第27話 My Last War

「あれから一週間か。」

 シオンは言う。空は相変わらず蒼い。この一週間で色々な事をした。作戦を練っただけでなく、個人のスキルも高めた。人間の高い体術と、魔族のハイレベルな魔法を組み合わせることで更なる戦力アップに繋げれた。

 

 

 そんなこんなで早一週間。今日は最後だ。

「準備はいいか?」

 後ろにいたリヒュウに聞く。

「ああ、勿論だ。既に作戦の第一段階通りに。」

「早いな。」

 そう言ってシオンは時計を見る。針は朝の八時五十五分を刻んでいた。

「作戦開始といこうか。」

 リヒュウを残して彼は下に降りていった。彼は少し大柄な服を着ている。紅色の羽織に、内側にはスポーツウェアのようなものを着ている。

「ついにか……。」

 リヒュウの口からは、それだけ発せられた。

 

 

「シオン!急がねえと!」

 そう言うのはユーリだ。

「分かってる!いくぞ!」

 そう言ってシオン達は駆け出す。あの場所へ……。

 

 

「見えた!王都トレスクエア!」

 シオン達は既にビックリバーシティを出て、王都の近くまで来ていたのだ。

「……魔力がすごいな……。ここでも感じるよ。」

 王城から彼の魔力を感じる。凶悪な魔力を。だがそれは相手も同じだった。

「……来たか。」

 城外に突如として出てきた複数の魔力。それを彼は城から感知していた。

「そんな遠くに行くなよ。戦えんだろう。」

 そう言った時だった。城内に別の二つの魔力を感知した。

 

 

「見つかったら終わりだからな。」

 そう言いながら機器を触っているのはアキラだ。そしてもう一人はクーゲルだった。クーゲルは転送魔法を使うことができ、これで高所に移動して狙撃を行うということができた。

「……まだ大丈夫だ。敵は上にいる。感知はしてるだろうけどな。」

 クーゲルは魔力で探りながら言う。

(何をするつもりだ?)

 ハルトは全く意図を掴めない。

 

 

「先手?ああそれについては案があるよ。」

 シオンは作戦会議の時にそう言われて答えた。

「王城には万が一のために自爆装置があるんだ。」

 シオンはさらに告げる。

「でも発動する前に王は殺られたみたいだ。だからそのまま使うよ。」

「どうやって使うんだ?」

 ラリスが言う。

「自爆装置の起爆スイッチは二箇所あるんだ。王が持つスイッチと、地下の火薬庫の自爆装置の起動スイッチだ。」

 城の一階の端には火薬庫があり、そこから自爆装置の爆薬に繋がっている。

「火薬庫は一階の外れだから気付かれてないと思う。それならもう城を爆破しているはずだし。」

 シオンはさらに告げる。

「火薬庫に飛んで、自爆装置のスイッチを手動モードに切り替えて、そこで爆破するんだ。爆破までは十秒はかかるから、その間に脱出すればいい。」

 

 

「これだな?スイッチは!」

 そう言ってアキラはスイッチを下げる。すると、自動モードと書かれたところが手動モードとなった。

「いくぞ!いいか⁉︎」

「時間通り!いいぜ!」

 アキラはスイッチのレバーを下げた。

「ピッ。」

 自爆装置が起動した。

「急いで逃げるぞ!」

「わかってらい!」

 そう言って彼らは転送魔法で再び脱出した。

 

 

「何を……。」

 上から見ていたが全くわからない。すると、

「ボゴオン‼︎‼︎」

 急に轟音が響き、城の至る所が爆ぜた。

「何⁉︎」

 ハルトは驚く暇もなく、爆発に巻き込まれた。  

   

    

     

      

       

        

         

          

           

            

             

第二十七話 My Last War              

            

             

              

               

                

                 

                  

                    

「時間だ。」

 シオンの時計は九時を刻んでいた。すると、目の前で、轟音を立てながら王城が崩れていった。

「開戦のゴングは鳴った。残りは全力で行くよ!」

 そうシオンが言った時、崩れる城の中から、何かが飛び出してくる。そして、目の前にあった中央ルートの出発口、玄武の門に着地した。

「はっ……、ずいぶん派手な余興じゃねえか。」

 彼は服がところどころ破れており、見事な服が勿体無い。

「まさかこんな形で先制されるとは……。」

 相手は上に着ていた黒のマントを脱ぎ捨てる。内側からは青い服が現れた。

「だが、この程度、傷にもならん。」

 相手は全く傷ついているような様子はなかった。

「服が全部肩代わりしてくれただけだろ?その証拠に服はめっちゃ破れてるじゃねえか。」

 シオンはそう言い、相手を見上げる。

「よほど俺に先制したことが喜ばしいようだな。だが!これで終わると思うなよ。」

 そうハルトは言うと、魔力を解放し、強力に纏い始める。

「だったら早く来いよ。開始の鐘は鳴ってんだぜ。」

 シオンも真紅の羽織を脱ぎ捨て、黒いスポーツウェアのような服が露わになる。

「オマエは完璧じゃない。いつかはきっとボロが出るさ。そこをしこたまついてやるよ。」

 互いに構えをとり、魔力を練り上げる。ハルトの左目が虹色に光る。

「さあ、開戦といこうじゃないか。」

 シオンはそう言うと、玄武の門の上まで跳び、ハルトを殴りつける。だが、ハルトもそれに合わせてくる。

(単調な攻撃は確実に合わせてくるか……。これは変革を起こしていかないと基礎的な体術で押し負けるな。)

 シオンはそう考え、さらに動きを上げる。

「ガッ、ガガッ!」

 玄武の門の上で殴り合っていた彼らだが、急にハルトが仕掛ける。

「ガッ!」

 シオンの腕を握ると、そのまま思い切り空中に放った。そして、代名詞のアレ、が出る。

一傷いっしょう

 シオンは空中でひねってそれを避けるが、続けざまに斬撃が飛んでくる。

(やはりか!)

 

 

「彼の斬撃魔法、種類は多いが、全て一つの技の派生だ。」

 作戦を立てる時、士怨はそう話した。

「一傷。それが全ての基本だ。連射もできるが、それ自体は早くない。」

 

 

(一傷は連続ではあまり打てない!連射スピードはそこまでだ!)

 シオンはハルトの近くに再び寄り、蹴りを放った。だが、ハルトはそれも受け止めてくる。ギギギ……と押し合いになる。

「剣での攻撃はやめたんだな。」

「自分はこっちのほうがあってんだよ。」

 無理矢理足を振り抜き、蹴りを当てる。だが、そこまでの威力はなかった。王都の家の上に着地すると、一旦距離をとりながら斬撃を放つ。

『一傷』

 ビビビビビッ、と斬撃がシオンのいる家の屋根へ浴びせられる。シオンは家づたいに移動して、斬撃を避けている。だが、

「ビッ。」

 足に斬撃が掠る。

 だが、それでも動いてくる。

(なるほど……。)

 彼は感じていた。

(魔力を傷口に集中させて止血させてるのか。)

「上手い奴だ。」

 そうして彼は指で銃の形を作り、手の先に魔力を集中させる。

(魔弾——!)

 だが、その魔弾は発射されなかった。下から家を斬り裂き、上がってきた者がいるからだ。

『断天‼︎』

 ユーリが家を斬り裂き、出てくる。そのままハルトも斬ろうとするが、剣を受け止められた。だが、

「ブンッ!」

 剣を振り抜く。だが、彼は空中で、舞い上がった細かな木屑を足場にして避けた。

「マジでどういう体術の鍛え方したんだよ。キモっ。」

 ハルトはそのまま着地すると、ユーリに向かって斬撃を放つ。

『一傷!』

「ギギギギギギギギ……。」

 剣でなんとか斬撃を受け止めたが、ユーリは飛ばされた。

(いい剣だな。私の斬撃を真正面から受け止めるほどの代物……。)

「面白そうだ。」

 ハルトが走って追いかけようとすると、

「カカッ!」

 足元に複数個のナイフが刺さった。

(……アイツらか。)

 遠くからアキラが近づいてきて、ナイフを振るう。だが、

「オマエには興が湧かん。」

 そう言って斬撃を放った。だが、

「じゃあ湧かせてやるよ。化け物が!」

 斬撃を軽く避けてみせた。その奥から、多数の勇者たちが近づいてくるのが見えた。

「まだいるのか……。全員まとめて……というわけか。」

 そうして彼は勇者たちを真正面から相手する。勇者側は囲んで攻撃をしていったが、それをいとも簡単に避けてくる。だが、彼は感じていた。

(全員の基礎体力が上がっているな……。特に前線のメンバー。あのシオンとかいう奴ほどではないが、一体一体の処理に時間がかかる。)

 ドドドッ、と近場にいた3人の勇者を手の先で突く。首に正確に当たり、倒れるが、背後から飛び出した勇者がハルトの背中に剣を振る。

「チッ。」

 斬りつけはしたものの、ダメージは全くないようだった。

(囲まれるのは少々面倒だ。仕方ない。)

 急にハルトは両手を合わせると、そのまま勢いよく離した。そして、手の間から放たれる、斬撃。

円傷えんしょう!』

 円形に斬撃が波紋のように広がり、勇者たちを輪切りにした。

(出してきた!新しい技!)

 物陰から隙をうかがっていたアキラは言われたことを思い出す。

 

 

「アイツは今わかっていることを合わせると、千年以上生きていて、その戦力は未知数だ。必ず温存してる技があるはず。」

「それに気をつけろってことか?」

 ラリスが言う。

「それもあるが、一番は切るタイミングだ。」

「タイミング?」

 ユーリは首を傾げる。

「敵には必ず温存している必殺技があるはずだ。七百年以上前線で戦っているなら尚更な。それをなんとかして先に切らせる。」

「なんで先に切らせる必要があるんだ?」

「それは作戦的に後々意味の解らん技を出されて壊滅まで追い込まれたらそれこそ終いだ。できる限りまでアイツの技の情報を引き出して後に繋げる。それがベストなはずだ。」

 士怨はそう結論づけた。

「結界術はどうする?」

 クーゲルが言う。

「結界術は内容が解っていてもそうそう耐えれるもんじゃないぞ。」

「それは……。」

 士怨が対応に困っていると、

「俺がなんとかする。」

 そう言って前に出たのはイアだ。

「結界術には、結界中和術式を使うことで対策ができる。」

「結界中和術式か……。懐かしいな。」

 そう急に口を挟んだのは士怨だ。

「使ったことあんの?お前。」

 アキラがそう聞くと、

「俺の時代は殆どの人が使えたぜ。まあ簡単だし習得はできるだろ。」

「そうだな。モノによるが結界中和術式で結界術を無効化しつつ、ダメージを与えていこう。」

「持続時間は?」

 ヴァルプが聞くと、

「モノによる。結界術に精通している奴ほど強力だし、さんざんな奴はすぐに破壊される。相手の結界術によってもな。」

「つまり時間稼ぎ……ってこと?」

 アキラが聞く。

「そういうことでもある。」

 イアは隠さずに答えた。

「じゃあ最悪すぐに破壊される可能性も……。」

「ないとは言い切れん。だからさらに作戦を重ねるんだよ。」

 

 

 アキラ達は一斉に飛び出して斬りかかる。

(どうせ身を案じても仕方がない。いっそそれなら……。)

「全員でかかってくる、ということか?」

 相手は目の前にいる勇者たちに狙いを定め、腕を振る。魔力が大きく移動する気配がした。

『十傷‼︎』

 一気に目の前にいた勇者たちの首が飛ぶ。

(範囲と威力が上がってる!速力を変えずにこの威力か!)

 十傷は一傷の強化技であり、攻撃範囲を拡大させ、威力は変わらない。斬撃の厚みも大きくなるので、余計に避けにくくなっている。

 ハルトは十傷を放った後、振り向くと、アキラやユーリだけでなく、シオンが向かってきているのにも気付いた。そして、違和感に気付き、それの正体もわかった。

(シオンの足が治っている。……なるほど。)

 彼は魔力を探知する。

(コイツがさっきからいなかったのは足を治しに行っていたからか。でもよく考える。魔法使いたちを遠くに配置させ、後方支援に回すとは……。)

 近くは建物があり、壊も一傷も届かない。

「少し移動しよう。」

 そう短く言うと、ハルトは猛スピードで玄武の門の方向へ走り始める。

「ついてこれるか⁉︎」

 そう言い放つと、さらにスピードを上げ、シオンたちから遠ざかる。

「シオン、アキラ!先に行け!」

 ユーリがそう言うと同時に、二人は全力で駆け出す。だが、

(速え!)

 彼らが全力を出して走っているのに、彼との差は縮まらない。逆に少しでも力を抜いたら一気に引き離される。

(こんなに早く場所を特定されるとは……!)

 

 

「魔法使い等の回復能力が有る奴は後方支援に回れ。」

 士怨はそう言った。

「人間の唯一の回復手段だ。それを戦闘で失うのは辛い。だから後方で回復に回ってもらう。それを気づかれないように俺らが戦う。」

「それなら回復を繰り返して無限に戦えるな。」

 

 

(こんな序盤で回復要員を失うわけにはいかない。絶対に引き止める!)

 玄武の門を越え、街の外にハルトは出た。

(マズい!)

「シオン!乗れ!」

 後ろからアキラの声が響く。すると、彼は槍を魔法で出し、それをシオンに向かって投げた。

「!」

 シオンは意味を汲み取ると、それを空中で握った。そして、槍のスピードを乗せて飛んでいく。

「もはや人間じゃねえだろ。」

 ハルトもこの芸当には驚きをあらわにする。ハルトの間合いに入ると、そのまま槍を突き出す。だが、斬撃であっさりと折られた。

「オマエとは丁度殺り合いたかった所だ。いくぞ。」

 ハルトは掌印を結ぶ。手を合掌させ、結界術を構築する。

『絶死領域』

 結界が構築され始め、シオンのみを閉じ込める。

虐阿虐阿ぎゃあぎゃあ

 黒い膜がおり、結界内は暗闇に包まれる。だが、相手と自分は見える。仄暗い、ってところだ。

「ククク、耐えて見せろよ。」

 ハルトの背後に地面から何かが生えてくる。それは、人の顔がいくつも連なった柱だ。だが、全ての顔から出血しており、死人の顔と言えるモノだった。

「これは結界の象徴というものだ。本来はなくてもいいんだが……、私は結界の能力のオンオフを切り替えるために使っている。」

 そして掌印を解く。

「さあ魅せてみろ。」

 そう言うと、後ろの人面の一つが急に雄叫びをあげた。

「ギャアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎」

 それに呼応するように他の顔も悲鳴をあげる。その瞬間だった。

「ボッ!」

 シオンの腕が急に爆ぜた。

(結界の効果が発動したか!)

[シオン、変われ!]

『結界中和術式 簡易防御結界シェルター

 士怨の周りに薄い膜のようなものが出現し、彼を包み込む。

「なるほど……。それを使ってくるか。だが、そんなものは時間稼ぎにしかならんぞ?」

 この結界中和術式は自分の周りに小型の結界を展開し、その中に結界効果を流し込むことで内側の発動者への結界効果を防ぐといったものである。だが、小型であり、受けに特化した結界が故に、本物の結界には時間稼ぎにしかならない。

 ちなみに中巻で使ったシェルターは、これを機械化したものである。用途は違うが。

 結界がパリパリ……と剥がれながらも、士怨はハルトに近づいていった。

「!」

 そして、結界内で格闘を始めた。

 

 

「もし結界術を発動されたら俺が変わる。」

 そう言ったのは士怨だ。

「なぜ?」

 ユーリが聞くと、

「これは俺の勘なんだが、俺とシオンの魔力は別々になってるらしい。」

「つまり?」

「二人で交代しながら戦うと、魔力の消費を半分に抑えられるってことだ。片方が戦ってる間にもう片方の魔力を回復させる。そうすれば半永久機関が完成する。」

「なるほど。」

「シオンが結界中和術式を体得してくれたおかげで俺も使える。それの強度でいけば俺の方が上だ。だから結界内では俺が出て、結界内でアイツを削る。そしてそうじゃない時はシオンに任せる。」

 

 

 結界中和術式の精度は上のはずだった。だが、異常な出力に彼は驚いた。

(なんという出力だ!かなり力は込めているのに削られる!)

 だが相手も驚いていた。

(精度だけでいけば今まで見てきた奴よりも数段優れている。実際にこの程度の結界中和術式でこれだけ削れ方が遅いのは初めてだ。)

 結界内で格闘を始めた彼らは、激しく互いを削りあう。だが、優勢だったのは士怨だった。

 ハルトは結界の構築にも体力を削がなければいけないため、格闘に集中できないのだ。かといって結界術を解いても、シオンを殺すために使った魔力が無駄になる。結界術の魔力の消費はイカれているため、無駄にするわけにはいかない。

「ドドドドド‼︎」

 結界内の地面が爆ぜながら、その中で士怨たちは戦う。

(結界の能力の対象は人だけではないのか。そこは注意しないとな。)

 彼の絶死領域、虐阿虐阿は生物・無生物関係なく結界能力の対象になる。その能力は“緊張点の破壊”である。生物にも無生物にも、個体であれば緊張点が存在する。それを異常な恐怖で破壊し、爆発させるのだ。故に防御は不可能であり、まさに絶死の名に相応しい。

「パリパリパリパリパリ……。」

 少しずつだが、結界中和術式は剥がれていっている。このままいけば……。

「パリン。」

 結界中和術式は全て、剥がされた。

「バンッ!」

 一気に体のあちこちから出血する。

「終わりだな。」

 そう言った時だ。士怨はこちらを見て、言い放つ。

「まだまだだぜ。」

 その時、士怨の体から煙が上がり、傷がみるみるうちに回復していく。

(どういうことだ?治癒の魔法の出力じゃない。)

 その時、彼は外部からの魔力の供給に気付いた。

 

 

「でも結界中和術式は時間稼ぎなんだろ?どうやってその状況を打破するんだ?」

「時間稼ぎでも体勢は整えられる。結界中和術式が剥がれたら、遠くから俺に治癒の魔法を使え。」

 士怨がそう言う。

「でも、遠くからだと出力は落ちるよ。」

 まほなが言う。

「回復が追いつかないと思う。それじゃあ多分押し切られちゃうよ。」

「だから全員で回すんだよ。小さい出力でも合わせればなんとかなる。そういうもんだろ?」

「全く……無茶をするなあ、最近の人間は。」

 リヒュウが呆れたように言う。

「でも、それでいくよ。」

 そして言う。

「奴をなんとしても削る。」

 

 

「ビビビビビ……。」

 体には傷は入ってるものの、即再生することでダメージを抑えていた。

「……。」

 ハルトはそれを黙って見ていた。

「どうした?魔王。」

「……面白い。いつまで保つかな。」

 そう言って彼らは再び戦闘に入る。ハルトの攻撃に上手く合わせる形で、ダメージを受けないようにする。だが、結界術によるダメージは入る。だが、もしこのバランスが崩れたら、その瞬間に負けが確定する。言わば背水の陣だ。

 攻撃を続けていたハルトが若干下がった。

(今が詰めど……。)

『一傷』

 詰めどきだと思い、踏み込んできた士怨に技を放つ。

「——っ!」

 頬にかすり、血が出る。

「あまい。」

 そう言って士怨を殴る。しっかりと魔力の乗った拳が士怨の顔を打ちつけた。

(火力が高え!魔力でガードしてなかったら絶対顔が吹き飛んでた!)

 ズザア、と着地して、次の攻撃に入る。だが、相手もそれを予測していたとばかりに合わせてくる。

「ドドッ!ドドドドド!」

 ラッシュを浴びせる。だが、互いに相殺し、時間が過ぎていく。

(残り……十秒!)

 士怨はここぞとばかりに懐に飛び込んだ。

(捨て身でくるか……。)

「悪くない。」

 ハルトの体を掴んでそのまま投げ飛ばした。だが、そこまでのダメージは与えられない。すぐに受け身をとり、向かってくる。

「おしまいだ。」

 そう士怨が言った瞬間、ギャルルルル!と結界が外側から押され、一部に穴が空いた。

「士怨!こっちだ!」

 結界内からイアが叫ぶ。

 二人は瞬時に駆け出した。士怨は作戦を完遂するために、ハルトはそれを阻止するために。

 

 

「結界中和術式が剥がされて、そのままずっと回復を回すわけにはいかないだろう?どうするつもりだ?」

 オルランドが聞く。

「それについても俺がなんとかする。」

 そう言って立ち上がったのはイアだ。

「結界が展開されて一分が経過したら俺が外側から結界をつくってアイツの結界に穴を空ける。そこに士怨が脱出できたら、結界を閉じる。そうしたら士怨だけを結界から出せるはずだ。」

 

 

 士怨は必死に走り、イアの結界に飛び込む。その瞬間に結界が閉ざされ、彼の絶死領域から脱出された。

(なるほど……元からこういう算段だったか。)

 一人取り残された結界の中で彼は考える。

(領域を破壊すると私は少しの間魔法は使えなくなる。だがこのまま結界の範囲を押し拡げるのもかなりのリスクとコストがかかる。)

 考えた末に導いた答えは——

(——仕方ない。奴らの作戦に乗っかってやるか。)

「バリン!」

 ドーム状に展開されていた彼の領域が破壊された。それと同時に多くの勇者たちが向かってくる。

(ここまでは予想通り。逆に言えばここからが大切だ。)

 そして彼の手には幻影のようなものからしっかりとした剣が握られていた。

(武器の顕現!)

 魔剣、ジークソウルブレイド。魂を削り取る、魔剣。

 その剣を振り、目の前の敵と応戦する。その隙間を抜けて、ひとりの勇者がハルトの胸元に飛び込む。

(よし!抜けた!)

 だが、

「ズバッ——」

「な……。」

 気づくと、剣が自分の頭を貫通していた。

「⁉︎」

 突然のことに彼らも困惑する。

(なんだ?何が起きた⁉︎)

 彼は確実に剣が当たらない位置にいた。だが、剣がそれに反応するように——

(まさか……!)

「クックッ、お粗末なことだ。」

 そう言うと、彼の剣が消える。

「やはり武器の不完全顕現だったか。」

 オルランドがそう言う。だが考えなくてはいけないのは——

『絶死領域』

 再び掌印が結ばれ、結界が展開される。

 シオンは一気に飛び出し、彼に近づく。逆に周りの勇者たちは退いていった。

『虐阿虐阿』

 結界が完成し、領域の象徴が地面から生えるように出現し、悲鳴をあげ始めた。

『結界中和術式 簡易防御結界』

 再び結界中和術式を使い、ダメージを防ぐ。

「仕切り直しだ。」

 そうして二人は再び戦闘に入る。

「ドドッ、ドッ。」

 結界中和術式発動中の戦闘は、士怨が有利に進めた。何回も拳を彼にぶつけることができた。だが、

「二度目も上手くいくと思うなよ。」

 そう言って掌印を組む。その時、爆発がさらに激しくなった。結界中和術式の剥ずれかたも。

(掌印で結界の強度を底上げした!マズい!)

 掌印は、本来今の状況で結ぶ必要性はない。だが、掌印を結ぶことで魔力を限界まで練り上げ、強制的に結界能力を底上げしたのだ。それによって結界中和術式にオーバーな出力を与え、剥がすスピードを上げたのだ。

 先程よりも早く、

「パリン。」

 士怨の結界中和術式が崩壊した。

「次こそ終わりだ。」

 ビビビビッ、と大量の小さな爆撃が士怨の体から起きる。だが、

「シュアアアア……。」

 体が煙をあげながら回復していく。

「クックッ、いつまで保つかな。」

 そうして彼が今度は積極的に攻めてくる。

(結界中和術式は一度剥がされると再び展開するまで少し時間がかかる。再び発動されては面倒だ。このクールタイムで殺す。)

 より強く魔力を纏い、限界まで強化した拳が士怨を襲う。士怨はそれをなんとか避ける。だが、先程よりも回復が遅いようだ。

(くそっ、結界の精度を上げたせいで回復が追いつかない!ダメージが意外と大きい!)

 体の傷は回復できるが、疲労などは回復できない。爆発によるダメージは、少しづつであるが蓄積されていっているのだ。

「さらに……ダメ押しだ。」

 そう言って士怨が離れたのを見計らって彼は再び掌印を結んだ。

(やべえ!)

 士怨は急いで駆け寄る。

(これ以上結界能力を上げられたら俺が対処できない!回復が追いつかずに死んでしまう!)

 士怨は駆け寄り、掌印を結ばせないように邪魔をする。だが、

「それも読んでいた。」

 それに合わせるように反撃をする。顕現した剣で、士怨の肩を斬り裂いた。

「良い反応だな。そのまま突っ込んでいたら首が落ちていたぞ。」

「そう思うなら爆発の火力を抑えてくれねえか?今にも死にそうなんだが。」

 出血もしている。このままこれを続けたら先に失血で限界がくるだろう。

「馬鹿か。強いから火力を上げて殺そうとしてんじゃねえか。」

「ああ、なるほどね。」

 士怨は納得すると同時に後ろに振り向き、走り始めた。

(?なんだ?血迷ったか?)

 すると、

「ギャルルルル!」

 再び結界に穴を空けられた。そして士怨はそこから脱出した。だがハルトは追いもせず、こちらを見つめていた。

(なるほど。丁度一分だ。俺が領域を展開してから。)

 彼は気付いた。

(最初に結界中和術式で耐え、その後に回復を全力で回し、そして展開から一分経過で結界の外から穴を空けて逃げる。このような技巧ができる結界術の使い手はイアだな。)

「全く、厄介な野郎だ。」

 外でもわかったことをまとめていた。

「アイツの魔法の使えない時間は多分三十秒程度。その間じゃないと……。」

「三十秒……バケモンだな。」

 イアが言う。

「そんなにか?」

「私だってクールタイムが一分以上は必要です。それを三十秒なんて、常識破りすぎますよ。」

 その時、再び結界が崩壊して、中からハルトが出てきた。

「なんとも旧態依然きゅうたいいぜんな作戦だな。結界を展開して最初から押し合えば良いものを。」

「どうせオマエの結界とやり合ったところで負ける未来しかねえよ。負け戦に乗るわけねえだろ。」

 イアは下がりながら言う。

(やはりイアがキーか。なんとかして——)

 その時だ。横から光のレーザーが飛んでくる。

(この程度……魔力を覆えば……。)

 だが、

「ズッ……。」

 ハルトの魔力ガードを貫通し、彼に命中した。これには流石の彼も驚いた。

(……⁉︎なぜ⁉︎なぜこれが遺っている⁉︎しかもなんと練度の高い……‼︎)

 彼はそのレーザーが放たれた方向を向く。そこには杖を持ったまほなの姿があった。再び魔力が充填され、再び高火力のレーザーが発射される。その魔法の名は——

『聖なる魔法ジャスティススター

 

 

「途中でなんだけどさあ、私がヤツを削るわ。」

 急にまほなが言った。

「ダメだ。オマエは貴重な回復要員だ。前線に出して失うわけには……。」

「ジャスティススター……。」

 まほなが言う。その魔法に魔王軍の幹部たちとシオンは驚いた。

「え……。い、いやいや、嘘はいけないよ。」

 シオンが焦って言う。

「ジャスティススターって?」

 ユーリが聞く。

「別名、聖なる魔法。聖の力を使って魔力を減滅させることのできる魔法だ。まあ平たく言うと魔力防御貫通の魔法ってことだ。」

「それだけじゃない。」

 シオンの説明にさらにラリスが付け加える。

「それに当たると魔族は魔力操作がおぼつかなくなるんだ。魔力効率が格段に低下し、魔法の出力が著しく落ちる。しかも体もすごく動かしにくくなる。まさに私に対して効果抜群の魔法ってわけさ。」

「ふーん。すごいじゃん。」

「でもそれはもう今では使い手がいなくて伝説と化していた魔法……。どうしてオマエがそれを?」

 シオンが聞く。

「私はそういうのを継承していく一族なのよ。だから魔王見聞録の正書だったり聖なる魔法を覚えているの。」

「……よし、ならそれをどこかのタイミングで当てよう。相手に大きなデバフをかけるんだ。」

 

 

(これは……聖なる魔法!)

 喰らったところがジュウジュウと音を立てている。

(私が徹底的に根絶させたはずなのに……!)

 混乱している様子を見て、まほなは感じた。

(やっぱりこの魔法はアイツにも適正みたいね。一発当たるだけでもかなり厄介でしょ?)

「くそっ!」

 ハルトは傷を回復させながら戦う。だが、明らかに傷の治りが遅かった。

「遅い!めちゃくちゃ再生能力が低下してるぞ!」

 ユーリはそう叫び、その傷に当てるように剣を振るった。

「くっ……!」

 なんとか横跳びで避けたが、少しかすってしまった。

(コイツら……!)

 上手く動かない体に憤りを感じながらも冷静に魔力を練る。

『絶死領域‼︎』

 掌印を結び、半ば強引に展開する。

『虐阿虐阿‼︎』

 シオンを閉じ込め、確実に殺しにかかる。だが、

『結界中和術式 簡易防御結界!』

 再び同じ流れを繰り返す。だが、明らかにさっきと違った。

(結界中和術式が全く剥がされない!明らかに出力が低下してる!)

 そのまま格闘に入る。だが、明らかにさっきと状況が逆転していた。ハルトは完全に後手に回り、受けの姿勢になっていた。

「ドゴッ!」

 ハルトの腹に重い一撃が入り込め彼を結界の縁まで吹き飛ばす。

「チッ!」

 掌印を結び、火力を上げようとする。だが、その上昇幅さえも低下していた。

「ドゴゴッ、ゴッ!」

 その隙に士怨が攻撃を続ける。掌印による結界効果の引き上げがほとんど無効化されていると判断した彼は目の前の敵に集中することを決めた。

(ここまで魔力操作がグダるとは!流石に厄介だな。)

 そしてやっと士怨の結界中和術式が削れ始めた。ここまで二十秒ほどかかってしまった。

(コイツとの結界内での戦いは上手くない。次でやめる。先にあの魔法使いにトドメを刺す。アイツは後々生かしておくと面倒だ。)

 結界内での戦いは互角。少しずつではあるが、相手が調子を取り戻してきたようだ。士怨の攻撃を難なく躱してくる。

(マズいな。慣れてきてる……!)

 そして彼が結界を展開してから五十秒後、ついに結界中和術式が崩壊する。だが、同時に彼の領域も崩れた。相手は荒い息をしている。

(これ以上の結界術の使用は無理だ!魔力がついていかない!)

 ここぞとばかりに勇者側が畳み掛ける。だが、それを次々といなしていく。

(体の調子は戻ってきた。だが魔力の操作がブレブレだ。なんとかせんとな……。)

 すると、勇者たちの間を抜けてきたシオンが拳を振るった。

「ドゴッ!」

 腕で防いだが、明らかにダメージが入っていた。ズザア、と後ろに下がり、一瞬ひるんだ。その時だ。

『絶死領域』

(コイツまだ——!)

『虐阿虐阿!』

 さらに結界を展開してきた。だが、今回は違う。

(広さが前と比べて狭い……。)

 魔力操作が困難な状況のため、彼は結界の大きさを絞り、無理やり結界の強度を底上げするに至った。さらに、士怨の行動を制限するために周りにいた勇者も巻き込んで結界を構築した。

「かなり追い詰められてるな。」

 士怨はそう感じた。だが、結界術をまだ構築できるほど魔力が残っているのは確かだ。

「もう俺は構わん。オマエとサシで殺れたらよかったがな。」

 結界の象徴を構築し、雄叫びをあげる。士怨たちは構えをとり結界中和術式を発動する。

『結界中和術式 簡易防御結界!』

 だが、削れ方は先程と変わらない。

(この40秒間でアイツの結界を崩壊させる!)

 彼らの目的。それは紛れもない結界術の崩壊である。

 

 

「一分以内に結界を崩壊させて、その隙を狙う。結界術の崩壊直後は魔法の使用が困難になるからね。その間だったらヤツの斬撃魔法に怯える必要はない。」

 シオンが言う。

「いや、それよりも俺が領域を展開する方がいいだろう。」

 そう言ったのはイアだ。

「……どうしてそう思うんだい?」

 シオンは少し不機嫌そうだったが、自分の気持ちを押して言った。

「奴との結界術の押し合いが勝てれば問題はないんだ。だが、ヤツは一千年以上生きているんだろう?だったら結界術の押し合いでは決して勝てない。だけど展開後のクールタイムなら俺の独壇場だ。」

「勝算は?」

「確実ではないがある、とだけ言っておこう。」

 イアはそう言い放った。

「……わかった。最初の作戦をまとめると、俺がヤツに領域を展開させて、結界内で殺り合う。結界中和術式が剥がされたら遠隔で回復を回す。結界が一分以上保ったら外側からイアの結界術で穴をあけて脱出する。それを何回か繰り返すうちにまほなの聖なる魔法をなんとか当てて、一分以内に結界を崩壊させる算段を立てる。そして一分以内に結界が崩壊したら——」

「俺の絶死領域でヤツを殺す。」

 

 

 作戦の最終段階の完遂には結界の崩壊が最低条件。それを満たせるのは今しかない。

(ここが正念場!)

 士怨は魔力の出力を一気に引き上げる。結界中和術式が剥がれて死んでいく者もいる。その中で彼らは戦う。多人数での格闘。主導権は士怨の方にあった。

「ドゴッ!」

 死んだ者の死体を盾に、障害物にしながら戦う。そして、結界構築から四十秒後、士怨の結界中和術式が剥がれると同時に、士怨の重い一撃が、ハルトの腹を穿つ。

 ハルトの絶死領域が、崩壊する。

 聖なる魔法、結界術の連発、士怨の重い一撃とそれへの対応。さまざまな条件が重なり、彼の結界を打ち破った。

「ぐっ……。」

 体勢を整えるために彼は一旦その場を離れる。距離をとって回復する気だ。

「行かせねえよ。」

 そこにアキラとユーリが来る。

「ガガキン!」

 二人の攻撃を腕で防ぐ。だが、

「ズシャッ。」

 腕は斬られた。

「くっ……。」

 相手は再生をしてはいるが、明らかに遅かった。再生中の腕を後ろに回し、確実に回復をしようとする。

(相当な効き目だな、聖なる魔法。ここまでの効果があるとは!正直ここまで効くとは思ってなかった。)

 そして、作戦が最終段階へ移る。

 

 

「イアはさ、最初に死んでいいの?」

 作戦会議の後、アキラと一対一でイアと話す。

「もはや知ったこっちゃねえんだよ。それに関しては。」

 吐き捨てるようにイアは言う。

「俺の生死や死ぬ順番は関係ねえ。俺がヤツを足止めする。それは誰にもできねえことなんだ。だから俺はやらなきゃなんねえ。」

「でも……死に行くようなもんだよ、それって。シオンが判断を渋ったのもそのせいだと思う。」

「じゃあヤツの結界術に対抗できる結界術の使い手はいるか?……いねえだろ?」

 イアはうつむいたまま言う。

「そりゃあ俺だって死にたくねえ。だがな、命を懸けて戦うのと、死にに行くのは全く違うんだよ。俺はそれを知っているから、余計だ。」

 イアの覚悟はとうに決まっているようだった。

「それに、もう死んだってワケじゃあねえ。必ず勝ってやるよ。」

 立ち上がって、自信にあふれた顔で言う。

「……オマエは優しいな。だが安心しろ。犬死にはしねえよ。」

 そう言ってアキラとすれ違って行った。

 

 

(今だ。この時、この時を待っていたんだ!)

絶死領域ぜっしりょういき 誅凰戴波ちゅうこうたいは

 黒い幕に覆われ、結界の全貌が明らかになる。

「なるほど……複合タイプか。」

 流石は永く生きているだけある。結界侵入直後に既に結界術の全貌を解析していた。

(炎、刀剣、旋風。これらが必中の絶死領域か。)

「面白い。」

 そう言ってイアと対峙すると、魔力で全身を厚く覆う。

「やってみろ、格下。」

「言われなくても!」

 その時ハルトの足元から刃が飛び出し、彼を貫通せんとした。だが、瞬時に跳んで避けられる。

(このくらい避けられることは想定済み。こっちが本命だっ!)

「ジュワッ!」

 ハルトの頬が灼ける。日焼けではない。その時彼の皮膚が感じた、異常な温度。

(なるほど。熱か……。)

 彼の領域、誅凰戴波は炎、刀剣、旋風が必中効果になるだけではなく、結界内の温度を約1000℃まで上げ、焼き尽くすことができる。刀剣などの必中効果はあくまでオマケ。そこまでの強さはない。

(この温度だ。ヤツも数十秒で焼き鳥になる!)

 イアは結界術の効果範囲外であり、唯一の安全地帯。逆にそれ以外では安置はない。つまり彼の考え通り、数十秒で——

「⁉︎」

 彼は皮膚は焼け焦げている。だが、それ以上削れない。熱が効いていない。

(まさか……コイツ、熱に異常な耐性があるのか⁉︎)

「どうした。何か予想外のことでも起きたか?」

 ハルトは焼けた皮膚を再生させながら言う。士怨がやったように、必中効果を喰らいながら、再生をフルで回している。

 彼は、永く生きている間に、嫌というほど炎の使い手と戦った。その結果、彼の身体には異常なほどの熱耐性が付いている。最大で耐えれる温度は、2000℃に相当する。

「手詰まりか?ならこちらからいくぞ。」

 そう言って彼は一気にイアの間合いに入ってきた。そして思い切り殴る。

(……重い!)

 なんとか反応しながら魔力で全身を守っていく。

(普通無理だろ!なんで結界術の効果を全身で受けながら攻撃が出来んだよ。普通なら攻撃より回復に全魔力を回すだろ⁉︎)

 だが、それを補えるほどの膨大な魔力量が、それを可能とする。回復で全身を即再生させながらの攻撃。全てが異常だ。

「ドゴッ、ドドッ!」

 激しくぶつかりながら、互いにダメージを与える。だが、ここでイアは気付いた。

(近距離過ぎて、コイツへの必中効果がオフになっている!)

 彼の結界術で生成される炎や刀剣は、イアにも当たり判定がある。そのため、近距離で発動した場合、イアに命中する可能性がある。そのため、敵が近くに来た場合、反射的に必中効果がオフになるのだ。だが、それが仇となる。それによって、結界は完全に機能を失った。

「ドゴッ!」

 ハルトの重い一撃が入る。

「くそっ!」

(一度結界をバラすか?だがそのタイミングを狙ってくるかも……、……いや、その時は内側から押して外に出る!)

 そして、結界を自ら解体する。そして、彼の目の前に飛び込んできたのは——

「——バカな……一体どうやって⁉︎」

 既に結界が展開されていた。

『絶死領域 虐阿虐阿』

 イアの驚いた顔を見て、彼は不敵に笑う。

「クックッ……随分とお粗末だな。判断を少し誤ったようだな。」

 相手からは魔力が立ち上がってはいるものの、全く結界を展開しているとは思えなかった。

「……いやそんなバカな!結界の押し合いを俺らはしていない!」

 今の状況を必死に否定する。

「まあ一つずつ話そう。オマエが領域を展開していた時、俺は手を背後に回していた。その時何をしていたかわかるか?」

「……。」

 今の状況を理解しきれず、彼の問題には答えなかった。

「正解は掌印を結んでいたのだよ。オマエの領域展開と合わせてこちらもそれを上回る大きさで領域を展開した。ほとんど気付かなかっただろう?」

 あの短い間。ハルトは既に領域を展開することを、事前に魔力の起こりで察知していた。そして、この状況を抜け出すにはまずイアを始末しなければならないと考えた彼は、無理やり結界を彼の結界よりも一回り大きく設定し、同じスピードで同じタイミングで展開した。

 結界の押し合いというのは、片方が押し合う、ということをしなければならない。たとえ片方が押し合いを拒否しても、もう片方が押し合いを望むならば、強制的に押し合いに発展する。

 だが、今回はハルトは隠すために押し合いを拒否、イアはそれに気付かなかった。さらに彼は結界の象徴を出さずに結界効果をオフにしたため、完全に気配を消していた。結果、奇跡的にこの状況へと陥った。

「かなり危険な賭けだったな。相手の結界の必中効果とその強度、その辺がうまく噛み合ってこんなことができた。こんなことをするのも成功するのも初めてだ。」

 そうして彼は掌印を再び結ぶ。結界の象徴が出現する。

「じゃあな、凡夫。せいぜい敗北を噛み締めろ。」

 結界術の崩壊後は、魔法の使用は出来ない。それは結界中和術式も同じだ。

「クソがああアアアア‼︎‼︎‼︎」

 彼の叫びは、結界の象徴が放った咆哮に掻き消され、彼自身もまた、同じように消えた——

 

 

 外側では、結界内の戦闘の様子を見守っていたが、まほなが急に叫んだ。

「待って!何かおかしい!ハルトの魔力が急に跳ね上がった!結界術を使用している時と同じくらいまで!」

「まさか!」

 その時だ。

「バキン!」

 結界が音を立てて崩れ去る。そして内側から出てきたのは——

「この程度か?」

 イアの返り血を全身に浴びたハルトだった。

「もっと、もっと俺を愉しませて魅せろ。」

 彼の残酷な眼差しが、全員を瞳に映した。

イアについての賢者の補足

 

 イアは魔族の中ではずば抜けた結界術の使い手です。ファントム霊園の結界も彼が作ってます。

 イアは魔法をあまり使わず、自身の自慢の結界術を駆使して戦います。そのため結界中和術式などの対策法がなければ勝てません。逆にあれば勝つことは難しくありません。

 イアは既に作られた結界を操ることもでき、王都の守護結界は普通王族しか干渉できませんが、彼はそんなものお構いなしにぶっ壊せます。

 普段は魔王に付き添っており、ハルトやマリアとの関係はあまり深くありません。逆にヴァルプとはいい関係らしい。

 

 

 俺の出番まだ?by賢者

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