第26話 魔王見聞録

 いつからだろうか、殺しを始めたのは。

  

 

 理性がある時から……いや、それは生まれた時からか。

 

 

 ずっと何故か憎かった。だから思うように殺した。殺してきた。

 

 

 でもそれが“彼”の意志だと気づいた。自分に与えられた宿命であることも。

 

 

 逃げれなかった。本当は殺しなんてしても意味のないことをな。

 

 

 でも希望だけはあった。でもそれも淡い希望だけで終わった。だからもう戻らない。

 

 

 自分の存在意義、それが違うかもしれんが、そんなものは関係ない。

 

 

 強さが全て。それは世界の掟。崩れることはない。

 

 

 だから永遠に挫いてきた。人間の強さというものを。

 

 

 ヤツらは人ではない。怪物なのだ。だから同じだ。殺す理由には充分だろう?

 

 

 生命ある限り奪い続けてやる。希望も夢も全て。残されるのは後悔と畏怖のみ。

 

 

 全部斬ってやる。この体と共に。

 

 

 畏れおののけ、愚民ども。呪うがいい、恨むがいい。

 

 

 その感情さえ無力だということを教えてやる。なます斬りにしてやるよ。

 

 

 いい加減終わらせないか。もう疲れたんだ。

 

 

 でも立ち止まれない。死んだアイツらの事を考えると止まってはいけない。

 

 

 そうして歩いてきて、私の歩いた道の後には、幾つの死体の山があるのだろうか。

 

 

 あと少しなんだ。これでみんなが望む世界が手に入る……!

 

 

 迷うな。殺し続けろ。邪魔する者は、全員消せ。

 

 

 英雄になるんだ。偉大な……!そうしたら…‥‼︎

 

 

 彼の周りには衛兵が壁に張り付いていたり、内臓が出たりしている死体があった。彼はそれを踏みつけてグシャリと音を出す。

「待っててくれ……!もう少しだ……‼︎」

 

 

 

 

第二十六話 魔王見聞録

 

 

 

 

「じゃあ読んでいこうか。」

 そう言ってまほなが開いたページには、見慣れない文字と絵があった。皆、それが読めないようだったが、二人は読めた。

「ある村に……なんだこれ?」

 シオンが声に出して文字を読んでいたのだ。

「これって古代文字だよね。しかもかなり解読が困難な……。」

 ある勇者がそう言うが、

「家ではこういうのを継承してんだよ。魔人大乱もそうだしな。」

 シオンはそう付け加える。

「ふーん。まあ読んでいきましょう。」

 

 

 ある村に、一人の異端児が産まれた。これが全ての始まりである。

 その産まれた者は、人間から産まれたにも関わらず、ツノを持ち、魔力と今呼称している力を史上初めて持って産まれた。

 

 

「え?」

 その書かれていたことについて、全員が驚いた。

「贋作と全く違うじゃねえか!なんだこれは⁉︎」

 勇者たちはどよめき驚いた。

「魔族も、元を辿れば……人間?」

 リヒュウはそう言う。

「そういうことになるわね。でも今の人間はこの事実を隠したいみたいね。だから贋作には全く違う事を書いたのでしょう。」

 まほなはそう言った。

「続きを読もう。まだこれだけじゃあ何も解らない。」

 

 

 だが彼は人間と同じようなものもたくさん持っていた。特別な体質で力を持っていたとは言え、その力は便利なものであったし、何より彼は危害を加える気はなかった。

 

 

 この時不思議だったのはやはり彼の身体だろう。人間から産まれたのにも関わらず、何故このようなことが起こったのか。今思っては魔族が人と類似している点があるのは、人間がベースとして産まれているからだろう。

 

 

「なるほど。人間との類似点はそうやって結び付くのか。」

 イアがそう言った。

「間違いないね。人狼とかも同じ理論かしら。」

 ヨネットが言う。

「何より魔人が一番最初らしいね。ヴァルプ様。」

 クーゲルはそう言って賛同を求めた。

「何より人間から生まれたのが信じられないわ。じゃあなんでこんなしがらみができるんだ?」

 ヴァルプはそう言うと、

「その答えはもう少し先で出るわ。」

 

 

 彼はその力を活かして我々に恩恵を与えてくれた。魔力というものを活かせば魔法というものが使えるのもわかった。

 数年間で我々人間も魔力を持つものが現れ、もはや魔法は一般化していきつつあった。だが、あの事件で全てが歪んでしまった。

 

 

「あの事件?」

 ユーリが疑問を抱く。

「今までの話を見る限り、何かトラブルが起きることは無さそうだけど……。」

「けど、そう簡単な話じゃなかったのよ。特にその時代はまだ今のようにはいかない理由が多々あったのよ。」

 まほなはそう言い、続きを読んでいった。


 

 彼は、生まれつき使える魔法があった。それが魔族を生む魔法である。

 

 

「「「「!」」」」

 全員が驚いた。

「つまり……魔族の種類が大量にあるのって……。」

 

 

 彼は場面に応じた色々な魔族を生み出した。植物を操るエルフや、建築などで建材を運ぶゴーレム、村の門番として、また“奴隷”としてのゴブリンなどだ。

 だが、時が経つにつれ、立場が逆転しようとしていた。魔力を扱え、再生能力を持ち、何かに特化した能力を保つ魔族に対して、我々人間は太刀打ちする手段はなかった。だが、後に分かったことは、この“思い違い”は大きな災厄をもたらすことになることだった。

 これ以上魔族が増えれば我々人間の生活はおびやかされるようになる。そう考えた王は、彼に対して、ある名前をつけた。その名も——始祖の魔王。

 それと同時に魔族と彼に人間のヘイトを向けさせた。ちょうどその時期、日照りによる不作があり、それを彼らのせいにする事で人間の攻撃性を煽った。魔族は次々と捕らえられるようになるか、討伐されていった。そして、この始祖の魔王を産んだ親に対して暗殺を命じた。その王の命令に従い、魔族を討伐した者を、人々は“勇者”と言うようになった。ちょうどその時始祖の魔王は遠征しており、そこには居なかった——。

 

 

「惨いことだ。自分達の保身のために、恩恵を葬り去るとは。」

 リヒュウは窓の外を見ながらそう話した。

「“勇者”の称号も呆れたもんだ。ただの殺し屋じゃねえか。」

「……。」

 全員黙っていたが、やがてまほなが口を開いて、その続きを告げた。

 

 

 始祖の魔王が帰還して、最初に見たのは母の死骸だった。彼は全てを悟った。

 王は彼にも殺害命令を出しており、彼はその場から魔族を出現させながら逃げた。だが、人間の身体がベースとなっているため、そこまで魔力量は多くなく、出した量そこまで大した数ではなかったため、ついに追い詰められる形となった。だが、彼は最後の力を振り絞り、ある場所へ到達した。そこには巨大な魔法陣がある祭壇であった。その中心で彼は掌印を結び、こう告げた。

「こういうことにならなければいいと思っていたが……仕方ない。私の子供達を守るためだ。許せ。私の生命と体を生贄に新たな魔族を召喚する——。」

 そうして彼の体はその魔法を発動した。発動した瞬間に始祖の魔王は弾け、体の器官ごとに分かれた。そうして祭壇の周りにセットされると、そこから肉が生え、新たな始祖の魔王の一部を持った魔族が十六体生まれた。それらをさして継承の魔王と呼称した。

 

 

「それが今の魔族というわけか?」

 ラリスが言う。

「正直この辺はわからないわ。魔族の出生というのは闇に包まれてるからね。」

 まほなが補足を入れると、

「その継承の魔王というのが危険なんだな?」

 リヒュウが口を挟んだ。

「すでに今のような状況になっているが、これだけでは終わらないだろう?」

 リヒュウの追及を無視してさらに続ける。

 

 

 彼の生み出した継承の魔王は実に強力だった。強大な魔力量と特別な魔法、特殊な体質を保つものもいた。だが、一番攻略が難しく、それを活かして攻略が簡単だったことは、二体で1組というペア制にしたことだった。縛りかどうかはわからんが、必ず二人のペアで動いており、それはずっと変わらなかった。そのため片方を人質に取り、おびき出して殺すというような討伐方法を繰り返し、残りが二体になった。

 

 

「その二体以外はすぐに討伐されたのか?」

 リヒュウが聞いた。

「そうね。ほとんど5年以内に討伐してるわ。まだ生まれたばかりだし、何より人間っぽさが残っているのが、この結果を生んだわけね。」

「その十四体はどんな能力を保っていたんだ?」

 ユーリが聞いた。

「あまりよくは分かってないけど強さでいけばかなり強かったらしいよ。」

 まほなはそう言って続ける。

 

 

 また、彼らは魔王から与えられた臓器によって体の一部を特化させていた。例えば心臓を与えられた者は異常な再生能力を、脳を与えられた者は無限の知識を、肺を与えられた者は最速の詠唱のスピードを保っていた。だが、それらをもってしてもそこまで脅威ではなかった。——生きていた二人を除いて。

 

 

 残った二人はまさに異端児、イレギュラーだった。2人1組で動くというルールにとらわれず、まさかの別々に動いていた。しかも性格も能力も真逆で、一番識別が難しかった。

 そいつらは魔王の眼を与えられた者で、それぞれ右目、左目を与えられた。大抵魔族のペアは与えられた臓器の対になるようにされているようで、それは彼らも例外ではなかった。

 右目を与えられた魔族は生み出された継承の魔王の中で唯一の女性だった。物静かで優しい、まさに今までの魔族のイメージをひっくり返すような者だった。

 だがもう片方、左目を与えられた者はそうではなかった。残虐、冷酷。まさに鬼。殺傷力の高い見えない斬撃魔法で一撃で首を落としたり、火力の高い技で一撃で潰されたりなど、戦闘力が化け物染みていた。全ての魔族で一番気性が荒く、強い魔族だろう。唯一の弱点は魔族にデフォルトで付いている再生能力がないこと。だがそれでも人間並の再生能力は持っており、傷を最小限に抑えて戦うことで、死ぬことなく、幾度の勇者を退けた。

 

 

「えっ……、これって……。」

 チガネが驚いたように言う。

「ああ間違いないね。」

 ヴァルプがそれに賛同した。

「なるほど、そこで繋がるのか……。」

 リヒュウはラリスなども理解した。

「ヤツの保つ斬撃の魔法。それはコイツと同じものなんだな?」

 ラリスが問い詰めた。だが、まほなは読み進める。

 

 

 しかし、何年も生きていると流石に体は傷だらけになるはずだ。実際にダメージを与えたということは幾度となく報告されている。だが、いつ見ても彼の体に傷痕は残っていなかった——。

 

 

 何百年も生きていると、流石に疲れるな。これが生きているのかもわからないみたいだ。

 城下を歩くハルト。周りには死んだ者の死骸。

 少し……話させてもらってもいいだろう。

 私は始祖の魔王が生んだ一体の魔族であり、人々からは継承の魔王といわれた。だがそれも昔の話だ。今もその情報は残っているのだろうか。

 私には何も残されていなかった。あるのはただ生き物を殺すことに特化した能力と身体だけ。それで何をしろと言うのだ。でも分かった気がした。

 数年経って気がついたんだ。自分が何故こうなのか。おそらく私には始祖の魔王の怨恨を引き継いでいるのだろう。人間によって全てを失った、その怨みが。人間に復讐するためだけに生まれた個体だ。そう思った。

 結果、生まれてから数年間はがむしゃらに殺し続けた。再生能力がないことはかなり困ったが、それも慣れだった。そこでの戦闘経験は私をさらに生かしてくれた。殺すためには不意打ちも裏切りも卑怯と言われたこともした。全ては始祖の魔王の怨恨を晴らすため……!

 それからどのくらい経っただろうか。気づけば継承の魔王も私とペアのみになっていた。無論助けに向かったりはしたが、間に合わなかった。敵討ちはしたがな。

 だが、いくら年が経ってもどこにでもいる人間と再生能力が発現しないのには無性に腹が立った。特にあれから8年後の時に戦った骨のある勇者と殺り合った傷は俺の身体にはちと重すぎた。そんなことは幾度となくあったが、その度に俺はある場所に行っていた。

 そいつは物静かで優しい。だが、世界から見たら敵となってしまう。だが、やっていることは味方だった。私のペアは主に回復の能力が優れており、彼女の持つ魔王の右目は生物の身体を見ることに特化していた。傷の部分だけを即見抜き、どんな病気でも傷でも瞬時に癒す。まさに女神のようなヤツだった、俺と対極的でな。実際に俺らが会う時は俺がいつも体を治してもらう時だけだ。だがそれは彼女のことを想ってのことだ。

 彼女は森の奥でひっそりと暮らしており、森を守りながら生きていた。また、森によく入って遊ぶ子供の世話をしたり、古びた小屋の中で病人を診たりしていた。人間と接する時は極力人間だと思わせるように魔力の量を調整していた。今の俺がシオンを錯覚させたのも彼女のおかげだ。

 最初は私も気味が悪かった。私と全く対になることをしていたからだ。でも話を聞くうちに言い分はわかった。

 彼女の望んでいた世界は、誰も悲しむことなく、誰も差別されずに生きられる、牧歌的な平和だった。無論俺は否定した。我々の使命は殺しだということを説いた。だが、彼女は首を縦には振らなかった。

 戦闘で受けた傷はいつも彼女に治してもらっていた。彼女の回復魔法は素晴らしく、腹に穴が空いた状態だとしても10秒程度で元通りだ。彼女がいる限り死ぬことはないだろう。

 それ以外にも、彼女の魔法の対象は多く、植物までも癒せた。流石の私もこれには驚いた。まさに仙人か神の類いだと思った。確かに彼女には、俺と違う世界が見えていたのだろう。なぜなら俺の目に映るのは気色の悪い生き物なのに彼女の目は輝いていたからだ。

 いつかはっきりするだろうと思っていた。きっといつかこの時代も終わりを迎える。最後にできた世界が俺のでも彼女のでも、きっと生き残るだろう、そう思っていた。

 

 

 雨の日だった。私は傷を治してもらうついでに薬をもらい、次の攻撃目標へと向かっていた。その時だ。自分の命が共鳴するのを感じた。すぐに私は引き返した。

 私と彼女は、魔王の身体の一部を通して繋がっている。そのため彼女の異変がすぐに感じることが出来た。

 生命の危機が迫っている——。そう感じた私は急いで引き返した。場所はそこまで離れていなかったので、すぐに着くことが出来た。だが、ついた瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、勇者が彼女の心臓に剣を突き立てている所だった。その瞬間、私の心臓もそれに共鳴し、キュウッとなるのを感じた。私は無意識に聞いた。

「おい……オマエ……何をしている。」

 強い圧に逆らえない彼らは返事をしなかった。

「質問を変えよう。どうして彼女を刺した?」

「コイツは人間を引き取っては殺していた。だから殺した。」

 ヤツの言うことに正当性はなかった。そこまでは理性を保てた。だが、次の瞬間、ヤツが吐いた言葉が、私を壊した。

「あと、オマエとの関わりが深いから。オマエの目撃情報が絶えないんだよ。来てみればコイツだ。とんだ間抜けだったな。」

 彼女は反抗していなかった。殺されるのを黙っていたわけではないが、反撃を一切していなかった。それを……

「マヌケだと……?」

 私の表情はとても怖かったに違いない。だが、相手はさらに告げた。

「ああ。底なしの弱さだ。全く覇気を感じない!今まで見てきたどの魔族よりも弱く見えたし、実際すごく弱かったよ!」

 

 

 その言葉が発せられた直後の記憶はない。何をどうしたかとかは全くだ。でもふと気がつくと、目の前には人間かもわからない血溜まりと、剥き出しになった脳。そして、ボキボキに折れて露出した骨があった。

「報いを受けろ。カスが!」

 そう言って最後に身体をチリにした。あの気色悪い感触を今も忘れられない。

 彼はすぐに彼女を担いで移動した。まだギリ心臓が動いていたからだ。だが、

(再生って……どうやってするんだ?)

 彼女の体を守ったはいいが、どうやってこの致命傷を治すかが、全くわからなかったし、やり方もわからなかった。ここに来て全部、裏目に出た。

 私がわからずオロオロしていると、彼女の手が動いた。そして言の葉を紡ぐ。

「もう……大丈夫よ……。どうせこの傷じゃ……助からないわ……。」

 そう短く言った。

「もういい!何も言うな!頼む!生きてくれ!」

 切実な想いを述べる。

「おまえがいなくなったら……私は生きていけない……!生きる理由を失ってしまう……!」

 そう言った私に対して彼女は、

「生きる理由ならあるじゃない。まだ——」

 その言葉にハッとした。私は私の愚かさに気付いた。もっと早く気付いていれば……彼女も長く生きれたのだろうか。

「貴方ならきっとできる。貴方の世界は貴方で作るの。曲がりなりでいいから、チャレンジしてみなさいよ。」

「でも……そんなこと……。」

 押し付けられた重圧が私を押し潰しそうだった。

「俺は……おまえを殺したも同然なんだぞ!」

 死んだのは半分俺のせいだ。それだけで俺は耐えれなかった。だから生きてほしかった。

「いくらなんでも……酷すぎる……!私には……!耐えることが……できないッ……!」

 涙混じりの声だった。

「まだ俺は……自分が生きていいと、生きる理由が……欲しい……!」

 そう切実な願いを言うと、

「ならさっき私の言ったことを達成して。」

 冷静に告げられた。

「貴方はまだ!生きているの!今!これができるのは貴方だけよ!お願い!どんな形でもいい!だから……。」

 そこまで言うと、彼女は血を吹いた。

「!」

 流石の俺も傷口を押さえた。既に失血量は異常だ。これで生きているのが奇跡だ。

「託すわよ……私の意志と、無念にも死んだ魔族の意志を!」

 そう言って俺の手を握った。

「貴方は……優しい。」

 そう言って、彼女は息絶えた。私はそのあと、三日三晩泣き通したのを覚えている。

 

 

 私は、託されたんだ。やらなければ、進まなければ。彼女のためにも、始祖の魔王のためにも!

 

 

 そうやって彼は城下を進む。彼女から託されたものを作るために。

 

 

「結局、その時片方の継承の魔王は死んだの。残った生き残りだけど……これが暴虐でね……この先はもっと酷いことになるよ。」

 まほなはそう言って読み進める。

 

 

 数年後、北のある場所に魔王と名乗る魔族が出現した。無論大勢の勇者を送り、息の根を絶とうとしたが、それをあっさり返り討ちにした。その数なんと120!いくらなんでも魔族討伐のプロフェッショナルを120名討伐とは、流石に強かった。そして、南下してきた。魔族を保護し、前線を押し上げる形で、人間は押されていった。

 そして、始祖の魔王が生まれてから約百年後、魔族と人間の天下分け目の決戦が行われた。魔人大乱である。

 全国から勇者を召集し、魔族にぶつけた。だが、それでも圧倒的だった。反撃はできたものの、もはや風前の灯。すぐに全滅させられた。

 その後、王の前に立ち、王を殺害し、大陸全土を支配した。人間は奴隷として扱われるようになり、まさに魔族全盛の世が実現した。恐れていた杞憂が、現実と化したのだ。

 だが、何年経っただろうか。30年ほどすると、その統治していた魔王が突如失踪した。それによって生まれた空白を突く形で魔族全盛の世は終わりを告げた。再び人間が大陸の大部分を支配する形となった。

 

 

 私が求めていたのはこういう世界ではなかった。

 

 

 ハルトは独白を続ける。

 

 

 魔族の指導者となり、全土を掌握するのも悪くなかった。だが、これではない。これではないのだ。そう感じた私はその座を捨て、全てやり直そうとした。結果として、再び人間が大陸の大部分を支配する形となり、言わずもがなその夢は叶った。

 その後の数百年は私は世界をもう一度見た。全部を目の中に収め、もう一度考え直した。私とその仲間が望んだ世界を。

 七百年前のことだ。私を差し置いて魔王を名乗るヤツが現れた。私は特に興味を持ったわけではなかった。だが、私には誰かの下につく、という経験がなかった。無性に体験してみたかった。そうすれば分かる気がした。弱者の考え、視点が。

 私は魔王の前に膝をつき、忠誠を誓った。ホントは一ミリもそんな感情はないのにな。

 私は前線に配属された。ここでも私は悩んだ。最初から力を出すべきか否か。結果的に私は最初から前線で力を使った。かなり抑えてな。魔王よりも実力があることを知られてはならないからな。そして今に至るまで堅実に働き続けたというわけだ。

 

 

 魔王という大黒柱を失った魔族には勢いがなかった。あっという間に再び人間の世が戻った。

 また、同じようなことがあるかもしれない。そのため、ここに全てを記す。私がこれが本物であることを保証する。

 

 

「製作命令者、セイユウ。」

「誰だそりゃあ。」

 ラリスが言う。

「魔王の支配が崩れた後の最初の人間の王だよ。カリスマ的存在だったらしいけど、まさかそんな人がまとめたとはね。」

「なんでもいい。今あることをまとめよう。」

 シオンがそう言って話の要約を始める。

「始祖の魔王の体から切り分けられた臓器を持つ継承の魔王。それが今回の大ボスってわけか。」

「持っているのは魔王の左目か……。能力とかはなんなんだ?」

 ユーリが言う。

「瞳が虹色なのも関係があるのかしら。」

 ヨネットが挟む。

「なんにせよ、再生能力がないって記されてるのに、ヤツは体を再生してたぞ。そこはどう説明すんだ?」

 オルランドがそう言うと、

「再生能力は既に魔人大乱の時には獲得してたぞ。」

 士怨が答えた。

「アイツに傷をつけたが、その傷はみるみる再生した。つまり何かしら掴んでいる可能性もある。」

 士怨が付け加えると、

「薬などの可能性もあるかもしれませんね。」

 クーゲルが話に補足を行う。

「なんにせよ、倒してしまえば問題はないでしょ?」

 チガネが軽く言うと、

「それでも問題はあるぞ。あの見えない不可視の斬撃。なんとかしてアレを対策しないと……。」

 シオンが焦るように言う。

「出してない技もあるはずだ。なんにせよ、今わかった情報でアイツを測るのは危険だ。」

 士怨が言った。すると、

「あの〜、思ったこと言っていい?」

「?」

 口を挟んだのはアキラだ。

「さっきシオンの言ったことを証明できる、って言ったけど、それについては?」

「ああ、それのことね。」

 そう言うと、まほなはページをめくる。

「ここのページよ。」

 そう言うと、大量の名前がある場所を出した。

「この中に……。」

 そう言って名前一つ一つを辿っていく。

「あった。士怨。これでしょ?」

 そう言うと、士怨、と書かれた場所を指差した。

「このページは?」

 ヴァルプが聞くと、

「このページは魔人大乱での戦死者の名前が書いてあるページね。でも意外ね。」

 そう言ってページと向き合う。

「名前の書かれている位置から、多分、主力級の力を持ってたんでしょ?頼もしいわね。」

 そうまほなは言った。

「一応斬り込み隊長みたいな感じだったからな。主力級って言えばそうだろうな。」

 士怨は言った。

「なら、なんとか……。」

「ならないよ。」

 ユーリが言おうとした言葉を士怨が遮る。

「残念だが、今はその時と同じ力を出すことはできない。体はあくまでコイツのものだ。その体でできる範囲でしか力は使えない。」

 士怨はそう告げた。

「つまり……足枷がついている……ってことか。」

 リヒュウが言った。

「言い方が悪いなあ。失礼だぞ。」

 士怨が言った。

「と……とにかく!戦力を集めながら、対策を練りつつ、個人の力を上げていこう。そうしなければ勝つことはできない。」

 リヒュウが言った。

「同感だ。主力は多い方がいい。半分は持久戦みたいなものだからな。」

 士怨も賛同する。

「そうと決まれば、魔族は鍛錬をさせよう。」

 そう言うと、ヨネットの方を向き、

「オマエらも傭兵たちのもとへ行き、統率をするのと力を取り戻せ。受肉してから時間は経ってるんだ。なんとかしろ。」

「了解。」

 ヨネットとラリスはそういうと集会所から出ていった。

「さて、今王都はどうなってんだか。」

 リヒュウは煙の上がっている王都の方を向いて言った。

 

 

王都 トレスクレア内 ミューシクル城内にて

「……ようやく会えたな。元凶。」

 ハルトは王の間についた。

「逃げも隠れもせんとは……度胸だけは一人前のように見える。」

 王は座っている。

「終わらせよう。この長い怨恨に終止符を打つ。」

 そう言って彼は近づいてくる。

「衛兵は?」

 王はそう言った。

「全員殺したさ。逆らうもんだからな。」

 そう言って全身血まみれの体を指差す。

「そうか……。」

 王は立ち上がり、構えを見せる。

「なんだ?殺る気か?」

 ハルトも構えを見せて、対峙する。

「王よ、名を名乗れ。覚えておきたい。」

 ハルトがそう言うと、

「セキデンだ。継承の魔王。」

「!」

 自分の名前を言い当てられたことに彼は少し動揺したようだ。だが、すぐに冷静になる。

「ここまで来れてよかったじゃないか。だが、殺されはしないさ。戦闘術なら、一通り覚えたからな。」

 だが、

「なら、死ぬことはなかっただろう?」

 彼はそう言った。

「買い被りは良くない。己の全てを見せろ。」

 そう言って付け加える。

「あと十秒待って殺る。それ以内になんとかしてみせろ。」

 そう言うと魔力が高まる。だが、王は動かない。

「…………十秒だ。」

 その瞬間、王の体は真っ二つに裂かれた。

「……わかってたよ。大した実力はないって。構えからなってなかった。愚かなことだ。」

 そう言うと、死体を蹴り、壁にぶつけた。

「……誰がどう言おうと、オマエは弱い。だから……。」

 そう言って玉座に座ると、彼はこう言った。

「俺が、王になる。」

 

 

「全てに終止符を打ってやる。」

 

 

 ついに殺され途絶えた王の一族。そして再び魔族全盛の世が始まるか……。それとも、まだ希望は残っているのか……。だが、希望はまだ残っている、どんな時でもね。

 

始祖の魔王から継承の魔王の補足

 

 

 始祖の魔王はほぼ人間と魔族のハーフ状態でした。魔力量も多くはなく、連続で魔法は使えません。でも、味方を生み出すことで、それをカバーできていました。

 全ての魔族には彼の血が流れています。そのため血を通して始祖の魔王と繋がっているとも言えます。

 継承の魔王は体の部位がついになるようにペアになっています。今回の場合のように右目と左目、脳と心臓、右手と左手、鼻と口、というふうに。

 これ以上進むとネタバレするかもしれないので賢者はここでおいとまさせていただきます。

 ……戦いにも参加しないと……。

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