限り安心して間合いに入れん。ジャスティススターのようにデバフがかかるわけではないが、最悪の場合一撃必殺になる可能性があるのが怖い。)
ハルトは足をゆっくりだけど正確に再生させた。
(手持ちで割れてないのは壊と万傷、後剣ぐらいか。)
ハルトは異聞天の足元に入ると、剣で素早く両足を切断する。
「グオッ⁉︎」
異聞天が倒れそうになり、腹が無防備になる。
『
異聞天の腹あたりが爆発する。だが、
(致命傷にならなかった!適応される……。)
その時、
「ドッ……。」
ハルトの半身を異聞天の帝王剣が斬り裂いた。
(マズ——)
「ドン!」
ハルトを異聞天は吹き飛ばし、近くの家へ叩き込む。さらに異聞天はジャンプし、その家に上から落ちていった。
「ドズン!」
だが目の前にはハルトがすでに構えていた。
『百傷・格子窓』
「ザンッ!」
異聞天の体にいくつもの斬撃のあとが付くが、すぐに再生してくる。だが、次々と斬撃を撃ち込み、反撃の隙を与えない。
「ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
「カンッ!」
急に金属音のような音がした。その次の瞬間、ハルトの右耳が飛んだ。よく見ると、異聞天が斬撃を弾いてハルトに当てたのだ。
『イッショウ』
家が粉々に吹き飛び、ハルトはかろうじてそれを避けた。
(完全に斬撃に適応したな。もう一傷は効かない。効いても十傷以上の応用技だ。それを撃ちまくっても死なんだろう。)
そろそろだな、と頃合いを見計らう。
(これだけ斬撃を撃ち込み続けたんだ。今これは読めないだろう?)
ハルトはついに最強火力を出す準備を始める。
異聞天の剣を躱し、異聞天を側面から殴り、フラッと傾かせると触手で捕らえる。そのまま振り回し、建物に次々とぶつけていく。最終的にその勢いで投げ、建物十棟ほど吹き飛ばした。
「グウ……グウオオオ!」
異聞天は負けじと向かっていくが、
『
顔を狙われ、またフラつく。今度はハルトの剣が右腕を落とし、そのまま腹の魔王眼めがけて肘打ちを見舞う。魔王眼から血が飛び出る。
(魔王眼は潰した。これで観測は出来ない!)
魔王眼の修復には意外と時間がかかる。能力が強い分、修復が複雑だからだ。
ハルトは空へと跳ぶ。異聞天も後を追う。だがそれより早く異聞天をハルトは蹴ってさらに上がり、異聞天は地表へと落ちた。
「火の海より
そう言って手を合わせると、両手を繋ぐように炎が出現する。その炎は自動的に矢のようになると、炎の矢を中心に魔法陣が広がった。いつの間にかハルトの立っている地面にも魔法陣が展開されていた。
異聞天は妨害のために近くにあった家具を投げた。だが、届く前に火がつき、蒸発し届くことはなかった。
「まほな!」
シオンがそう言って魔法を撃たせようとするが、ハルトの方が早い。
「
「
完全詠唱、完全解放。
(ありがとう、異聞天。)
『
彼の持つ、最強の魔法。本来はこんな使い方はしたくなかった。仲間の形見で、思い出を破壊するなど。だが、今だけは……今だけは感謝をしたい。
「!」
異聞天はかろうじて立っていた。いや、ほぼ死んでいる。腹に大穴が空いており、右腕は飛んでいる。
ハルトは咄嗟に攻撃を仕掛ける。
(体力増強魔法で無理矢理硬化させて耐えたのか。だが、魔王眼は消失、
背面の本を失ったことで事象の事を分析できなくなり、進化後の能力さえも失くなってしまった。
「おまえを殺すのが、こっちの技で良かった。」
ハルトはそう言って異聞天の脳を破壊するため顔を触る。
「異聞天!」
ユーリが飛び出してくる。だが間に合わない。破壊される。
(あの時、彼の全霊の攻撃と、隣の女性の回復能力には驚いた。だけど一番驚いて心地良かったのは、あの女性の心の温かさだ。今は何処にいるのだろうか。)
異聞天は感じていた。それが何なのかを。
(戻れるんだ。あの人の元に……。)
その時に感じたもう一つの温もり。あの人間の少年……。
異聞天に目はない。故に顔は分からない。でもこれだけは言える。
「タノンダ。」
異聞天は左腕と同化していた帝王剣を解除し、ユーリに投げた。ユーリは驚きつつもそれを受け取る。
(これでいいんだ。支配の輪から解放される……。)
異聞天は一切の抵抗をしなかった。
(私はずっと心安らぐ場所を求めていたんだ。弱肉強食の魔界では、殺し殺されが日常。これ以下でもこれ以上でもなかった。だからこそ初めての生きている感覚に酔いしれた。他人に肯定される喜びと、安心感を感じてしまった。だけどこれでいい。自分の意思で進めば良かったんだ。あとは託した、小さき少年よ。)
空の蒼さが、迎えに来るように近くに見えた。でも、その蒼さの裏まで見通せる気がした。
『
異聞天の頭蓋を斬撃が包み、破壊した。ゆっくりと異聞天を触っていた指を離す。異聞天は既に魔族ではなくなっているので、身体がチリとなり消滅することはない。
「逝ったか……。心からの祝福と感謝を。死は君に望むものを与えてくれるだろう。安らかに眠るがいい、永遠に。」
天上天下異界異聞天。ハルトによって完全に破壊。ここに、魔界の七大魔獣の一角が堕ちる。
(受け取ったんだ、俺は。)
ハルトを狙う。
(ヤツは託した。託せるだけのことをした。俺はどうする?)
自問自答を繰り返す。そして、
(俺は……戦士だ!)
「バスッ。」
ハルトの腕を斬る。
「やってやる。託されたものを繋ぐ。それが俺の使命、いや
ユーリの透き通った眼差しが、ハルトを見つめる。手には異聞天から受け取った帝王剣。負けるわけにはいかない。だが、背後に誰かが来ていた。
「ユーリ、一旦下がれ。」
リヒュウだった。
「リヒュウ……。」
ユーリは腑に落ちないようだったが、リヒュウは短く言う。
「分かっている。お前のその使命感にそそられる感覚は分かる。けどな、」
リヒュウはユーリよりも前に一歩出ると、自身の周りに血液を出現させる。
「俺にやらせてくれ。いや、俺がしなくてはならないんだ。」
ユーリは黙っていたが、やがて口を開き、こう言った。
「おとしまえ、ちゃんとつけてこいよ。」
「ああ、当たり前だ。」
そう言ってリヒュウは構える。血液を手の中で圧縮する。
(日光の下でも灼けていない……。)
彼は空を見上げると、気付いた。空が紅い雲で覆われ、日光を遮っているのを。
『
魔王城周辺と同じもの。日光を遮り、魔族の細胞を活性化させる働きがある。
「ハルト、オマエに聞きたい。」
「なんだ?」
「本当に全員殺す気なんだな?」
「ああ、当たり前だろう?なんだ、いつものオマエらしくないな。」
「当たり前だ。こちとら全員の想い背負って来てんだからよ。そりゃあ重いさ。正直言って逃げだしてえよ。でも、」
リヒュウからは、確固たる意志を感じられる。
「俺が示す。この何百年の戦いの終止符と、ケジメを。そして平和の鐘を鳴らす。一生なり続ける鐘をな。」
「……いいだろう。相手に取って不足なしだ。出し惜しみは無しだ。全力で潰しにいこう。」
ハルトも腕を再生させ、八卦炉を取り出す。
「死ぬ気はあるか?」
「あったとしても、捨てる気はねえ!全力でオマエを殺す!」
ハルトはそう言ったリヒュウに対して斬撃を放つ。リヒュウは簡単に避け、ハルトに近づく。リヒュウの右手がハルトに迫るが、ハルトの腕がそれを止める。そのまま腕をねじって千切った。だが、
「ビイイイイ……。」
腕の切断面から血が噴き出し、ハルトの目を潰した。そして、
「バスッ!」
血の刃を出現させ、ハルトの腹を切り裂く。だが、魔力防御でダメージはそこまでないようだ。
「流石に応用範囲が広いな。血の目潰しとは、やるじゃないか。」
「普通だ。それを言うならオマエの斬撃だって斬撃の威力が変わるじゃないか。」
「俺のヤツは初見殺し性が高いだけだ。オマエとは違う。」
「別に変わらんさ。そこまで。」
ハルトは、既にリヒュウの手札を知っている。彼は前までにリヒュウの魔法を見て分析して、既に自身も使えるようにしている。つまり手札は割れているという事。
リヒュウの周りに浮いた球体にまとまった血液から、血のレーザーが放たれる。だが、その攻撃は当たることなく、ハルトの斬撃が飛ぶ。
『一傷』
球形の血液を破壊し、弾けさせる。だが、弾けた血液がリヒュウの手元に集まる。
『
血液を極限まで加圧し、高スピードで射出する。そのスピードで放たれる血液は、鉄板さえをも貫通する。
「ビイイイイ!」
ハルトの腹に極限まで加圧され、音速以上に加速された血液が突き刺さる。そのままハルトの腹をから腕へと照準を変えていき、
「バン!」
左腕を飛ばす。リヒュウはここぞとばかりに詰めてくる。ハルトも反応をするが、動きが鈍い。
「パパン!」
ハルトに血の破裂弾を当て、視力を失っている間に、血で生成したナイフで足を切り裂く。鮮血が飛び散り、足は瞬時に再生を始める。だが、彼は気付いた。自分の中に流れ込んだ異分子に。
「……物騒だな。自身の血を別人に流し込み、それを操るとは。」
先程から動きが鈍い理由。それは攻撃によって打ち込まれたリヒュウの血液が心臓や細胞の動きを阻害するように逆流したりしていたためである。
「本来は他人の血液などには拒絶反応が出るもんだが、それを起こさせない血とは……。やはり私とオマエは似ている。」
「?どういう意味だ?」
「単純だ。俺のように殺すための手段を選ばんという事だ。」
「一緒にされちゃ困る。」
リヒュウは手に血を集めながら言う。
「オレは、オマエとは違う。オマエが背負っているものと、オレの背負っているもの。確かに似ているかもしれないが、それに対する想いは一味も二味も違うさ。」
リヒュウは確かな眼差しで訴えた。ハルトは意を介しかねるようで、首を手で触りながら言う。
「解らんな。貴様は何を勘違いしておる。」
「?」
「似ているのはそこだ。」
ハルトは4本の腕を広げ、堂々と言う。
「俺もオマエも、何かの、いや誰かのために戦っている。それは自ら以下の弱者の為だ。俺とオマエは似た運命を辿った。これは確信だ。オマエと俺は、繋がれていたんだ。」
「黙れ。オマエにオレの、何がわかる!」
血液の弾丸が次々にハルトに射出される。スピードは魔弾以上だ。
「幾ら否定しようと変わらんぞ。俺はオマエで俺はオマエだ。」
「違う!そんなに今すぐ殺してほしいか!」
「いいねぇ。是非。」
「死ね。」
『
自動的に追尾する血のレーザーがハルトを追従する。スピードはハルトがグラスに使ったもの以上だ。
「ビビビビビビビビ……。」
ハルトはそれを剣で止める。彼にはこのような芸当は容易いようだ。だが、それでは終わらないのがこの男、リヒュウだ。
(血は充分な量をヤツに当てた。まずは一発。)
『
その瞬間に、血液のダマのようになっていたものが爆ぜ、ハルトに大量に血がへばりつく。
(粘性の血……こんな技があるのか……。)
どうやらハルトも初耳のようだ。
(充分だ!)
『
血液の温度が上昇する。瞬時に皮膚が焼け付く。
(なるほど。ゼロ距離での加熱か。だが、)
「虚しいな。幾ら温度を上げても、傷が付かんとは。」
「……。」
(やはりヤツの耐熱性能は異常!火傷による大ダメージは見込めんか。)
リヒュウは即断する。作戦を変える。
(純粋な血液操作で追い詰める。)
リヒュウは溜めていた血液をハルトに対して解き放つ。だが、ハルトは血液を斬撃で撃ち落とし、弾いてくる。
(斬撃で液体を弾くってやっぱ只者じゃねえ!だがここからはオレの得意分野だ。)
いつの間にかハルトは血液で囲まれていた。
ハルトは理解していた。リヒュウと、この魔法の相性の良さ。そして強さを。
(単純な質量攻撃!しかも全て自身の魔法で操作可能!単純なハナシだ。考える必要もない。ただただ単純な圧倒的物量による追い詰める戦い方。さらに吸血鬼であるが故に血液は魔力がある限り枯渇しない。いわば簡単に圧倒的な物量を作り出せる。私の使い方とは根本的に違う。)
リヒュウの魔法、“血を操る
(ここからは単純な物量攻撃に回るだろう。それを捌くしかあるまい。)
目の前から血液の水柱が上がる。ハルトは血液が弾丸のように降る中、リヒュウに近づいていく。だが、リヒュウは簡単にはそうさせてくれない。
「捕まえた。」
『
血が手錠のように彼にかかる。だが、彼はそれを力ずくで破壊する。そして、
「ズバアン!」
剣を一振りし、目の前からくる血液の波を両断した。ジークソウルブレイドによる一閃。なんでも斬れる。
(やはりあの剣は異常だ。おそらく能力があるな。だがそこまで気にする必要はない。なぜなら入ったからだ。)
ハルトは周りを完全に血液で囲まれた。ハルトの膝下まで血がかかる。すると、血液の波の上を走り、リヒュウが飛び込んでくる。ハルトは斬撃を放つが、血によって防がれる。
「ドガッ!」
リヒュウの蹴りがハルトの腕を捉えた。だが、八卦炉で反撃の一撃を放つ。
「ドドウ!」
レーザーがリヒュウに命中するが、リヒュウは生み出した血液を挟み込みダメージを相殺していた。逆にその血液がハルトにかかり、リヒュウを見失う。
(ヒットアンドアウェイに徹してダメージを極限に抑え込みつつ、撹乱と物量攻撃で的確にダメージを与える。最悪な組み合わせだな。)
「これだけだと思ったか?」
リヒュウの声が血の壁の奥から聴こえる。
『絶死領域』
「出し惜しみは無い。徹底的に潰すまで。」
『
リヒュウの背後に血でできた建物、宮殿のような建造物が
(これは……。)
ハルトは細かく斬撃を放ちながら逃げていく。
(まずは結界術の対処だ。)
『結界中和術式
結界術を中和し、結界効果を抑える。だが、
(違う!)
結界中和術式をすり抜け、
「ババン‼︎」
ハルトはその爆発に巻き込まれる。
(これにはほぼ結界効果が無い!さらに結界を閉じない事。つまるところ、この結界はどちらかというと拡張領域に近い!)
ハルトは下がりながら斬撃で追尾してくる血液を落とす。
(リヒュウが操る血が勝手に追尾してくる。これがこの結界の術!さらに結界を閉じないという縛りで結界範囲は広い……いや、違う!)
ハルトは気付いた。どこまでが結界か。
(この血自体が結界なんだ!つまり血が広がった範囲が結界範囲となり、結界の淵を作っているのはこの血液だ!血液を壁のようにすれば逃がさないことも可能だ。まさに活用範囲の広い魔法の真骨頂!)
「凄まじいな。」
ハルトはリヒュウを見る。すると、鼻血が垂れてきた。
(俺の血に混ざったアイツの血液が俺の血管を広げたり傷付けたりするせいで体内がボロボロだな。さっきの腕を千切ったヤツも、アイツの血液で無理やり筋肉を引き裂いたんだろうな。)
「仕方ない。」
『血を操る
ハルトは同じ魔法を使い、自己血を操る。そして、
「ズバッ。」
自らの右手を斬った。
「なるほど。俺の血を魔法で一箇所にまとめて、その部分を切り離したか。」
リヒュウが近づきながら言った。
「まあ、ならまた打ち込めばいいんだけどね。」
『
血液の束が、ハルトに襲いかかる。だが、
『百傷・霧雨』
全て一瞬で霧と化す。生半可な物量ではダメージを喰らわないようだ。それさえ解ればいい。
(攻撃は全部アイツに誘導される。もう躊躇う必要はない。完全解放、全術使用!)
ハルトに大量の血液のレーザーが飛ぶ。
(十……二十……四十程度か。斬撃を束で……。)
そう考え踏み込んだ瞬間、血液が靴と地面の間に流れ込み、足元を奪われる。
(マズい。)
「ドドドドドドドド‼︎」
全ての血液のレーザーをモロに食らう。だが、それでも立っている。だが、リヒュウも攻撃の手を緩めない。次々とハルトに技を放つ。ハルトを血液の束が捕らえ、逃がさない。
『血圧砲』
『十傷!』
リヒュウ本体の技はとにかく威力が他より高い。喰らうのは避けなければ。だが血液がそこまで迫る。だが、
「ドバアン!」
剣が一閃し、全てを吹き飛ばす。リヒュウまで見える。捉えた。
『
斬撃の旋風がリヒュウを覆う。だが、血液で身体を覆いガードしていた。
(続ける!結界にこれ以上集中させない!)
だが、これも想定内だ。リヒュウは向かいくるハルトに血弾を投げる。多分、この量の血液で出せる最高火力だ。
『
血が弾け、細かな血弾がハルトの体を撃ち抜く。ハルトは衝撃と痛みに一瞬気が飛んだ。
(クソッ、上手くいかん。何故だ……何故こんなに“もどかしい”!)
今まで戦いの中では抱いた事のない感情だ。何かが引っかかっている。俺ならこんな緩い技喰らわんのに、絶対もう殺しているはずなのに……!
その時ハッとした。
(俺は何をしているんだ?)
異聞天の
いつもの俺を曲げたんだ。だからこんなにもどかしい。
(もういいだろ?充分だ。)
ハルトはニヤリと笑う。向かいくる血弾を一斉に弾き、出力を上げる。
(俺はもう、自由なんだ。やろうとしていたことを、全部やれるんだ。俺の生業はなんだ?)
「殺しだ!」
その瞬間、ハルトを紫の眩い光が包んだ。
「⁉︎なんだ⁉︎」
ゆっくりと光が晴れ、彼の姿が見える。すると、
「全解放。魔王眼、完全開眼!」
猫の瞳孔のように縦長だった瞳の中に、もう一つの目玉が出現する。そして、ハルトの左眼(顔にある)からは紫の魔力が眼球を覆い、魔力が可視できるぐらい立ち昇っている。
(アレで本気じゃないだと⁉︎どういう……。)
その時、ハルトの拳がリヒュウの腹を捉えた。
「覚えておけ!その眼に刻み込め!これが……。」
ハルトは満面の笑みで言う。
「俺の最終形態だ‼︎」
賢者(殺されたけど)の結界説明コーナー!
今回は新しく出た、私とリヒュウの結界術について説明するよ。
①
②
因みにここでの私の言動が若いのは、器が喋ってるからだよ(器の年齢は30歳前後だよ)。もう死んじゃってなんでこのコーナーだけ復活すんだよ、って思うだろうけど、分からないよ?受肉するかもしれない(嘘)し。まあ本当は機械にあるデーターなんだけどね。また気になる事があったら再生ボタンを押せよ!またな!
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